何かをして欲しいと頼む時、ほとんどの場合、自分がこうしてほしいと望んでいる事を実現するためのリクエストを伝えている。ただ、その気持ちだけでは相手に伝わるのは、浅いレベルだ。もちろん、レストランで食事をオーダーする場合などは、特別な感情は無い。たとえば、相手の振る舞いが良くない無い場合、自分がどういう風に感じるかで言い方が変わってくる。
3つの考え方がある。
1.自分が不愉快だから注意をする。
2.みんなが不愉快だから注意する。
3.あなたが、もっと人から愛されるためには、そんな行為はしない事がいい。
1.2は相手にとって痛み(文句を言われたので避けよう)とするレバレッジを使っている事になる。
3は、快のレバレッジの考え方だ。本当に本当にそういう想いを持つ事は相手を尊重する事につながる。
と私は信じている。本当にそう信じる事で、そのことは相手につたわり、すこしづつ、すこしづつ今までの状況が変化をして行くと感じている。普通はそういう事を感じる事なく、いつもと同じ行動をする。が、結果は別の事を期待していたりする。
いつもと同じ事をして、いつもと違う結果を期待することはそろそ ろやめにしないといけない。
価値を上げる概念がどういう事か?
ソフトとハードの関係を良く済み分けをしておかないとプレゼンのポイントが微妙にずれるのだ。
どういう事かというと、
あなたの会社はハードを販売しているか?
あるいはソフトを販売しているのか?
なにが売りなのか?
来場者には解りにくいと思うのだ。
しっかりとその部分を表現しない事には、
ネキストがこない。
すごいですね、素晴らしいですね、こんなのがあると世の中が変わるでしょうね。
気に入りました、なるほど、勉強になりました。
そういう事も大事だが、営業的には
ネキスト!!
素晴らしいプレゼンをする事は、今や誰でもある程度の事はできる様になってきている。
逆に言うと一寸やそっとのことでは驚かないし、感動もなかったりする。
どう!すごいでしょう?と思ってプレゼンしたあと、プレゼンターが凍り付く悪魔の質問。
「へえ~それで?」(笑)
その人が思わず行動したくなるような仕掛けをプレゼンのなかにつくっておかないといけない。
もちろん、商品やサービスがすぐにクライアントの仕事においてすぐに必要なリソースではない場合もあるだろう、プレゼンターの商品やサービスを直接利用するのでは無く、クライアントが自社の付加価値をつけさらに規模のでかいサービスとして再パッケージ化してクライアントのクライアントへ販売を検討する場合もあるだろう。
ネキストを起こす3つの提案
1.クライアントにとっての期待感を上げる。
期待を超えるサービス、あるいは商品は何かを常に検討しなければならない。クライアントというおおきなくくりでの期待感を上げる事も大事だが、まずは担当者レベルでの期待感はなにか?を分析する。期待する事が解れば、その期待に答える。それがネキストにつながると考えている。
2.自分の価値を高いと信じる。
「自分の価値があまり高く無い」「儲かってないので買ってください」と感じているとその事がクライアントにダイレクトに伝わる。勘違いしてほしく無いのだが闇雲に偉そうにするという意味では無い、気持ち、マインドの問題だ。自分の発する一語、一語がクライアントの時間を占有するのだ。中途半端な時間をクライアントに与える事は失礼である。価値のある人間が価値のある人間に価値のある話をする。そういう意識とステートを保つ。
3.仕事に対する考えをもつ。
自分は誰で、何のためにこの仕事をしているのか?ビジョンを持つか持たないか?それはおおきな違いになって現れてくる。企業は理念、社是とか少し堅苦しく、ちょっと誇りっぽい(ほこりぽい)概念があるけど、それとはちがい、自分がどう考えているか?ということが重要である。わかりやすい引用をしてみよう。レンガ職人の話である。レンガを積んでいる人の質問をした。「あなたは何をしているのですか?」ひとり目の人は、「○○製レンガを積んでいます。」と答え、二人目の人は「壁を作っています」と答えた、そして、三人目の人は「大聖堂を作っています。」と。もう一度自分に質問をしてみよう、「あなたは何をしているのですか?」
ソフトとハードの関係を良く済み分けをしておかないとプレゼンのポイントが微妙にずれるのだ。
どういう事かというと、
あなたの会社はハードを販売しているか?
あるいはソフトを販売しているのか?
なにが売りなのか?
来場者には解りにくいと思うのだ。
しっかりとその部分を表現しない事には、
ネキストがこない。
すごいですね、素晴らしいですね、こんなのがあると世の中が変わるでしょうね。
気に入りました、なるほど、勉強になりました。
そういう事も大事だが、営業的には
ネキスト!!
素晴らしいプレゼンをする事は、今や誰でもある程度の事はできる様になってきている。
逆に言うと一寸やそっとのことでは驚かないし、感動もなかったりする。
どう!すごいでしょう?と思ってプレゼンしたあと、プレゼンターが凍り付く悪魔の質問。
「へえ~それで?」(笑)
その人が思わず行動したくなるような仕掛けをプレゼンのなかにつくっておかないといけない。
もちろん、商品やサービスがすぐにクライアントの仕事においてすぐに必要なリソースではない場合もあるだろう、プレゼンターの商品やサービスを直接利用するのでは無く、クライアントが自社の付加価値をつけさらに規模のでかいサービスとして再パッケージ化してクライアントのクライアントへ販売を検討する場合もあるだろう。
ネキストを起こす3つの提案
1.クライアントにとっての期待感を上げる。
期待を超えるサービス、あるいは商品は何かを常に検討しなければならない。クライアントというおおきなくくりでの期待感を上げる事も大事だが、まずは担当者レベルでの期待感はなにか?を分析する。期待する事が解れば、その期待に答える。それがネキストにつながると考えている。
2.自分の価値を高いと信じる。
「自分の価値があまり高く無い」「儲かってないので買ってください」と感じているとその事がクライアントにダイレクトに伝わる。勘違いしてほしく無いのだが闇雲に偉そうにするという意味では無い、気持ち、マインドの問題だ。自分の発する一語、一語がクライアントの時間を占有するのだ。中途半端な時間をクライアントに与える事は失礼である。価値のある人間が価値のある人間に価値のある話をする。そういう意識とステートを保つ。
3.仕事に対する考えをもつ。
自分は誰で、何のためにこの仕事をしているのか?ビジョンを持つか持たないか?それはおおきな違いになって現れてくる。企業は理念、社是とか少し堅苦しく、ちょっと誇りっぽい(ほこりぽい)概念があるけど、それとはちがい、自分がどう考えているか?ということが重要である。わかりやすい引用をしてみよう。レンガ職人の話である。レンガを積んでいる人の質問をした。「あなたは何をしているのですか?」ひとり目の人は、「○○製レンガを積んでいます。」と答え、二人目の人は「壁を作っています」と答えた、そして、三人目の人は「大聖堂を作っています。」と。もう一度自分に質問をしてみよう、「あなたは何をしているのですか?」
ミクシーを始めたのが2005年の11月。丸5年と数ヶ月ブログを書いていた事になる、(今の様に毎日書く様になったのは去年の9月あたりから)昔のブログを読むとそのときの自分と会話しているような妙な感覚になる事がある。これは2006年の9月10日のブログ。そのときの映像を作っていた感覚を書いている。今の様にセミナーを受けた訳ではないが、感覚的な事、潜在的な意識について書いている。すごく不思議な感覚だ。
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コンセプトは、「エロかっこいい」イメージできるような映像。
ターゲットは、セシルマ○ビーより少し大人目。
わからない分野の仕事を必死になってやろうとすると頭にしっくりとその分野の引き出しが作りにくい。既知の分野の新情報であれば、昔の情報を更新するだけで知識になる。
クライアントから与えられたリクエストを満足させる為に46時中考える。 結果、僕の脳には、制作スタジオが一つ出来る。バーチャルでブランドのイメージ映像の新しいアイデアの実験をそのバーチャルスタジオで制作するのだ。
今日の朝、面白い現象に遭遇。なにげにテレビのスイッチを入れると少女漫画の「プリキュア」が放映されていた。通常ならチャンネルを変えるのだが、映像を見ていた。アニメーションのなかで今回の制作で利用できそうなアイデアが隠れていた。
常に考える事で、必要な情報がフィルターを通して見えるようになる。
注意力×集中力=感性
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コンセプトは、「エロかっこいい」イメージできるような映像。
ターゲットは、セシルマ○ビーより少し大人目。
わからない分野の仕事を必死になってやろうとすると頭にしっくりとその分野の引き出しが作りにくい。既知の分野の新情報であれば、昔の情報を更新するだけで知識になる。
クライアントから与えられたリクエストを満足させる為に46時中考える。 結果、僕の脳には、制作スタジオが一つ出来る。バーチャルでブランドのイメージ映像の新しいアイデアの実験をそのバーチャルスタジオで制作するのだ。
今日の朝、面白い現象に遭遇。なにげにテレビのスイッチを入れると少女漫画の「プリキュア」が放映されていた。通常ならチャンネルを変えるのだが、映像を見ていた。アニメーションのなかで今回の制作で利用できそうなアイデアが隠れていた。
常に考える事で、必要な情報がフィルターを通して見えるようになる。
注意力×集中力=感性
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人は何故かわってしまうのか?
福島の原発の被災者への差別とも思える過剰な反応がニュースの話題になるのに心を痛めています。
そういう行動に実際に現れるということは潜在的にそういう事を思っている人たちが沢山いるという事だと現象をとらえないといけないと思います。そういうことを思ってしまう気持ちは何処からわき起こってくるだろうか?と少し考えてみました。きっとそういう事がない時は普通の生活を送り、普通の感覚で物事の善悪を判断している人たちなんだろうと思います。福島の人が憎い訳では無いのに何故?
バッシングしている本人達は気づいていないかもしれないが、地震や停電の影響、原発のわけのわからない報道で過度のストレスを心にためこんでいる、やかんの水が沸騰しかけの状態でその蓋をがちがちに閉めて日々の生活を送っている。その人のこころは正確な判断が出来ない、歪んで物事をみてしまう。自分が正しいという定規を定めてしまうと他が間違って見える。少しでも自分の正常な状況を脅かす何かがあるとそれをめがけて過剰な行動にでてしまう。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」そんな理屈なのだろか?
僕がまだ小学生だったこと、友達が新しい筆箱を買って貰ったりするとうらやましく想い、親にそれをねだる事がありました。新しい筆箱をもつと○○さんと仲間になれるような気がした、あるいは新しい筆箱が仲間になる為の条件であるようなとらわれに陥った。僕は筆箱の件で仲間に入る事はなかった。日本人は仲間意識が非常に良い、でもその裏返しで、無意識で仲間、非仲間のインデックスをつけてしまっている。
「ほんの小さなこころの判断で大きな問題を起こす原因を作ってる」というを感じて欲しいと思う
福島の原発の被災者への差別とも思える過剰な反応がニュースの話題になるのに心を痛めています。
そういう行動に実際に現れるということは潜在的にそういう事を思っている人たちが沢山いるという事だと現象をとらえないといけないと思います。そういうことを思ってしまう気持ちは何処からわき起こってくるだろうか?と少し考えてみました。きっとそういう事がない時は普通の生活を送り、普通の感覚で物事の善悪を判断している人たちなんだろうと思います。福島の人が憎い訳では無いのに何故?
バッシングしている本人達は気づいていないかもしれないが、地震や停電の影響、原発のわけのわからない報道で過度のストレスを心にためこんでいる、やかんの水が沸騰しかけの状態でその蓋をがちがちに閉めて日々の生活を送っている。その人のこころは正確な判断が出来ない、歪んで物事をみてしまう。自分が正しいという定規を定めてしまうと他が間違って見える。少しでも自分の正常な状況を脅かす何かがあるとそれをめがけて過剰な行動にでてしまう。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」そんな理屈なのだろか?
僕がまだ小学生だったこと、友達が新しい筆箱を買って貰ったりするとうらやましく想い、親にそれをねだる事がありました。新しい筆箱をもつと○○さんと仲間になれるような気がした、あるいは新しい筆箱が仲間になる為の条件であるようなとらわれに陥った。僕は筆箱の件で仲間に入る事はなかった。日本人は仲間意識が非常に良い、でもその裏返しで、無意識で仲間、非仲間のインデックスをつけてしまっている。
「ほんの小さなこころの判断で大きな問題を起こす原因を作ってる」というを感じて欲しいと思う