お金は最後でしょう。日本の老人の多くは死んだ時が一番、お金持ちだという。今、60歳代半ばを超え、70歳に近づいている。少しずつ、周りから人がいなくなっている。僕の場合は、3つも仕事を掛け持ちしているので、それほど周りから人がいなくなったとは感じない。
しかしながら、大幅にメンバーが入れ替わったのは事実。退職後、数年したら元の職場の人たちとは切れてしまった。学生時代からの親しかった友人とは切れはしないが、年に1回か2回会うだけだ。過去を懐かしむ会みたいのは、数えないなら本当に切れてしまったかなぁ?
やはり、話が合わないのが原因だと思う。置かれている環境が少しずつ違ってきて、話が盛り上がらない。置かれている人的、経済的環境が違えば、何気なく話しても、自慢話に聞こえるし、妬みを生む場合もある。
そうかと言って、失敗や苦しい話ばかりしていると、初めは心配してくれるが、不安感をいだき去っていく。つまり、共通の趣味を通して、ある程度の距離をおき、当り障りのない話をしている印象を受ける。
こうした中、いつの間にか、「孤独」であることに気づいてくる。「孤独」を楽しみという記事をよく見かけるが、そんな記事を書ける人は孤独のはずがない!
僕は多趣味で浪費家だが、誰かと話す機会には恵まれている。しかし、老人になってからは、ゆるやかであるが孤独を感じるようになった。孤独の次にくるのは「健康」だ。孤独からくる精神的な不安は「健康」に大きく影響する。お金がなくても、健康なら働ける。親身に支えてくる人がいるだけで、精神的な負担はちがうはず。
最後に、この健康を手放すと、働けなくなるだけではなく、多額の医療費、介護費、そして家族にも負担がかかり、結局のところ「お金」をも失うことになる。「孤独」から始まり、「健康」を害し、「お金」も失う。これが最悪のシナリオだと思う。 「孤独」→「健康」→「お金」の法則 (単なる持論です!)
「孤独」を楽しむなんて、孤独じゃない人のお話としか思えない。今日はここまで。