神との対話第7弾。

ちと今回は難しいカモ。カモ。


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神との対話過去記事 







男は神にまた質問する。


「なぜ世界はこんな状態(伝染病、飢餓、戦争、天災、厄災、失望が存在する)なのか?」



神は答えた。


素朴な関係の中では必ず対局が存在する。

正反対のものが必ずある。

逆に崇高な領域の関係では対極というものはない。全てはひとつ(ワンネス)であり終わりのない循環を繰り返している。

時間もあなた方が過去、現在、未来と呼ぶものはひとつの全体の中に存在している。つまり対局ではなく同じ全体の部分なのだ。

世界が今の状態なのはほかの在り方ができず今だに物質的に素朴な領域にあるからだ。


地震、洪水などあなたが天災と呼ぶものは、一方の極から対局への要素の移動に他ならない。生死の循環は全てこの移動の一部。それが生命のリズムであり素朴な領域にあるのものは全てこのリズムに従う。生命それ自体がリズムだからだ。



病や不調は健康と快調の対極であり、あなた方の要請に応じて現実になる。どこかのレベルで自ら引き起こさなければ病気にはならないし、元気になろうと決意さえすれば快くなる。


個人的な失望も自分で選んだものだし、

世界的な厄災は世界的な意識の結果である。

わたしがこうした出来事を起こさせるのではない。私は見ているだけだ。止めようとはしない。止めればあなた方とわたしが共に選んだ体験ができなくなる。


だから世界の悪と呼ぶものを非難してはいけない。外に向かってではなく、内に向かって

「この厄災を前に

今自分は何を体験したいんだろう」

と問いかけなさい。

出来事の全ては自分は何者なのかを決定し、その自分になる機会を与えるために存在しているのだから


あなた方は大きな創造の機械であって

出来事、事件、条件、環境、

すべては意識から創造される。


個々の意識はそれほど強いものなのだ。

だから皆が集まった集団意識は全世界に広がり

全地球的な結果をもたらす出来事を創造するほど大きな力があるのだ。


「こんな目にあう」のは何か、あるいは誰かのせいだと考えている限りそれを変えることはできず、「わたしの責任だ」と言った時初めてそれを変えられる。なにごとであれそれを変える第一歩は

選んだのは自分だと認め、受け入れることだ。

わたしたちはすべて一体であると言う理解を通じて認めなさい。それから変化させる努力をすること。

(集団意識で創造されたものを個人で変更できる程意識が成長していない)あなた方は、外部のことを変えることはできない。だから内的な経験を変えるしかない。これが生きることの王道である。

どんなことでもそれ自体は苦痛ではない。

苦痛は誤った思考から生まれる。

物事を勝手に決めつけるから苦しむのだ。

決めつけるのをやめれば苦痛はなくなる。



ー全てを祝福しなさい

すべては

神が人生を通じて行う創造の行為であり

それこそが最高の創造なのだからー






ここ数年続いている疫病騒動も人間の集団意識が創造したものなのだろうか。。。

「この厄災を前に私は何を体験したいんだろう。」

とりあえず私はマスコミに踊らされることはしない。絶対に。感染者数がどうの。
変異株がどうの。
無闇に怖がることはしない。
マスコミ、人々のウワサではなく、自分の見えているもの、自分の魂の感覚を信じる。
自分の内側に耳をかたむけたい。
今の私に苦痛はない。

それを選んだのは自分だから。。。


また次回☆