渡辺繁一のブログ -26ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

ビジネスマスタリーでスターバックスの話が出てきたので、『スターバックス成功物語』を読んでいます。
ほとんどの企業が、ブランドは商品の戦略であると考えている傾向がある。当然、物を販売しているからそういう戦略になるのが当然ということなのだが、スターバックは、商品についてのブランドよりも前にスタッフにブランドを浸透させることから初めているところが全く異なるところだ。
 難しい、ビジネスのカタカナ用語を並べ立てて、学者のように難しい顔をしてビジネスのことを学ぶのも良いかもしれないけど、僕はあんまりその勉強法は好きではない。システムで割り切らず、人間的な情緒、ホスピタリティ、つながり、絆というものが実にみごとに会社経営に血液のようにつながってブレがないところだろうか?

(本文より)
顧客の期待に応え、喜んでもらうには、優秀な社員を採用して教育していくのが一番だと信じていた。だからこそ、コーヒーに熱意を燃やす社員の育成に投資してきたのだ。小売業務に従事するパートナーたちは、その熱意と献身でコーヒーとブランドを広める最大の力となってくれた。彼らの知識と熱意が顧客の評判となり、再び足を運ばせる要因となったのだ。強力なブランドの秘密はここにある。パートナー一人ひとりのコーヒーに対する愛着、そして、彼らが顧客と結んだ関係がブランドを築き上げてきたのだ。
(中略)
スターバックスが大手コーヒー・ブランドより優位に立っているのは、社員の働きによるものだ。スーパーマーケットでの買い物は店員と言葉を交わす機会がなく、事務的で人間同士の触れ合いに欠けている。だが、スターバックスへ行けば、コーヒーのことをよく知り、コーヒーが好きで、自社のブランドを熱狂的に信奉する本物の人間が相手をしてくれる。

それと、こんなに素敵な言葉がありました。
(本文より)
絶えず変化しつづけるこの社会において、最も永続性のある強力なブランドは真心から生まれる。

また、店舗の考え方は新しい文化、ライフスタイルを創ったと言ってもいいのではないかという話がある。

(本文より)
人々は職場や家庭のプレッシャーから開放され、魅力的で、刺激的で、時には感傷的な雰囲気に浸れる第三の場所を求めるようになっている。顧客がスターバックスを訪れるのは、活力を取り戻すための休息の場、忙しい時間の合間の憩いのひとときを求め、人間味に溢れた応対を望んでいるからなのである。

乗ってた電車が大倉山駅に到着した。駅をあとにした私は、思わずスターバックスに入っていた。
$渡辺繁一のブログ


スターバックス成功物語/日経BP社

¥1,890
Amazon.co.jp

数日前、友達の投稿で、「大事なものは見えにくい」という記事があった。
なるほど、良い言い方もあるもんだ。と他人ごとのように考えていた。
が、しかし。
自分にとって大事なものは、見えにくいということを自ら体験することができた。

こんなはなしを投稿すると、かっこわるいなぁ、自分の見て欲しくないところ出して。
と思ってしまう。

だれでも、隠したいことはある。
それが顕著になると、良いものしか見せない、という原理にかわってしまう。
それは、一見、正論のような気がするが、
それが間違った思い込みによるものであれば、間違った結果を生み出す。
自分の思い込みは
「完璧主義者」
いつもくだらない失敗するので。
まわりからどう思われているか?それは解らないけど、

「自分が出す結果は××で無いと行けない。」
「うまく出来ないのあればやらない方がいい。」

その思い込みは強烈に自分の考え方、行動に大きな影響を及ぼしていたのだ。
まさに、
「大事なものは見えにくい」
のだ。

数日前、私の友人の投稿のコメントのやりとりを見て欲しい

---------------------------------------------------
成果が出ない人たちが共通して、達人級に磨き上げてるスキルがある。それは「言い訳」と「正当化」。
このスキルを高めれば高めるほど、「自分が正しい」気分になりやすくなり、同時に出したい成果から急速に遠ざかっていく。
このスキルは封印して、自分の心の声に正直になろう。
---------------------------------------------------
そのときの僕の回答

「はい、正直、成果が今一です。自分自身は言い訳をしているつもりは無い、正当化してるかのか、それに気づいていないのだろうか?」

で自分が成果が芳しくない状況、でも、自分としては、「言い訳をしているつもりはない」と言ったのだが、それが大きな「言い訳」だった。
これって「正直」に自分をみているとは言えないのだ。

面と向かって、「あなたは自分のことを正当化しているね。」と言われて
「なるほど」そうだったの?と素直に自分を認めることってなかなかできない。
むっとすることもある、必ず抵抗がある。そしてこう思う、
「この人は自分のことを解っちゃいない」と。
でも、本当は自分で自分のことが解ってないだけなんだ。

そのことが自分の中で解ことができた。なんていい日なんだろう。

違和感を感じたり、嫌な感じをうけたりすること、また、
自分の正論がねじ曲げられるそんな話に人は無意識で抵抗する。
そのことで自分のココロの中で抵抗する気持ちが現れた時。

抵抗せずにそのままを受け入れ。そのことを怖がらずに見る。なにが起こっているのかを見る。
そのことで人は成長することができるのだ。
昨夜、友達が訪ねてきた。
仕事の話、プレゼンの話をしていく中でこんな話がでた。

やるだけのことはやった。
言うだけのことは言った。
あとはクライアントがどう判断するかだ。

その言葉を聞いた時、僕は違和感を覚えた。
もし、自分の期待しない答えがかえってきた場合は、

相手を動かす影響力が自分には無かった。
だから次はどうするの?
と考えるべきで、
「クライアントの判断だ」とは、自分のやるべき責任の範囲を放棄しているように感じてしまった。

期待がはずれた時こんな質問をしてみるのはどうだろう。

1.クライアントが「可能性を感じる話」を充分にしたのか?
クライアントにとっての可能性の窓はそれぞれ異なるということを理解しないといけない。
2.本当のメリット、ベネフィットが伝わっているのか?
それが実現したらどうなるのかを具体的に説明したか?
3.クライアントにとっての「やりたくなる」ワクワク感があるのか?
4.それを実行しなかったらクライアントにどんな痛みや苦しみがあるのだろうか?
そのことを解りやすく説明したのだろうか?
5.熱意を感じてもらっただろうか?

それを言葉で言ってもこころに伝わり、クライアントが本当にやる必要性を感じ、やる気を起こさないことには価値を生み出すことはできない。
飛躍をしたいのであれば、変改をしたいのであれば。
ただ、契約しました、注文しました。だけでは、クライアントの業績や売上げが上がるものではないのだ。
そういうことを「言葉」でいくらいっても「伝わらない」人には
「伝わらない」ものなのだ。悲しいけど、それが現実である。
その答え、すなわち、やる気が出来るためには、いろいろな方法がある。
いろいろといったのは、それを受け止めるクライアントによって、「やる気」の火のつける
ところが異なるからだ、そのためには、実践的な心理学を学ぶことが必要だ。

例えば、「自分には出来ない」と思っている思い込みは、強力な信念だ。その信念と
お金持ちになりたいなぁ、成功したいなぁ、という気持ちがぶつかっている。そしてだいたい強い方の
信念に負け、「やっぱりなぁ」と思ってしまう。
その間違った嘘の信念に疑いの気持ちを持たせること、
すなわちそれはクライアントの可能性を見つけることになる。

「可能性の窓」と僕は言ってるのだが、自分がクライアントにプレゼンしている場所は、
クライアントの家の前、クライアントはその窓からからしか僕の説明をみていない。
相手が小窓から見ているのであれば、小窓までいってプレゼンしないといけない。
他の場所でプレゼンしても「みえない」のだ。みえないものは伝わらない。
このようにクライアントには、可能性の窓があってそれが、時間や気分で変わると考えないといけない。
可能性の窓からプレゼンすることで初めて「何か自分でも出来そうだ」とクライアントが思うことができる。
それなしには前進はない。
クライアントが思うこと。
クライアントに気づかせること。
クライアントが質問を見つけること。
クライアントが答えを見つけること。
それが無いと、「本当の」行動は起こらない。
もし、クライアントがその気づくことができず、人から「言われたから」やっているのであれば、
それは貴重な人生の時間のムダにしていることになる。
たった一年で
紹介が紹介を生む
コンサルタントと
になる法

水野 与志朗 著

読みました。水野さんとのご縁は、
とある都内のセミナーだった。

これで、著者の知人が、また増えました。
こんどサインもらおっと・・・・。

この本のタイトル「・・・コンサルタント」という言葉で、
「私はコンサルタントではないから・・・」
「私はエンジニアだから・・・・」と言って読む機会を逃してしまうのはもったいない。

業界が違うから、職種が違うから、と思うその時点で機会をチャンスをのがすフィルターを自分に作っていることになる。
また、ある人はこの本を読んで、もしかしたらストレスを感じるかも知れない。

また、「自分の知りたいのはノウハウであり、テクニックだ。だから、すぐに実践できる方法を知りたい」と考えている人には、書いてあることが、(文として、言葉として理解できるのだが、ココロでは解釈していないそんな状態)にストレスを覚える可能性がある。
一昔前の自分がこの本を読んで(その前にこの本を手に取って購入したかどうか)いれば、恐らくそんな感覚を覚え、今一ココロに届かなかったに違いない。

「本人が、必要としない限り、必要なものは目の前に現れない。」これは自分が今思いついた言葉だが。
必要とする→望む→飢え→渇望は、すごいフォーカスを生み出す。
例えば、仕事で手痛い失敗をした。そのことで、多くの損害を招いた事件があるとする。その出来事で、どんなふうに考え方がかわってしまうだろう。
もう、このクライアントと仕事するのはやめよう。
と思うか。
この失敗をもう二度と起こさないためにどうすればいいのだろう?と全く違った考え方(意味づけ)があることがわかる。

この本では著者が実際に体験した解約経験の話がある。私も他人ごとではないような気持ちで読んでしまった。そのことで、何を学んだのかが解ったか・・・・ここですこし本文から。

失敗経験や解約経験は、自分が満足しているコンサルティング・レベルに疑問を投げかける機会であり、あるいは自分の「あり方」を見直す時期に来ていることを知らせる"福音"と言っていいでしょう。

感動したり、共感しながら僕は本を読んでるだから、付箋とマーカーだらけになってしまう。(写真)すいません、感想が長くなってしまった。本の中でこの話、「ちょっといいなぁ」と思うところがまだあるのだが、それはまたの機会で。

http://consultant-academy.net/amazon/


たった1年で“紹介が紹介を生む”コンサルタントになる法 (DO BOOKS)/同文館出版

¥1,470
Amazon.co.jp

髪の毛はなぜ伸びるのか?

1週間ほど前にカットに行った時、ふと思った。

すくなくとも、世の中の散髪屋さんや美容室を繁栄させるために髪の毛が伸びるようになったのでは無いことは確かだ。

人間に近いとされる猿が、髪の毛?どこから?伸びて、動物園の飼育係が散髪しているということも聞いたことがない。

とういうことは、人間だけが「髪の毛が伸びる」のか?
カットしているスタッフに聞いてみた。
「髪の毛はなぜ伸びるのか?知ってます?」
スタッフは、そんなこと考えたことも無い。と言って引かれてしまった(爆)

僕は、この疑問を説く事より、この疑問を持つ感性がまだ自分の中に残ってたのが、嬉しかった。

ここで話を終わってしまうと面白くない。
ちょっと調べて見ました。

今日、思い出したようにググってみたのだが、本質をついた答えが見つからない。

必要だから髪の毛は伸びる、だから、理由があるはずと考える。

1.どうやら人間の髪の毛は、伸びても肩のあたりで止まりそれ以上伸びない、長い髪の毛にする為には、髪の毛の先端部をカットして伸ばす。

2.髪の毛に限らず、「毛」は皮膚の一部と言われる。それは、身体の大事な部分を守る役割があるという説がある。髪の毛は、頭を守るためにあるという考えが有力か?

3.髪の毛は、ヒートシンク。放熱効果、防寒的効果。

4.子孫の繁栄のため 男性的に見せる、あるいは女性的に見せるため。強いというイメージをつくため、あるいは女性の場合はやさしい、美しいイメージをつくる。(私の推測)

5.言葉以上の伝わる情報をより明確にするために発達してきた。眉毛があることで伝わる情報が多い。緊急事態を知らせるには、有効。(私の推測)

6.ではなぜ?肩のあたりまで髪の毛が伸びてる必要性が古代人には必要だったのか?これは僕の考えだが、耳を保護する必要があったのかも知れない。(私の推測)

7.あなたはどう思います?