息が詰まりそうになる。毎度毎度、古本を買うたびに。古本屋でくしゃみが出ると、いつも10回くらい連続でくしゃみしてるあの子のことを思い出す。
気付いたんだ、あの子、私が首をふるとくしゃみをするって。
『私アレルギー』なんだ。
他の人と話すときは彼女、くしゃみをしないのに、おどけて笑ってたりするのに、私と話すときは、くしゃみをする。
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周回回って、ようやくスタート地点に戻ってきた。それまでは緊張をごまかす笑いと顔の下の部分を隠すしぐさと探るような沈黙がわたしたちを囲んでいた。彼女は私にドア付きの壁を作ってくれていたのに、私は『せんぱい』という表札をつけた分厚い壁を、ドアのない壁をずっと向けていた。嫌いだというわけではないけどパターナリズムが見え隠れする高圧的態度や何かを隠したみたいな笑い方が気に入らなかった。パッと見そうは聞こえづらいような意地悪ばかり言って、彼女の反応を探っていた。
出会った当初はそんなんじゃなかったのに。私はむしろ彼女のことを特別に好きで、私と似た価値観を持っているのではないかと思っていたぐらい、私の仕事のあとつぎは彼女に任せようと思って、いろんなことを毎日教えまくっていたのに。
そもそも私が『崩壊』して彼女の前で失態をおかしてから、私たちの間には異様な壁ができてしまった。私はおもにそのことで悔いた。私からは話しにくかったし、彼女のほうは無言で目をそらすのみだった。あとから、私の仕事を彼女が代わってくれていたことを知った。きゅうにおかしくなった私を責める声が多かった中、彼女だけが、本気で心配してくれていたことを、知った。
彼女は、彼女よりも先にそこにいた私よりも、どんどん、信頼されるひとになっていった。
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そんな彼女に負い目や嫉妬やなんかを感じつつ、大きな壁を背負いながら、同じ匣の中で一緒にいさせられ、ふたりでひとつのパズルに取り組まされていた。
そのパズルを取り組み始めてそろそろ1年ほどになる。大体が組みあがってきて、順調であることや長い時間の共有でなんとなくいつもと違う気分になっていた。
私が彼女に何気なくこれからの目標と現状の悩みをうちあけたとき、ごまかし笑いが消え、彼女のくしゃみが止んだ。
彼女がずっと、くしゃみしながらごまかし笑いでこちらをうかがっていたのは、なにも深い意図があったわけではない。私を陥れようとしているわけでもない。
彼女自身人と関わるのが好きなのに、私だけが彼女へ心を開いていなかったからだ。
なんの気なしに私が言った言葉に真剣に耳を傾け、フォローしてくれた彼女をみて、出会った頃のなんのこだわりもなかったわたしたちの関係を思い出した。
『自信持っていいと思います。目標があるのは素敵なことだし。私にはそういうのがなくて。』
なんでもラクにこなしてるように見える彼女が、口に手を当てて言った。このひとはふわふわしているように見えながらいつも恥をかかえている、と以前から思っていた。その居づらさがどうしようもなく仕草としてあらわれてしまう彼女をどうにか支える方法ぐらい、考えてあげればよかったのだ。私がそれをしなかったから、私がすべきことをしなかったから、一番のパートナーになるはずの私たちは、ものすごく無駄な遠回りをした。
『きみは、やさしいね』
恥ずかしくなりながら、やっとの思いでそう伝えた。目を見て話すことはできなかった。