結局、警察は呼ばないまま、一行はリビングに移動し、古賀の話を聞くことになった。古賀は酷くつかれた顔をし、逆らわずに言われる通りにした。芳美は今までのはしゃぎようから一転、項垂れた様子で、ソファに真野、瑠実。と、反対側に芳美、古賀と向かい合って座った。
「古賀さん、どうして地下室へ?」
ソファに座ると同時に、瑠実が速攻で質問すると、視線を合わせないまま「地下室には、茶室の図面を探しに入った」と、古賀は疲れた様子で返事をする。一刻も早く理由を知りたい。瑠実は即座に話の先を催促した。
「茶室って……ウチのおばあちゃんの茶室ですか?」
「……ああ。そうだ」
やっぱり! 雲の中というのは、茶室のどこかなのだ。瑠実は予測はしていたものの、古賀にはっきり言われると、先を越された気分になり、少し悔しかった。
「雲の中の手懸かりに、茶室の図面が必要だったんだ。昔、社長に聞いたことがあったんだよ。図面に秘密が隠されちょるって」
古賀は、ずっと虎之助の下で働いてきた。隆司の親友でもあるので、家にもよく遊びに来ていた。時には、プライベートの話をする機会もあったはずだ。直接、虎之助から聞いていたとなると、いよいよ間違いはない。納得はできるが、肝心の茶室の図面は、どこにもなかったはず。瑠実は芳美と、何度も家中を探したのだ。
「地下室にも図面はなかった……ということですね」
なぜか真野が、念を押すように古賀に問い掛けた。
真野は図面の存在を知っていたっけ……? 瑠実は真野に話した覚えはなかったが、芳美が真野に話したのかもしれない。そういえば、以前、芳美と古賀を尋ねて言った時、社長室で芳美が熱心に古賀に『雲の中』について話していたのを思い出した。確か、真野も同じ席にいたはず。そうか、だからなのか。と、瑠実は一人で納得していた。
「ああ。残念ながら、地下室にはどこにもなかったよ。地下室の暗証番号も、違っていたし、散々だ」
「……ごめんなさい。前は一つしかロックは掛からんかったから。最近やとよ。二重ロックに増やしたのは」
(なんで、お母さんが古賀さんに謝るの? そもそも、勝手に侵入してきた古賀さんが悪いのに)
瑠実は芳美の態度に、腹を立てていたが、怒りの矛先を古賀に向けた。二重ロックに扉を直したのは、香月家の都合だ。そもそも、他人に一つでも暗証番号を教えるのが悪い。
「暗証番号を、なんで古賀さんが知ってるんですか?」
瑠実は怒りを隠さず、古賀に対して厳しい口調で言った。古賀は家族ぐるみの付き合いをしていたので、地下室の存在も知っていた。だが、ドアに自動ロックが掛かり、十五秒以内に二重の認証キーを押さなければならないとは知らなかった。聞くと、一つめの認証番号は知っていたので、入れると思ったようだ。
「さあ、……なんでかな。お母さんに聞いてみなさい」
古賀は、はぐらかした。口調もだんだん砕けてきている。地下室に侵入したのがバレたので、もう、どうでもいい。といった感じだ。
「なんで? お母さん」
瑠実が尋ねると、芳美はしばらく瑠実の顔を見つめていた。答えたくないのか、どう返事をしてよいのか、考えているようだ。
「芳美、俺から本当のことを言おうか?」
(なに? 本当のことって)
古賀の口調に、瑠実は気持ちを逆撫でされた気がして、余計に腹が立った。
(勝手に、ウチのお母さんを呼び捨てにしないで!)
古賀に言われて、ようやく芳美が口を開いた。
「瑠実ちゃん、黙っててごめんね。認証番号は瑠実ちゃんの誕生日やろ?……実は瑠実のお父さんは、古賀さんなの」
一瞬、瑠実は耳を疑った。誕生日を認証番号にするなんて、ベタすぎる。調べればわかることだ。それより、もっと重大なことを、さらりと芳美は言った。確か、古賀が本当の父親なのだと。
「……嘘。じゃあ、お父さんは?」
隆司が本当の父親じゃないなんて。幼い頃から、隆司にはべったりだった瑠実は、芳美の言葉が信じられなかった。あの優しい隆司が、本当の父親じゃないなんて。瑠実は呆然とした。心臓が高鳴る。目の前にいる古賀が本当のお父さんだなんて。予想もしなかった芳美の言葉に、何も言えなかった。
まさか芳美が隆司を裏切って、古賀と浮気をしたとは思いたくなかった。
聞きたくはないけれど、ここで聞かなかったら一生ずっと、聞けない気がする。しばらく沈黙が続いた後、瑠実は思い切って尋ねた。
「もしかして、お母さん、浮気……とか?」
瑠実がおそるおそる芳美に尋ねると、「本当はお父さんと別れるつもりじゃったから」と告白した。そういえば以前、隆司が親の七光りで荒れていた時代があったと聞いていた。おそらく芳美は、本当に隆司と別れるつもりだったのだろう。詳しく話しを聞くと、隆司の親友である古賀に相談していくうちに……という結果だという。
その後、隆司は真面目に働くようになった。妊娠した事実を隆司に知らせると、隆司は土下座して芳美に戻ってきてくれと訴えた。芳美は隆司と離婚するつもりだったが、隆司がまるごと受け入れると知り、古賀と別れた芳美は古賀に妊娠したのを知らせなかったらしい。瑠実はそのまま隆司と芳美の間に生まれた子供として、大事に育てられ、現在に至る。
事実を知って、驚いたけれど、思ったよりショックではなかった。幼い頃から、古賀も可愛がってくれたという記憶があるからだ。もちろん、隆司は、もっと可愛がってくれた。目に入れても痛くない、といわれるほどだ。もし、芳美が隆司と別れ、古賀と一緒になっていたら、今頃どうだっただろう。少し考えて、瑠実は考えるのをやめた。
夫婦でしかわからない事情もある。隆司と芳美が納得して決めた結果なら、問題はなかったのだろう。現に瑠実も今まで幸せに暮らしてきた。出生の秘密を知って、グレる年でもない。ただ……もっと早くに事実を知っていれば、古賀に対する気持ちも、変わっていたかもしれない。古賀は瑠実にとって、もう一人の父親みたいな存在だと、ぼんやりと感じていたのは、事実だった。ただ……それだけだ。本当の父親には思えない。
「大丈夫?」
横にいた真野が、心配して瑠実に声を掛けてきた。聡い真野のことだ。プライベートな話なのに、部外者の真野が聞いてしまってよかったのか? という意味合いも入っているのだろう。今更、事実を知っても、やはり瑠実にとって父親は隆司だ。古賀も大事だが、今まで父親だと見ていなかったので仕方ない。
「私にとっては、やっぱり、お父さんは一人しかおらん。でないと、全部を知りながら、育ててくれたお父さんが、可哀想じゃもん」
瑠実は即答した。芳美は瑠実の話を聞いて、泣いていた。古賀も、「それでいい」と納得してくれたようだった。
to be continued……