ミラー! (658)混乱
こういう災害地で混乱していると必ず起こるのが、言い争い。特にいろんな国の医療関係者がいたら文化の違いから言い争うこともあるだろう。ま、それは予想していたこと。
僕の部下たちはある程度の英会話はできても、ここで現地の言葉であるフランス語は挨拶程度しかわからないことが多い。まして専門用語で言葉をぶつけられても、訳がわからず呆然としている若い隊員もいる。
内科班にもその混乱が降り注ぐ。ほんと文化やマナーの違いで近くにいたフランス軍医療関係者からクレームが来たのだ。対応に応じている衛生隊の陸士が半泣き状態で僕を呼ぶ。
「隊長~~~助けてください!!!!」
まあ、内科班も落ち着き、他の医官一人で対応できそうだから、僕は二人の言い分を聞く。もちろんあちらは僕自身フランス語に堪能であることを知らないので、けんか腰にガンガン言ってくる。そしてなんか話がそれていく。まあほとんどこちらに対して当たっているにしか思えなくなる。
「まあ落ち着いてください。用件は把握できました。」
などと、僕は言葉を駆使して相手をなだめる。もちろん僕はフランス系日本人だから、あちらのマナーなどもだいたい知っている。こちらの悪い点は丁寧に謝り、そして言ってきたフランス人の態度についても厳しく咎める。
混乱し、ストレスがたまってしまっていたからか、冷静になった途端、彼は僕の階級に気がつき、急に礼儀正しくなる。これでも僕は、あちらで言う少佐クラス。それも派遣隊長だ。ついには彼の上官も出てきて、こちらに対しての無礼を謝ってきたのだ。
現場がなんとか落ち着き、そして日本からの残りの部隊が到着。僕らは野営地へ戻り、一時休息。もう野営地は臨時病院のようになっている。以前の派遣のように至るところ動きまわらず、この野営地にての診察行為となる。先ほどの病院にほんと近い距離。どうしても手術等が必要な患者をこちらへ回すようになっている。そして日本人への医療行為も含まれる。もちろん国籍関係なくだけどね…。
夜、食事担当の隊員が作った暖かい夕飯を食べていると、警衛担当隊員がやってくる。昼間のフランス軍医療関係者の責任者らしい。僕は食事を全部食べ、司令本部へ出向く。そこにいたのは僕よりも年上の軍医。彼は立ちあがって、昼間のことについての謝罪をしてくる。お互い握手を交わし、席につく。
「昼間は私の部下がとても無礼なことをいたしました。」
「いえいえ。こちらもわきまえず、イライラさせたのでしょう。このような場ですからね…。」
で、いろいろと医学についての話もするわけ。僕が内科医ではなく、小児科医であることに驚かれる。彼は内科医で、僕と同じ血液や心臓が専門。さらに話が弾む。
「あなたはフランス語がお上手だ。留学でもされたのですか?」
ずっとフランス語で話していたからか、彼は驚いた様子で聞いてくる。
「僕はこれでもフランス人の血が入っていますので…。父はフランス系のクウォーターです。母は日本人ですが、父方の祖父がフランス人で、祖母が日本とフランスのハーフでして…。あ、フランスには数えるほどしかいったことはありません。フランス語は、父や父の周りにいるフランス人直伝です。」
「へえ…。お父様はなにを?」
え…と。言ってもいいものか…。で、実父のことについて話したわけ。今も現役の実業家。フランスで有名なブランドグループ総裁だってこと。もちろんあちらは驚くわけ。有名高級ブランドだし…。
僕のフランス語は、父のそばにいたフランス人秘書に教わったもの。あとは自分で勉強したのもあるけど…。だから発音も完ぺきだし、フランス人もびっくりの丁寧で流暢な言葉を話すらしい。
話が終わった後、僕の受け持つシステムを見せる。もちろん世界でも最新鋭のシステム。これなら最新の病院の手術室や検査室と変わらないねとお褒めをいただき、車まで見送る。そして手を振り、別れた。ま、この軍医とはこれからも仲良く付き合うことになる。
ミラー! (657)意外な再会
「遠藤先生!」
と、ちょっと遅い昼食を片づけていると声をかけられる。遠藤先生?きょろきょろしていると、また声をかけられる。
「○○病院の遠藤春希先生!」
○○病院とは僕が派遣されて週1回勤務している病院。すると僕が担当している心臓外来の患者さん親子。そういや、2カ月くらい前に相談を受けたっけ。3歳の患者さんで、海外旅行へ行ってもいいかと相談された。まあ重病じゃないし、お薬さえ飲んでいれば大丈夫ですよと言って許可を出した。こんなところで会うなんて思わなかったけど…。
「はるきせんせ~~~~!」
と、かわいい竜馬君という患者君。病院でいつもこの僕の姿を見つけると駆け寄ってくる。今日は迷彩姿なのに、いつものように駆け寄ってきた。
「竜馬君、大丈夫かな?お胸痛くない?」
「うん。大丈夫。先生はなにしているの?」
「先生はね、お仕事でたくさんの患者さんを診ているんだよ。驚いたな…こんなところで会えるなんて。どうしたんですか?」
と僕は竜馬君のお母さんに声をかけてみた。
「本当であればもう日本へ着いているはずだったんですが、この状況で帰ることができなくて…。」
「そうですか…。ご家族の方はご無事ですか?今空港が閉鎖されていますからね…。お薬はありますか?もしかしてきっちりの量しか持ってきていないってことないですか?」
というとお母さんは首を縦に振った。まあ、一日や二日抜いても命に関わることではないけれどよくない。
「ここへ来れば自衛隊医療関係者が到着したからあるかもしれないといわれて来ました。先生にここで会えるなんて思いもしませんでしたが…。」
「薬かあ…。あの薬はリストになかったと思うんだけど…。」
といったけれど、そういや…常時私物の医療鞄の中に未来が遊びに来て薬を忘れたらいけないからと1週間分入れてあることを思い出した。確か同じ処方箋を書いている。この子の分量は少ないけど…。
「ちょっと待ってください。確かカバンに息子の薬があったと思います。同じ病気で、種類も同じですから。」
と言って近くにおいてある医療鞄の中の薬入れを漁った。僕の常備薬のほかに、優希や美紅用の常備薬。そして未来の薬。未来は6歳この子は3歳。体重も半分くらい。このままでは多すぎるので、きちんと量を指示してとりあえず半分の量を手渡した。
「もし帰る目途が立たなくて、なくなりそうであれば、またあと半量を取りに来てください。一応他国の医療チームに同じ成分の薬がないか聞いておきます。早く帰国できるといいですね。」
「ありがとうございます!先生はいつ帰国ですか?」
「最低ひと月ですかね?」
と苦笑。もちろん妻が妊娠中だと知っているから、色々心配されてしまったのは言うまでもない。僕はかわいい患者さんの頭をなでて手を振り別れた。