雲の中。 第五章  偽造見積書 6 | 一期一会

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 しばらくすると、真野の手が止まった。落ち着いたところで、瑠実は見積書のコピーを手に入れるまでの経緯を真野に話した。真野は真面目な顔をして話を聞くと、ようやく納得したようだった。

「実は、前から偽造見積書の存在には気がついちょったっちゃけど、データが一向に見つけられんかったとよ。なるほど。高橋さんが持っちょったからやね」

 一人で納得顔だが、瑠実には意味が全然わからない。なぜ、高橋が持っていたデータを真野は探すことができなかったのだろう。瑠実が小首を傾げて真野の顔を見ているのに気づき、説明をしてくれた。

「高橋さんは事務職……つまりは、経理担当や。基本的に会社のパソコンはネットワークで繋がれちょるんじゃけど、経理は大事な部署やから、俺たち設計業務のパソコンから経理のパソコンへは、アクセスできんごつなっちょるとよ。ほら、個人情報や、給料明細やら、簡単に他の社員に見られたら、困るやろ?」

 わかりやすい真野の言葉に、瑠実も理解できた。要するに、経理のパソコンだけは、他の業務のネットワークと隔離されているらしい。おそらく高橋は黒木に頼まれ、データを隔離された経理のパソコンに保存していたのだろう。なぜ頼まれたのかは、理由はわからない。印刷はソフト上のUSBの識別キーがついており、会社のパソコンからでないと、印刷できないように設定されてある。わざわざ会社に戻り、印刷したのはそのためだろう。それに見積の内容は高橋は把握できなくても、数量を変更するぐらいなら、簡単にできるはずだ。

 あ! それってもしかして……。

 瑠実は説明を聞きながら、重要な事実に気づいた。真野のいう説明では、経理のパソコンは、業務用のパソコンからアクセスできない。考え方によっては、経理のパソコンは、絶好の隠れ蓑にならないか? もしかして、偽造した構造計算書もあったりして……。

 ナイス・アイデア?

 だが、隠し場所としてはありうるかもしれないが、すでにデータ自体処分してしまっているかもしれない。けれど万が一にも、残っているとしたら……。思いついたら、瑠実は気になって、いてもたってもいられなくなった。ちらりと真野を見やると、相変わらず見積書を見比べていた。瑠実は偽造見積書も気になるが、一番は偽造計算書の存在だ。真野なら、経理用のパソコンを見ることができるだろうか。

「真野さん、見積書偽造のデータは、経理のパソコンにあるんでしょうか? だとしたら今すぐ、中身を確認できませんか?」瑠実の言葉に、真野も大きく頷いた。

「俺も今、そう思っていたところだ。偽造データなんて、早く削除してしまわないと」

 真野は同じフロアにある、暗くなった経理のデスクの島に向かった。瑠実も後を従いて行く。真野は高橋の席に座り、パソコンの電源を入れた。

(パスワードとか、必要だったりして……)

 瑠実が思った通り、液晶画面には、パスワードを入力する画面が映し出された。もしかして、無理かも? と思った矢先、真野は経理のパスワードを知っているらしく、難なくパソコンを立げ上げた。瑠実の心配は、杞憂だったようだ。

「これって……いいんですか?」

「今更、何をゆうとや。俺にハッカーみたいなことさせといて」

 真野は液晶画面から目を離さず文句を言ったが、口調は柔らかい。瑠実も真野の後ろに陣取り、画面に注目した。データのサーバーに入り、日付から、最近の使用ファイルを選択。直接クリックする。名前で検索しても、物件名をそのままファイル名にするとは、限らないからだろう。

 ビンゴ!

 真野の考えは当たったようで、見事に偽造見積のデータを探し当てた。ちなみにデータの名前は「雑務メモ」だった。物件名や、日報、連絡表などは、誰が覗くかわからない。雑務メモなら、個人のファイルだと認識され、わざわざ開いて見る輩は、ほとんどいないだろう。なるほど。高橋も考えたものだ。それにしても真野も、すぐにファイルを探し当てられる辺りは、流石に手慣れている。もしかして、真野も同じ手口で、どこかに不都合なデータを隠し持っているからか? と瑠実は思ったが、黙っていた。真野は偽造データだと確認すると、ごみ箱に入れず、すぐに全消去した。

「これで……安心ですね」

「んにゃ、こんなの、一時しのぎじゃわ。データが削除されたのがわかったら、また作るやろうし。大事なのは、データ削除じゃなくて、偽造見積を作るという考えを、犯人の頭の中から削除することやろうね」

 もっともな意見だ。納得はできたが、偽造見積書を作る意味がわからなかった。見積書を二通作り、差額をピンハネ……というところまでは予想が付く。だが、見つかれば大事だ。いくらお金が欲しくても、高橋はお金に困っている風でもないのに、そこまでの危険をなぜ冒すのか。二つの見積金額の差は約二千万円。項目が違えば、工事過程も違ってくるだろう。むしろ項目も変えず、金額を少しずつ増額する手だってあると思う。いくら素人に提出する見積だとはいえ、違いがばれたら大変だ。お金を全額払うか、わかったものでもない。一か八かの大勝負のように思えた。

「真野さん、こんなに項目が違うのは、なんででしょう? しかも設計料のところが一番大きく違いが出ると思うっちゃけど……」

 瑠実は疑問に思っている設計料の別途請求について聞いてみた。

「ああ。……これね。これは、見つかったらホントにヤバイと思う」

 何がヤバイのか、瑠実にはさっぱり判らなかった。この際だから、真野に判る専門知識は全部ごっそり聞き出してしまえ。


to be  continued……