『さようならの季節に』―幸せとも悲しみとも別れを告げる青春の旅立ちは、どんな気持ち?
昭和61年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲A
さようならの季節に
作詞:吉沢久美子、作曲:坪能克裕
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季節の中にひとつ椅子をおいて
風が吹いてくままにして
時さえ知られず眠りたい
疲れをいやさぬまどろみなら
夢見ることもないだろう
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さようならの季節は過ぎましたが、
今日はこの課題曲を![]()
教科書にも掲載されていたような![]()
初めて聴いたとき「く、暗い…」
という印象でした![]()
歌詞もメロディーも終始
淡々と悲しみを歌っているようです。
歌詞でひっかかったのは
「今 わたしひとり さようなら」
という部分。
ここはどういう意味なんだろう、と。
歌詞で“さようなら”を告げているものを
ピックアップ。
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(1番)しあわせたち・悲しみたち
(2番)きらめきたち・かがやきたち
(3番)苦しみたち・歓びたち
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主人公が置かれている状況って
どんな状況なのでしょう。
さようならの季節といえば、春。
春は旅立ちの季節。
旅立ちに際して、ここまで
塞ぎこんだような気持ちに
なるものなのか、と。
青春との決別、という意味で、
ここまで追い込む感じになったのか。
同じようなシーンを歌った課題曲で
思い出すのは、青春から朱夏への旅立ちを
歌った「青春譜
」(H20高)。
こちらは最後に青春の孤独からの解放を
感じて救われたような気持ちどころか、
爽やかな気持ちになるのですが、
こちらの課題曲はまだ煮え切らない
旅立ちのように感じます。
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さようなら しあわせたち
さようなら 悲しみたち
もう二度と出会うことのない
めくるめく時
今 わたしひとり さようなら
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というのも、マイナス要素に
“さようなら”を告げるのが
一般的な旅立ちのような気がしますが、
この課題曲はプラス要素にさえ
“さようなら”を告げています。
旅立ちとは孤独なもので、
“わたしひとり”潔く青春から旅立つことが
旅立ちのひとつと捉えるべきなのか。
実はまだこの曲を解釈しきれていません![]()
でも、メロディーは重々しさの中に
美しさを含んでいるので、
合唱すると次第に掴めるのかもしれません。
ただ、レビューを書いてて、
思いっきり沈んでしまいました…![]()
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NHKアーカイブス大阪で楽しむ合唱曲♪「涙をこえて」「怪獣のバラード」が生まれたステージ101
昨日に引き続きNHKアーカーブス探訪を。
ちょっとNコンからはズレてしまいますが、
合唱曲でも有名なあの曲のルーツとなる
番組を楽しめました。
その番組が「ステージ101」
昭和40年代後半に放送されていた番組で、
当時の日本のヒット曲は歌わず、
海外の名曲やオリジナル曲を歌い、
人気番組だったそうです。
その人気番組が幕を閉じるときに歌われたのが、
合唱曲でも有名な「涙をこえて」。
実は私はこの曲知らなかったんですけど、
今でもよく歌われる合唱曲なんですね。
いっしょに見た友達も知ってました。
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心のなかで
あしたがあかるくひかる
かげりを知らぬ 若い心の中で
この世でたった一度
めぐりあえる あした
それを信じて
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この「涙をこえて」は、
この番組から生まれた歌で、
「怪獣のバラード」も同じく
この番組から生まれています。
(「涙をこえて」は厳密には、
番組開始前年発売のようですが。)
曲は大御所の中村八大さんが担当。
「上を向いて歩こう」「明日があるさ」
「こんにちは赤ちゃん」「笑点」
などなど名曲を作られています。
最終回のこの「涙をこえて」は、
生まれるずっと前なので
どんな番組かは知らないのに、
とても感動的で、若さと情熱というか、
そういうものに心を打たれました。
この時代の情熱、忘れちゃいけないですね。
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涙をこえてゆこう
なくした過去になくよりは
涙をこえてゆこう
輝くあした見つめて
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NHKアーカーブス大阪で楽しむNコン合唱曲♪現代の映像「空がこんなに青いとは」
何度かチラチラ紹介した
NHKアーカイブスライブラリー。
全国に何箇所かあるんですが、
NHK大阪放送局のBKプラザにも
ありまして、この前また足を運びました。
以前も紹介していますが、
Nコン関連番組もありまして、
「現代の映像 空がこんなに青いとは」
という番組です。
この番組のレビューを少しだけ。
昭和45年7月10日に放送された番組で、
この年のNコンの小学校の部課題曲は
「空がこんなに青いとは
」です。
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知らなかったよ
空がこんなに青いとは
手をつないで歩いて行って
みんなであおいだ空
ほんとに青い空
空は教えてくれた
大きい心を持つように
友だちの手をはなさぬように
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舞台は西大阪の臨海工業地帯の
大正区北恩加島小学校。
この学校は、毎日新聞主催の
全日本学生音楽コンクールで、
3年連続(計4回)日本一になった学校
なのだそうです。
※現在では合唱部門はないようです。
当時の新聞は「煙にめげず日本一」と
書き立てていたそうです。
この頃の大阪は、酷いときは
大阪府庁から大阪城天守閣が見えないくらい
大気汚染が酷かったようで、
(目と鼻の先の距離なんですよ。)
まさに、本当の青い空を見たことのない
小学生が歌う「空がこんなに青いとは」
だったのです。
800人の全校生徒のうち、1割が合唱部という
合唱校でしたが、公害のためか、
1日に4~5人は声の出ない子どもがいる
状態だったのだとか。
それも当然で、工場街の真っ只中で、
目を覆う煙に、つんざくような騒音、
鼻をつく悪臭…とすさまじい状況。
映像を観てても、どす黒い海と、
すすけた空ばかりが映し出される劣悪状況。
顧問の先生は、新卒で赴任してから
15年間、転校を断りながらひたすら
この地で音楽の美しさを伝えてきたのだとか。
使命感ではなく、一緒に生きていくという
気持ちで、この年Nコンにも挑戦すること
に決めたのだそうです。
練習風景が何度も映し出されています。
知らなかったよ~♪と何度も練習しています。
先生は、
「舌はどう使ってる
」
「水泳と一緒で、息吸いながら入るんじゃなく、
息を止めてから入ろう。」
などなど、指導をしています。
先生方も、このような公害に
黙っていたわけではありません。
近くの工場に折衝を続けてきました。
「騒音をできるだけ出さずに、
できるだけ綺麗にしてもらえないだろうか
」
と頼むものの、実はこの小学校は昭和30年代に
ここに移転してきた経緯もあり、
「もっといい場所が合ったじゃないか
」
「学校の方が後から来たんだし、
すぐにはやりたいけど、生活にかかわるから…」
といい返事は得られません。
しかも、工場の従業員は、
子どもたちの父兄が多いのも事実。
難しい問題だったようです。
先生はこの歌の指導を続けます。
「空はどういうことを教えてくれたの![]()
大きい心を持つように教えてくれたんでしょう
」
と青空も緑ものぞめない、
この歌と対照的な場所で
練習を続ける子どもたちに訴えます。
最後は「空がこんなに青いとは」
を歌う子どもたちの映像と、
上空からのこの地の映像で締めくくられていました。
ちょっとぐっとくるものがありました。
課題曲ってその時代を映し出すものでも
あったりするんですよね。
「海はなかった
」(S50高)も、
当時の鉛色の海を目の前にした
若者たちの気持ちを歌った課題曲ですし、
人気の課題曲「聞こえる
」(H3高)も、
当時の世相が色濃く盛り込まれています。
長文失礼しました。
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