早起き1210日目
おはようさまです。
今日は神明神社の春祭りです。
実家の町内会から子供らの囃し方が町内を練り歩き躍りを披露します。
で、年老いた両親の代理でお世話係りとして随行します。子供50名、大人150名の大行進です。
私の実家は福井市内中心部で、年々空き地が増えています。 所帯数が減って子供の数も減っています。
郊外に引っ越す人が多いのです。
不便なのです。公共交通機関が不便でバリバリの車社会です。福井は世帯所有数日本一だったりしますね。
自分の子供の頃はマンモス校と呼ばれていた我が母校も今やガラガラとか。
今日は少し寒いですが、子供たちの安全第一で頑張ります。
今日は神明神社の春祭りです。
実家の町内会から子供らの囃し方が町内を練り歩き躍りを披露します。
で、年老いた両親の代理でお世話係りとして随行します。子供50名、大人150名の大行進です。
私の実家は福井市内中心部で、年々空き地が増えています。 所帯数が減って子供の数も減っています。
郊外に引っ越す人が多いのです。
不便なのです。公共交通機関が不便でバリバリの車社会です。福井は世帯所有数日本一だったりしますね。
自分の子供の頃はマンモス校と呼ばれていた我が母校も今やガラガラとか。
今日は少し寒いですが、子供たちの安全第一で頑張ります。
早起き1209日目
おはようさまです。
5月に入っても寒い。
いよいよ氷河期になるのでしょうか。
いやいや、平均気温とは上手く言ったもので、大体似たような数値に落ち着くのが自然の不思議。
でもそれは不思議でも何でもない。
地球上の限られた狭い範囲での話であるので、繋がっているのであるから、要はかき混ぜられる訳だから、似たような数値に落ち着くのが当然の結果である。
ある期間暑かったら、その分何処かが寒くなる。
これが地球全体的に暖かくなったり寒くなったりする傾向を見せるのが、温暖化や寒冷化と呼ばれているものである。
気温の変化が本当に環境破壊のせいなのかはハッキリしたことは言えない。
地球の過去を振り返ると寒期と暖期が繰り返されている・・・というよりも、寒くなり過ぎたから暑くなっているみたいな、自動で温度を調節する装置と似たような動きをしている。
もしかしたら、地球は巨大な温度調節装置を持った機械かも知れません。
人知の及ばない存在によって、人類は飼育されているやも知れませんねん。
偉そうな顔して地球に君臨していますが、とうてい地球を統べるだけの器は感じられません。
人間はかなり不完全な存在です。
一人でこの大自然の中で生きていくのは厳しいです。個体はとってもひ弱です。
猛獣と比べると筋力も劣っているし、攻撃する牙なども無いし、まず素手では勝てません。
ひ弱な種は絶滅していきました。
人は悪あがきしているのか?
中々絶滅しないばかりか、逆に増え過ぎて困っている。しかも、このままでは食糧不足が明らかなことも分かってきている。
人工の食糧が完成したら、益々人口が増えることでしょう。
養殖や栽培はまだいいでしょう。
だけど、肉に組成が似たものを合成して作ったり、栄養と呼ばれているビタミンやミネラル類も、それに似たような成分が化学合成で作られ、本物に近いけど本物では無いけれど、空腹を満たすし、身体を大きくさせることは出来ます。
丁度家畜を短期間で飼育するあのやり方と大して変わらない方法で食糧危機を乗り切ろうとしている。
そこには、生命の本質を無視している屁理屈という論理がある。
無知が引き起こす憐れな行為であり、副作用が必ず起きますから。
それは、家畜が証明しています。
生命は、他の生命の命を頂いて生きています。
そして、命が尽きたら自らの命はまた他の生命の糧となって循環していきます。
人工の食糧では、生命の循環が起こりません。
自然の摂理に反する行為は、きっと退場処分です。
食糧は主成分だけが重要ではなく、全部が必要なんです。
自然の組成のバランスが命の循環そのものですから、ある特定の成分だけではアンバランスになり、副作用として不具合が発現することになります。
この自然の持つバランス感覚を忘れないで欲しいものです。
5月に入っても寒い。
いよいよ氷河期になるのでしょうか。
いやいや、平均気温とは上手く言ったもので、大体似たような数値に落ち着くのが自然の不思議。
でもそれは不思議でも何でもない。
地球上の限られた狭い範囲での話であるので、繋がっているのであるから、要はかき混ぜられる訳だから、似たような数値に落ち着くのが当然の結果である。
ある期間暑かったら、その分何処かが寒くなる。
これが地球全体的に暖かくなったり寒くなったりする傾向を見せるのが、温暖化や寒冷化と呼ばれているものである。
気温の変化が本当に環境破壊のせいなのかはハッキリしたことは言えない。
地球の過去を振り返ると寒期と暖期が繰り返されている・・・というよりも、寒くなり過ぎたから暑くなっているみたいな、自動で温度を調節する装置と似たような動きをしている。
もしかしたら、地球は巨大な温度調節装置を持った機械かも知れません。
人知の及ばない存在によって、人類は飼育されているやも知れませんねん。
偉そうな顔して地球に君臨していますが、とうてい地球を統べるだけの器は感じられません。
人間はかなり不完全な存在です。
一人でこの大自然の中で生きていくのは厳しいです。個体はとってもひ弱です。
猛獣と比べると筋力も劣っているし、攻撃する牙なども無いし、まず素手では勝てません。
ひ弱な種は絶滅していきました。
人は悪あがきしているのか?
中々絶滅しないばかりか、逆に増え過ぎて困っている。しかも、このままでは食糧不足が明らかなことも分かってきている。
人工の食糧が完成したら、益々人口が増えることでしょう。
養殖や栽培はまだいいでしょう。
だけど、肉に組成が似たものを合成して作ったり、栄養と呼ばれているビタミンやミネラル類も、それに似たような成分が化学合成で作られ、本物に近いけど本物では無いけれど、空腹を満たすし、身体を大きくさせることは出来ます。
丁度家畜を短期間で飼育するあのやり方と大して変わらない方法で食糧危機を乗り切ろうとしている。
そこには、生命の本質を無視している屁理屈という論理がある。
無知が引き起こす憐れな行為であり、副作用が必ず起きますから。
それは、家畜が証明しています。
生命は、他の生命の命を頂いて生きています。
そして、命が尽きたら自らの命はまた他の生命の糧となって循環していきます。
人工の食糧では、生命の循環が起こりません。
自然の摂理に反する行為は、きっと退場処分です。
食糧は主成分だけが重要ではなく、全部が必要なんです。
自然の組成のバランスが命の循環そのものですから、ある特定の成分だけではアンバランスになり、副作用として不具合が発現することになります。
この自然の持つバランス感覚を忘れないで欲しいものです。
早起き1208日目
おはようさまです。
我が家のベランダ菜園には色々植えてあり、水やりが最近の楽しみです。
昨年から生き残ったワイルドストロベリーが白い可愛らしい花をつけています。
島らっきょうは、いよいよ針ネズミのようになり、プランターに緑のウニが埋まっているようです。
今年の新顔は、ブロッコリーとピーマン。
お日様に当たるとぐんと成長するのが分かるくらい伸びますね。
水やりやっていて気になったことがあります。
毎日水やりを欠かさずやっています。
それは、水をやらないと干からびて枯れてしまうからですよね。
つまり、水は植物にとって無くてはならない大切なもの。
それなのに、水が葉っぱにかかると弾くのです。
特にブロッコリーの葉っぱは完全に撥水しています。
葉っぱの上を水玉が転がっていきます。
撥水性が備わっているということは、水を排除しなければならないということです。
でなければ、あんなに完璧に水を弾く必要は無いはずです。
まっ、葉っぱの上に落ちた水はもれなく根元に落ちますから、貴重な雨水を逃さずゲットするという意味では、素晴らしく機能的だとは思います。
だけど、命の元の水ですからね。葉っぱから吸収すればいいのではと思うのです。
生命の不思議を感じずにはおられません。
もっと深く植物の仕組みを考えないといけないということです。
生命は単純です。進化は洗練です。
一番環境に適した個体が生き残り、子孫を残す。
そこには、種としての大きな役目があります。
自分が生き残ることが即ち、種を絶やさないということです。
同じ種族でも、個体それぞれが微妙に違う部分がある。
人はそれを個性と呼びますが、それこそが生命の素晴らしい仕組みなのであり、生命の一番の肝なのです。
ランダムに微妙に形を変えて増殖することで、確率的に最適を見つけ出す訳です。
数打ちゃ当たるというやり方は、生命の本質だったのです(笑)
生命自身、何が当たるか分かりませんから、沢山の可能性を各個体で試す訳ですね。
それで、結果は単純です。
強い者が生き残るのです。
だから、どれだけバラエティーに富んでいるかで、その種の生存率が変わります。
種の絶滅とは、次に切るカードがもう無いということです。
お手上げだ~、はいおしまい。
ということです。
環境の変化を上回る、変人、変態を産み出せないというのは、その種の限界なのです。
そして、環境破壊が声高に叫ばれて、早や半世紀。
自然にとっては、人間が環境破壊することも想定内なのですよ。
というよりも、全てあるがままに受け入れて下さっていますよね。
スーパー素直さのお手本です。
環境破壊という考えには、人間が自然を超えた存在だという傲慢さをソコに感じてしまいます。
上から目線なのですよ。
謙虚に環境破壊に対して考えるなら、便利な生活にNOと言わなければなりません。
しかし、それは無理です。
経済は後戻り出来ないように人類を縛っています。
だって未来に借金して経済を回していますから、戻りたくても戻れないのです。
一部の人が自給自足で生活していますが、全人類が自給自足するだけの食糧生産能力はこの地球にはありません。
無いから、農業で効率よく食糧を生産するようになったのです。
そのお陰で飢餓が無くなり人口が増えました。
すると農地が足りなくなり、他の場所に農地を求める。
当然取り合いになりますよね。
故に残念ながら戦争は無くなりません。
生命の本質が強い者が生き残るわけですから。強いものが弱いものを征服しようとするのは本能ですから、これはどうしようもない。
ただし、救いはあります。
たった一つの希望は、愛です。
人にだけ備わっている感謝する心です。
奪うのではなく、与えること。
親が子に無償でエサを与えるのに、
どうして他人に与えられないのか。
出来ない道理はありません。
与えることで、感謝が生まれます。
その感謝が、新たな与えることへと昇華し、その連鎖が全世界を回り回ってやがて自分に還ってくる。
回り回って還ってこなければ意味がありません。
遠回りすればするほど良いのです。
それだけ誰かを幸せにすることになりますからね。
あなたの使命は誰かを幸せにすることと、誰かが誰かを幸せにすることに全力で力を貸すこと。
そして、外せないのが、自分も誰かに助けて貰うこと(ここ太字)。
助けてばかりで、助けて貰わないのは半人前なのです。
誰かは誰かを助けてあげないといけないのだから、一人でも助けは要らないという人がいると感謝の循環がソコで止まってしまいます。
人類全員でやらなければ意味が無い、壮大なスケールのはなしです。
小人数で出来ることは、大人数でも必ず出来ます。
問題は起こってきますが、それを乗り越える知恵を我々は既に持っています。
ただ、捻り出すのは辛いので、直ぐに諦めてしまうという悪い癖も持ち合わせています(笑)
この世界は表と裏と一体です。
片方だけ考えると片手落ちですよ。
我が家のベランダ菜園には色々植えてあり、水やりが最近の楽しみです。
昨年から生き残ったワイルドストロベリーが白い可愛らしい花をつけています。
島らっきょうは、いよいよ針ネズミのようになり、プランターに緑のウニが埋まっているようです。
今年の新顔は、ブロッコリーとピーマン。
お日様に当たるとぐんと成長するのが分かるくらい伸びますね。
水やりやっていて気になったことがあります。
毎日水やりを欠かさずやっています。
それは、水をやらないと干からびて枯れてしまうからですよね。
つまり、水は植物にとって無くてはならない大切なもの。
それなのに、水が葉っぱにかかると弾くのです。
特にブロッコリーの葉っぱは完全に撥水しています。
葉っぱの上を水玉が転がっていきます。
撥水性が備わっているということは、水を排除しなければならないということです。
でなければ、あんなに完璧に水を弾く必要は無いはずです。
まっ、葉っぱの上に落ちた水はもれなく根元に落ちますから、貴重な雨水を逃さずゲットするという意味では、素晴らしく機能的だとは思います。
だけど、命の元の水ですからね。葉っぱから吸収すればいいのではと思うのです。
生命の不思議を感じずにはおられません。
もっと深く植物の仕組みを考えないといけないということです。
生命は単純です。進化は洗練です。
一番環境に適した個体が生き残り、子孫を残す。
そこには、種としての大きな役目があります。
自分が生き残ることが即ち、種を絶やさないということです。
同じ種族でも、個体それぞれが微妙に違う部分がある。
人はそれを個性と呼びますが、それこそが生命の素晴らしい仕組みなのであり、生命の一番の肝なのです。
ランダムに微妙に形を変えて増殖することで、確率的に最適を見つけ出す訳です。
数打ちゃ当たるというやり方は、生命の本質だったのです(笑)
生命自身、何が当たるか分かりませんから、沢山の可能性を各個体で試す訳ですね。
それで、結果は単純です。
強い者が生き残るのです。
だから、どれだけバラエティーに富んでいるかで、その種の生存率が変わります。
種の絶滅とは、次に切るカードがもう無いということです。
お手上げだ~、はいおしまい。
ということです。
環境の変化を上回る、変人、変態を産み出せないというのは、その種の限界なのです。
そして、環境破壊が声高に叫ばれて、早や半世紀。
自然にとっては、人間が環境破壊することも想定内なのですよ。
というよりも、全てあるがままに受け入れて下さっていますよね。
スーパー素直さのお手本です。
環境破壊という考えには、人間が自然を超えた存在だという傲慢さをソコに感じてしまいます。
上から目線なのですよ。
謙虚に環境破壊に対して考えるなら、便利な生活にNOと言わなければなりません。
しかし、それは無理です。
経済は後戻り出来ないように人類を縛っています。
だって未来に借金して経済を回していますから、戻りたくても戻れないのです。
一部の人が自給自足で生活していますが、全人類が自給自足するだけの食糧生産能力はこの地球にはありません。
無いから、農業で効率よく食糧を生産するようになったのです。
そのお陰で飢餓が無くなり人口が増えました。
すると農地が足りなくなり、他の場所に農地を求める。
当然取り合いになりますよね。
故に残念ながら戦争は無くなりません。
生命の本質が強い者が生き残るわけですから。強いものが弱いものを征服しようとするのは本能ですから、これはどうしようもない。
ただし、救いはあります。
たった一つの希望は、愛です。
人にだけ備わっている感謝する心です。
奪うのではなく、与えること。
親が子に無償でエサを与えるのに、
どうして他人に与えられないのか。
出来ない道理はありません。
与えることで、感謝が生まれます。
その感謝が、新たな与えることへと昇華し、その連鎖が全世界を回り回ってやがて自分に還ってくる。
回り回って還ってこなければ意味がありません。
遠回りすればするほど良いのです。
それだけ誰かを幸せにすることになりますからね。
あなたの使命は誰かを幸せにすることと、誰かが誰かを幸せにすることに全力で力を貸すこと。
そして、外せないのが、自分も誰かに助けて貰うこと(ここ太字)。
助けてばかりで、助けて貰わないのは半人前なのです。
誰かは誰かを助けてあげないといけないのだから、一人でも助けは要らないという人がいると感謝の循環がソコで止まってしまいます。
人類全員でやらなければ意味が無い、壮大なスケールのはなしです。
小人数で出来ることは、大人数でも必ず出来ます。
問題は起こってきますが、それを乗り越える知恵を我々は既に持っています。
ただ、捻り出すのは辛いので、直ぐに諦めてしまうという悪い癖も持ち合わせています(笑)
この世界は表と裏と一体です。
片方だけ考えると片手落ちですよ。