ナチュプルな日々の暮らし -48ページ目

キライなもの・苦手なものの先にあるもの

キンモクセイの香りが
あちらこちらに漂う季節となりました。
秋だなぁってカンジ。

そしてこの時期になると
なぜか昔の自分を思い出します。
キンモクセイの香りを嗅ぐ度に
気持ち悪くなって吐き気がして
ダウンしていた自分を。


今でこそ、キンモクセイの香りを
心地よく感じられるようになりましたが
以前のわたしは、あの香りが
とてつもなくキライだったのです。

なぜそんな風に感じていたのか
そして、今はなぜ平気なのか
その理由もきっかけも
さっぱり分からないのですが
言えるのは
今はものすごく楽♪ということ。


キライなものがあると
それに触れただけで
カラダやココロが反応してしまうし
それを繰り返していると
心身共に本当に疲れてしまいます。


わたしの場合
キライなものや苦手なものが
年々減ってきました。
しかもものすごいスピードで(笑)。

この数年、苦手なものに
積極的に向き合ってきたからかもしれません。
いつまでも避けていたら
状況はそのままだけれども
イヤでも向き合い続けていけば
必ず何かが変化し、改善されていく。

そしてそれと共に
非常に生きやすくなってきました。


今でももちろん
キライなもの・苦手なものはあります。
でも、それを避けることは少なくなり
あえて触れてみたりして
少しでもキライなもの・苦手なものを
減らしていこうという心持ちです。

無理に好きになる必要はないけれど
キライではないという状態まで
持ってくることによって
ココロって本当に楽になるものです。
過度の好き・キライじゃなければ
反応しなくなりますからねっ。


キライなもの・苦手なものが
キライじゃなく・苦手じゃなくなると
その先には
楽さ、心地よさ、快適さや
今まで知り得なかった楽しみなどが
待っている。

これが
キンモクセイの香りに触れる度に
思い出すことです。

愛がない行為・愛がない関係性について思うこと

わたしはどうも
完璧主義のクセがあって
ついつい本物・真実を求めてしまいます。
本心・真実の愛・本物の笑顔など
そういったものを好みます。

そうではないと感じるものに対しては
違和感を
時には嫌悪感まで(苦笑)覚えます。

そんなわたしに対して
ちょっと前に友人が発したひとことが
わたしの中でずっとひっかかっていて
以前わたしが強く嫌悪感を抱いていた
「愛がない行為・愛がない関係性」
というものに対して
少し見方を変えて
改めて考えてみることにしました。


一見
愛がない行為をしているように
愛がない関係性を築いているように
見える人たちは
実は、本当の愛を求めるが故に
次々に&あちこちに
愛を求めてしまうのかもしれません。
「これこそ本物の愛だ!
 いや…こっちが本物かもしれない!」
と、必死なだけなのかもしれません。

もしくは
本当の愛に触れるのが怖いから
わざと本当の愛を遠ざけて
どんどん異なる方へと異なる方へと
向かってしまうのかもしれません。

きっと真実を手に入れるのに
一生懸命なだけなのです。
うん、きっとそうに違いないのです!


…と、以上が現時点での
愛がない行為・愛がない関係性に対する
わたしの見解です。

まだ結論が出ているわけではないけれど
なんだかちょっと
現時点での想いを書き留めたくなったので
書いてみました♪

「やり切った感」を大切に☆

昨日から9月に突入。

やりたいこともやるべきことも
とにかく今やれることをやって
頭にもカラダにも汗をかき
お腹空いたぁとおいしくごはんを食べ
リアルでもネットでも
ご縁した人たちとの時間を共にたのしみ
1日の終わりには心地よい疲れを感じて
すっと眠りにつく…
という、瞬く間の1日でした。

この「やり切った感」を
今月は大切にしようと思います。

わたしの今の愛し方

わたしがココロから望むこと。
それは・・・

わたしが愛する人たちが
心底愛するものに出逢い
それに対して無心に愛を注ぐこと。
純粋にかつ真剣に
誰か(何か)を愛する姿を見せてもらえたら
それだけでわたしはシアワセです。

愛する人のシアワセを
ココロから願い、祈ることが
わたしの今の愛し方です。

誰しも自分の感覚で言っている

わたしはセラピストであり
カウンセラーであるけれど
同時にひとりの人間であり
娘、孫、姉、母、友人、女であり
学び手であり
クライアントでもあり…
他にも実にいろいろな面を持っている。


セラピストとして
ひとりの人間として
日々感じることはいろいろとあり
ネット上でつぶやくことが多いわたし。

少なからず
その影響を受ける人たちがいることも
頭のどこかで知っている。
けれど、そんな人たちにこそ言いたい。

わたしの言うことのすべてを
信じないでほしい。
わたしはわたしの感覚で
言っているだけなのだから。

すべては単なる情報でしかない。
さまざまなところから
さまざまな形で情報を入手して
それらをもう一度自分が感じ取って
そこから自分なりの答えを出せばいい。


しかし人は
特に自分に自信がない時には
自分よりもパワフルな人や
影響力が大きい人の言葉に
敏感に反応してしまったりする。

でも、それは
そういう力関係が無意識に
働いてしまっているだけで
実際にはその情報にも
正解も不正解も
良いも悪いもない
とわたしは思っている。

それぞれが、自分自身にとって
最も必要な答えを
自分の手で導き出すしかないのだ、と
わたしは思う。


何より誰より実はわたし自身が
いろいろな人の言動に
大きく影響を受けてしまうタイプだから
今、こんなことを
改めて書いているのだと思う。

声を大にして、自分自身に言いたい。

みんなそれぞれに
言いたいことを言っているだけ。
みんなにはみんなの感じ方があり
わたしにはわたしの感じ方がある。
だからわたしはわたしの
言いたいこと言おう!

だからみなさんも
他の誰かの言動に
すべてを委ねてしまうことなく
比較してしまうこともなく
自分が感じていることをしっかり感じ
自分が言いたいことを言っていこう!

わたしはこう感じます、と。