渡辺繁一のブログ -60ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

原価10円のリンゴをあなたならいくらで販売する事が出来るか?別の言い方をするとあなたは原価10円のリンゴにどんな価値をつける事が出来ますか?

その価値を適正だと信じない事には、適正な提案が出来ない。その事はそれを提案する時の絶対的とも言える自信。それがクライアントにとってベストオフベストな選択である事を自分の専門分野の見地から提案する。こんな例がある。

有名なマーケティングコンサルタントのJAY氏は2週間に一度床屋に行く、何故か?それはあっ!「あなた散髪したでしょう?」と言われるのがすごくいやなので2週間に一度床屋に行くの出そうだ。ある日、デザイナーと彼の会話、僕の様に2週間に一度くる人もいるけど、人によっては、1ヶ月に一度、場合によっては3ヶ月に一度しかこない人もいますよね、その人達に対して貴方(デザイナー)はどういう風に思いますか?と質問してみたところ、人によってベストなカット(散髪)の時期はあると思います。そうする事でお客様(顧客)のベストな状況を維持できると思います。とデザイナーは自分の信条として「お客様のベストな状態を作る事がカットのタイミングを調整する事で出来る」と確かに思っていた。JAY氏はそれをお客様に伝える事を提案しました。

この理論はマーティングを考える上で非常に重要な考え方である。「マーケティングはリーダシップである」という言葉がその事を物語る。自分の業界に置き換えて顧客と自社が提供するサービスや商品に置き換えて考えてみると良いと思う。きっと新しい価値の作り方が発見できるの違いない。

私の業界はエンターテイメント施設のデザインだ。最近特に思うのはハードの力が弱くなったというイメージだ。10年ぐらい前にLEDが業界に出てからはイノベーションがほとんど無い。そんな中でデザイナーはハードに活路を見いだそうとする、むろんそれを供給するメーカーもしかり、でも本当に必要なのは、その施設を利用する人を感動させることなのだ。そのフォーカスで仕事に取り組んでいる。そうする事で、いままでに無い新しい提案ができると信じている。

現在ダイエット体験中なので、週1度だけなんでもOKの日を設定しています。今日がその日なので
昼から高カロリーな食事になってます。

渡辺繁一のブログ-特製やきそば

フライドガーリック スライスしたガーリックをオリーブオイルで揚げる。
クルミペースト クルミをミキサーでペースト状にしたもの
バター 大1
焼きそばの麺 1
醤油 大1/2
塩、胡椒


バターをフライパンの溶かし、塩、胡椒を加える
焼きそばの麺をフライパンの入れる、焼きそばをバターソテーする感じ。
しばらく放置して焼き目がでたらひっくり返して麺をほぐす。
ぱさぱさの状態でクルミペーストを加える、フライドガーリックをあげたオリーブオイル(大1態度)
を加えさらに炒める。ナベ肌に醤油をたらし、全体を絡めれば完成。
日常の生活パターン、仕事パターン、行動は無意識の意思の決定によって行われている。
行動は無意識の判断でほとんど行われる。無意識は自分をとりまく環境に影響されている。ものごころがつくころ、それのOSが形成されていく。水は冷たい、横断歩道を渡らないといけない、朝、人とあうと挨拶をする。社会人になるとさらにいろいろな無意識を形成する要素が与えられる。良い事もあるし、悪い事もある。要素が与えられると書いたのは意味がある。学習をしてその事柄について理解をするこれは「意識」。実社会の中で、なんらかの体験をするこによってそれが行動をする考えに結びいてしまう事があるこれは「無意識」怖い事にそれは、本人が全く意識が無い状態で無意識の判断基準になってしまったりする。

うまく行ってる人とあまりそうでない人も一秒は同じ一秒だ。一秒の積み重ねが一時間になり一日になり、一ヶ月、一年となっていく。うまくいってる人とあまりそうでない人の比較をした場合、いくら稼いでいるか?どんな車に乗っているか?その結果にだけ着目している事が多いように思える。でも、一秒という極めて短い時間で比較した場合、どう違っているのだろうか?

それは、無意識の判断基準が違ってるという事ができる。うまく行ってる人の一秒は、あまりそうでない人の一秒と物理的には同じ一秒だが、その間に無意識でこの状況をどうするべきかを考えている。直感がすごいという事は実は経験が豊富で無意識の判断基準の質がすばらしいという状態であるのではないかと考える事ができる。
パターンを壊すと言うとなんだか破壊的な行為で非建設的なイメージがする。ここでいう「パターン」とは自分が常に無意識で行う行動のパターンの事だ、人はほとんどの選択を無意識で行っている、朝起きて顔を洗う、歯を磨く、朝食を食べ、会社に出勤する。朝に買う缶コーヒはこれ、新聞はこれ、電車での立ち位置はだいたいこの場所、などなど。その選択は無意識で行っている。

昨日の現場仕事もいつものチームでいつもの様に刺激的で面白い仕事だった、それなりに得るものがあり、それなりに改良点があり、グッドジョブ!!と言える内容だった。

仕事がいつもの様にうまく進行してると感じるとその仕事のその方法やそれに取り組む姿勢、考え方がいつもと同じ状態になっている。この状態は決して悪い状態では無く、今までの仕事のノウハウの集大成で望んでいる事になる。パターンを壊すとはこれを疑うという事だ。疑うと言ってもうまく行ってるのでその疑うに対する答えは産まれてこない、と考えてしまうかも知れない。感じてしまうかもしれない。「答えがないと言うことは」それ以上のことを考えない、それで良いと思ってしまっている、思い込んでしまっている。でも考えてほしい、あなたの仕事は全体をみた場合、「うまく行ってる」と言い切れるのだろうか?毎年、増収増益、前年比30パーセントアップ、その結果が得られているか?その結果が得られている場合は、今、今日、あなたの行った仕事は正しい方向性を維持していると言う事ができる。私はその事に今日、気づく事ができた。

日常の業務を行っていて、このパターンが壊れる事がある。なんだと思いますか? それは、大きな問題が発生した時です。大きな問題が起こると、それを解決するためにありとあらゆる策を検討し、それでも解決しない時、いろんな人に知恵をもらい問題を解決に導いて行く。問題を解決すると何が起こるでしょうか?解決するリソースが頭のライブラリーに一つ増えたと言う以外に、「その大問題を解決した」という自信を得た事がもっとも大きな資産と言えると思います。大きな問題を解決して行くこと事態が成長を促す。

でも、日常の仕事がいつも大問題だらけだと一寸疲れる。だから普通に「ちゃんちゃん」と終わる仕事があってもいいのではと考えてしまう。これはパターンにハマっている事になる。

こういう風に考えてみよう、私の脳にダビンチが住み着いた、彼ならこの仕事をどのように片付けるのだろうか?あるいは、尊敬するクリス岡崎氏ならどうこの状況を処理するのだろうか?またジェイエイブラハムだったらどんな秘策があるのだろうか?そう考える事で、「いつもの様にうまく行ってる」事が実は「本当はこうする」こういう風に考えると言う意識が自分の脳に産まれるのだ。

変わりたいと望むのであれば、変わる方法を切り開かない限り変わらない。
私は、あるプロジェクトではちょっとだけ気が利く業者の技術担当者だった。

外注業者という扱いは時にはひどい扱いを受ける事もある、はらわたが煮えくり返るような激しい怒りを覚える事もあった。まるでちり紙を捨てるかのように取り扱いを受ける、クライアントの意見には絶対に服従しなければいけない、たとえ事前に確認をとっていたとしても気に喰わない事があればその意向に沿うことが求められる。若いころはそのストレスをどうする事も出来ず、自身の拳を強く握りしめ怒りが去るのを待ったものだ。

いま思うのは、そういう扱いをされるような振る舞いをしていたのでは無いかと言う解釈だ。自分が「外注業者」と思い込み、そのアイデンティティを自らが作り上げていた。悪いのは中間業者だとか、代理店だとか、担当者だとか・・・自分を苦しめている人達を悪者(敵)であると感じ、心の中で抵抗する事にフォーカスを置いていたのだ。自分が重要な人物であるという確固たる意識(信念)は行動に表れる、クライアントのリクエストをわがままととるか、貴重な意見ととるかで行動が変わる。中途半端な尊重や上辺だけの合意はそのあとの行動に顕著に反応する、それを相手はデリケートに感じるのだ、その何となくイヤな感じは対する相手の感情をゆがめる。その感覚が残存した状態で指示をだす、この悪循環が自分を「しがない業者」のイメージに陥れる原因だったではないかと思う。

これからは、もっと気持ちを大きく考える、私は価値を作る人間だと考える。クライアントの価値を上げる、代理店の価値を上げる、中間に入った会社の価値を上げる。その為に私は何ができるのか?その結果自分の市場価値を上げる。考えようによっては、間のはいる会社が多い方が一つのプロジェクトでそのワークを通じて自分の市場価値を印象づける会社が多いと言う考え方