私は、あるプロジェクトではちょっとだけ気が利く業者の技術担当者だった。
外注業者という扱いは時にはひどい扱いを受ける事もある、はらわたが煮えくり返るような激しい怒りを覚える事もあった。まるでちり紙を捨てるかのように取り扱いを受ける、クライアントの意見には絶対に服従しなければいけない、たとえ事前に確認をとっていたとしても気に喰わない事があればその意向に沿うことが求められる。若いころはそのストレスをどうする事も出来ず、自身の拳を強く握りしめ怒りが去るのを待ったものだ。
いま思うのは、そういう扱いをされるような振る舞いをしていたのでは無いかと言う解釈だ。自分が「外注業者」と思い込み、そのアイデンティティを自らが作り上げていた。悪いのは中間業者だとか、代理店だとか、担当者だとか・・・自分を苦しめている人達を悪者(敵)であると感じ、心の中で抵抗する事にフォーカスを置いていたのだ。自分が重要な人物であるという確固たる意識(信念)は行動に表れる、クライアントのリクエストをわがままととるか、貴重な意見ととるかで行動が変わる。中途半端な尊重や上辺だけの合意はそのあとの行動に顕著に反応する、それを相手はデリケートに感じるのだ、その何となくイヤな感じは対する相手の感情をゆがめる。その感覚が残存した状態で指示をだす、この悪循環が自分を「しがない業者」のイメージに陥れる原因だったではないかと思う。
これからは、もっと気持ちを大きく考える、私は価値を作る人間だと考える。クライアントの価値を上げる、代理店の価値を上げる、中間に入った会社の価値を上げる。その為に私は何ができるのか?その結果自分の市場価値を上げる。考えようによっては、間のはいる会社が多い方が一つのプロジェクトでそのワークを通じて自分の市場価値を印象づける会社が多いと言う考え方