以前、当ブログで
その一つの「雇用の創造」のとこやけど。
ここで、
パートアルバイトの雇用の創造こそが
飲食業の存在意義であると捉えてる事をのたまわった。
飲食業は、簡単で誰でもできる仕事だから
雇用を創造しやすいという事をも意味してる。
・マクドナルドには定年で正職を退役した老齢者がいる
・松屋には日本語がたどたどしい外国人がいる
・てんやにはすきま時間で働く主婦がいる
・欧州にはヘルプを受けながらも飲食店で働く知的障害者がいる
これらは事実だ。
その事実は皆分かってるだろうに。と思う。
その事実に目を向ければ
社会的地位が低いと嘆く必要性を全く感じない。
低くて何が悪いというのだ。
(ウチのような個人店は雇用は創造してるかもだが、
潰れたとしても些末な存在であるが故に対象とはしていないし、
個人店の存在意義はチェーン店とは少し違う所にあると考えている)
当然、
ワタクシは(このブログのどこかで書いたことあるはずだが)
複層的というか、複合的に見るクセがあるので、
社会的地位を上げたいという気持ちは察するし、否定もしない。
前回も言ったが、
社会的地位が低いと思ってはいるが、
職業差別をしない社会的地位が高い人がいる事を認識している。
そして、
(最後の締めくくりとして)嫌味な事を言わせてもらうが、
社会的地位をあげよーだの息巻いてる人らは
深層心理ではこう思ってるんじゃないかと、鼻で笑ってる。
「俺は、エリートサラリーマンより稼いでるゾ!」的な感覚があり、
「俺は、士業の先生やら、医者やら、政治家やら、官僚より、お金もあり、自由だっ!」
「俺は、一般的に社会的地位が高いと言われる人より、社会への影響力あるゾっ!」
と言いたいだけに過ぎない。
なのにイマイチ認められないと
勝手に被害妄想に陥っとんな。と(笑)。
ま、人はそれぞれであってそれでいいんやけど。