「なら、私が電話する」
すぐに警察を呼ぼうと手に持った携帯のナンバーを瑠実がプッシュするのと、携帯が振動したのは、同時だった。画面を見ると、知らない電話だ。おそるおそる着信ボタンを押すと、「大丈夫か?」と真野の声が聞こえた。
「真野さん!」
「玄関を開けて。今、外にいる」
瑠実が玄関の鍵を開けると、真野が息を切らせて立っていた。
「どうしたんです? あ、もしかして、心配して来てくれたんですか?」
真野が返事をしようと口を開けたが、慌てて背中を向けた。夜着姿の瑠実と、芳美を目の前にして、目のやり場に困ったようだ。
「ご、ごめん……その……」
しどろもどろになる真野に、急に瑠実は恥ずかしくなった。けれど、今更だろう。横で見ていた芳美が、「私たちは気にしちょらんから、照れんでもよか。それより、どんげしたと?」と真野に尋ねた。
(いやいや。私たちが気にしちょらんでも、真野さんが気にするよ)
小母さんパワーは強烈だ。目の前で赤くなっている真野を見ると、感染して瑠実も恥ずかしかったが、今はそれどころではない。体は正面に向き直ったが、視線は三和土の石張りの上に置いたまま、真野が答えた。
「さっき、瑠実さんに電話したら、ブザーみたいな音がして……電話が切れたから。今、副社長もおらんし、香月家には男手はないとでしょう?」
どうやら、瑠実と電話で話している途中で切れたものだから、真野は心配してタクシーを飛ばし、駆け付けてくれたようだ。
「あらあら。こんな夜中なのに、ご苦労様です」
「お母さん!」
芳美の態度に、瑠実はハラハラしていたが、せっかく真野が来てくれたのなら、心強い。瑠実は一緒に地下室まで来てくれと頼んだ。
「泥棒ですか?」
香月家に上がり、地下室まで案内する途中、芳美が粗方、地下室の説明をした。外へ出られず、犯人はまだ中に閉じ込められているはずだ。
「地下室を確認するのは、警察を待ってからにしましょう」
真野の提案に、瑠実は大きく頷いた。ところが、芳美は先程から「どんげな人が犯人か、見てみようや」と野次馬根性を丸出しで、わくわくしている。まるで子供だ。
「お母さん、犯人を見たいってゆうても……危ないやろ?」
瑠実が、なにを言い出すか。と母を責めたが、芳美は一向に反省はしていなかった。
「あら、瑠実ちゃん、知らんかったと? 地下室にはカメラが付いちょって、おじいちゃんの部屋から見えるとよ?」
当たり前のように言ってのける芳美の言葉に、瑠実は驚いた。いつの間に、カメラを付けたのだろう。瑠実が尋ねると、瑠実が家を出てから、謝って薫が地下室に閉じ込められたことがあったらしい。暗証キーの番号を覚えておらず、見つかるまで、大変な騒ぎだった。
「とりあえず、地下室に誰かが居るんなら、モニターで確かめてからにしよう。それから警察に連絡しても遅くないやろ?」
芳美はいそいそと、虎之助の書斎に入り、手慣れた様子で開き扉になっている書庫の一つを開けた。中には十四インチの小さな画面があり、暗視カメラでモニターできる。画面に注目すると、緑青色に溶け込むような暗闇の中、蠢く影があった。確かに誰かが地下室に閉じ込められている。影はうろうろしながら、時折、暗証ナンバーのプレートに手を伸ばす姿が映っていた。その時だった。手を伸ばす影が、一瞬、カメラのほうを振り向いた。影はシルエットの中に、よく知る顔が浮かび上がった。
あ!
「見えた?」
瑠実の問い掛けに、芳美と真野は顔を見合わせた。
「見えた……」
緑青色一色のモニターの中に浮かび上がったのは、古賀の顔だった。
……まさか、古賀さんだったなんて。なぜ古賀が地下室にいるのだろう。そう言えば、瑠実が古賀に駅で会った時、「雲の中」はどこだ? と、聞かれた。瑠実は「見つからない」と答えたが、なぜ、古賀は『雲の中』が、物ではなく、場所を指す意味だと知っていたのだろう。もしかして、古賀には『雲の中』の場所を知っていて、地下室にやってきたのではないか? 瑠実が考えている間に、芳美は、即座に書斎を出て行った。
「お母さん!」
瑠実と真野は、芳美を追い掛けた。
「待ってください!」
真野が瑠実より早く、芳美に追いつき、肩に手を掛けた。
「どうするつもりです?」
「だって、今のは古賀さんじゃったやろ? 古賀さんがウチの地下室に黙って入る訳はなか。なんかの間違いやが。それでも、入っちょたつなら、何か訳があるっちゃが。古賀さんが泥棒みたいな真似するわけない。早く開けてやらんと!」
今まで穏やかだった芳美の表情が、急に険しくなった。のんびりしていた口調も、興奮したものになり、古賀を助けたいとする気持ちが、痛いほど伝わってきた。
「ちょっと待ってん。地下室に居るということは、古賀さんは侵入者やろ? いくら古賀さんでも、夜中に黙って家に入るのは、家宅侵入罪じゃって」
瑠実が説得したが、芳美は聞かなかった。地下室の前まで来ると、外扉の壁についている認証キーのナンバーを押し、鍵を解除した。
「芳美さん、本当に、いいんですか?」
真野も尋ねたが、芳美は黙って頷いた。しばらくすると、静かに鉄扉の扉が開き、疲れた様子の古賀が出てきた。
「芳美……すまん」
古賀は深々と頭を下げ謝ったが、芳美は黙って、頭を横に振った。
(なぜ古賀さんが、お母さんを呼び捨てにするの?)
瑠実は黙って見つめ合う古賀と芳美に、違和感を覚えた。瑠実は芳美と古賀の様子に、ただならぬ雰囲気を察知しながらも、何も聞けなかった。代わりに、察したのか真野が「訳を聞かせていただけますか?」と、古賀に申し出た。
to be continued……