一期一会 -25ページ目

一期一会

本も人の出会いも一期一会。時々読者、時々物書き。好きな本やコミック感想を中心に、日常のつれづれと共につぶやいていきます。

Chapter5:親友




ミキが機体を通常に戻すと、後部座席のアドルフは死にそうな声で名前を呼んだ。

「……ミ、ミキ…さん…。うっぷ……」

 今にも吐きそうで、口元を押さえている。

「悪い、悪い。ちょっと調子に乗りすぎた」

 ミキはアドルフとは反対に、陽気な声で返事をした。

 アドルフには、悪いと思うが、今ならどんな飛行だって出来る気がした。モルダーが亡くなって、こんなに素直な気持ちで飛びたいと思った事はなかった。一つ、何かを乗り越えた気がする。

 ミキは、アドルフに言い切れない感謝の気持で一杯だった。ミキにしてみれば、アクロバット飛行も嬉しいと思う自己表現の一つだったのだが、パイロットでもないアドルフにしてみれば、良い迷惑だろう。

「アドルフ、悪りぃ。大丈夫か?今夜は調子がよくてつい……。悪かったな。あとは真っ直ぐ飛んで、計器を調べよう」

 反省しながらも、心の高揚は留まらない。それでも、最初の目的である夜間飛行の意味をもたせようと、無理矢理心を静めるよう深呼吸する。

 心の高揚が落ち着くようにやがて高度が安定すると、ミキは計器のチェックを始めた。

 高度オッケー。

 油圧オッケー。

 問題のミサイル残量、脱着ランプ、オッケー。

 ミキ計器をチェックし、まだ青い顔をしているアドルフに報告する。

 アドルフも高度が落ちつくと、少し気分がよくなったのか、いつもの口調に戻っていた。

「じゃあ、今度は自動操縦モードで同じ事をやってもらえますか?」

「わかった」

 アドルフ言われた通り、ミキは舵を固定し、自動操縦モードに切り替える。

 灯りがついたメーターとボタンを、一つ、一つ、指先確認をしながらチェックしていくと、先程はちゃんとついたはずのボタンが一つだけ赤く点滅したものがあるのに気づいた。

「アドルフ、これは何のランプだ?」

「どれですか?」

 今まで気がつかなかったけれど、確かに一つだけ座席の下の方で赤く点滅していた。

「一番下のヤツだ」

「一番下か……。判りました。後で見てみますね」

「ああ、頼む」

 ミキは一通り飛ぶと、再び基地に戻る事にした。

 滑走路の誘導灯に導かれて、滑るように着陸する。なんの衝撃もなく、やがて機体は減速し、滑走路の端で止まった。

to be  continued……

Chapter5:親友


    5

「大丈夫。僕は死にませんよ」

「……アドルフ?」

「ミキさん、僕を空へ連れて行ってください」

 アドルフのしっかりとした言葉が、ミキの心に響いた。けれど、それがどれほど過酷で、怖いものなのか。ミキはアドルフの背中に、躊躇いながら手を回した。

怖い。またあの恐怖が蘇る。

アドルフはミキを励ますように、抱きしめた手に力を込めた。

ゆっくりと。大事そうに。

アドルフも、自分の手の中にすっぽりと収まったミキが、とても大事に思えた。

 きかん坊で、我が儘なパイロットだと思っていたのに。こんなにもデリケートで頼りないなんて。できることなら、僕がこの人を支えてあげたい。

 なぜだかそんな気持がアドルフを突き動かした。

 アドルフはミキの顔を見て、まるで小さい子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を選ぶ。

「いいですか? よく似ていても、僕は僕です。モルダーさんとは違います。空を飛ぶ時は、確かに一人かもしれない。でも、僕が地上で待っていることを絶対、忘れないでください」

「アドルフ……」

「だから、空へ死に行くなんてこと、絶対考えないで。今度そんな事を言ったら、僕は貴方を軽蔑しますよ?」

拳を握りしめて、真剣に見つめるアドルフの態度がなんだか嬉しい。

 この話は、誰にもしたことはなかった。自分が空を飛ぶ、本当の理由も。でも……話してみてよかった。ミキは心からそう思った。

「じゃあ、早く準備をして飛びましょう」

「ああ、そうだな」

 二人は工具を片付けると、ヘルメットを装着し、そのままの服装で戦闘機に乗り込んだ。

    


***



 夜の滑走路は美しかった。

 どこまでも、まっすぐに続く誘導灯。ミキの操縦する戦闘機は、暗闇の中をゆっくりと滑るように格納庫を出た。

 ミキは滑走路の一番手前までくると、操縦桿を握りしめ、緊張した様子で呼吸をする。

 わずかだが、肩が震えてしまう。

 なかなか発進しないミキを心配して、シートベルトをつけたまま後部座席からアドルフが声をかけた。

「ミキさん、大丈夫。僕も一緒ですよ」

 今は死ぬために飛ぶのではない。そう心に念じると、自然に恐怖心がなくなっていく。怖くても今はアドルフも一緒なんだ。

「行くぞ!」

 ミキは思い切り加速した。

 重力で体がシートに押しつけられる。

 離陸。

 身体がシートにむりやり押しつけられる。急な上昇に追いつけなくて、思わずアドルフは息を止め、目を閉じた。

 一気に高度一千メートル上昇する途中、気圧で耳がキンとしたが、一度大きく息を吸い込む。目を開けてみると、すでに雲の上だった。

 見下ろすと、雲の合間には美しい街の夜景。

 透明のキャノピーの上を見ると、輝く星と月。

「ミキさん、すごい! すごい!」

 アドルフは思わず興奮して声を上げた。

 ミキは、アドルフが興奮気味に指を指す方向を見て、確かに美しいと思った。

 こんな気持で空を飛ぶのは久しぶりだった。少なくとも、モルダーを失ってからは一度もない。

 管制塔から無線が入った。飛行許可はとっているのかと。

「許可はとっていないが、夜間飛行訓練と、ミサイル搭載時の調整を兼ねて飛ぶ。悪いが飛ばせてくれ」

「でも……」

 無線の向こうから、書類がどうとか、自分達ではどうとか、言い訳がましい担当の係の言葉が飛び交うのが聞こえてきたが、ミキはそれを無視して飛び続けた。今は誰にも邪魔されたくない。うるさく伝える無線を、聞こえないふりをしてそのまま切る。

 そのまま更に垂直上昇。

 スロットルを一気に絞る。

 一旦、ニュートラル。

 エンジンカット。

 機体は見事にスロットルハイ。

 視界は星空しか見えない。

 しばらく機体は失速し、今度は首尾をそのまま後ろに傾けて、綺麗な弧を描く。

 見事な宙返り。

 今夜は調子が良い。

 ミキは一通り、自分の飛び方に納得するまで、夜間のアクロバット飛行を楽しんだ。


to be  continued……

Chapter5:親友


   4

 なんでこの人は、突然、こんなことを言い出すのだろう。今まで調子よく、一緒に戦闘機に乗るか? と言っていたのに。

「死にたい」だなんて言葉は聞きたくない。矛盾している言葉と、投げやりな態度に腹が立つが、それだけ本当の気持ちをさらけ出せるくらいには、親しく思ってくれているのか。 普段は人を突っぱねた態度を取っているクセして、危ういことを言い放つ。アドルフはミキに反感を持ちながらも、気になって仕方がなかった。

「なんで死にたいなんて思うんです?」

 女性でエースパイロットという職業は、一目は惹くだろうが、それ以上にプレッシャーも多いはずだ。誰かに頼りたくても頼れない。周りはみんなライバルだし、男相手では、下世話な態度を取られることも少なからずあるに違いない。ミキの素直でない性格は、もしかしたら、パイロットだという職業だからこそ、形成されたのかもしれない。それでも、「空を飛ぶ」ということと、「死にたい」という言葉を同義語だとは余程の理由があるはずだった。

 アドルフは苛つく気持ちを抑えようとして、片手を拳に丸めた。それでも、やり場のない拳を振り下ろせなくて、掴んだミキのシャツを乱暴に放つ。

ミキは顔を背けていたが、やがてそこにあった工具箱に腰掛けると、観念したように、ぽつりぽつりと話を始めた。

「……オレには幼なじみの恋人がいたんだ」

 ミキの言葉に、思わず眉間を寄せた。あまり聞きたくはないけれど、ミキの『恋人』と聞いては、気になって仕方がない。アドルフも黙ってミキの側に、腰を下ろした。

「オレがまだ軍に入る前の話だ。彼の名前はモルダーという。やっと飛行機の操縦に慣れたオレは、彼を乗せてセスナ機を操縦する事になった。初めてオレがモルダーを飛行機に乗せてやると言った時も、今のお前みたいに、無邪気に喜んだものだった。セスナ機は無事に離陸し、上昇した。ところが予想もしなかった事に、オレ達がいく上空で、知らない間に戦闘が始まっていた。気がついたオレは、急いでそれから逃れようとしたんだが、あいにく流れ弾が当たってな。翼の一部と、着陸用のタイヤがやられた。すぐに緊急着陸を試みたが、胴体着陸しか方法はなくて、オレは決死の覚悟でそれを試みた」

「どうだったんですか?」

「着陸そのものは出来たんだ。だが、滑走路と機体の胴体の摩擦熱で引火して、爆発した。あっと言う間だった。オレはなんとか助かったんだが、モルダーはそのまま……」

 ミキはそこまで言うと、唇をきつく噛みしめた。

「そんな……」

 アドルフは言葉が出なかった。ミキの性格だ。どれほど責任を感じているだろう。恋人を助けられなかったことに。自分だけ生き残ったことに。

「ああ。オレはモルダーを死なせてしまったんだ。あの時も後部座席に座った彼を助けようと振り向くと、もうそこは爆風で何も見えなかった」

 ミキはうつむいたまま、辛そうな顔をしていた。あの時のことを思い出しているに違いない。それでも瞼を閉じ、絞り出すように話を続けた。

「そのモルダーなんだけど……。お前にそっくりなんだ。瞳の色は違うけど、顔も表情も性格までも」

 ミキは辛そうだったが、無理矢理、表情を平然と保とうとしていた。今はどうにか、アドルフに話をすることで均等を保っているバランスも、いつ崩れるかわからない。危うい表情は、今のミキの精神状態そのものだった。

「……あ!」

 アドルフはミキの言葉を聞いて、心当たりがあった。戦闘機の内壁に貼られた、たった一枚の写真。もしかしてあれがモルダーだろうか?

 先日涙を流していたことも。夢の中で名前を呼んでいたことも。

 あれはきっとアドルフのことではなく、恋人のことを呼んでいたのだ。

「だから、オレはモルダーの後を追いかけて、死にたくて空に飛び立ちたいのかもしれない。死ぬのなら、空でと決めているからな。死んでもいい覚悟があるから、人よりも思い切った攻撃ができた。知らない奴らはそれをみて『鋼のエースパイロット』だとぬかしやがる。笑えるだろ?」

 自嘲気味に言い放つ言葉が、とても痛々しい。自分で自分の言葉に傷ついている。まるで自分に科せられた罪と罰のように。

 なんて可愛そうな人なのだろう。アドルフは、喉の奥が詰まったように、熱く、苦しくなった。ミキはどれほどつらい思いを一人でしてきたのかと思うと、気の毒でならない。

 死にたい。と言っていたのも、判らなくはない。きっと最初は空に憧れてパイロットになったはずなのに、空を飛ぶ理由に、「死」を上げるには悲しすぎる。

「ミキさん……」

 アドルフは皮肉混じりに辛そうに話すミキを、そっと抱きしめた。




to be  continued……


Chapter5:親友


    3

アドルフはニコニコと笑顔を浮かべながら、嬉しそうな顔をしていた。心から喜んでいるのがわかる。ミキも微笑みを返していたが、モルダーのあの時の表情と、今のアドルフの表情がだぶついて、忘れていたはずの事までふと思い出していた。

 ミキがセスナ機に乗せてやると言った時も、今のアドルフにように、モルダーは嬉しそうにしていた。

 まさか、あれが最後に見た笑顔になるなんて。

一瞬、ミキは再びあの時と同じ結果になるのではと考えて、体がこわばった。

怖くて、恐ろしくて、身体が勝手に拒否反応を起こしてしまう。急に手先が冷たくなり、震えが止まらなくなる。息が詰まったように苦しくなり、その場に立っているのも辛くなる。自分ではどうしようもなかった。

「どうしました?」

「な……なんでもない!」

 付き跳ねるように言い放ったが、明らかに今までの調子と違うと感じ取ったらしい。アドルフは急に真面目な顔つきで、顔を覗き込んできた。

「ミキさん、大丈夫ですか?」

 声を出すのもツライ。ミキは震える手で自分の身体を抱きしめると、黙ったまま、小さな子供のように、大きく頭を振った。

 ――けして悟られてはならない。

 オレはエースパイロットだ。ここでの一番は、自分なのだ。

 ミキは自分に言い聞かせるように、心の奥で反芻する。その一方で、誰かにこの苦しみをわかって欲しい。いいや、わからなくてもいい。孤独な苦しみの一部を、吐き出したい衝動にかられた。

 何も考えずにアドルフを夜間飛行に誘ったのはよかったが、恋人によく似た彼自分の操作する戦闘機に乗せると言うことは、ミキにとって心理的にかなり負担になるのは否めない。だが、一旦言い出した事を変えるというのは、したくはない。

 嘘をついているような気がしたからかもしれない。アドルフは大事な仲間だ。この基地では、唯一気を許せる、信頼できるヤツだと思っている。

 心配そうに覗き込むアドルフの顔を見ていると、瞳の色が違うだけで、うっかりモルダーだと勘違いしそうになる。

 コイツなら、吐き出してもいい相手なのかな……。

「ミキさん……?」

 アドルフは不安げなミキ瞳の奥に、何かを感じとったのだろう。作業用のグローブを撮ると綺麗な指が覗く。アドルフはミキの手を取ると、ぎゅっと握りしめた。

 温かくて大きな手だった。冷たいミキの手を優しく包んでくれる。整備工をしているには華奢な気がしたが、長い指は見るからに器用そうだった。

 アドルフは何も言わなかった。ミキが何か話したくなるまで、ずっと同じ姿勢だった。段々と指先から体温が戻ってくると、アドルフに手を握りしめられているのが、恥ずかしくていたたまれなくなってくる。

 ミキは自分から手を離した。

「オレ……ある時から飛ぶときはいつも一人だと決めていたんだ」

「一人?」

「ああ。オレにとって空を飛ぶと言う事は、死にたいと同義語だったのかもしれない」

「え? 死にたい?」

 ミキの言葉の意味がよくわからないアドルフは、ただ、オウムのように言葉を繰り返した。

「そうなんだ。オレは死ぬ為に空を飛んでいた……」

「ミキさん! 何を言うんです? 死にたいだなんて! 確かにパイロットという職業柄、死を恐れていては、飛べないでしょう。でも、自分からそれを望むなんて……」

 アドルフはミキの言葉に、思わず掴みかかった。



to be  continued……


Chapter5:親友 2 


   2

 気がつくと、夜も遅い時間だった。

最後に左右翼の下にある二カ所のミサイルのカバーを、高圧リベット打ってようやく完成した。

「これで終わりか?」

「ええ、とりあえずハード面は。ありがとうございました」

「礼を言うのはこっちの方だよ」

 ミキは心底、気持ちがよかった。もちろん、自分専用の戦闘機の調整ができたのも嬉しかったが、アドルフと一緒に作業ができたからなのかもしれない。

 道具の片付けにとりかかっていると、アドルフはまだ満足できていない様子でブツブツと呟いた。

「あとはエンジンのスイッチを入れた時、ちゃんと残量の表示が出るか、飛行中、操作できるかの問題が残っていますが――」

「飛行中か?」

「ええ、でも、これは今日のところは無理ですね」

 流石に飛行中の操作は、ここでは無理だ。仕方ないですね。と諦めモードで、アドルフは肩を軽く上げる。ミキに続いて、出した道具を元に戻し始めた時だった。

「今から飛ぶぞ」

「え?」

「聞こえなかったのか? 今から飛ぶ。実際にミサイル発射は無理でも、ミサイル残量と、ロックオンまでは確認できるはずだ。夜間飛行の訓練も兼ねて、って事にすれば、誰も文句は言わないだろ?」

 確かに、ミサイルを発射できなくても、試せるテストはいくらでもある。願ってもないことだろうが、いくらパイロットだからと言って、勝手に戦闘機を発進させることはできないはずだ。

 戦闘機を発進させるには、ミュンホ長官の許可が必要となる。昼間ならともかく、今は夜中だし、第一、ミュンホ長官が今夜基地を不在なのは、アドルフも知っていた。

 大概、非番の日は街に出て、翌朝、朝帰りなのだろうから、飛行許可をとるなど、無理な話だろう。

「まあ……それはそうなんでしょうけど。でも、今からじゃ飛行許可をとるのが大変なんじゃないですか?」

「そんなの後でいいだろ? オレとミュンホ長官の仲だ。どうにでもなる」

 自信たっぷりのミキの言葉に、アドルフは素直に納得した。

「なんなら、お前も一緒にくるか?」

「え?いいんですか?」

 願ってもない話だった。

ミキが乗っているF15のイーグル系戦闘機は通常一人乗りが多いが、後ろの補助シートを用いれば、少々狭いけれど、もう一人分の座席はある。

「もちろん。その代わり、後ろの座席で少々狭いのは我慢しろよ。オレ様の操縦する戦闘機に乗せて貰えるなんて、めったにない事だからな」

ミキはふざけて言ったのだが、アドルフはそうとらなかったらしい。

「ありがとうございます!」

さも嬉しそう頬を染めて速攻で礼を言った。




to be  continued……


Chapter5:親友



格納庫へ行ってみると、灯りがついているのは、ミキの戦闘機が止めてある辺りだけだった。

もしかして、アドルフなのか?

今日の対戦では、特に敵の攻撃を受けたわけでもなかったのだから、整備するにしても調整と給油ぐらいなものだろう。特に時間がかかる作業とも思えないし、定時もとっくにすぎている。格別、急いでやる事はないはずだった。

ミキは少し不審に思いながら、自分の戦闘機に近づいた。

見る案の定、アドルフが私服のシャツとズボン姿のまま、グローブをはめてなにやら作業をしている。

「アドルフ、お前……何してる?」

「ミキさん!」

「今日は作業服でもないんだな」

「ええ。夕方、この戦闘機用の部品が届いたんです。ミサイルのレザーを固定する部品ですよ。本当は同僚の友達に誘われて、今日は外に食事に行くつもりでいたんですが、出かけにこれが届いたと聞いたので」

 作業をしていて暑いのか、額の汗をグローブを填めた腕でぬぐっていた。疲れているだろうに、白い歯を見せて笑顔でそんな態度を取られると、不覚にもドキリとしてしまう。

 いや、これは気のせいだ。

 オレはもう人を愛せる資格などないのだから。

 無意識にそう思いこもうとし、できない自分に苛ついた。

ミキは礼を言うつもりが、口から出てくるのは、違う言葉だった。

「お前、行かなかったのか?せっかくだから行ってくればよかったのに……」

「僕にとってこっちの方が大事なんです。今日だって、この部品があれば、ミキさんを危険な目にあわさずに済んだかもしれない。そう考えたら、ゆっくり食事なんかしている暇はないですよ」

「アドルフ……」

 くったくのないアドルフの笑顔と言葉を聞くと、ミキは自分のことばかり考えていたことが恥ずかしくなってくる。

 勝手にやってろ。と思う半面、心のどこかでは、アドルフの行動に感謝しているのだ。

 仕事だから。と、一言で済ますのは簡単だろう。けれど、職務時間でもないのに、自分の休暇を潰してまでメンテナンスをしてくれるアドルフのひたむきな行動には、職種は違えど、真面目に仕事に取り組む姿勢は共感できる。

 アドルフは、ダンボールから部品を出すと、電動レンチで六角ボルトを締めていた。

「オレも手伝う」

「いいですよ。そんなに時間はかからないと思うし、それにミキさんの服が汚れてしまいます」

「それはお前もおなじだろ?」

そう言って顔を見合わせると、つい可笑しくてどちらともなく、吹き出した。

「いいから、オレにも手伝わせろ。自分の戦闘機ぐらい面倒みなくてどうするよ」

ミキはジャケットをその場でぬぎ、シャツを腕まくりをした。

一応、これでも女性の部類には入るが、ミキはプライベートでもいつもGパンかパンツスーツ姿だ。特に洋服に思い入れもないので、多少汚れてもかまわない。

「いいんですか?」

「ああ、かまわん。それより、部品って、これか?」

「いえ、それはこっちをつけてからです」

アドルフは厳重なスチール製のハードケースから重たそうなステンレスの塊を両手で取り出すと、「なら、僕がいいと言うまで、これを支えておいてもらえますか?」と注文をした。

「わかった」

二人は手際よく作業を始めた。



to be  continued……






Chapter4:戦友 5


   5

 ミキは自室に戻り、温めるだけの簡単な食事を取った。一人で摂る食事は慣れているはずなのに、今日はなんだかとても寂しく感じた。先程、ミュンホの話を聞いたせいもあるかもしれない。

「私にとって、大事な存在だった」

彼の言葉が頭をよぎる。

ミキにとって大事な存在は確かにあった。モルダーだ。幼くして両親を事故で失ったミキは、幼なじみのモルダーは家族であり、恋人であった。モルダーさえいれば、オレはなんにもいらない。本当にそう思って、疑った事などなかった。だが、今はもうその最愛の恋人も、もういない。

言い知れない寂しさと孤独が、ミキを襲う。モルダー以外に大事な人と言える存在は、ミキには未だかつていない。

親友ってどんな存在なのだろう。

一緒に笑って、泣いて。

楽しい事も、苦しい事も、たとえケンカをしても。そどんな経験を一緒にする友達の事だろうとは予想できるが、残念ながら、ミキにはそんな経験を一緒にする友達は一人もいない。若くしてエースパイロットと騒がれて、人から注目される事は多いが、皆、遠巻きに見ているだけ。

自分はいつも孤独だ。

そんな事を考えながら一人で摂る食事は、とても味気ないもので、ちっとも進まなかった。

ミキは席を立つと、窓の外を眺めた。すっかり夜もふけていて、夜景が綺麗だった。

反対側の方向の窓に目をやると、離れた格納庫のトップライトから灯りが漏れているのに気づく。

誰かまだ仕事をしているのだろうか? 対戦があったのは、今日午前中早い時刻だったし、基地に戻って解散したのも、昼前だった。

それから整備の仕事があったとしても、定時はとっくに過ぎている。ミキは気になって格納庫へ行ってみる事にした。



to be  continued……



Chapter4:戦友 4


「私は、あの時の惨事を身にしみてわかっている。あの時、私が無茶をするなというのも、わかるだろう?」

「……ああ」

オレは想像した。

目の前で大事な人を亡くした絶望感。

人に説明されなくても、オレ自身がそのつらさは、よく知っている。

「特にお前はウチの基地のエースパイロットだからな。新型の戦闘機をそう廃車にしてもらっては困る」

おい!

人が感動しているのに、お金の心配かよ!

ミュンホ長官を見ると、胸の前で小さく十字架をきり、静かに目を閉じて祈りを捧げている。口は悪いが、それがこの人なりの優しさなのかもしれない。

「もう……戦闘機には乗らないのか?」

「私にはもうその資格はない。レオニーを失った時に、全てを放棄してしまった。ただ……アイツの死を無駄にはしたくない。私なりのやり方で、報いる事ができるのならばと、長官を勤めているのだ。出来ることなら、無駄な戦いはしたくない。もっと上の階級をめざして、この世界から戦争を無くすのが、私の願いなのだ」

 知らなかった。見た限り、順風満帆な人生を送っているように見えたミュンホも、実はこんな過去を背負っていたのかと思うと、自分だけが苦しい思いをしているのではない気に思えてくる。

「詳しい事は知らないが、お前もそれなりにいろいろあるのだろう? 命は大事にしろ。少なからず悲しむ人はいるはずだ」

ミキは黙ってその言葉を黙って聞いていた。

「暗い話はここまでにしょう。どうする? これから街に繰り出して飲みにいくか?」

せっかくの上官のお誘いだが、今はそんな気になれない。

「せっかくだけど、基地に戻る」

「そうか。せっかく女の子を紹介してやろうと思ったのだがな。おっと、失礼。お前はまかりなりとも女性だったな。ならばボーイズバーでもどうだ? 美少年ばかり揃えた店を知っているぞ」

 なに? 女ばかりでなくとも、男もイケル口なのか?

ニヤリと口角を上げて笑うミュンホの顔は、もういつもの顔だった。

「オレはそんな趣味はない。先に帰らせてもらう」

 ミキはそそくさと踵を返すと、後頭部から声が聞こえた。

「タクシーを待たせておいた。基地に戻るなら、それを使うといい」

「ミュンホ長官は?」

「私の事は心配しなくていい。電話すれば迎えに来てくれる彼女ならいくらでもいる」

まったく。煮ても食えないヤツだ。

 ミキは基地に戻ろうと、墓地の外で待っていたタクシーに乗り込んだ。

タクシーに乗り込んだのがよかったが、すっかり食事を食べ損ねた事を思い出した。どこかのレストランで食事をとってもよかったのだが、そんな気もうせてしまった。ミキは途中、タクシーを止め、食料を買い込み、そのまま基地にもどった。


to be  continued……

Chapter4:戦友 3


当初の目的地はセントラル。この街の繁華街の名前だ。なのに、タクシーはどんどん道を離れ、周りの風景は殺風景なものになっている。ミキとミュンホがタクシーを下りたのは、すでに辺りが暗くなってからの事だった。

「ミュンホ長官、一体ここは……?」

「まあ、黙ってついて来い」

すでに辺りは暗くなっていたが、多少街灯があったのと、月が出ていた事もあって、段々と目も慣れた。先をゆくミュンホ長官の後を着いていくと、そこは墓地のようだ。

こんな時間に墓地だなんて。薄気味悪すぎる。悪趣味だと思いつつ、引き返そうとも思うが、ミキ自身、この街に来て間もないので現在地がよくわからない。黙ってそのまま着いていった。

整然と並ぶ墓標が、規則正しく並んでいる。同じような風景なのに、ミキは迷わず目的の墓標の前で、立ち止まった。もう何度も足を運んでいるのだろう。

一体、誰の墓標だろう。家族? 恋人?

ミキが墓標に掘られた名前を確認すると、「マース・レオニーここに眠る」とある。

マース・レオニー? 男か? ミュンホとどんな関係にあったヤツなのだろう。墓標に掘られた年代を確認すると、亡くなったのは三年ほど前。まだ二十代後半の若さで亡くなっている。

「ここは私の親友の墓だ」

「親友?」

「そうだ。私にとって大事な存在だった」

へえ。ミュンホ長官でも親友と呼べるヤツがいたのか。ミキは少し羨ましく思った。

自分には、未だかつて胸を張って『親友』と呼べるヤツはいない。多少、気の合うヤツはいたが、いかんせん自分からあまり交流をもたないミキは、そんな存在を作る機会がなかった。

特に恋人を亡くしてから知り合うヤツは、ほとんど軍属の人間だったので、大事な人を亡くす事が怖くて自分から極力そうゆうつきあいを避けてきた。もうこれ以上、大事な誰かを失うのも嫌だったし、もしも、親友と呼べる存在がいて、自分が先にソイツより先に死んでしまったら、相手を悲しませる事になるかもしれない。特にパイロットという職業柄、明日死ぬかもしれない事を十二分に承知しているミキは、とてもそんな気になれなかった。

「コイツもパイロットだった……」

「コイツ?」

おそらく、ミュンホが言うのは、墓標の名前の男だろう。

「私とコイツとは、士官学校からの同期でね。一緒にエースパイロットの座を狙った時期もあったんだ」

「え? ミュンホ長官もパイロットだったのか?」

「ああ、もう昔の話だよ」

苦笑いしながら顔を上げ、ミュンホはどこか遠い目をしてつぶやいた。

「面白い男だった。若くして結婚して顔に似合わず、子煩悩なヤツだね。ある戦闘の時だった。私もレオニーも、パイロットとして対戦に参加して、敵も仲間もギリギリのところで戦い、決戦だった。半分近く仲間の機がやられて、私も必死に戦った。燃料も底をつき始め、一旦、基地に戻ろうとした矢先、敵が私達を追いかけてきた。私は敵にミサイルを発射したが、すでにそれも底をついていて、空砲しか撃てなかった。側を飛んでいたレオニーが私を援護してくれたが、彼のミサイルもやがて底をつき、気がつくと、敵が私の機の真後ろにやってきていた。ターンをして逃れようとしたが、遅かった。やられると思った瞬間、大きな爆撃音が後方からして、目をあけてみたら私はまだ無事だった。私の代わりに、レオニーが敵に自分の機ごとつっこんで、身代わりになってくれたのだよ」

「そんな……」

ミキは言葉が出なかった。

「おかげで私はこうして生きている。皮肉にも、長官なんぞまで勤めているわけだ」 

時折、墓地を吹き抜ける風が頬に冷たい。ぐっと握り込んだ両手の中だけは熱くて、ミキにはその熱さが亡くなった親友への気持ちのような気がして何も言えなかった。慰めの言葉も、おそらく陳腐で煩わしい同情の言葉にしか聞こえないだろう。



to be  continued……

Chapter4:戦友 2


 自室にもどると、すぐにシャワーを浴びた。

冷や汗でべとつく体を熱いお湯で流れ落とすと、今頃になってようやくあの時の恐怖が蘇ってきた。

『鋼のエースイロット』と言われるようになった今でも、敵のミサイルを受けると思うと、一瞬気持が恐怖で凍り付いてしまう。心臓をわしづかみにされたように、きゅんとなり、一気に呼吸も速くなる。自分で自分に大丈夫だと暗示をかけないと、怖くて操縦桿を持つ手も震えてしまうほどだった。

ミキはようやく長いシャワータイムを終え、まだ恐怖と興奮で冷めない頭を沈めようと、部屋に備え付けの冷蔵庫からビールを取り出した。そのまま銀色のプルタブを開け、一気に喉に流し込む。

一瞬でも早く酔いたかった。酔ってしまって、今の状態を麻痺させてしまいたい。

ミキは続けざまにビールを二、三本あおると、久しぶりのベッドに横になった。

 ミキがベッドから起きあがったのは、すでに夕方近い時刻だった。美しい夕日が、最上階から一つ下のミキの部屋に差し込む。少し休んだからか、頭も体も、あの嫌な感じは残っていなかった。

 時計を見ると、すでに定時は過ぎていている。今日の事があったからか、今日のところはもう訓練はないだろう。暇ができたなと思ったら、急激に空腹を覚えた。

そう言えば、朝から何も食べていなかった。たまには宿舎でなく、外で食事をするのもいいかもしれない。ミキは手早く身支度をして、一人外出する事にした。

宿舎から基地の表玄関まで歩き、街までタクシーでも拾おうとミキが一人待っていると、遠目にビシリとスーツを決めた黒髪の男が一人、こちらへ向かってやってくる。

ミュンホ長官だ。

会いたくないヤツにあったなと、ミキが引き返そうとすると、声を掛けられた。

「ほぅ、君も今からデートかね?」

「誰か相手がいなけりゃ、外で食事もできないのか?」

「一人なのか……。なら今晩は私に付き合え」

「え? ミュンホ長官と?」

「相手が私だと不満なのかね?」

不満も不満。今、ミキにとって、一番一緒にいたくない相手がミュンホなのだ。

何か断る理由がないものかと考えを巡らせているうちに、ちょうどタクシーがやってきた。

ミキが返事をする間もなく、やってきたタクシーにミキを先に勧めると、「セントラルまで」と勝手に運転手に行き先を伝え、タクシーは基地を後にした。

 タクシーの中でも、二人の会話はなかった。

行き先についたら、先に帰ろうとミキは心に決めると、ミュンホと視線を合わせないようにずっと窓の外を見ていた。

「運転手さん、ちょっと行き先を変更する。このまままっすぐ行って」

ミュンホが突然、運転手に注文した。

「はい、承知しました」

行き先を変える?

一体、どこに行こうとしているんだ? ミキは行き先を聞こうと思ったが、すでにタクシーは目的地を変えてずんずん進んでいる。今更聞いても遅い。仕方なく、行き先も聞かないまま、黙って窓の外をみていた。



to be  continued……