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渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

月曜日から木曜日に渡って。
合計40時間に渡るプレゼンが終了。来場者は100人程度。
結構密度の濃いセッションをおこなう事ができた。

自分のセッションでは、展示した内容からその考え方をプレゼンしてその応用や可能性を感じてもらう事を考えていたのだが、ゲストの対応は一様に「展示の内容そのもののを観ている。」という事が解ってきた。展示や説明を集中して観ることは「そのものに集中する」自分の仕事でどう生かす事が出来るのか?という感覚で観る。この事当然の事なのだが。

その逆効果としては視野が狭くなる。ちょうど車を高速で運転する時に周りのものが見えなくなる。そんな現象に近いのだろうか?

他にも関連の展示があるのだが、自分の目ではそれが同じ原理に基づいたものであるので「全く同じ展示」に見えたのだが、人によってはそうは見えない、「全く違ったものに見える」という事がわかった。

視野の狭い、広いは悪い、良いの違いではない。こういう考えを当てはめる事ができる。
視野が狭いとその構造やそのものについてより深く考え、掘り下げる事ができる。
視野が広いとその構造を応用して他のものを構築する原理を発見する意識がうまれる。

この両方の意識が展示を通じて表現する事ができればよかったと思うのだが、そういう概念が生まれただけでも自分が成長したと考えるべきだろう。
従来の展示会は、「商品を販売する」ということを目的としたものだった。
展示会というと当然そういう感覚で来場してしまう。

もちろん、商品の展示のあったのだが、自社の得意分野について明確に伝わったかというとそうではなかったような気がする。

展示におけるコンセプト(趣旨が明確でなかったのだ)


では、何を売るのか?
それを明確にしないといけない。

心の声はこんな感じかもしれない。
「自分はこういうデザインができる、こういうスキルがある。こんな仕事が私だからできる。だから仕事ください。
あなたの会社にとって非常に役に立つ存在になります。」

でも相手はそうは思わない。心の声はこんな感じかもしれない。
「この会社に仕事を頼んで大丈夫だろうか?おもしろそうだけど、自社で出来ないか?今の協力会社でできないか?
今すぐの応用できる案件が無いなぁ~。」

クライアントがおもわず、仕事を頼みたくなるようなエッセンスを与えなければいけない。

それは、影響力があるかないか?ということだと思う。

クライアントが仕事を発注するという行動は、クライアントにとって大きな変化を決断させるものであると考えないといけない。今まで頼んでいた協力会社を変える事になるのかも知れない。担当者がそのリスクを乗り越えてでも頼みたいという圧倒的な魅力、価値があると信じてもらう必要がある。
渡辺繁一のブログ-アーモンドチキンカレー


材料
鶏もも肉 500g
塩(今回は岩塩を使用)大1
ヨーグルト 500cc
玉葱 3個
コリアンダー 大1
クミン 大1
ターメリック 大1、第一
レッドペッパー
ニンニク 
油 (今回はオリーブオイル使用)
トマト 3個
生アーモンド

[肉の下準備]
鶏もも肉を一口程度のサイズにカットする。
皮はとっておく。
塩、胡椒、ニンニクのみじん切り(大1)生姜(大2)を合える、そのあと。ヨーグルトの中につけ込む、ターメリック大1/2を入れて混ぜる。

[あめたま]
フライパンに多めの油をいれ、粗挽き胡椒(小1/2)、クミン(少1/2)、ローリエ(1枚)を入れる。
弱火で少し調味料を炒める。
しばらく炒めたあと、みじん切りにした玉葱を投入。
30分~40分ぐらい炒めるとあめ玉が完成。

細かくみじん切りにしたニンニク(大3)、と生姜(大3)をいれて5分程度炒める。

コリアンダー大1、クミン大1、塩大1、レッドペッパー大1~大1/2、ブラックペッパー大1
を加える。

$渡辺繁一のブログ- スパイス
スパイスをお皿にならべるとこんな感じ


湯むき、あるいは火にあぶって皮をとりトマトのヘタと芯をとり、ざく切りにしてナベに入れる。

下準備をしていたチキンをヨーグルトと一緒に仲良くナベにいれる。

ココナツミルクを入れるはずだったが売ってなかったので、水200CCを加える。

30分ほど弱火で焦がさないように煮る。

味見をすると、なんだか深みの無い辛さ、ココナツミルクの時を少し違う。

どうしよう?そうだ!アーモンドを入れちゃえ!(これが結構正解○)

生アーモンドをオリーブオイルでさくっと揚げる。あら熱をとったあとミキサーで粉末にする。

味見をしながらアーモンドを入れる。

辛いけど美味しい感じになりました。

ガラムマサラを少し入れて完成。

30分から1時間後に再度熱を入れて食べる。
只のハコ。
である事の感覚が出来ていないと
このハコがすばらしい働きをしてくれるのだろう。
といった大きな勘違いと思い込みをしてしまっている事がある。

ハコとソフト(活用用途)の関係性についてもう少し掘り下げて考えてみる。
ハコ=道具
ソフト=技能(スキル)
という言い方ができると思う、デジタルサイネージの話から少し離れた感じで違和感を感じるかも知れないけど、少しだけつきあってほしい。

理髪店では、ハコ=店舗、はさみ、コーム、etc ソフト=カットする人のスキル
料理店では、ハコ=店舗、調理道具 ソフト=料理をする人のスキル

という分解をしてみると解りやすい。
これをもう一度、デジタルサイネージに置き換えてみると

ハコ=機材 ソフト=情報の内容、コンテンツ

それぞれの役割が明確な概念になったのではないかと思う。
自分も含めてそう思うのが、ハードが大事で、○○の機器が必要だというふうに思い込み、提案を行っている事がある。もちろん、ハードの機能の違いは、ユーザーにとって大きな意味をもつ。ストウブの調理器具を買ったら料理にたいするモチベーションがあがることだってある。

貴方の立場がハードの販売をしている場合、正直、あまりソフトの事について考慮がされないかもしれない、それは、クライアントに十分のソフトがあり、そのソフトをその会社の利益確保、価値のアップのためにどう生かせば良いかという理論が構築されている場合のことである。

販売するアイテムが情報端末系である場合、価値を上げる為のリスクをソフト側、ハード側、どちらが背負い込みことになるのか?その考えを明確する。

そんな考え方が必要になるだろう。


現在、スピン社と当社の共同展示会の開催中である。
そんななかでデジタルサイネージの話が再燃したので、忘簿録としてデジタルサイネージの自分の見方を
書いてみたいとおもう。

町中のデジタルサイネージは、省電力策の影響でかなりシャットダウンが目立つ。
電気なければ只のハコ(笑)である。
そのハコが結構、高かったりする。
そのハコに電気が入っても、情報がこないと
やっぱり只の映らないテレビ(笑)。
映らないテレビも只のハコも機能面では同じ、違うのは待機消費電力を喰うか喰わないか?
この状態では、人に対して何の意味も持たない。
別の言い方をすると「無くても良い」

そこに情報は入ると初めて、複雑な概念が産まれてくる。
広告、情報配信、メディア、映像、音楽、ETC...
町中のデジタルサイネージは2つのコストで構成されている。

1つはハード、これは、情報が無い状態でも必要なもの。ものすごく乱暴な言い方をしたが。「だだのハコ」
2つ目はソフト、映像を作る費用、配信する為の必要な費用。

1と2の合計の金額を合計したものが、広告をだす人のコストになる。

(続く)