第117章 泰明の失踪
泰明が医師として認められ、様々な公達からよく指名を受けるようになった。しかし泰明は先輩医師に対して鼻にかけるわけでもなく、今までどおり下っ端医師として雑用もこなしている。先程太政官に呼び出された先輩医師が、膨れっ面ですぐに帰ってきた。
「丹波秀隆様、お早いお帰りですね・・・。」
「私ではなく、和気泰明を呼べだと。早くいってこい!権中納言様がお呼びだ。」
「私はまだ用事が・・・。」
「早く行け、私が代わりにやっておくから・・・。」
このような事が毎日のように続き、先輩医師の反感をかっているのは言うまでもない。まだ正式に丹波家との縁談が正式に決まったわけではないので、続々と縁談話が入ってくる。今日の相手は権少納言。ちょうど手が空いていたので、太政官の詰所に行く。
「おお、来た来た。こっちに来い。」
「はい?」
権少納言は小さな部屋に泰明を通す。泰明は診療道具を床に置くという。
「どうかなさいましたか?見た感じお元気そうなのですが・・・。持病の四十肩の調子は?」
「いやいや、和気殿に治療してもらってから随分楽になってな、それよりも聞いたぞ、和気本家の養子に入られるそうだが・・・。」
「そうみたいですね・・・。」
泰明は権少納言の肩を治療しながら会話をする。
「当家には十七の姫がいるのだが・・・。もらってくれないか・・・。」
「はい?私はまだまだ妻を娶るような身分では・・・。まだ下っ端ですし・・・。」
「何を言われる。東宮様の担当医ではありませんか・・・。」
「いやいや・・・。まだまだでございます。」
泰明は照れながらもやんわりと断った。
典薬寮に戻ると伯父である典薬頭に申し入れをする。
「あの・・・。休みをいただきたいのですが・・・。本家に入る前に、大和に帰りたいのです・・・。ここのところ休みも頂いておりませんし・・・。ずっと兄に借りっ放しだった書物も直接お礼とともに返したいのです。」
典薬頭は困った顔で言う。
「ここ半年も休みをやっていないのは確かだ・・・。どれくらいで戻るのか?早めに帰ってきて欲しいのだが・・・。東宮様のこともある、いろいろな方々からのお声もかかることだし・・・。」
「ひと月・・・いえ半月でも構いません。少し郷に帰って考え事を・・・。ここ数日で色々ありすぎて・・・。」
「では半月ゆっくりしてきなさい。こちらから宮内省に伝えておくようにするから。いつから?」
「そうですね・・・明後日からでよろしいでしょうか・・・。まだ少し書き物が残っておりますし、引継ぎなども・・・。」
泰明はお辞儀をすると自分の文机の前に座り、書き物の続きをする。今日は珍しく午後からあまり声がかからなかったのでゆっくりと書き物が出来た。思ったよりも早く終わったので、典薬寮の書物庫に行きなんとなく医学書を読み漁った。次の日も何件か呼び出しがあったが、東宮御所にいき診察がてらに、長期休暇の報告をする。東宮は寂しそうな顔をして、送り出した。典薬寮にて引継ぎを済ますと、明日の準備のためいつもよりも早く退室しようとしたとき、中宮職の者が現れる。
「和気泰明殿はおられるか?」
「あの・・・この私ですが・・・。今帰るところなのですが何か?」
「ちょうど良かった。承華殿様がお呼びである。」
「診察ですか?」
「いや。渡したい物があるらしい、荷物を置いて早く来なさい。」
承香殿様とは大和女御こと彩子である。
「承華殿様は和気殿が大和に里帰りすると聞かれて、ついでに何かを持って行って欲しいらしい。」
「そうですか・・・。」
「帝にもお許しを頂いているそうだから、直接承華殿様から受けとると良い。」
承華殿につくと、女官に誘導され、彩子の前に座る。
「和気殿と二人きりにさせてちょうだい。」
そういうと彩子は人払いをする。
「女御様、何か?」
「これをお姉さまに渡して。若君が生まれたのに何も出来なかったから・・・。お祝い。あとお父様お母様に文を・・・。どうかしたの?」
「いえ・・・。」
「ではいつ帰ってくるの?」
「・・・。」
泰明はとても悲しそうな顔をするので、彩子は泰明のすぐ近くまで寄ってくる。
「泰明、どうかしたの?あなたらしくない・・・。」
「戻らないかもしれません・・・。都の早さについていけないのです。ゆったりとした大和のほうが・・・。」
「泰明、年明けには本家の養子になるんでしょ。」
「はい・・・そして丹波家の姫と結婚することになっています・・・。」
泰明は彩子を抱きしめて小さな声で言う。
「やはり私には彩子様が必要なのです。東宮様の治療はもちろん東宮様のためでもありますが、彩子様のためでもあります。彩子様のためなら・・・。帝が彩子様をお諦めになるまで、私は都に戻りません。」
「泰明は私の心の支えになってくれるって言ったじゃない・・・。泰明が同じ都の空の下にいると思うから、私、このような窮屈な生活が出来るの・・・。だから・・・帰らないなんていわないで・・・。」
「私は彩子様の想いを断とうと今まで一生懸命医学を修得してきました。しかしそれは出来なかったのです。余計に彩子様の側にいる事が辛いのです。私は、都での医師の名声は要らないのです・・・。彩子様さえ側にいれば・・・しかしそれは出来ない・・・。」
泰明は彩子にキスをすると微笑み、さよならを告げると、彩子から預かった物をもって承華殿を後にする。典薬寮に戻ると、自分の身の回りのものをきちんと整理整頓し、書き付けた物を文机に置き、周りの者に頭を下げて退出する。もともときちっとした性格であるから、誰も泰明がこちらへ戻らないと考えているなど思わなかった。和気家本邸の借りている部屋に戻ると、束帯をきちっとたたみ、出仕や殿上に必要なもの一式を部屋の真ん中に整理しておいて置く。後は少ない私物や書物、そして彩子から預かった物をきちんとまとめ、厩に行くと、自分の馬である紅梅を出し、荷物を積む。
「さあ、紅梅・・・。行こうか・・・。」
泰明は馬に乗ると、門衛の者に頭を下げて大和に向けて都を発った。その日のうちに邸を発ったことを知らない典薬頭は驚き、なんとなく不安を感じた。
(そういえば最近の泰明はおかしかった・・・。半月後に帰ってくるのだろうか・・・。)
部屋に行くときちんと整理整頓してあり、束帯と出仕、殿上に必要なものがきちんと並べてあったが、私物が一切なかった。
馬を走らせ、大和古道を下り、あと峠をひとつ越せば大和の中心部というところで、泰明は急に涙がこみ上げてきた。本当にこれでよかったのかと思いつつ再び馬を走らせた。大和の実家についた頃にはもう夜になり、辺りは真っ暗であった。
「ただいま戻りました・・・。姉上。」
泰明は馬から荷物を下ろすと、義理の姉である冴子が出てくる。
「まあ、泰明殿。明日香様は留守ですわ。泰明殿明日の御帰郷ではなかったのですか?」
「早く帰りたくなりまして、早く切り上げて帰ってきたのです。」
「そう・・・。今から急いで何か食べるものを作らせますわね・・・。」
そういうと冴子は奥に戻っていった。泰明は馬を厩に連れて行くと丁寧に体を拭いてやり、飼葉と水を与える。
「紅梅、兄上たちにちゃんとかわいがってもらえよ。」
馬は泰明の言葉が理解できるのか、悲しそうな顔をして泰明に擦り寄ってきた。
「そんな顔をするなよ。せっかくの決心が・・・。」
泰明は馬を撫でると、邸に入っていって、自分の部屋に荷物を置き、整理する。泰明は借りた書物類や彩子から預かった物を持って兄のいる寝殿にやってくる。そして借りたものを返し、お礼を言うとお土産を渡す。
「役に立ってよかったよ・・・。泰明が東宮付の医師に抜擢されたと聞いたときはどうなるかと思ったが・・・。何とかうまくいったようで安心したよ。」
そして別の包みを渡す。
「これは彩子様から今日預かりました。兄上の若君誕生のお祝いとのことです。」
「彩子様から?礼状を書かないといけないな・・・。冴子、彩子様からだ・・・。」
中には綺麗な反物が数本入っていた。兄や冴子は大変驚き、言う。
「このような高価なもの・・・。彩子には感謝しないといけないわね・・・。泰明殿、都に戻ったら彩子によろしくいっておいてね・・・。」
冴子は泰明に酒と肴を出し、帰郷を祝った。三人の楽しげな声は周りにも響き渡った。しかし時折悲しげな顔をする泰明に兄は不思議に思った。泰明は彩子から預かった大和守とその妻への文を兄に託し、邸の中で数日間ごろごろしながら考え事をしていた。姉の明日香に怒られてもだらだらとした生活をする。そうかと思うと文机に向かうと、何か書き物を始め、夕餉も食べずに眠ってしまった。
朝が明けきらないうちに泰明は起きて最低限度の荷物をまとめ、文机に三通の文を置くと、そっと邸をでる。それ以来泰明の姿は都どころか、実家のある大和でも見かける事が出来なかった。突然出て行った泰明に驚いた兄と姉は文に気付くと自分の宛名の書かれた文を読む。
『姉上様。やはり私は彩子様への想いを断ち切ることは出来ませんでした。このままでは和気家にも、彩子様にもご迷惑がかかります。ですから姿を消します。すみませんでした。 泰明』
『兄上様。突然姿を消したことをお許しください。私は医術を止めるわけではありません。色々訳はありますが、旅をしながら困っている人々を助けたいのです。だから探さないでください。勝手なことを言ってすみませんでした。 泰明』
『大和守様。突然姿を消してしまって申し訳ありません。わざわざ私に都に行くよう勧めてくれていただいたのですが、都の早さにはついていけず、このようなことになったことをお詫びいたします。また彩子様の力になれずにすみませんでした。彩子様によろしくお伝えください。 和気泰明』
もちろん半月たっても戻ってこない泰明に都は大騒ぎになった。典薬頭は不安が的中し、泰明の部屋や、泰明の文机に手ががりを探す。文机においてあった引継ぎ用の書き物には東宮を始め、診察をしたことのある公達達の診察内容、治療内容などがわかりやすく事細かに書かれ、読めば誰でも診察が引き継げるようになっていた。そして部屋の厨子の中にはそっと典薬頭にあてた文がおかれていた。これにはお礼やお詫び、そして失踪の理由が事細かに書かれていた。もちろん彩子の名前は伏してあったが縁談のお断りとその内容が書かれていた。典薬頭はここまで泰明が思いつめていたとは思ってはおらず、自分を責める。帝は国司たちに命じて泰明を探させる。しかし見つかったとしてももうその国には姿はなく、他の国に移っていた。
泰明が失踪して一年が経とうとしていた。続々と手がかりが入ってくるものの、泰明の身柄の確保は出来なかった。様々な国からの報告はみな事後報告のみ・・・。ある国では腕の良さから役人に取り立てようとしたり、自分の姫と結婚させようとしたりするのだが、その国司からの言葉と同時に姿を消すのである。様々な国でたくさんの民を助け、感謝されている。ところが、失踪から半年がたった頃からぴったりと行方がわからなくなった。泰明を一番信頼していた東宮は他の医師を受け付けず、日々の鍛錬を辞めてしまい、塞ぎがちになった。そして自分のせいだと密かに思い込んだ彩子は寝込んでしまい、帝とも顔を合わさなくなってしまった。帝はしょうがなく彩子を大和に里下がりをさせた。帝自身も何事もうまくいかないことにイラつきを覚えた。
大和に戻った彩子は実家の邸で寝込む。大和守は尋常ではない彩子を見て、母君を彩子につけた。時折思い出したように彩子は泣き叫ぶので、おかしいと思い明日香を呼ぶ。
「彩子様・・・。」
「明日香・・・。ごめんなさい・・・私が悪いのよ。私が泰明を引き止めていれば、このようなことに・・・。そして私が帝に入内などしなければ・・・。」
「わかっております。彩子様は気付かれたのですね・・・。本当は泰明の事が好きなことを・・・。帝に入内されたのは彩子様のお優しいお心からだということを・・・。」
「そう、私は帝のことを愛していたのではないの・・・。最愛の皇后様をお亡くしになり、気が滅入っておられたのをお助けしようと思っただけなのよ・・・。私も泰明が側にいないと・・・。ずっと幼い頃から泰明が側にいて色々尽くしてくれた・・・。私が智明様を好きになったときも何も言わずに側で微笑んでくれた。私の想いは智明様に向いていたのにも関わらず・・・。お姉さまと智明様の婚儀の夜、泰明はわざわざ私のところにやってきて和ませてくれたのよ。それにずっと気付かなかった私は本当に馬鹿よ・・・。」
明日香に本当の気持ちを伝えた彩子は明日香の胸で泣き叫ぶ。
「彩子様、気が晴れるまで泣いてください。しかしあなたは帝の妃なのです。泰明と結ばれることなど・・・。そして元気になられたら、都にお帰りください。泰明の消息が消えてもう一年。もしかしたらもうどこかで・・・・。」
彩子の母は彩子の本当の気持ちに気付き、父君である大和守に彩子の気持ちを伝えた。もちろん大和守は彩子の気持ちを知ると驚いて慌てる。そして彩子を都にやったことを悔やんだ。また、泰明の消息がまったく消えてしまったことに、もう泰明はこの世にいないものと思い諦めることにした。都でも和気泰明はもうこの世にいないのではないかという噂で持ちきりであった。いつまでも泰明の帰りを待ち続けていた帝や東宮は諦め、東宮は他の医師を受け入れるようになった。徐々に都では泰明の存在を忘れていった。もちろん彩子も泰明を諦め都での生活を再開させた。
泰明の消息が途絶えてから四年の月日が経ち、彩子は二十四歳になった。前の年に帝との間に親王が生まれ、帝のご寵愛を一身に受けつつましく暮らしていた。東宮も昨年無事に元服を済まし、持病の喘息の発作は相変わらずだが、以前に比べて体も強くなった。帝は三十四歳となり、今年で在位十五周年となる。都は平穏を保ち、泰明がいたことなど皆が忘れていた頃、大和の和気邸前に小さな女の子を連れた男が馬を止める。その男は和気邸に入ろうとするがためらい邸を離れようとしたとき、明日香が往診のため邸を出ようとして目が合う。
「泰明・・・。泰明じゃないの?」
以前よりもやつれてはいたが、まさしく行方不明となっていた和気泰明本人であった。
「姉上・・・。」
泰明は少し疲れた様子で馬を下りる。
「泰明今までどこに・・・・?」
「海を越え宋に・・・。」
「宋???まあいいから早く邸に入りなさい!」
泰明は女の子を馬から下ろすと、馬を引き邸に入る。荷物を降ろし部屋に入ると、泰明は下を向き黙る。泰明の連れている女の子は泰明の後ろに隠れ明日香を見つめている。明日香は汚れた顔等を洗うように角だらいを持ってくると、泰明は布を固く絞り、女の子の体を丁寧に拭いてやり、自分の顔も拭いた。ちょうど兄の智明が戻ってきたようで、表が騒がしくなる。
「何だって!泰明が戻ってきたと???」
大慌てで智明は部屋に入ってくると、泰明の変わり様に驚く。
「今までどこに行っていたのか?泰明!皆がどれだけ心配したか・・・。その子は?」
「この子は私の娘です。話は長くなりますが・・・。蘭・・・。」
泰明は宋の言葉で蘭という娘に話しかけると、蘭は微笑んで宋の言葉で挨拶をする。明日香と智明は驚き言葉を失った。
泰明は難波から船に乗り、大隈に渡り、そのまま九州を転々として大宰府のほうに行き着きある商人と出会った。その者は宋と交易をしており、宋の都である病が流行っていていい医者が足りないと聞き一緒に宋に渡った。その者と都に上り、民たちの病を見ているうちに、宋の王の目に留まり、病である王の姫君の治療にあたった。もうだめだと思われていた姫は無事に回復し、褒美として王から官位と邸、そしてこの姫を賜った。もちろんすぐに帰るつもりでいたので断ったが、断れば命がないと聞き、しょうがなくこの地で過ごし、王の侍医をしていた。その姫との間に生まれた子がこの蘭である。泰明の妻は姫を産むと産後の肥立ちが悪く、泰明の看護もむなしく亡くなってしまった。そしてこの半年前に王が亡くなり、代が変わると共に泰明は蘭と共に宋の都を抜け出し、何とか太宰府までたどり着きそして船を乗り継いでこの大和にたどり着いたのだ。
「帰りたくても帰る事が出来なかったのです・・・。この蘭も置いていくわけには行かず・・・。小さいのでどうなるかと思いましたが、なんとか・・・。」
蘭はとても疲れているのか、泰明に抱かれて眠ってしまった。蘭は冴子が抱き、寝所に運ぶと、泰明は宋から持ち帰った医学書の写しを智明の前に出した。
「これは?」
「宋の新しい医学書の写しです。今都にある唐の時代の医学書よりも内容が違っています。これを持ち出すのに随分苦労しました・・・。」
智明は何冊もある写しから1冊を取り出し、読む。きちんと泰明によって大和言葉に翻訳してあり、智明はうなずきながら読み漁った。
「なるほどね・・・。隣の国ではここまで医学が進んでいるのか・・・。よくやったぞ・・・。きっと帝はお喜びになるであろう・・・。」
「もちろんこの四年で宋の医術を身に着けました・・・。しかし都には・・・。彩子様は?」
「姉上から、彩子様とお前のことを聞いた。私としては、賛成は出来ないが・・・。彩子様はお前を心配するあまり二度帝の御子を流された。昨年の春、やっと親王様を出産されたが・・・。お元気ではないのは確か・・・。年に一度、夏に里帰りされるが、以前のように邸を抜け出したりなさらず、籠もりっきりだった・・・。大和守も彩子様のことで心が休まる事がない・・・。東宮様は昨年何とか元服されたが、持病の発作が度々出るという・・・。本当にお前がいなくなってから表面上では穏やかだが、裏では未だ混乱している。さて・・・帝のご命令ではお前を発見次第都に引き渡せと・・・。結構都を騒がせたからただではすまないであろう・・・。」
智明は溜め息をついて泰明を眺める。そして微笑む。
「しかし、お前には髭は似合わんな・・・。今日はゆっくりすればいい。長旅で相当疲れているだろう・・・。さ、食え食え、飲め飲め。」
二人は久しぶりに酒を酌み交わし、ゆっくりと宋での話を語り合った。
朝になると、泰明はこの三年伸ばしていた髭を綺麗に剃り、庭に降りると厩に行き昨日乗ってきた馬の世話をする。すると後ろで懐かしい鳴き声が聞こえる。
「紅梅!おまえ、まだここにいたのか?てっきり売られたと思っていたが・・・。」
紅梅は泰明を覚えていたようで、嬉しそうに泰明に鼻を摺り寄せてくる。
「ごめんな・・・お前も連れて行きたかったが・・・。でもこうして待っていてくれたなんて・・・。」
泰明は涙ぐむと紅梅の全身を撫でてやった。邸では蘭が起きたようで泣き声が聞こえる。蘭はすのこ縁まで出て来て泰明を探していた。泰明は蘭を抱き上げてゆっくりいう。
「蘭、父様のこの言葉、わかるだろう。この国では父様と同じ言葉をしゃべりなさい。ここは宋の国ではないのだから・・・。」
蘭は大和言葉が理解できるし、挨拶くらいなら喋る事が出来る。
「トウサマ?」
「そういい子だ・・・。お腹が空いただろう・・・。何かもらいに行こう。」
邸の中に入ると、朝餉が用意してある。蘭は泰明の髭の辺りを触る。
「髭か?あの髭は剃ったんだよ。父様には似合わないからね・・・。蘭は前のほうがいいのかな・・・。」
蘭は首を横に振って微笑む。兄の智明の側には若君が座っている。もうあれから都を出てから5年。もう兄の若君は5歳となっていた。若君はこの蘭を見て不思議そうにしている。
「智也、この子はお前のいとこの蘭姫だ。お前より一つ小さい。仲良くしなさい。」
「はい・・・。父上、一緒に遊んでいいですか?」
「ああ、でも言葉が違うのでいじめたりしてはいけないよ。」
「言葉?」
「違う国の言葉さ。大和言葉ではない。」
家族が皆揃い楽しげに朝餉を食べ、やっと泰明は旅の疲れから開放されたような気がしたが、まだまだ都のことが残っていることに泰明は不安に思う。もちろんいくら兄であっても、泰明を都に渡さなければならないことを泰明は知っているのである。その日のうちに兄によって大和守に泰明帰郷を知らされ、大和守は直接朝廷には伝えず、彩子に知らせることにした。
《作者からの一言》
時代背景がわからず、この時代中国は唐なのか宋なのかわかりません^^;詳しい方には申し訳ありません。中国史には疎いので。とりあえず、泰明は帰ってきました。一年程したら都に戻るつもりが、5年も経ってしまいました。どうなることやら・・・。
第116章 東宮の悪化と東宮付医師選定
帝は彩子を連れて東宮御所に見舞いに行く。母である皇后が亡くなってからというもの塞ぎがちになり、東宮の叔父であり年も近い東宮侍従、源博雅のみを側に控えさせ、寝たり起きたりの生活をしている。典薬寮の医師に診せてもこれといって病を見つける事が出来ず、帝も悩みの種であった。特に最近は食欲もなく、夜も眠れず、持病の喘息の発作まで出てくる始末である。典薬寮の医師の者も、原因がわからず改善しないので、東宮御所からの呼び出しにいつも難色を示し、誰が東宮を診るかでもめるのである。
「康仁、今日の体調はどうかな・・・。」
ここ最近公務の忙しさから東宮御所に出向く事が出来なかった帝は東宮に優しい声をかけ、体調を伺う。今日は彩子が入内後はじめて東宮御所を現れ、東宮と面会をする。東宮は父である帝の声に気付くと起き上がろうとするが、喘息の発作が出ているらしく苦しそうな呼吸で起き上がる事が出来なかった。女官が発作止めの薬湯を持ってくると、帝に渡す。すると彩子が申し出る。
「帝、私が・・・。」
「んん・・・。」
彩子は薬湯の入った器を受け取ると、東宮の側により東宮を起こしていう。
「東宮様、薬湯をお召し上がりください・・・。」
やはり彩子は大和で被災者の救済支援を手伝っていたためか、病人の扱いも上手で、要領よく東宮に薬湯をひとさじひとさじ与えていった。東宮も薬湯が効いてきたようで、息遣いがよくなって来た。東宮は彩子に気付きいう。
「母上様?」
帝は皇后ではないといいそうになるのを彩子が止め、彩子は微笑み東宮にうなずく。
「母上様・・・。」
東宮は彩子に抱きつき、十一歳であるがまるで幼子に戻ったように泣くのを見て、帝は苦笑する。
「帝、いいではありませんか・・・。わたくしは構いませんので・・・。」
彩子は微笑みながら、泣いている東宮を抱きしめる。東宮は薬湯が効き安心したのか、彩子の胸の中で眠った。
「帝、当分の間、わたくしが東宮のお側につき看病をしたいのですが・・・。お許しいただけますか?昼間だけでも構いません・・・。」
「彩子・・・。わかった・・・。そのほうが東宮も喜ぶかもしれない・・・。しかし・・・。」
東宮は母である皇后綾乃が病気で亡くなってしまっていることを知っているはずである。東宮自身皇后の葬儀には出席し、きちんとお別れをしたはずなのだ。東宮は母ではないことを知っていてこのようなことをしているのではないかと帝は思った。
「博雅、典薬寮から典薬頭を呼ぶように・・・。」
帝は東宮侍従源博雅に命じ典薬頭を呼ぼうとしたが、この日に限って休みをもらっており、代わりに典薬助で侍医和気が急いでやってくる。
「ああ、和気殿か・・・。丹波殿はどうした。」
「丹波は当分の休みを・・・。休みの間は私が一任されておりますが・・・。」
「そう・・・。和気殿、東宮に腕のいい医師をつけよ。ここ最近持病の悪化が目に見えてわかる。女官に聞くと、食欲もなく、不眠に陥っているそうだ・・・。このままでは体力が持たないであろう・・・。必ず東宮が元気になるように・・・。」
侍医和気は典薬寮に戻ると、思い当たる医師を数人呼んで話をする。
「和気泰明は?」
「まもなくこちらに・・・。ちょっと使いに出していましたから・・・。」
泰明は医師の中でも一番の下っ端なので、色々雑用も任されている。しかし和気は泰明の腕を見込んで呼び出したのだ。泰明が普段どおり典薬寮に戻ってくると、呼び出しに驚く。
「泰明、助様が呼んでいるぞ!早く行け!」
同僚の医師が声をかけるとあわてる。
「はい・・・。」
泰明は急いで和気の部屋に入ると医師の中でも優れたものばかり集まっているのに驚く。
「遅れて申し訳ありません・・・。」
「さ、早く座りなさい。」
和気は揃ったことを確認して、話し出す。
「東宮様のご病気は皆知っているであろう・・・。先程帝から、東宮の病を改善するように命が下った。ここに集まった者は医師の中でもわたしがこの者と思ったもののみ・・・。」
この言葉に医師たちはざわめく。
(ではなぜ和気泰明がいるのだ?まだ見習いではないか・・・。)
(そうそう・・・まだ和気殿についているだけのもの・・・。)
(しかし、大和女御様がご帰京の際は主治医をしたぞ・・・。)
和気はゴホンとすると、皆は静まる。
「さて、この中で東宮付の医師としてやっていける者はいないか?もちろん東宮がよくなった暁には出世の道が開けるであろう。また、東宮が帝位に就いた際には侍医に取り立てられるであろう。それ以上かもしれないよ。さあ、やってみようと思うものはいないか?」
皆は東宮の診察をしたことのあるものばかりで、原因がわからなものばかり・・・。和気が指名すると、皆は断りだす。
「この中では一番の丹波秀則殿、あなたならどうかな・・・。」
「いえ!ご辞退させていただきます。もし改善が見られないときが・・・。」
「お前もか・・・。」
和気は困り果てて、最後の切り札である泰明を指名する。
「泰明、お前はこの中で一番若く、経験も浅いが、勉強熱心である。そして女御様の帰京の際の報告書を見てあなたの正確な診断に感心した。お前、やってみる気はないか・・・。わからないことがあれば、この私に聞けばいいし、調べたい事があれば、図書寮などに出入りしてもいい。東宮の極秘の日常日誌を読めるように手配もしておこう。どのような手段を使ってもいいから、東宮の病の改善を・・・。足りないものは私に申し出よ。」
ある医師が言う。
「この者はまだ医師になって1年も満たないのですよ。私たちは丹波殿の二十年をはじめ皆長年修行を積んでいる。」
「ではあなたがやってくれますか?」
「それは・・・。」
「この者の兄は十年いやそれ以上に一人といわれた才能の持ち主、和気智明。姉も和気明日香という女医博士まで上り詰めた有名な女医である。この泰明は優秀な姉兄について修行をしている。都では日は浅いが、下積みは長いのですよ。泰明もこれからが楽しみな逸材。帝もこの泰明をお認めになっている。この中でも殿上を常に許されている者はこの泰明のみ。泰明、経験のひとつとして東宮付医師をやって欲しい。」
泰明は驚きと責任の重さに何もいえなかったが、自分しかやる者がいないというので、仕方がなく引き受けることにした。和気と共に泰明は東宮御所に出向き、東宮の寝所とは別の部屋で帝と面会をする。帝は泰明を見て驚く。
「帝、東宮付の医師として、この和気泰明を・・・。」
「ほう・・・。泰明殿を・・・。他の者は?」
和気は苦笑していう。
「実は私が選んだ者で辞退を申し出た者が続出しまして・・・。もちろん泰明の腕は確かでございます。」
「んん・・・。彩子の診断報告書を見てもわかる。この私にもわかりやすく書いてあったしね・・・。頼みますよ、泰明殿・・・。」
「帝、東宮に関する秘文書を閲覧する許可を頂きたいのですが・・・。もちろん泰明にのみ。」
「わかった・・・。許可を出すが、あれは持ち出し禁止のため、その場での閲覧のみである。いいね泰明殿・・・。東宮のためであれば、どのような手段を使ってもいい。もし何かあれば遠慮なく私に言ってほしい・・・。」
泰明は頭を深々と下げて、早速東宮の診察に向かう。帝は心配そうに泰明の後姿を見つめる。
「大丈夫かな・・・。」
「帝、泰明はすべての知識を身につけております。針、灸、薬に関して即座に対応が出来ると思いますし、民間で修行したので、民間療法も知っているでしょう。都のみの修行では身につかないものを持っているはずです。ご安心を・・・。私も何かあれば責任を取ります。」
「わかった・・・和気殿と泰明殿を信じよう・・・頼んだよ。よくなってもらわないと、摂関家辺りが騒がしくなるからね・・・。」
そういうと帝は清涼殿に戻っていった。
泰明は東宮のいる一室まで、診療用の道具一式を持って侍従に案内されてむかう。女官たちは今まで見たことのない若い医師に驚き、本当に腕がいいのかを疑いつつ、東宮の御座所の前に案内する。
「女御様、東宮様付の医師が到着いたしましたが・・・。」
「まだ東宮様は眠っておられます。静かにね・・・。」
泰明は入り口に座って彩子に対して深々と頭を下げると、中に入る。
「あ、泰明・・・。」
彩子は東宮の医師が泰明であることに驚く。
「久しぶりね・・・。帰京の折は本当に感謝しております。」
「いえ、女御様は無事姫宮様をお産みあそばされてと聞き、安堵しておりました。」
彩子は微笑むと泰明はドキッとする。母となった彩子の顔は以前に増して美しくなっていた。
「改めまして典薬寮医師和気泰明にございます。この度東宮様の担当医師を任されました。」
「さあ、東宮様の診察を・・・。」
泰明は頭を下げると東宮の寝所に入り診察をする。初めての東宮の診察に相当の時間を掛け、東宮の症状を脈診から導き出した。寝所を出ると、彩子にいう。
「大体の治療の目途が立ちそうです。持病のほうも何とか治ると思います。ただし時間がかかりますが・・・・。今から典薬寮にて調べものをしたいのですが・・・。」
「そう・・・時間がかかりそうなのね・・・。」
「はい・・・。治療ですぐに治るような病ではありません・・・。何度か同じような症状を大和にて診た事がございます。兄上のところにある診療記録を見ないと・・・。」
「そう・・・では東宮の事頼みますね・・・泰明・・・。」
「御意・・・。」
泰明は頭を下げたままその場を立ち去る。
(彩子様への想いがぶり返しそうになった・・・。忘れないと・・・。やばいやばい・・・。)
泰明は自分の頬をパンパンと叩き気合いをいれると、典薬寮に戻り和気殿に会う。
「泰明、治療の目途が立ちそうか?」
「はい・・・以前数人の子供の患者に同じような症状があったのです。私は当時兄上についていて記憶が曖昧なので、兄上の診察記録が必要なのです。誰か大和に使いを出してもらえますか?持病のほうは、時間はかかりますが治せます。何年かけても治してみせます。」
泰明は和気殿に詳しい病の原因と症状、そして治療方針を報告する。
「しかし・・・。そのようなことを・・・。」
「持病のほうは荒治療が必要です。帝のお許しさえいただければ・・・。まずは東宮のお体を鍛えないと・・・。十分鍛えると自然と体の成長に伴い改善され、発作が起きない体になります。完治というのは無理な話ですが、発作が起きないようにするのが先決です。そのほかの症状に関しては、兄上の治療記録や東宮様の日常日誌、医学書などを見て、確定した上で治療に当たります。薬の必要はありません。かえって悪くなる場合がございます。ですから急いで使いを大和に出してください。」
「わかった、使いを出そう。」
泰明は文を書き、和気が用意した使いのものに文を託した。
「あと、わたくしは当分こちらで寝起きいたします。とりあえず、東宮様に一切お薬をお与えにならないでください。発作を止めるほかの方法で抑えますから・・・。」
他の医師の者達は気になったのか、外から二人の話を聞いている。すると急に扉が開き、泰明が出てくる。
「どうかなさいましたか?」
皆は驚いた様子で蜘蛛の子を散らしたように散っていく。泰明は不思議そうな顔をして、泰明が集中して調べものが出来るように特別に一室用意された。そちらに図書寮から借りてきた医学書、春宮坊から借りてきた東宮の食事の記録、典薬寮内の書庫から薬学、鍼灸学の本などを持ち込んで、東宮の病状について再確認のため調べ始める。いつの間にか時間が過ぎ、夜になると、春宮坊から呼び出しがかかる。喘息の発作は夜に起こりやすい。やはり御所に着くと思ったとおり東宮の発作である。春宮坊に薬湯の使用をやめるようにいったので、呼び出しがかかったのである。泰明は東宮の寝所に入ると、東宮を楽な姿勢にさせ、脈を取り、針を取り出し発作に効くつぼを刺激し、そのあと按摩をする。
「さ、東宮様、この白湯をお飲みください。だいぶん落ち着かれたでしょう・・・。」
「うん・・・。ありがとう・・・。ずいぶん楽だよ。」
「それはよかったです・・・。さあ、楽な姿勢でお休みください・・・。これからはできるだけ薬湯に頼らない方法をとります。針は我慢できましたか?」
「うん、あまり痛くなかった。上手だね・・・若いのに・・・。」
「いいえ、まだ修行の身でございます。お褒め頂き光栄でございます。」
「また呼んだらきてくれる?」
「はい・・・。」
泰明は東宮が眠ったのを確認すると、典薬寮に戻っていった。普段は薬を飲んでも夜中何度も発作を起こしていた東宮はこの日は一度きりで朝までぐっすりと眠ったことを春宮坊の者に聞かされ、泰明は安堵をした。
(やはり間違ってはいなかった・・・。)
昨夜の事を聞いた帝は喜んで泰明を呼ぶ。
「昨日東宮は久しぶりに朝までゆっくりと寝たらしい。朝すっきりとした表情で起きてきたらしいよ。薬湯の処方を変えたのですか?」
「いえ、薬を止めました。一切口にしないように・・・。」
「どうして・・・。」
「東宮様の体調不良はすべて薬湯が体にあっていなかったのです。発作止めの薬は東宮様の体質にあわなかったようで、めまい、腹痛、そして食欲不振を招きました。他の人は薬であっても東宮様には毒であったのです。都の医学は薬で症状を抑えるものが大半です。まずは東宮様の体から毒を出さなければなりません。昨日も東宮様の膳の記録をすべて拝見させていただきました。今までの膳では体調がよくなりません。体質を改善できるような膳を春宮坊に指示しておきましたので・・・。隣の国では医食同源という言葉があります。その言葉にのっとって、食から東宮様を治療してさし上げようと思っております。昨日の発作は針、按摩にて改善をいたしました。ですから薬は必要ございません。」
帝や侍医である和気は泰明の言葉に感心し、帝は泰明にいう。
「泰明殿、典薬寮から御所まで遠い。すぐに対応が出来るように御所内の一室をあなたの部屋にしなさい。そこならば、すぐに対応でき、東宮の極秘日誌等も御所内であるからゆっくり部屋で見る事が出来るであろう・・・。今すぐ用意させるから、あなたも移りなさい。」
「ありがとうございます。東宮様の件、命をかけて改善させていただきます。」
「んん。頼んだよ。ところで、持病のほうはどのように治すつもりですか?」
「あまり運動なされない東宮様には荒治療かもしれません。まずは全身をお鍛えになられるように運動を・・・。走ったり乗馬、蹴鞠など、全身を使うような運動を・・・。体を鍛えると、自然と持病は治まります。私が幼い時に持っていた病でしたので・・・。体を鍛え、年齢を重ねると私もこうしてよくなりました。発作を止める方法も、姉から教わったのです。ずっと私にしてくれたものですから・・・。薬は高いので手に入らず・・・。この方法しかなかったというのもありますけれど・・・。ですから私が東宮に辛いことをさせてしまうかもしれませんが、お許しください。」
「わかった、あなたに任せよう。」
泰明は帝の御前から下がっていくと、言われたとおり東宮御所に入る。図書寮、典薬寮から借りた書物を返すと、昨日使者が大和の兄から預かった書物や診察日誌を東宮御所に持ち込み、調べ物をする。やはり兄の書き記したものはどの医学書よりも詳しく記載され、役に立った。特に子供の病気について書かれた医学書が少ない中、兄の日誌や姉の日誌を見るとなかったものまで載っている。このことで泰明は診断を確定し、治療方針を記した紙を何枚か作り、典薬寮と宮内省、春宮坊に渡した。東宮も昨夜のことで泰明を信用したのか、泰明の言うことをよく聞き、嫌いなものも残さず食べるようになった。東宮の女官たちは少しずつだが、顔色もよく元気になっていく東宮を見て喜ぶ。
「女御様、本当にあの若い医師は腕がよろしいのですね・・・。あれ程寝込んでおられた東宮様が・・・。」
彩子は微笑んでいう。
「そうよ、あの者は大和でも有名な医師の弟よ。腕は確かなの。」
「よくご存知ですのね・・・。」
「だって私の幼馴染ですもの・・・。」
彩子はこれで東宮の側にいる必要はないと思ったのである。
東宮の治療を始めて半月が経った頃、持病以外の症状はすっかり消え、発作のほうも随分回数が減った。東宮は朝起きるとすぐに泰明と共に朝の運動をする。始めたばかりのときは走り出してすぐに息が上がり、女官や側近の者達は泰明を軽蔑したが、徐々に慣れてくると、随分楽になり、東宮は楽しそうに朝の運動をする。運動が終わると、泰明は東宮の汗が出た体を丁寧に拭き着替えさせると、一緒に朝餉を食べる。東宮自身が嫌いな物がたくさん出てくるのだが、時間をかけてでも我慢をして食べる。
「泰明、今日の蘇はおいしい。」
「はい、宮中用の牛から作ったものではなく、私の里である大和から取り寄せたものです。牛の育成から手間をかけ、十分に運動をさせ、餌も気を使った牛からとった乳を丁寧に蘇に加工したもの。昔から大和で作られている蘇ですので、食べやすいのかもしれません。」
泰明は微笑み、東宮が朝餉を食べ終わるまで見つめる。今日は典薬寮の侍医が、東宮を診察する日である。半月に一度、どれくらい治療が進んでいるか、確かめる。まあ簡単に言えば、泰明の試験のようなものである。侍医が来るまでに朝の診察を済まし、東宮の診察日誌に書き込んでいった。この半月分の日誌を読み返し、書き忘れがないか確かめると、女官がやってきていう。
「あの、典薬頭様がおいでに・・・。」
「わかりました。」
泰明は診察日誌を持って東宮御在所に向かう。
(今日は丹波様か・・・。あの方は少し苦手だ・・・。和気様と敵対されているからな・・・。何を突っ込まれるのか・・・。)
浮かない顔をして東宮御在所に入ると、すでに東宮の診察に入っていた。典薬頭は数人の医師を連れ、診察中であった。医師たちは皆丹波家の者達で、泰明の東宮付医師就任にいい顔をしないものたちばかりであった。もちろんこの診察で泰明のあら探しをしに来たのである。
「おそいぞ!和気泰明。今日典薬頭様が来られるのを知っているであろう。何をしていた。」
「丹波秀則様・・・。朝の診察日誌を書いておりました・・・。」
丹波秀則は泰明の持っている日誌を取ると、診察を終えた典薬頭に渡す。丹波秀則はこの典薬頭の息子である。丹波家当主であるこの典薬頭は還暦を前にし、この秋の除目で当主の座を丹波秀則に譲ろうとしている。もちろん丹波秀則が今回の東宮付の医師を引き受けなかったことで父である典薬頭は激怒したのは言うまでもない。東宮付の医師を引き受けた和気家が、東宮が帝位に就いた折、重用される事を恐れているのである。それでなくても、皇后の病気を見抜き、少しでも長く幸せに過ごす事が出来たのもこの和気家の診察のおかげであったのだ。次の除目ではきっと典薬助の和気が典薬頭になることは目に見えている。しかしいくら泰明のあら探しをしても出てこず、順調に東宮は体質改善をしているのである。そして食べ物の好き嫌いが激しい東宮に嫌いなものまで食べさせるということが春宮坊でも高く評価されている。典薬頭は東宮の診察日誌を読み、事細かく書かれていることに悔しいことであるが感心をしてしまった。
「和気泰明、この半月よくがんばりましたな。帝にきちんとご報告しておくことにしよう。ただしお前の場合は、遅刻が多い。医学習得に熱心すぎてのことであろうが、もう少し要領よくなりなさい。大和と都では違うのですから。いいですね。」
典薬頭は日誌を泰明に返すと、東宮御在所を丹波家の者たちと共に出て行った。
「泰明。」
「はい、東宮様。」
「丹波家の者達は苦手か?」
泰明は苦笑すると東宮は笑った。
「実は僕も苦手なんだ。うるさい者が多いしね・・・。体質的に合わないというか・・・。泰明は違うんだ。今までの医師たちと違ってね・・・。最近発作も出ないし・・・。こんなに清々しい気分なのは久しぶりかな・・・。これで母上様が生きていれば申し分ないのだけれど・・・。」
「東宮様・・・。」
「父上様の女御様をはじめて見た時は本当に母上様が戻ってきたと思ったけれど・・・。でも嬉しかったんだよ。顔も声も微笑みもそっくりなんだもん。ずっと側にいて欲しいと思ったよ。」
「そうでございましたか。私は生まれてすぐに両親を流行り病で亡くしましたので、顔など知りませんが、しかし生まれてきたことには感謝しております。様々な人たちとの出会いがあり、好きな人も出来ました。こうして東宮様にもお目にかかる事が出来ましたし・・・。」
「そうなんだ・・・母上様がいないのは僕と同じだね。泰明の好きな人ってどんな人?今も好きなの?その人を大和においてきたの?」
泰明は苦笑して首を振る。東宮の女官たちの中にはこの泰明を慕う者がたくさんおり、泰明の言葉に期待する。
「東宮様にお話できるようなことではございません。」
「残念だね・・・。僕の場合は父上様が決めた姫としか結婚できないしね・・・。内々的には決まっているようなものだけど・・・。泰明も早く結婚しなよ。」
「いえ、まだ私は修行中の身ですから。医師として世の中に認められないと・・・。」
「泰明は立派だと思うよ。誰がなんと言おうと。だから僕の医師として大和に帰らないでずっと都にいて欲しい。体のことはもちろんだけれど、話し相手になって欲しい。」
「本当にもったいないお言葉でございます。」
「泰明、気が向いたらでいいから、好きな人の話をして欲しいな・・・。泰明が好きになった人なんだもんきっと素敵な人なのでしょう・・・。」
泰明は微笑んで、東宮を見つめる。二人は兄弟のように仲良く過ごす。
三月が経ち恒例の秋の除目が発表された。もちろん予想通り泰明の師匠である和気が頭に昇進した。そして丹波秀則が侍医になり兼任で助となった。泰明の功績は帝に認められたが、まだ医師となって日が浅いため、そのままである。東宮の病状はすっかり良くなり、持病の喘息の発作も、ほとんど何もせずに出なくなってきた。急な呼び出しもまったくなくなったために泰明は東宮付医師の肩書きはそのままだが、御所の部屋を返上し、典薬寮の一医師として出仕となることになった。今日は帝も東宮御所を訪れ、歓談する。
「泰明殿、この四月でよくここまで東宮を治した。もっとかかるであろうと覚悟していたのだが・・・。」
「本当にそうだよ、泰明。」
「いえ。私ももっとかかるであろうと思ったのですが、東宮様が私の言うとおりして頂いたからでございます。東宮様、私が側にいなくても今までどおり運動と、食事をお続けください。油断すると、また発作が出ます。」
東宮は微笑んで言う。
「わかっているよ。一人でもきちんと運動もするし、好き嫌いをせずに食べるよ。今まで食べず嫌いだったのか、結構食べる事が出来るようになったのですよ、父上様。」
「それなら安心だ・・・。泰明殿、今回の除目では昇格は出来なかったが、何か褒美を取らせよう、何でも言ってごらん・・・。」
泰明は少し考えたがある事が脳裏を横切った。
(彩子様を私にください・・・とは言えないな・・・。彩子様は帝のご寵愛を一身にお受けになっておられる女御様だし・・・。)
「あの・・・別に・・・ございません!」
「そんなことはないだろう。あの滅多に褒めない前典薬頭であった丹波殿もそなたをとても褒めていた。自分の息子でさえ褒めることをしなかったのに・・・。そこまで丹波殿をうならせたのだからもう立派な医師である。未だ典薬頭の邸にお世話になっていると聞く。どうだろう、小さいが、邸と使用人を与えよう。それがいい。先日も丹波に相談を受けたのです。丹波が一番可愛がっている孫を泰明の正妻としてどうかと・・・。結婚して落ち着くのもいいであろう。養う者ができると、泰明も張り合いが出来、さらに精進が出来る。」
「縁談でございますか?」
泰明は困った顔をして考え込む。
「もう決まった姫でもいるのですか?」
泰明は首を振り、黙り込んだ。
「父上様、泰明は好きな姫がいるんだよ。」
「東宮様・・・。もういいのですよ。その縁談をお受けいたします。」
帝は泰明の好きな姫が誰であるかを知っているので、苦笑をして御所を立ち去る。東宮は泰明を心配して、声をかける。
「いいの?好きな姫がいるのでしょ・・・。」
「別にいいのです。もうその姫は手の届かない存在の方だから・・・。到底一緒にはなれません。」
泰明は複雑な顔をして東宮御所を後にした。もちろん縁談の件はすぐに丹波家に知らされる。丹波家は元当主が決めた縁談を受け入れる。そしてこの縁談相手の父である当主丹波秀則は愛娘である三の姫を嫁がせることに決め、見合いの日取りを決める。一方和気家当主はこの縁談話に難色をしめしたが直接帝からの申し入れに断る事が出来ず、承諾する。
「くそ!丹波に先手を取られてしまった・・・。末娘と結婚させようと思っていたが・・・。」
和気は帝に泰明の養子縁組を申し入れた。
《作者からの一言》
医学的なことは良くわかりませんが・・・・。勘弁してください。
とりあえずこの章は長ったらしいです。すみません。おかしいところも多々あると思います^^;
資料がないので難しいですね^^;
第115章 彩子の里下がり
帝の弟宮である兵部卿宮の婚儀が盛大に行われ、お祝いムードでいっぱいの都。その華やかな裏では彩子の臨月が近づき、里下がりをする。彩子は初産であるため、実家である大和の国から父君の大和守と母君が右大臣家別邸の五条邸にやってきて、彩子の出産準備に当たる。もちろん右大臣家の養女であるため、それなりの準備を右大臣家でも行っている。
「本来であれば実家の大和で産ませてやりたかったが、身重な体では無理だ・・・。」
「お父様、本来であれば、右大臣家本邸での出産なのですが、右大臣様が家族水入らずになれるとのことで、こうして五条邸にしていただいたのです。」
「それはそうではあるが・・・。」
大和守は初孫になる彩子の子に期待を掛けていた。
「右大臣様はぜひ皇子をとおっしゃっていた。右大臣様のお孫様東宮お一人では権力の維持が出来ない・・・。東宮様は母君亡き皇后を亡くされてからというものお体があまりよろしくないという。心配なのですよ、右大臣様も・・・。帝は彩子の子は権力争いに加えず、お子と認めになるものの、皇子であった場合でも継承順位には加えないと仰せなのだが・・・。」
「お父様、私が帝に願ったことなのです。皇子であれば元服後、臣籍に下って源の姓を賜り、姫宮であれば今はいない伊勢斎宮にとお願いしたのです。」
「うむ・・・。帝に・・・。そのように申し上げたのか・・・。右大臣様が聞いたら・・・。しかし彩子はもともと権力争いに加えないという条件での入内。右大臣様はそれを承知で彩子を養女に迎えていただけたのだし・・・きっとわかっていただけるであろう・・・。」
大和守は苦笑して、彩子の部屋を去る。彩子は人払いをして母君と二人きりになると、母君に言う。
「お母様、三月ごろ、帝の父院にお会いいたしました。私のお見舞いに来られたのですが、本当に私は亡き皇后に似ているのですね・・・。あと宇治院はお母様の行く末を知っておられました。そしてこの私を通してお母様に詫びられたのです。ずっとお母様のことを気に掛けていらっしゃったみたいです・・・。」
「そう・・・。院が・・・。」
「あと、皇太后様はお母様の従姉妹であられるとも聞きました。お爺様の亡き前式部卿宮様の兄宮様の姫であると・・・。本当にお母様と皇太后様が似ておられるのには驚きました・・・。でもなぜ・・・亡き皇后様と私が似ているのかが疑問なのですが・・・。」
「まあ色々とあるのでしょう・・・。そう・・・あの綾子様が・・・私と従姉妹・・・。」
「お母様、もう院のことをお許しになられてはいかがですか?院はお母様が後宮を出られた経緯をきちんとお話になられたのです。お爺様がはじめに当時の帝に申し上げたようです。院も摂関家筋の帝ということで、立場上お母様を大切に出来なかったと仰せでした。しょうがなかったと・・・。」
彩子の母君は黙り込んで立ち上がると、彩子にいう。
「あの頃は私も若かったから、何も政治について知らなかったわ・・・。今なら院のお気持ちはわかる・・・。でもあの頃は悲しくて悲しくて・・・あなたに亡き皇后様の代わりとして入内して私と同じ気持ちを味わせたくわなかったから・・・。でも彩子はとても幸せそうにしているのです。帝のお子もすぐに懐妊して・・・。大切にしていただいているのは良くわかるわ・・・。もういいのよ・・・私の昔のことは・・・。あなたさえ幸せになれば・・・。」
母君は彩子に微笑んで彩子の部屋を出て行った。時の流れが院と母君の問題を解決していたようだ。その事がわかった彩子は安心して、御子が生まれるのをひたすら待つことにした。
里下がりから半月後、五条邸の右大臣家のものから朝方連絡が入る。
「お休みのところ申し訳ありません。」
と、宿直中の侍従がやってきて右大臣家の者から連絡を伝えようとやってきた。
「いい。申せ・・。右大臣家からであろうな・・・。」
「はい。先程未明。大和女御様姫宮様ご出産とのことでございます。」
「そう。二人とも無事か。」
「母子ともにお健やかであるとの報告が・・・。」
「わかった、昼ごろに勅使を送ると伝えよ。」
侍従は御前を下がっていくと、籐少納言を呼び、儀礼の準備をするように命じる。
「まあ、姫宮様ですか。きっとかわいらしい姫宮様でしょうね・・・。」
帝は御帳台から起き上がると、上着を着て脇息にもたれかかる。
「籐少納言、彩子が無事に出産したことだし、中宮の謹慎を解くと伝えてくれないか・・・。」
「今からでございますか?」
「いや、夜が明けて中宮が落ち着いてからでいい。私はこのまま起きておくから・・・。」
鈴華の謹慎が解かれ、早速鈴華はお詫びを言うために清涼殿に現れる。まだ帝は鈴華に対して不信感を持っているのか、御簾越しでの話となった。
「この度は大和女御様の姫宮ご出産おめでとうございました。」
「んん。中宮は女御の新宮が皇子ではなく、さぞかし安堵したことであろう・・・。」
「そんな・・・。私はあの言葉のお詫びを・・・。」
帝は溜め息をついて言う。
「本当かな・・・。大和女御は中宮と比べても家柄はたいそう劣る。色々聞こえてくるよ。中宮の周りからね・・・。」
「そんなことは・・・。」
「あなたはどうして新しい妃と仲良く出来ないのですか?亡き皇后は後から入ってきたあなたをどう扱いましたか?何もいわずに仲良くしていたではありませんか・・・。なのに・・・。」
「わかっています・・・。誤解です。ただあの時は・・・つい心にないことを・・・。」
「そうかな・・・。いいですか?中宮。私は大和女御を新皇后に立てるつもりでいます。もちろん最近元気のない東宮の母代わりとして・・・。これ以上中宮が改心しないようでしたら、女御に降格もありえることを覚えておくように・・・。」
帝は鈴華に下がるように命じ、鈴華は命じられるまま下がっていった。帝自身、鈴華に対してきついことを言ってしまったことに悩んだが、現実鈴華の女官あたりから彩子のあることないこと噂として耳に入ってきているのである。鈴華はそれに気付かなかった。もちろん鈴華は女官たちに叱りつけたのは言うまでもないが・・・。
姫宮の誕生から七日後、命名の儀が行われた。新姫宮の名前は「綾子(りょうこ)」と名づけられた。綾子はとても帝と彩子のいいところばかりにてかわいらしく、大和守は初孫可愛さに離そうとはしなかったが、数日で彩子と共に後宮に戻っていくのを残念に思う。
「冴子の懐妊がふた月早ければ、この姫宮の乳母をさせたのだが・・・。」
「でもお父様、お姉さまもやっと懐妊したのですよ・・・。結婚してもう数年・・・。もうすぐお姉さまにも生まれるのでしょ。楽しみね・・・。私、お母様みたいに綾子に乳母をつけずに育てたかったけれど、この子は帝の子であり、右大臣様の孫だもの・・・。しょうがないわね・・・。ある程度経つと、右大臣家で養育されることだし・・・。」
彩子は姫宮を右大臣家が用意した乳母に預ける。この乳母は右大臣家や大和守と同じ源氏の流れをくむ受領の妻である。わざわざ東国武蔵国から乳母になるために都にやってきた。武蔵国は武州ともいい、大和国と同じ大国のひとつである。もちろん武蔵守も妻と共に上京し、右大臣と大和守に会うとすぐに自分の国に戻っていった。右大臣はこの妻を武州と呼ぶ。この武州は彩子より十歳上で、国に三人の子供がおり、ふた月前に生まれた姫を連れ都に来たのである。都出身の者ではないので、彩子はこの武州と気が合い、姉のように慕った。小宰相は右大臣に頼まれて、この武州の期間限定ではあるが、宮中での作法なども教えることになっている。本当に途中である彩子のお妃教育と、この武州の宮中作法の指導に毎日大忙しの小宰相なのである。
産後半月が経ち、産養を終えた彩子は綾子を連れて後宮に入る。御殿は後宮で一番近い承華殿に移動となり、当分の間の姫宮の寝所も用意された。姫宮はとてもよい子で、お腹がすいたり、おしめが濡れた時以外は泣かず、あとはよく眠る姫宮である。
「女御様は都に戻られてからずっと規則正しく静かな生活をされていたからでしょうね・・・。帝もたいそう慈しまれていましたし・・・。ですからとても御育てしやすい姫宮になられたのでしょう・・・。」
と小宰相が言うと、武州も続けていう。
「今まで四人産みましたが、これ程まで育てやすい姫は知りません。きっと物静かな姫宮にお育ちになるでしょう・・・。」
彩子の女官たちもかわいらしい姫宮の寝顔を見て御殿中は微笑ましい雰囲気となる。
「女御様、こちらに帝がおいでになりますけれど・・・。」
と、帝の女官がやってきて、小宰相に言う。
「まあわざわざこちらに?今清涼殿へ参ろうと思っておりましたのに・・・。」
小宰相は帝を迎える準備をする。この騒ぎでも姫宮はすやすやと眠っている。彩子は唐衣に着替えると、姫宮を見て微笑む。
「こんなにバタバタしているにも関わらずお起きになららい姫宮はきっと大物になりますわ。何ことにも動じない・・・。」
彩子は微笑んでいう。
「皇子ならきっと立派な公達になられるでしょうけれど・・・。姫宮ですものね・・・。」
表が騒がしくなると、帝が入ってくる。
「彩子、待つ時間が惜しくて来てしまったよ・・・。綾子は寝ているの?」
「ええ、よく寝るいい子なのです・・・。」
帝は姫宮の寝所に向かいそっと姫宮を眺める。帝は姫宮の小さな手を触ると帝の指を姫宮は握る。帝は微笑み、じっと姫宮をいつ起きるのか見つめたままでいる。そして姫宮は小さなあくびをすると、目を少し開け、帝の指を姫宮の口に運びチュパチュパと吸う。すると姫宮はお乳でないことに気付くとかわいらしい声で泣き出す。
「彩子、姫宮が起きたよ・・・。」
帝は姫宮を抱き上げると彩子に渡し、彩子は武州に姫宮を預ける。武州は姫宮を別室に連れて行き、乳を与え着替えをさせると、また彩子の部屋に入ってくる。そして起きている姫宮を彩子に渡すと、彩子は帝に改めて姫宮を見せる。姫宮は満足そうな顔をして、目を開けている。帝は姫宮を抱き、微笑む。
「さすが抱き方がお上手ですね、帝。私など、未だ抱くのが怖いのです。なんか壊れそうで・・・。」
「大丈夫だよ。やはり姫宮はかわいらしくていい。特にこの姫宮はおとなしいね・・・。中宮腹の斎院のときは抱くと良く泣かれたものだよ。」
帝の胸に抱かれながら再び姫宮はスヤスヤと眠りについた。帝は立ち上がって、姫宮を寝所に寝かすと、また姫宮の寝顔を見つめる。帝は本当に姫宮がかわいらしくてたまらないようで、いつまでも姫宮を眺めていた。
「帝、そろそろお戻りになりませんと・・・。姫宮は当分こちらにおりますわ・・・。」
と彩子が声をかけると帝はうなずいて、立ち上がり彩子を抱きしめる。
「とても可愛い姫宮を産んでくれてありがとう・・・。では戻るよ・・・。彩子、ゆっくり体を休めなさい・・・。」
帝は清涼殿に戻っていく。少し経つと鈴華が現れ、彩子は身構える。鈴華は彩子に対して手をつきお詫びをする。
「あの時は本当にひどいことを・・・。なんとお詫びしたらよいか・・・。」
「中宮様・・・。」
鈴華は鈴華の女官が止めるのを振り払って手をついたまま彩子に対して謝り続けた。彩子は鈴華の手をとっていう。
「もういいのです。私こそ身をわきまえず申し訳ありませんでした・・・。こうして無事姫宮を産む事が出来ました。中宮様、姫宮を見ていってください。帝に似てよい姫宮です。」
二人はなんとか和解をした。
《作者からの一言》
帝はまだ中宮鈴華のことを怒っています。普通名前で呼んでいたのを中宮と呼んでいます。
まただらだら文章ですね^^;
第114章 堀川女御の行く末
彩子の懐妊の正式発表が行われ、ますます彩子は帝のご寵愛を一身に受ける。中宮である鈴華は御年二十九になったので、夜のお召しを控える年齢になったためか、さらに彩子への寵愛が増しているのである。もちろん帝は鈴華のことも大事にしている。後から入ってきた彩子が懐妊したのにも関わらず、未だ懐妊の兆しさえない堀川女御の鈴音は彩子の懐妊に相当ショックを受け、引き籠る事が増えている。もちろん帝は鈴音を大事にし、なぜ懐妊しないのかと悩むことさえある。父君である関白殿も同じである。
(姉の堀川中宮は一度流産をしたとはいえ、三度も懐妊をしているのに・・・。なぜ女御だけ懐妊しないのだ・・・。大和女御が入内すぐ懐妊したというから、帝が原因ではないのだろう・・・。このままでは堀川女御の立場が・・・)
堀川関白殿は悩み悩んである決心をする。もちろんこのようなことは帝の性格から聞き入れてはもらえないことはわかっている。堀川関白殿は承香殿を訪れ、引き籠っている堀川女御と面会をする。大和女御の懐妊を聞いてから、泣き暮らしている堀川女御は御簾の奥に籠もったままである。
「鈴音・・・。」
「お父様・・・。私お父様にどれだけお詫びしたらいいか・・・。」
「鈴音が謝る事はない。鈴音を入内させたこと自体が間違いだったのかもしれない・・・。鈴音、ひとまず帝にお願いをして、承香殿と女御の称号を返上させていただこうと思う。これ以上鈴音の悲しい顔を見たくないからね・・・。その後のことは後から考えればいい・・・。」
鈴音はうなずくと、早速帝の御前に現れ、ずっと悩み考えていたことを打ち明け、帝の意向を聞く。帝は堀川関白殿の気持ちが痛いほどわかるようで、溜め息をつきながら、考え込む。
「堀川邸に戻られた後はどうお考えか?堀川女御が幸せに過ごされるよう、考えておられるのですか?」
「いえ・・・。しかし女御が決して不幸にはならないようにはこれから考えるつもりではございます。何とかしてよい縁談を探してもいいかと・・・。」
「うん、そうだね・・・。堀川女御はまだ若い・・・。あなたの願いを聞き入れましょう。私は堀川女御がいなくなるのは残念だが・・・。年相応で、身分のあるものとの縁談を・・・。そうだ・・・弟宮の兵部卿宮は如何なものか・・・。三歳年下ではあるが、もうそろそろ縁談を考えようと思ったのです。少し頼りない面はあるが、しっかりした女御であれば釣り合っていいのではないか?宮家であれば、のんびり暮らせるであろうし・・・。父院や皇太后とも相談をしてみます。」
堀川関白殿は快く聞き入れた上に縁談相手まで考えていただけたことに感謝し、下がっていった。
数日後、宇治から院と皇太后が参内してくる。そして後涼殿の一室を借りて、兵部卿宮と対面した。突然の訪問に兵部卿宮は驚き、何事かと思った。兵部卿宮は父院に頭を下げると、型どおりの挨拶をする。
「お前にしてはいい挨拶だ。雅哉。」
「父上今日は何を?邸においでくだされば・・・。」
「いや、今日はついでにお前と会ったまでのこと・・・。今日は帝の新しい女御に見舞いに来た。ところで、雅哉はもうそろそろ落ち着いてはと思ってね・・・。」
「はい?」
「結婚の話ですよ。あまり興味はなさそうだな・・・。まあいい・・・。下がっていいよ・・。」
兵部卿宮が下がっていくのを確認すると院は皇太后に言う。
「綾子、雅哉はどうしてああなんだ・・・。雅孝は実力で内大臣まで上り詰めさらに上を目指せる。雅和は帝として立派にやっている。雅哉は・・・親王であるから兵部卿に取り立ててもらっているが・・・。色々私の耳に入ってきているのですよ・・・。少しでも自覚を持ってもらおうと去年の御幸に同行させ見聞させたというが・・・。身についてはいまい・・・。」
皇太后は溜め息をつく。
「本当に・・・。一番下の親王でしたから、甘やかせ過ぎたのでしょうか・・・。あの子だけですもの・・・問題のある子供は・・・。何とかならないかしらね・・・。」
二人は溜め息をつき、清涼殿に向かう。清涼殿では、堀川関白殿は院が到着すると、深々と頭を下げる。
「話は帝から伺いましたよ。本当に兵部卿宮は親である私たちであっても訳のわからない息子だ・・・。環境を変えてやると、いいかもしれないがな・・・・。本当にあなたの二の姫を宮の正妻に迎えてもいいものであろうか・・・。家柄的には申し分はないのだが・・・。私自身土御門摂関家の血筋・・・。あのような頼りのない宮と・・・。」
「いえ、当家の姫は帝の女御として入内した身・・・。再婚相手として宮様の名前が挙がったこと自体嬉しいのです。こちらこそ当家の姫をもらっていただいていいものかと・・・。宮様より三つも年上・・・。」
三日後に堀川女御は御殿と称号を返上し、堀川邸に戻ることになっている。この日、院と堀川関白殿は女御が落ち着いた後、兵部卿と女御の顔合わせの宴を行うことに決めた。もちろんこのことは群臣どころか、宮にも内密に事が運ばれる。この日の夜、帝との最後の夜を迎える。帝はわざわざ承香殿に足を運び、名残惜しそうに鈴音と会話をしたりする。
「鈴音・・・。本当に残念なこと・・・。このようなことになったのは本心ではないが・・・。」
「わかっております。もともと私のわがままで帝のお側に・・・。実家に戻ったあとのことまで決めていただきました・・・。感謝しております。」
帝は鈴音を引き寄せ、抱きしめる。
「鈴音・・・幸せになってくれよ・・・。あなたのお相手は私の弟宮である。色々噂で聞いているかもしれないが、元は優しい弟だ・・・。きっと鈴音を大事にしてくれると思うよ・・・。」
「はい・・・長い間、お側に置いていただき、ありがとうございました・・・。」
朝までゆっくり最後の夜を過ごした。
堀川女御が後宮を去る日、登華殿に帝、鈴華、彩子が上座に座り、堀川関白殿とともに鈴音は帝に挨拶をする。
「堀川女御、今まで長い間、私の側にいてくれ、本当に助かったよ。女御にこれを・・・。」
籐少納言が、帝から帝愛用の扇を受け取り、鈴音に渡す。
「これを私と思い大事にしなさい。ここにいたよい思い出まで忘れなくてもいいよ。」
鈴音は帝から賜った扇を胸に当てると、ほろりと涙を流す。すると鈴華が鈴音に駆け寄ってあるものを渡す。
「鈴音、今まで色々辛い思いをさせてしまってごめんなさいね・・・。あなたがとても欲しがっていた櫛を持っていきなさい。これは亡きおばあ様の形見だけれど、あなたなら大事に持っていてくれるものね・・・。」
「お姉さま・・・。」
鈴華と鈴音は抱き合い、涙を流しあうと、彩子は感動してつられて涙を流した。鈴音は彩子のほうを見ていう。
「大和女御様、短い間でしたけれど、あなたのいつも遠慮がちなところ・・・とても印象に残ったわ・・・。私は一度も帝の御子を懐妊しなかったけれど、元気な御子をお産みくださいね・・・。」
「堀川様・・・。お幸せに・・・。」
「あなたもね・・・。」
もう一度帝に深々と挨拶をすると、鈴音は立ち上がって、堀川関白殿とともに後宮を立ち去っていった。珍しく鈴華は苛立ち、彩子にいう。
「あなたが入内さえしなければ、あなたが懐妊さえしなければ・・・。鈴音はずっと大好きな帝の側にいられたのよ!かわいそうな鈴音・・・。好きでもない人と再婚するのよ!」
彩子は鈴華の意外な言葉に傷つき、部屋を飛び出し弘徽殿に戻っていった。
「鈴華!」
帝は非常に怒った表情で鈴華にいう。
「身重な大和女御になんということを言うのだ!鈴華も懐妊中に同じことをされたであろう!もう鈴華のことは信じられない!顔も見たくはない。部屋で謹慎しなさい!」
帝は彩子を追いかけて部屋を出て行った。鈴華はつい心に秘めていたことを言ってしまったことを悔やむ。彩子は弘徽殿の寝所に潜り込んで、泣く。
「彩子・・・。」
帝は彩子の側に寄るとなだめる、彩子は帝の胸に飛び込んで泣き叫ぶ。
「彩子、当分の間、清涼殿の局で過ごしなさい。いいね彩子・・・。全然彩子は悪くはない・・・。中宮が言い過ぎたのだ・・・。あれは妹思いであるからね・・・。私は彩子を守るといっただろ。だから今日から清涼殿で暮らしたらいい・・・。では準備が出来次第移りなさい。」
帝は小宰相に指示をし、弘徽殿から清涼殿の彩子の局に移る準備をする。そして帝は堀川邸に使いを出し、即堀川関白殿を参内させ、慌てて堀川関白殿は殿上し、御前に息を切らしながら座る。
「どうかなさいましたか?」
「堀川殿、たった今中宮に謹慎を言い渡した。」
堀川関白殿は顔を青ざめ、帝に伺う。
「なぜ中宮を!」
「身重の女御に対して中宮らしくないひどいことを言ったのですよ。妹思いなのはいいがあそこまで・・・。今日から中宮の目に女御が触れないよう、この清涼殿の局に移した。堀川殿には罰などは与えないが、親として中宮に注意するように・・・。中宮が入内して十年・・・。このような事がないおとなしい奥ゆかしい姫だと思っていたが・・・。信じられない・・・。」
早速御前から下がると、藤壺の中宮のもとに足を運び、中宮に真実を問いただす。もちろん帝が立腹したことについては真実であり、中宮もこのようになってしまったことに対して大変反省していた。
「本当にお前というやつは何かしら問題を起こしてくれる・・・。最近やっとおとなしく落ち着いてきたと思いきや・・・。もしこれで大和女御の御子が流れる事があれば、お前は鈴音同様後宮を出す。父からもお前に謹慎をさせる。帝のお許しが出るまで、儀礼があろうとも、ここから出ることは許さん。いいな!」
「でもお父様!どうして女御の入内を認めたの?」
「あれは右大臣と内大臣が仕組んでいたのですよ。帝も・・・。知らされたときにはもう遅かった。日程まで組まれ、意に反するものは処分するとまで言われたからな・・・。女御一人でここまでの騒ぎになるとは思わなかったが・・・。いいか、三の宮、四の宮のためにも我慢をしなさい。」
「はい・・・お父様・・・。」
堀川関白殿は溜め息をつきながら後宮を後にする。
鈴音が里下がりをして数日後、堀川邸では表向きは鈴音を励ます宴として催されている。様々な公卿や公達を集め、盛大に行われた。もちろん裏向きは鈴音と兵部卿宮との見合いの宴だが、一部の者しか伝えられていない。招待を受けた者は帝のもと元女御であり、教養があり美しく利発であると評判の鈴音を一目見てみたいと、続々と鈴音のいる寝殿の御簾の前へ挨拶にやってくる。他の者より少し遅れて到着した兵部卿宮はいつもと違って品のよい布袴を着て現れ、さすがに性格以外はすべて整っており、堀川邸の女房たちは魅了される。出席者たちもいつもと違った感じの兵部卿宮を見て驚く。
(あれがあの毎日頼りなさげに出仕してくる宮か?)
(やはり兄宮内大臣様に似ておられる・・・。でも意外だな・・・。)
兵部卿宮は周りを気にしながらも、堀川殿の前に座り挨拶をする。
「お招き頂きまして、ありがとうございます。私は人の多いところが大変苦手でして・・・。このようなところは恥ずかしく、お招きいただいたお礼のご挨拶のみさせていただいたら、下がらせていただこうと思っております。」
堀川殿はこの言葉を聞いて、ハッとする。
(ああ、この宮様は極度の上がり症なのではないか?だから毎日頼りなさげにされていて、兵部省では部屋に籠もっておられるのか・・・。仕事はきちっとはされているようだし・・・。なるほど・・・。)
「今日は宮様とお話がしたいと思い、別室に膳を用意させております。さあ、こちらへ・・・。」
堀川殿は兵部卿宮を客間に案内し上座に座らせる。そして話し出す。
「宮様は想っておられる方はいらっしゃるのですか?」
「はあ・・・なにぶんこのような性格です・・・。ただの憧れで・・・。たぶんその人はもう結婚されているのでしょう・・・。もう十年ほど前に見かけた方ですので・・・。」
「ほう・・・宮様にもそのような方が・・・。どのような出会いを・・・。」
「出会いって言うほどでは・・・。十歳の頃に見た年上の舞姫を・・・。元服前のことですので・・・。そうあれは兄上が即位された年で、盛大な豊明節会・・・。父院に連れられて見に行った節会の舞姫の中に・・・。」
「もう十年も前・・・。あの節会ですか・・・。舞姫はどのような・・・。」
「そうですね・・・一番小さな姫君でした。どこの姫君かは存じ上げませんが・・・。中でも一番小さな・・・。」
堀川殿はその舞姫が誰であるかがわかった。もちろんその姫君とは鈴音のことである。
「宮様、その姫君を知っていますよ・・・。今は独身です・・・。」
「え?でも私のような頼りないと評判の宮では・・・嫌われるでしょう・・・。」
兵部卿宮は苦笑すると溜め息をつく。堀川殿は女房に言って鈴音を連れてこさせる。
「宮様、会わせてたいものがおります。当家の姫なのですが・・・。」
堀川殿は合図をすると鈴音が入ってくる。鈴音は兵部卿宮の前に座りお辞儀をし、兵部卿宮は鈴音の顔を見るなりびっくりして言う。
「この方は・・・。もしかして・・・。」
「宮様がおっしゃっていた舞姫はこの当家の姫かと・・・。」
兵部卿宮はうなずくと、今まで見せたことのない表情で微笑む。堀川殿は宇治院から預かった文を兵部卿宮に渡し、兵部卿宮は今日の宴は見合いの宴である事を知る。もちろん鈴音は帝の面影があるこの兵部卿宮を気に入り、微笑んだ。堀川殿は鈴音の一言言う。
「この宮はお前の舞姫姿を見初められていたそうだよ・・・。」
「え・・・もう十年も前の話です・・・。」
兵部卿宮は鈴音の顔を見つめ続けている。
「宮様。この姫をもらっていただけますか?しかしこの姫は先日まで帝の女御であられた・・・。それを承諾していただかないと・・・。」
「構いません・・・。この姫をいただけるのですか?私の初恋の姫を・・・。」
「はい。出戻りですが・・・。よろしければもらってください。いいね鈴音・・・。」
鈴音はうなずき微笑むと兵部卿宮と見つめあう。堀川殿は安堵の表情で、二人を見つめた。兵部卿宮と鈴音は寝殿に戻り、管弦の宴を楽しみ、御簾越しではあるが、二人は楽しそうに会話をする。周りの者達ははじめて見る兵部卿宮の別人のように楽しげな表情に驚く。宴がお開きになったあと、名残おしそうに兵部卿宮は鈴音に挨拶をすると、自分の邸に戻っていった。
次の日、堀川殿は兵部卿宮とともに御前に鈴音との結婚の許しを得ようと現れる。もちろん帝は堀川殿から二人の馴れ初めを聞き、大変驚きつつも祝福し、兵部卿宮の結婚を許す。このことは宇治の院にも伝わり、早速婚儀に向けての準備が始まった。もちろん都の者達は、鈴音の里下がり後すぐに鈴音の縁談がまとまり、その相手が兵部卿宮であることに驚いたのはいうまでもない。そして婚儀が行われる三ヶ月後までの間にあれほど内気で頼りなかった兵部卿宮はまるで別人のように晴れやかな顔つきで毎日出仕し、「頼りない宮」という呼ばれ方はなくなった。帝や父院、そして皇太后は生まれ変わった兵部卿宮を見て安堵し、この見合いは間違いではなかったと思ったのである。
《作者からの一言》
少し主人公が変わった番外編・・・。
兄弟の中でも出来の悪い宮としっかり者の女御とのお話です。
まあこれからこの二人は出てくることはないのですが・・・・。
少し短編チックになったでしょうか???
第113章-2 帰京~想いを絶つ日
帰京の前日の朝、彩子は行宮の一室に入った。もちろん昨日は勝手に邸を抜け出した事が大和守にばれてしまい、女房ともども一喝されたのは言うまでもないが、彩子はひとつの心の支えが出来たことで、おとなしく今日の日を迎えた。部屋には帰京関係者の高位の者達が彩子に対してご機嫌伺いにやってくる。養父である右大臣、警護責任者である右大将。皇族関係を取り仕切る宮内卿などがかわるがわるやってきて御簾越しに彩子に挨拶をする。そして途中通る山城国の守、そして父であり滞在中お世話になった大和守。最後には今日の診察に医師である和気泰明が現れる。泰明は診察のため、御簾に入り彩子に深々と頭を下げて診察に入る。脈診中に泰明は周りに聞こえない声で彩子に聞く。
「彩子様、昨日は申し訳ないことをしてしまいました。昨日のことでお腹の張り、出血など異常はありませんでしたか?それだけが昨日気になりました・・・。」
彩子は首を横に振って微笑む。泰明はほっとした表情で脈診を続ける。やはり心配だったのか、いつもは診ない彩子の腹部を衣の上からであるが触診した。泰明はすべての診察が終わると、頭を下げながら御簾を出て、養父である右大臣と父である大和守に診察結果を言う。
「まったく異常はございません。お疲れのご様子もなく、これでしたら明日の帰京は滞りなく済みましょう・・・。」
「ご苦労であった。明日の出立時刻まで実家に戻り帝への報告書を書くよう。何かあればこちらから使いを出す。大和守も下がって明日に備えよ。」
と、右大臣は二人を下がらせると、右大臣は彩子に文を渡す。
「大和女御。これは昨日帝から託された文でございます。お返事はいらないと仰せです。今日一日養生されて、元気な御子、特に皇子をお産みください。」
「皇子を?」
「はい、御懐妊された限りは皇子をお産みになられないと・・・。周りの者の立場がございますので・・・。」
(やはりこの子も政治の道具にされてしまうのね・・・。)
彩子はお腹をさすりながら涙ぐむ。気を取り直して帝からの文を読む。いつものように人格が現れたような字で書かれた文は彩子に対する想いや、これからの事が長々と書かれていた。
夕刻になると、小春日和であった昼が一転、冷え込むとちらちら雪が降り始めた。積もるほどの冷え込みではないが、彩子は大和最後の夜を、雪を眺めながら過ごす。彩子の女房たちは慌てて彩子を部屋の中に入れ、暖かくする。
「さ、彩子様、もうお休みになられては?明日は早い出立です。」
彩子は寝所に入ると、静養期間中の出来事を思い起こす。この三ヵ月何もなかったようで、色々あった。絶対安静中は近所の子供たちがみんなでお見舞いに来てくれた。そしていろいろな人が体調の悪い彩子に色々差し入れをしてくれたりと、大和の民たちの暖かさに触れた。そして久しぶりの泰明との再会と告白。そして昨日の出来事・・・。
一方泰明も帝と典薬寮に出す報告書を書き綴っていた。泰明はふと筆を止め、立ち上がると当分帰って来る事が出来ないあろう大和の夜空を見つめた。
「雪か・・・。彩子様はもう眠られただろうか・・・。」
泰明は苦笑をして部屋に戻る。そして続きをはじめるが度々筆を止め物思いにふける。
「泰明、一昨日から変よ・・・。何かあったの?」
姉の明日香が入ってきて、そばに座る。
「いえ・・・。」
「もうすぐ終わりそう?早くあなたも寝ないと・・・。帰りの支度はもうしておきました。」
「もうすぐ終わります・・・。」
書きあがった報告書に明日香が目を通すと、順次文箱に入れていく。泰明は書き終わったようで、筆をおき、溜め息をつく。
「泰明、報告書の内容はこれでいいと思うけれど・・・。今回の件は本当にあなたには酷な事ね・・・。」
「え?」
「知っているわ。泰明は彩子様のことを想っていたことぐらい・・・。そして・・・昨日・・・。」
泰明は顔を赤らめて、振り返る。
「姉上・・・。」
「彩子様も彩子様だけど・・・。あなたもあなた。私はあなたの姉だから、大和守様や帝にご報告などしません。昨日のことは姉の胸の中にしまっておきます。あなたはこれからも彩子様と関係を持つつもり?あなたの想いを今すぐ断ち切りなさい。そうしないとあなたどころか彩子様の身の破滅になります。いいわね・・・。」
泰明は黙ったままで、寝所に横になる。
(わかっている。姉上の言うことぐらい・・・。昨日のことは最初で最後だと思っている。明日からは気を入れなおして、帝や彩子様に御仕えしないとな・・・。)
泰明は苦笑しながら眠りに付いた。
次の日泰明は束帯に着替え、たくさんの荷物を馬にのせて実家を出て、行宮に向かう。行宮に付くと荷物を控え室に置き、出立前の診察をする。診察を終えると出立の本格的な準備に取り掛かった。昨夜の雪はうっすらと積もっていたが、日が昇るにつれて、徐々に解けていった。彩子が唐衣に着替えている間、泰明は大事な書状を忘れてはいないか確認した上で、馬に荷物を積みなおし、固定をした。出立の時刻が近づくと、行宮は慌しくなる。行宮の表で泰明は自分の乗る馬をなだめながら、その時を待つ。
「和気殿!準備は出来たか?そろそろ出立だぞ!」
「はい!・・・紅梅(馬の名前)頼んだよ・・・。お前には大切なものを乗せている・・・。」
泰明は馬の顔を撫でると、馬に乗り彩子が乗る車を待った。馬に乗った大和守が近づき、泰明に言う。
「泰明殿、都までの道のり頼みましたよ。帝にも・・・よろしくと・・・。さ、行くぞ!」
大和守は先頭に立ち、一行を誘導する。泰明は一行の一番後ろで控えながらついて行った。彩子は後ろのほうで控えている泰明を見て溜め息をつく。
「姫様、車の揺れでお腹が張るのですか?それともご気分が?」
と彩子の女房が声をかける。彩子は首を振り、微笑む。
国境に来ると、大和守は山城守に引き継ぎ、少し行列は休憩に入る。引継ぎを終えた大和守は右大臣や右大将に挨拶をすると、供の者を十数人連れて引き返す。その中には泰明の兄である智明も含まれており、泰明に声をかける。
「泰明、もう当分会えなくなるが、都で精一杯腕を磨くのですよ。大和に帰らなくてもいい。都で名声を上げる事が出来るような医師に・・・。これは父上の願いでもあるのです。医師である以上様々な間違いをしないようにね。医師は人の命を左右する事が出来る職だから・・・。じゃあ・・・。」
智明は馬を歩かせる。
「兄上!」
泰明の言葉に智明は振り返ることもなく、手を振ってさよならをした。
「和気殿!何をしている。早く行くぞ!」
警護の近衛の者が泰明に声をかける。泰明は急いで馬に乗り、追いかける。最後尾の警護の者に追いつくと、警護の右近少将が言う。
「右大将様が、もう少し前に行けとおっしゃっていたぞ。帝への大事な書状を携えているのだから・・・。さ、車の後ろのあたりに控えろ。」
「は!」
そういうと泰明は馬を走らせて列の真ん中で、彩子の車の側に控えた。時折石が車の車輪に挟まって車が揺れるのを見て、彩子のことを心配する。国境から宇治にかけては道があまりよくないらしく、車がよく揺れる。泰明は馬を右大将の近くに寄せていう。
「あの、この車の揺れ・・・。女御様のお体に触るような気がします。宇治のあたりで休憩を・・・。お考えいただけないでしょうか・・・。」
右大将は少し考えていう。
「女御様は体調が悪いといっておられない。早く都に入らなければならない・・・。」
「しかし・・・。私は今回、女御様の主治医です。ほんの少しでもいいですから、休憩を・・・。」
「わかった、そのようにしよう。宇治を出ると道はいいからな・・・。そのあとは休み無しに・・・。」
「ありがとうございます!」
右大将は近くにいる部下の者に命じ宇治で休憩することを決めた。休憩先の宇治で、泰明は馬を下り、彩子のいる車に近づき、頭を下げ言う。
「女御様、お体の調子はお変わりありませんか?」
「こちらで休憩を入れてくれて助かったわ。少し車に酔ったみたい・・・。気分が悪くて・・・。」
泰明は近くにいるものに冷たい水を彩子に差し上げるように頼む。その水を受け取ると、彩子の女房に渡し、女房はその水を彩子に差し出した。その水を一気に飲み干すと彩子は泰明にいう。
「ありがとう・・・。あなたの配慮に感謝します。」
「いえ、私は医師なので当たり前のことをしたまでのこと・・・。途中ご気分が優れない事がございましたら、早めのお申し出ください。もし車酔いが治まらないようでしたら、酔い止めの針でも打ちますので・・・。」
「いいえ、そこまでではないから・・・。」
泰明は下がると、右大将に休憩終了の合図をする。右大将は都に向けて出立の合図をすると、一行は都に向けて急いで動き出す。
何とか無事に後宮に彩子を届けると、早速泰明は殿上し、帝に到着の報告と彩子の診察結果などが書かれた書状を帝に渡した。
「ご苦労であったね・・・。あなたが付いていてくれて助かった。今日は大和女御をそっとしておこう。きっと大変疲れているであろうから・・・。下がっていいよ。」
泰明は頭を深々と下げて退出すると、彩子の病状日誌を持って、典薬寮に入る。そして師匠である侍医和気に挨拶をしこの病状日誌を預ける。侍医は事細かく彩子の診断について書かれているのを見て、驚き感嘆する。そして泰明を褒めると、当分の休みを与えた。
《作者からの一言》
よそよそしい二人・・・。
まあ当たり前のことなのですが・・・。
また起承転結がないや・・・・。
ただの文って感じですな・・・・。
第113章-1 帰京~成就
帝は大和の彩子からの文を、右大臣を通じて渡された。そこには明日香から帰京の許可が下りたことと、お腹の子供が動いたのを感じたことなど、様々な内容であった。帝は嬉しさのあまり、右大臣と内大臣を呼び、人払いをして彩子の帰京について話をする。
「そうですか、大和女御様の帰京の許可が・・・。それなら今から陰陽寮に吉日を占わせましょう。女御様の帰京となりますと大和まで派遣する者たちの人数も要りますので、少し時間をいただけますか?」
と内大臣が言うと、数枚の紙に用件を書き、部下の者たちに、関係各所にこの紙を配らせる。おくれて右大将が現れ、御前に座る
と、右大臣から帝の意向を聞き、すぐに近衛府が準備できる人数を考える。
「では右近衛府に護衛の全権を任せる。常隆、衛門府にも通達をお願いしたい。検非違使からも警護にあたらせよ。」
「御意。」
「右大臣、女御の車のほうも頼みましたよ。いつ大和女御のことを発表すべきか・・・。」
帝は次の日に大晦日前の忙しい時期にも関わらず、大和女御の帰京の時期について、大臣たちに言う。そして関係各所の者を集めて話をする。
「日程については右大臣が中務省から陰陽寮に伝えて任せてある。警護のほうも右近衛府に一任した。さて、宮内卿殿にはただひとつお願いがあるのです。」
鈴華の実の兄である宮内卿が帝の話を聞く。
「宮内卿、典薬寮から医師を一人派遣して欲しい。大和女御は大和国の医師から帰京の許可が出たが、まだ病み上がりなので、帰京途中に何があるのかわからない。医師を側につけよ。そうだな・・・。侍医和気殿の助手であり、大和出身の医師和気泰明に行かせたらいい。腕は確かである。」
「しかし・・・女御様を診るなど・・・。女医をつけたほうが・・・。」
「いいのだよ宮内卿。大和の医師と和気泰明は兄弟であるから、引継ぎもきちんとできるであろう。よろしく頼んだよ。」
「御意。」
帰京は儀礼が落ち着く1月下旬の吉日に決まった。日程の報告に帝は大和に使者を送った。帝も大和守や彩子も日程が決まり安心して年を越す事が出来た。
年を越し、年始の様々な儀礼が落ち着いた頃、大和女御の帰京の報告が発表される。混乱を避けるため、懐妊発表は帰京後とされた。帰京準備のため、女御お出迎えの一行は帰京の四日前に大和国に入った。帝の使者であり女御の迎えであるので、特別に東大寺の行宮使用が許可され、彩子は帰京の前日にこちらの行宮に入ることになっていた。一行と一緒に大和入りした泰明は、久しぶりに実家へ戻ることにした。束帯のまま馬に乗り込み、大事な医術の道具を懐にいれて行宮から実家のほうに馬を向けた。町の民たちは三ヵ月見ない間にずいぶんと大人びてきた泰明に声をかける。泰明は相変わらずの笑顔で、民の者たちに応対する。実家近くの川にさしかかると、懐かしい後姿が見える。
「彩子様?」
「え?」
泰明は馬を下り、川縁にたたずむ彩子に声をかけると彩子は振り返って微笑む。
「泰明、父上から聞いたわ。帰京の一行に加わるんですって?」
「はい、帝に命じられまして・・・。」
「そう・・・。帝に・・・。」
「彩子様、供もつけずに・・・。いくら慣れた町内であっても、まもなく日が暮れます。どうしてこのようなところに・・・。」
「ここの所こうやって散歩しているの・・・。体力をつけないとね・・・。ついこの川の流れを見ると、泰明と川遊びをしてことを思い出してね・・・。あの頃が一番幸せだったのかな・・・。帰京を心待ちにしていたのに変だね・・・。」
彩子は泰明に苦笑して言う。泰明は彩子の言葉に我を忘れかけた。彩子が帝の妃であることを忘れそうになったのだ。しかし自分の気持ちが抑えられなくなって、つい彩子を抱きしめてしまい、無理やり彩子にキスをした。
「泰明!」
彩子は泰明からはなれ、お腹に手を当てて言う。
「泰明、あなたの気持ちには答えられないの。もう私のお腹には帝の御子がいるのよ。泰明のことも好きだけど、私は帝を愛しているから・・・。ずっと側室であっても構わないのよ。だって私の身分では本当なら後宮にさえ入れないもの・・・。」
「え・・・・?僕は一人で殿上を許されるまでになりました。彩子様、僕はあなたをお守りしたいのです。あのような窮屈な宮中に彩子様がいるのですから・・・。」
「泰明も帝と同じことを言うのね・・・。帝もね、私を堅苦しい宮中から一生守ってくださると求婚してくださったの・・・。ありがとう、泰明。あなたの気持ちだけで十分よ。もう帰るね。」
彩子は顔を赤らめて実家の邸に向かおうとすると、泰明は言う。
「彩子様、私が邸までお送りします。私の馬に乗ってください。」
そういうと、彩子は泰明の前に乗り、ぎゅっと泰明にしがみついた。泰明も彩子が落馬しないようにそっと彩子の肩に手を当てた。
邸に向かう途中、彩子は泰明にいう。
「泰明、帝よりも早く求婚してくれていたら、あなたと結婚していたかもしれないね・・・。だって小さい頃ずっと泰明と一緒にいると思っていたもの・・・。ここだけの話よ。」
「しかし大和守がお許しにならなかったでしょう・・・。ずっと大和守様は彩子様を都の者と結婚させたいといっておられたのだから・・・。」
彩子は微笑んで泰明の顔を見つめる。
「泰明の束帯姿はじめてみたわ。はじめ誰かと思っちゃったもん。見違えちゃったわ・・・。」
泰明は顔を赤くして照れると、彩子を邸の前で馬から下ろし、和気家の実家のほうに走らせた。邸内ではなかなか帰らない彩子に家の者達は大騒ぎしていたが、彩子の姿を見てみなは安堵した。
「彩子、明日から出歩くのはやめておくれよ。何か起こってしまってからでは遅いのだ。もう帰京の使者一行は到着済みなのだから・・・。さあ夕餉を食べたら横になりなさい。」
「はい、お父様・・・。」
彩子は何か考え事をしながら、部屋に戻る。もちろん泰明の彩子に対する行動に驚いたのは言うまでもなく、彩子は泰明の事が気になってしょうがなかった。気が付くと朝が訪れ、数人の女房が、彩子を起こしに来る。
「姫様、ご気分はよろしいのですか?」
「もうちょっと寝かせてくれる?昨夜よく眠れなかったから・・・。」
「しかし早くお起きになられないと・・・まもなく明日香様が都からの医師の方と診察に・・・。」
都からの医師とは泰明のことである。引継ぎのための診察があると、昨日大和守から知らされていた。泰明は昨夜、姉の明日香や兄の智明から彩子の状況説明を受けていた。昨日の彩子に対する行為を忘れようとするためか、一晩中実家にある医学書を読み漁っていた。明日香も智明も、泰明の行動を不思議に思いながら、就寝する。結局泰明は一睡も出来ず、束帯に着替え明日香とともに徒歩で彩子のいる邸に向かった。邸に入るとまず大和守に挨拶をする。
「泰明殿、都に出られ数ヶ月。以前に比べて落ち着かれましたね・・・。医師としてのお役目はどうでしょうか?」
「本当に都に出てよかったと思っております。侍医様に付き侍医様が帝の診察をされるときは必ず助手として殿上しております。帝や侍医様にも良くして頂き、充実しております。」
「それは良かった・・・。あなたのご両親にあなたたち兄弟のことを託され、無事成人させる事が出来安堵したよ。きっとご両親も喜んでいるであろうな・・・。これからも精進していい医師になるのですよ。」
「はい・・・。では彩子様の診察に・・・。」
泰明は一礼すると彩子の部屋に入る。彩子は昨日の事があったからか、泰明と目をあわさず、脇息にもたれかかって、溜め息をつく。泰明は彩子の前に座ると、深々と頭を下げいう。
「女御様、帝に許しを得ております。診察を・・・。」
いつも冷静な泰明であったが、彩子の脈を取ろうとしても、なかなか診る事が出来ず、深く深呼吸をして脈診に気を集中した。姉の明日香もいつもと違う泰明を見て心配そうに側によってくる。異様に汗をかく泰明は彩子を離れ汗を拭うと言う。
「姉上、これから先は、私は診る事が出来ませんので・・・。」
明日香は女房たちに几帳を持ってこさせ、彩子に立てかけると、明日香は彩子の腹部の触診に入った。明日香は微笑んで彩子に言う。
「本当に順調ですね。ご予定では梅雨時です。泰明、脈診などはどうでしたか?」
「これといって以上は見受けられませんが、少し貧血気味だと思います。あとお子様のためにもよく眠り、栄養のあるものを御召し上がられるよう・・・。蘇や魚を良く御召し上がってください。まずは好き嫌いを無くす事が先決でございます。」
彩子の女房は困った様子で言う。
「彩子様は蘇がお嫌いなのです・・・。牛の乳自体がお嫌いで・・・・。」
泰明は苦笑して言う。
「私も女御様の好き嫌いは存じ上げております。しかし丈夫な御子をお産みになるためには・・・。私も出来るだけ献立について考えて見ますし、都に戻り次第大膳職と相談して女御様の御膳をお作りするようにします。しかし出来るだけお嫌いなものも召し上がっていただいたほうが・・・。」
彩子は未だ不機嫌な様子で明日香と泰明、そして女房たちが話しているのを見る。泰明は彩子に深々と頭を下げると、部屋を明
日香とともに退出し、大和守のいる寝殿に戻る。大和守は診察の結果を聞く。
「泰明殿、いかがでしたか?」
「順調でございます。都までの道筋、大丈夫でしょう。私も側について様子を伺いつつ同行しますので。昨日はあまり寝ていらっしゃらないよう・・・。出来るだけ睡眠を・・・。」
「それなら良かった・・・。私も心配なのでな、あさって国境まで送ろうと思う。山城守にも書状で行列のことを頼んでおいたからな・・・。泰明殿、彩子のこと、頼みましたよ。」
「はい・・・。」
泰明は大和守に一礼すると邸を出て、実家に戻った。そして狩衣に着替えると、今日の診察についてなど思いついたことを紙に書き記していた。
「泰明、何しているの?」
声のするほうを振り向くと、彩子が立っていた。
「彩子様・・・。これは・・・これは後宮の女医に渡す報告書のようなものです。宮中では僕や姉上が診るわけにはいけないので・・・。彩子様どうして?」
「また抜け出してきたの。お父様は今日一日ゆっくりしなさいって言ったけれど、お父様が役所に言ったのを見てそっと書置きをして抜け出してきたのよ。明日香も智明様もいないみたいね・・・。」
「姉上は往診です。兄上は役所です。」
「そ、それなら良かった。泰明とゆっくり話したかったから・・・。」
「彩子様、そちらは寒いでしょう。中にお入りください。何もお構いは出来ませんが・・・。」
「今日は小春日和だから、温かいわよ。あさってもこんな天気だったらいいわね。お父様ったら雪が降るんじゃないかって毎日そわそわしているのよ。」
彩子は縁の階に座って、微笑む。泰明も彩子の側に座って話を聞く。
「帝は私のことを何っておっしゃっていたかしら。最近文が来ないし・・・。」
「彩子様、帝は一昨日私を呼んでこうおっしゃったのですよ。本当は帝自身が迎えに行きたかったって。でもそれは身分上無理だからって。だから僕をおつかわしになったのだと思います。とても彩子様がお戻りになるのを心待ちにされていたのですよ。未だ都では彩子様のご懐妊発表をされていませんが・・・。」
「そう・・・。」
彩子は泰明の顔を見るという。
「あのね、私あれほど帰京したくてならなかったのだけど、帰京が決まってから怖くてしょうがないの・・・。」
「どうしてですか?」
「はっきりはわからないのだけど・・・。でもひとついえるのはこのお腹の子のことよ。もし皇子だったらって思うと怖いの。皇子だったら養父の右大臣様はお喜びになるでしょうけれど、中宮様はいい顔をなさらないでしょうね・・・。それでなくても東宮様は母君である皇后様を亡くされて立場も危ういのです。摂関家のかたがたは中宮様の三の宮四の宮様が東宮になることを望んでいるらしいわ・・・。そこに私が割って入ったら・・・。帝は私をそのような道具にはさせないと仰せだったけれど・・・。私、姫宮を授かったら、きっと伊勢の斎宮にさせるつもり・・・。そのほうが姫宮も政権争いに巻き込まれなくてもいいでしょ。まだどちらが生まれるかなんてわからないけれど・・・。変な話ね・・・。」
彩子は苦笑してうつむく。
「彩子様、いくら小春日和とはいえ冷えます。さ、中に・・・。」
泰明はそういうと、自分のきている単を脱ぐと、彩子に掛ける。彩子は泰明の部屋に入る。
「泰明、今でも私の事が好き?愛してる?」
泰明は顔を赤くすると焦って言う。
「彩子様、何をおっしゃっているのですか?私は彩子様を愛することは出来ません。彩子様は帝の妃であられるから・・・。」
彩子は泰明の胸に飛び込むという。
「本当の気持ちを言って。決して帝に言ったりなんかしないし・・・。私の心の支えになって欲しいから。今日聞いたらもうこんなこと
聞かないし・・・。」
泰明はハッとして彩子に言う。
「もちろん僕は自分に嘘はつけません。彩子様を愛しているから・・・。」
彩子は微笑むと泰明にキスをする。すると泰明はそのまま彩子にキスをし続ける。
気が付くと日が陰りかけていた。
「もう帰らないと・・・お父様が役所から帰ってくるわ・・・。」
彩子は衣を調えると、泰明の単を返し、泰明の邸を出て行った。泰明はいくら懐妊中とはいえ、帝の妃を抱いてしまったことを悔や
んでしまったが、彩子への想いを遂げなんとなく清々しく思った。泰明も脱いだ狩衣をきちんと着なおすと、なにもなかったかのように文机に向かい大和女御の診察報告の続きを書き出した。
《作者からの一言》
懐妊中とはいえ、彩子に手を出した泰明。ついに幼馴染から男と女の関係になってしまったわけです^^;
おいおい^^;自分から泰明を誘う彩子も彩子だけど・・・。
第112章 静養~大和編
彩子が大和での静養にはいってひと月が経った。切迫流産の危機を乗り越え、脇息にもたれかかって、毎日を過ごしていた。つわりも徐々にではあるがひどくなってきて食欲がない。心配になった大和守は毎日のように顔を見せに来る。今日はいつもと違い、大和守は束帯を着て朝早くに訪れる。
「お父様・・・。」
「朝早くすまなかったね・・・。今日都に国(くに栖す(古く大和国吉野郡吉野川の川上に土着していた住人の集団で、独特の風俗で知られた))が豊明節会のために上るのについて行かなければならんのでな・・・。」
「もうそんな時期なのね・・・。」
「去年は彩子が舞姫に出るので大変だったが・・・。この時期、都に上るのは恒例の事・・・。帝に何か届ける者はないか?代わりに私が届けておくよ・・・。」
すると彩子は帝から賜った御料紙に文を書き、庭に植えてあるもみじを添えて大和守に渡す。大和守は文箱に文を入れると一緒についていく従者に渡す。
「大和守様、国の者の出立の準備が整いましたが・・・。」
「わかった・・・今行く。」
大和守は彩子に別れを言うと、馬にまたがり都にむけて大和路を上っていく。宮中に献上する大事な供物を都まで運んでいるので、この日は都から派遣された検非違使もつく。彩子は大和守の姿が見えなくなるまで邸の表に立って見送った。
「彩子、もう部屋に戻りなさい。まだ無理をしてはいけない身重な体なのですから・・・。」
「お母様、いつになったら都に・・・。」
(早く優しい帝に包み込まれたい・・・。)
彩子は母君に支えられながら邸に入り、寝所に横になる。流産の恐れはなくなったとはいえ、まだ安定期に入っていないので、都までの道のりはまだ無理なのである。
「小宰相さん・・・。」
「はい・・・女御様・・・。」
「このような田舎にいてつまらないでしょう?今度帝の御使者が来られたらあなたも都にお戻りなさい。こちらには昔からの者もいるし、都と違ってそんなに人は必要ないわ・・・。明日香もついていてくれるそうだから・・・。」
「いえ、私は帝や右大臣様に女御様をお守りするように命じられております。ですので・・・。」
彩子は珍しく苛立っているのか、小宰相にあたる。
「私、あなたの事が好きではないの。いつもあなたは亡き皇后様と私を比べるような目で見るもの。あなたといると窮屈でたまらないの・・・。都の中ではいいけれど、大和の中では・・・。」
「女御様・・・。私は・・・。」
「今日の文にこのことを書きました。だからあなたは都に戻って・・・・。大和ではあなたがいると迷惑なの・・・。」
小宰相は立ち上がって彩子の部屋から出て行く。彩子の昔からいる女房が小宰相を追いかけて謝る。
「申し訳ありません。姫様はつわりで気が立っておいでなのです。もともとあのようなことを言う姫様ではありません。お許しください。」
小宰相は苦笑して言う。
「わかっています。そして女御様の言うとおりです。私は亡き皇后様と女御様をいつも比べていたのですもの・・・。ちゃんとお分かりだったのですね・・・。本当に賢い女御様だから・・・。私は本当に邪魔そうだから、右大臣様の許可を得て都へ戻ります。」
小宰相は寂しそうな顔をして自分の局に戻っていった。彩子は自分がなんとひどいことを言ったのか後悔した。小宰相は次の日に帝の彩子への返事の文を持ってやってきた博雅と共に都に戻っていった。
豊明節会から数日が経ち、大和守が彩子にたくさんのお土産を持って邸に戻ってきた。すべて帝から賜ったもので、彩子のお印の入った御料紙や、反物、そして衣装が彩子の前に運ばれてきた。もちろん堀川姉妹からもお見舞いの贈り物が届けられる。このために大和守は右大臣家から牛車を一輌借りてくるほどの量である。早速彩子は帝や堀川姉妹にお礼の文を書く。そして右大臣家にいる小宰相に先日のお詫びの文を書き、右大臣家の者に託す。休む暇なく、右大臣家の車は急いで都に戻っていった。
「彩子、小宰相殿を都に返したのだってね・・・。」
「はい・・・私小宰相さんにひどいことを言ってしまったの・・・。いらないから帰ってって・・・。」
「大和守様、姫様はつわりがひどくなられて気が立っておいででしたから・・・。小宰相様はわかっておいでのようでしたし・・・。姫様の行いをお許しくださいませ。」
「うむ・・・。先日彩子の文を持って清涼殿に参内できたのだが、帝は御前で、たいそう彩子のことを気になされて、帰京を催促されるのだよ。明日香が帰京は母体が安定する年明けがいいといっていたから、それくらいだと申し上げてきたが・・・。都ではいろいろ彩子について噂する者がいてね・・・。重篤な病気だとか、帝に見捨てられただとか・・・。つい懐妊についていいそうになったよ・・・。帝もたいそうお困りのご様子で・・・。流産の危機も乗り越えたことだし、年明けにも正式に懐妊の報告をするそうだよ。」
彩子はまだ帰京できないことが悲しくてしょうがないようである。大和守は帰京の頃に雪が降らないかどうかを心配しながら寝殿に戻っていく。やはり雪が積もると大和路を上れなくなる。特に女御の行列であるので、相当な人が移動する。春まで待てばいいのであるが、帝の催促を考えると、無理をしてでも年明け早々に戻らなければならないのである。それが大和守の最大の悩みであった。
師走に入り、大和国も新年の準備で大忙しで、彩子は邸の部屋に一人で座り邸の者達がせわしなく新年の準備をするのを眺めていた。おととしまでは一緒に新年の準備をしていたが、今年はみな彩子にじっとしているようにいう。彩子自身つわりが少しましになり、毎日が退屈である。都もやはり忙しいのか、いつもの間隔で使者が来ない。文を出そうにも都まで文を持って行ってくれる者がいないので、書けないでいたのである。
「明後日はもう大晦日か・・・。あとひと月で戻れるといいな・・・。」
彩子は脇息にもたれながら庭を見つめているとふと感じた。
(あ、もしかして・・・。)
彩子はお腹の胎児が動いたのに気がついた。
(もうすぐ五ヵ月だもの・・・。すこしお腹も目立ってきたし・・・。)
彩子はお腹をさすりながら、微笑むと、明日香が診察にやってくる。
「明日香、さっき赤ちゃんが動いたのよ。」
明日香は彩子を診察しながら言う。
「それはいいことですね。順調にお育ちになっている証です。これで彩子様のご不安もなくなりますね。」
明日香は診察が終わると、微笑んで言う。
「順調でございます。そろそろ安定期に入りますので、普段どおりに動かれても結構ですわ。でも飛んだり跳ねたりはいけません。いいですか?」
「いつ帰京できそうかしら・・・。」
「年が明け、都が落ち着いたらでいいと思います。」
彩子は嬉しくなって邸の者に無理を言って都の帝まで文を書き届けてもらった。
《作者からの一言》
ああ、これも起承転結のないだらだら文ですね^^;
本来なら第○○章(1)というように書くべきなのかもしれませんね^^;
もうそろそろ完結の兆しが見えてきましたので、次何か書くときにそうします。
ああ・・・フォントも違うぞ^^;
第111章 和気泰明の初殿上
帝が都に帰ってきて数日がたつ。毎朝侍医がやってきて帝の健康状態を診る。今日の担当侍医は和気家当主和気伴由である。
「帝、まだ御幸の疲れが取れていらっしゃらないようですね・・・。食事も完食されていないとのご報告が・・・。」
「んん、元気なのは元気だが、ちょっと気になる事があってね・・・。今日は和気泰明の初出仕と聞いたが、如何なものか・・・。」
「はい、この数日あの者の実力を見させていただきました。やはりあの智明のもとで三年修行しただけあり、先日頂いた従七位医師の実力はあります。」
「うむ、将来的には東宮が帝位に就いた折に侍医としてつけたいと思っている。あと何年先になるかはわかりませんが、侍医としてやっていけるほどの実力があるものなのか・・・・。」
「もちろんでございます。もしかしたら智明を超える者かもしれません。さすが帝のお目は高こうございました。あのまま大和に埋まるのみの男ではありません。ぜひ当家の養子に迎え、私の跡継ぎとして、修行させたいと思っております。」
帝は微笑むと、侍医に言う。
「そのほうがよろしい。あなたの腕は侍医の中でも一級品だ。その腕をすべて泰明に伝授せよ。」
「御意・・・。」
「泰明が出仕次第、こちらに参内させよ。」
「かしこまりました。」
侍医は一礼をすると、内裏を退出し典薬寮に戻る。典薬寮に入ると、泰明が初出仕しており、和気の帰りを待っていた。泰明は大和では職務中は狩衣を着ていたが、やはり侍医と共に殿上の機会が増えるため、七位の色である縹(はなだ:緑)色の束帯と冠を初めて身に着けている。
「泰明殿、今までの長閑な大和とは違い、こちらではとても忙しいので、覚悟なさい。さ、今から清涼殿に参内しますよ。これから私について修行するわけですから、帝にあなたの顔を覚えていただかなければなりません。普通ただの従七位の医師であるあなたが、特別に殿上を許されているのですから、礼儀正しく、和気家の恥にならないようお願いしますよ。」
「はい、侍医様。」
泰明は一昨日この都に入った。当分は侍医の下で修行するので、和気家当主の邸の一室を借りて寝起きをする。和気家にはこのような修行中の弟子が数人おり、同じように小さい部屋を与えられている。侍医は大和から帰って昨日まで休みをもらっており、休みを使って弟子達の修行にあたっていた。特に生まれてずっと田舎に住んでいた泰明に今日まで宮中のしきたりや官位、そして重要な人物についてまで今日のためにじっくり教えつつ、弟子たちを使って、泰明の腕がどのようなものか見てみたのである。もちろん大和では、専門医というものはないので、脈診や薬学をはじめ鍼灸、按摩など様々な技術の基礎はもう身につけていた。帝や公卿はまだ無理であるが、他の役人などであれば診る事が出来る程度である。当主の弟であり、泰明の叔父である医師博士も、これならばと医師の位に見合う腕があると太鼓判を押していた。通常ならば狩衣で出仕可能な身分であるのだが、帝の前に出しても恥ずかしくないということで、殿上に必要な束帯や衣冠などを与えたのである。
泰明は着慣れない束帯に戸惑いながら、侍医と共に清涼殿に参内する。自分よりも相当位が高い公卿たちが、内裏中を行ったり来たりしている。人の多さは大和国の役所よりも多く、束帯の色で大体の位はわかるものの、まだ家紋などを覚えていないので、誰がどこの家系の者か区別が出来なかった。見たことのある顔の者がこちらに向かってくる。その男は黒の束帯を身につけ、冠は巻纓、おいかけ、腰には勅許のいる刀を身に着けている。
(確かあの方は・・・彩子様のお相手の側にいた・・・。)
「これは、和気殿。また参内ですか?」
侍医は深々と頭を下げる。泰明も侍医につられて頭を下げると、侍医は言う。
「これは右大将様。今から帝に呼ばれましたので・・・。」
「そう・・・。和気殿、今日は新しい者をお連れですね。お弟子さんですか?」
「はい、今日から初出仕いたしました私の甥でございます。これから私について修行をいたしますので、よろしくお願いします。」
「うむ、覚えておくよ。早く行かないと帝が・・・。」
侍医と泰明は礼をすると、清涼殿に向かう。
「侍医様、あの方は?」
「右大将様ですよ。帝の側近中の側近で、ご公務以外でも側におられる事が多い方ですよ。武官の中でも一番の信頼がある御方。あとは内大臣様、右大臣様、そして宮内卿様。この四人を覚えておくがいい・・・。」
「はい・・・。」
二人は清涼殿に入ると、御前に上がる許可を待つ。侍従が二人を呼ぶと、清涼殿のすのこ縁に通され、帝と御簾越しに会う。侍医は泰明の初出仕の報告をする。
「こちらが例の大和国元少目従七位下医師、和気泰明にございます。」
「んん・・・。」
泰明は侍医に促され、挨拶をすると、帝は泰明にとって意外な言葉を発する。
「今日で二回目だね、和気泰明殿。」
「はい?」
「先日は大和女御こと彩子姫の実家にて対面したが、覚えていませんか?」
泰明は信じられない様子で、帝の姿を見つめる。帝は籐少納言に御簾を半分上げさせると、帝は言う。
「あの時はお忍びであったので、私の身分は明かせなかった。私は彩子の夫であり、今上帝である。」
確かにあの時見た宮であったので、泰明は驚いて頭を深々と下げる。
「和気泰明殿、あなたの実力は侍医の和気殿より聞きました。これから侍医のもとにつき、存分に侍医の腕を習得するように・・・。」
「はい・・・。」
帝は微笑んで、泰明に時間を忘れて色々大和のことなどを聞く。
「帝、東宮侍従源博雅様参内でございますが・・・。」
と、帝の侍従が声をかけると、帝はそのままこちらに通すように言う。博雅は帝の御前に座ると、帝に言う。
「帝、本日大和に参りますが、帝から何か文などの託はございませんか?」
「ああ、今日行くのですか?今から文を書くので、待ってくれないか?」
帝は文机の前に座ると、御料紙を取り出し、三通の文をさっと書く。そして博雅を呼び、手渡す。
「これは大和守に、これは大和女御に、これは和気智明に渡すよう・・・。決して失くさない様頼みましたよ、博雅。」
「御意にございます。」
三通の文を大事に懐にいれると早速退出し、そのまま内裏を出て馬にて大和に向かった。すると侍医が帝に言う。
「大和女御様はいつお戻りになられるのでしょう・・・。この時期に風邪とは・・・。都の慣れない生活で体力が落ちておられるのでしょうか?」
侍医も泰明も彩子が懐妊中であり、流産の兆候があるなど思っていない。
「そうかもしれないね・・・。無理に入内を願ったのは間違いだったかもしれないね・・・。しかし大和女御の側には泰明殿の姉と兄が交代でついていてくれるというし、住み慣れた大和で静養というのもいいではありませんか?これから年に数回は大和に里帰りさせてもいいかもしれない・・・。」
すると泰明が帝に聞く。
「ひとつ大和女御様についてお聞きしてもよろしいですか?」
侍医は慌てた様子で泰明を止めに入る。帝は人払いをして微笑んで言う。
「和気殿、別に構わないのですよ。泰明殿は大和女御の幼馴染であるから気になるのでしょう。何でも聞きなさい。あなたの気が済むなら・・・。わかっていますよ、あなたの女御に対する気持ちは・・・。」
泰明は顔を赤らめて頭を下げると、帝に質問をする。
「彩子様いえ、大和女御様をなぜ・・・。」
帝は苦笑すると泰明に言う。
「和気殿は亡き皇后の顔を知っているね・・・。あなたが皇后の病を直接診断してくれた。まああの時は手遅れだったのだけれども・・・。そして昨年の五節舞に舞姫として出ていた大和女御の顔を覚えていますか?」
「はい、驚いたことを覚えております。亡き皇后様に生き写しで・・・。皇后様の病は先帝の亡き兄宮様と同じ病・・・。当時東宮であった亡き宮様を診断したのは私の父・・・。あの病は当家の医学書にのみ記載されているもの・・・。丹波家の医学書には・・・。しかし、皇后様と女御様があれほど似ておられるとは・・・。」
「うん、そうだね・・・。はじめは亡き皇后の代わりとして大和女御を入内させたのだけれども、今は違うのですよ。顔は似ていても、中身は違う。天真爛漫な大和女御を見ていると私の気が晴れるのです。なんていうのかな・・・堀川中宮や堀川女御と違うのですよ・・・。堀川姉妹はやはり摂関家の姫君だから、それなりに気を使うのだけれども、大和女御は違う。気を使うことなどまったくないし、本当の自分に戻れるのですよ。」
帝は照れながら微笑む。
「泰明殿、もういいでしょう・・・。帝もお困りです。申し訳ありません・・・。」
侍医と泰明は深々と頭を下げると、申し訳なさそうに退出していく。もちろん泰明は典薬寮に戻ると、侍医和気に相当叱られたのはいうまでもありませんが、泰明は彩子のことを帝から直接聞き、なんとなく帝が彩子に対する気持ちがわかったような気がした。
《作者からの一言》
本当に起承転結のない文ですね^^;
まあこれはこれから起こる序章みたいのものですが・・・。(最近のすべて序章のような・・・・。)
小説というより日記だねこれは・・・。
まあ私の脳トレのようなものなのですみませんでした^^;
この様なポストに気が付きますか?
品川駅で発見!!!品川を使用している人は気づいていましたか?
湘南カラーの電車タイプですよ^^
ちゃんと車輪もついています。
にくいデザインですね^^
やはり電車好きの長男が即座に発見しました。
私は見逃してたって事です^^;
やはり好きな人の感覚ってすごいね^^;
皆さんは変更します???
番号ポータビリティ制度を使って他社の携帯電話に乗り換えることがトクかどうかを緻密に検証したサイトが人気となっている..........≪続きを読む≫
この記事を見ると結構お金がかかるようですね^^;
私的には今使っているauで十分満足しているので、変更するつもりはありません。
それどころか狙っている機種があります^^
今使っているのはワンセグのでかいやつ・・・。結構重いですよ^^;
軽くて性能の良いワンセグ対応携帯が出ないかなって思っています。
- ジャングル 携帯マスターNX スペシャルバリューパック au用
- ¥5,150
- バリューモア
- トリスター 携帯万能17 PDC 標準版 [HYBRID]
- ¥2,780
- 上新電機
- セサミストリート ハロウィン3連ストラップ(コウモリ)BH-29335
- ¥819
- Strapya.com
- 【韓流☆覗き見防止】宮廷女官チャングムの誓いメールブロック
- ¥819
- Strapya.com
- ムック×ローズオニールキューピーストラップ
- ¥525
- Strapya.com
- 北海道出身ムネオくん ナウい☆ビーズストラップ
- ¥480
- Strapya.com
- 【北海道限定】亜土ちゃん北国の恋人ペアストラップ
- ¥735
- Strapya.com
- 【北海道限定】亜土ちゃん北国の恋人根付(女の子)
- ¥399
- Strapya.com
- 【北海道限定】亜土ちゃん北国の恋人根付(男の子)
- ¥609
- Strapya.com
- トホホな犬フラッシュソーラープレート携帯ストラップ(トホホな犬・単独)
- ¥1,050
- Strapya.com
- 透かし木の葉プレートジュエリーストラップ(ブルー)
- ¥714
- Strapya.com
- 透かし木の葉プレートジュエリーストラップ(ピンク)
- ¥714
- Strapya.com
- 透かし木の葉プレートジュエリーストラップ(パープル)
- ¥714
- Strapya.com
- クロミちゃんのハロウィンマスコットボールチェーン BH-13246
- ¥630
- Strapya.com
- セサミストリート おばけに変身ストラップ(エルモ)BH-29496
- ¥840
- Strapya.com
- セサミストリート おばけに変身ストラップ(クッキーモンスター)BH-29506
- ¥840
- Strapya.com
- 【ご当地キティ】泉岳寺キティファスナーマスコット
- ¥420
- Strapya.com