Nコンブログ【NHK全国学校音楽コンクール合唱ファンブログ】 -485ページ目

『さようならの季節に』―幸せとも悲しみとも別れを告げる青春の旅立ちは、どんな気持ち?

昭和61年度NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部課題曲A
さようならの季節に
作詞:吉沢久美子、作曲:坪能克裕


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季節の中にひとつ椅子をおいて
風が吹いてくままにして
時さえ知られず眠りたい
疲れをいやさぬまどろみなら
夢見ることもないだろう
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さようならの季節は過ぎましたが、
今日はこの課題曲をひらめき電球
教科書にも掲載されていたような!?

初めて聴いたとき「く、暗い…」
という印象でしたあせる
歌詞もメロディーも終始
淡々と悲しみを歌っているようです。



歌詞でひっかかったのは
「今 わたしひとり さようなら」
という部分。
ここはどういう意味なんだろう、と。
歌詞で“さようなら”を告げているものを
ピックアップ。



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(1番)しあわせたち・悲しみたち
(2番)きらめきたち・かがやきたち
(3番)苦しみたち・歓びたち
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主人公が置かれている状況って
どんな状況なのでしょう。
さようならの季節といえば、春。
春は旅立ちの季節。
旅立ちに際して、ここまで
塞ぎこんだような気持ちに
なるものなのか、と。
青春との決別、という意味で、
ここまで追い込む感じになったのか。



同じようなシーンを歌った課題曲で
思い出すのは、青春から朱夏への旅立ちを
歌った「青春譜 」(H20高)。
こちらは最後に青春の孤独からの解放を
感じて救われたような気持ちどころか、
爽やかな気持ちになるのですが、
こちらの課題曲はまだ煮え切らない
旅立ちのように感じます。



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さようなら しあわせたち
さようなら 悲しみたち
もう二度と出会うことのない
めくるめく時
今 わたしひとり さようなら
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というのも、マイナス要素に
“さようなら”を告げるのが
一般的な旅立ちのような気がしますが、
この課題曲はプラス要素にさえ
“さようなら”を告げています。

旅立ちとは孤独なもので、

“わたしひとり”潔く青春から旅立つことが

旅立ちのひとつと捉えるべきなのか。
実はまだこの曲を解釈しきれていませんショック!



でも、メロディーは重々しさの中に
美しさを含んでいるので、
合唱すると次第に掴めるのかもしれません。
ただ、レビューを書いてて、
思いっきり沈んでしまいました…ガーン





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NHKアーカイブス大阪で楽しむ合唱曲♪「涙をこえて」「怪獣のバラード」が生まれたステージ101

昨日に引き続きNHKアーカーブス探訪を。
ちょっとNコンからはズレてしまいますが、
合唱曲でも有名なあの曲のルーツとなる
番組を楽しめました。


その番組が「ステージ101」
昭和40年代後半に放送されていた番組で、
当時の日本のヒット曲は歌わず、
海外の名曲やオリジナル曲を歌い、
人気番組だったそうです。


その人気番組が幕を閉じるときに歌われたのが、
合唱曲でも有名な「涙をこえて」。
実は私はこの曲知らなかったんですけど、
今でもよく歌われる合唱曲なんですね。
いっしょに見た友達も知ってました。


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心のなかで
あしたがあかるくひかる
かげりを知らぬ 若い心の中で
この世でたった一度
めぐりあえる あした
それを信じて

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この「涙をこえて」は、
この番組から生まれた歌で、
「怪獣のバラード」も同じく
この番組から生まれています。
(「涙をこえて」は厳密には、
番組開始前年発売のようですが。)
曲は大御所の中村八大さんが担当。
「上を向いて歩こう」「明日があるさ」
「こんにちは赤ちゃん」「笑点」
などなど名曲を作られています。



最終回のこの「涙をこえて」は、
生まれるずっと前なので
どんな番組かは知らないのに、
とても感動的で、若さと情熱というか、
そういうものに心を打たれました。
この時代の情熱、忘れちゃいけないですね。


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涙をこえてゆこう
なくした過去になくよりは
涙をこえてゆこう
輝くあした見つめて

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NHKアーカーブス大阪で楽しむNコン合唱曲♪現代の映像「空がこんなに青いとは」

何度かチラチラ紹介した
NHKアーカイブスライブラリー。
全国に何箇所かあるんですが、
NHK大阪放送局のBKプラザにも
ありまして、この前また足を運びました。


以前も紹介していますが、
Nコン関連番組もありまして、
「現代の映像 空がこんなに青いとは」
という番組です。
この番組のレビューを少しだけ。



昭和45年7月10日に放送された番組で、
この年のNコンの小学校の部課題曲は
空がこんなに青いとは 」です。


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知らなかったよ
空がこんなに青いとは
手をつないで歩いて行って
みんなであおいだ空
ほんとに青い空
空は教えてくれた
大きい心を持つように
友だちの手をはなさぬように
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舞台は西大阪の臨海工業地帯の
大正区北恩加島小学校。
この学校は、毎日新聞主催の
全日本学生音楽コンクールで、
3年連続(計4回)日本一になった学校
なのだそうです。
※現在では合唱部門はないようです。
当時の新聞は「煙にめげず日本一」と
書き立てていたそうです。



この頃の大阪は、酷いときは
大阪府庁から大阪城天守閣が見えないくらい
大気汚染が酷かったようで、
(目と鼻の先の距離なんですよ。)

まさに、本当の青い空を見たことのない
小学生が歌う「空がこんなに青いとは」
だったのです。



800人の全校生徒のうち、1割が合唱部という
合唱校でしたが、公害のためか、
1日に4~5人は声の出ない子どもがいる
状態だったのだとか。
それも当然で、工場街の真っ只中で、
目を覆う煙に、つんざくような騒音、
鼻をつく悪臭…とすさまじい状況。
映像を観てても、どす黒い海と、
すすけた空ばかりが映し出される劣悪状況。



顧問の先生は、新卒で赴任してから
15年間、転校を断りながらひたすら
この地で音楽の美しさを伝えてきたのだとか。
使命感ではなく、一緒に生きていくという
気持ちで、この年Nコンにも挑戦すること
に決めたのだそうです。



練習風景が何度も映し出されています。
知らなかったよ~♪と何度も練習しています。
先生は、


「舌はどう使ってるはてなマーク
「水泳と一緒で、息吸いながら入るんじゃなく、
息を止めてから入ろう。」

などなど、指導をしています。



先生方も、このような公害に
黙っていたわけではありません。
近くの工場に折衝を続けてきました。
「騒音をできるだけ出さずに、
できるだけ綺麗にしてもらえないだろうかはてなマーク
と頼むものの、実はこの小学校は昭和30年代に
ここに移転してきた経緯もあり、
「もっといい場所が合ったじゃないかはてなマーク
「学校の方が後から来たんだし、
すぐにはやりたいけど、生活にかかわるから…」
といい返事は得られません。
しかも、工場の従業員は、

子どもたちの父兄が多いのも事実。

難しい問題だったようです。



先生はこの歌の指導を続けます。


「空はどういうことを教えてくれたのはてなマーク
大きい心を持つように教えてくれたんでしょうはてなマーク


と青空も緑ものぞめない、

この歌と対照的な場所で

練習を続ける子どもたちに訴えます。



最後は「空がこんなに青いとは」

を歌う子どもたちの映像と、

上空からのこの地の映像で締めくくられていました。
ちょっとぐっとくるものがありました。



課題曲ってその時代を映し出すものでも
あったりするんですよね。
海はなかった 」(S50高)も、
当時の鉛色の海を目の前にした
若者たちの気持ちを歌った課題曲ですし、
人気の課題曲「聞こえる 」(H3高)も、
当時の世相が色濃く盛り込まれています。


長文失礼しました。




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