特攻野郎Aチーム
オリジナルは80年代のテレビドラマで、そういえば当時の日曜洋画劇場でも放映されていた記憶はあるのだが、当時のシリーズは全く観ておらず、今回の映画化リメイクが初の特攻野郎でありました。
ということで、テレビシリーズと比べてどうだったという感想は全く無いのだが、ハンニバル役にリーアム・ニーソンというのが「96時間」に続いて自分にはオドロキのキャスティングで、すっかりこのヒトは立ち枯れモードに入っていると思っていたのに、なかなか脂っこい映画の引き合いが絶えない不思議さよ。葉巻を豪快に吸い、軍の古株と渡り合い、キテレツな部下をまとめあげる頼れる上官というオイシイ役を魅力たっぷりに演じておりました。自分のリーアム・ニーソン観を訂正したほうがいいのか、もうちょっと様子を見てみよう。
この映画で二番手に付けているのが「ハング・オーバー」で名を挙げたイケメンのブラッドリー・クーパー。この人はマシュー・マコノヒー(マコナヘイ?どっちだ??)以来ひさびさの甘いマスク系で、今後はジェニファー・アニストンあたりの相手役としてのラブコメ要員として顔を出してきそう。
ラブコメ要員といえば、「300」で男くささの極みを見せつけたジェラルド・バトラーが「P.S.アイラブユー」や「幸せの1ページ」といった女性ウケを狙った映画にシフトしていったのは感慨深いものがあった。こういうむさくるしい男が持つセックス・アッピールに女性がロマンスの要素を見いだす時代なのだなあ、と。閑話休題
ヘリコプターや戦車を使った見せ場はまさに特攻野郎!という勢いがあったが、生身のアクションがけっこうガッカリな出来で、ラストのハンニバルとCIAの殴り合いをはじめ、どうにも気勢が上がらず、こういう言い方は問題だと思うが非常に女々しい感じがした。とにかく拳を当てていないのがモロにわかる映し方はダメだろう。単純な話のはずなのにスクリーン上で起こっている事がわかりにくい撮り方も気になった。
こんな人にオススメ:CGを使った見せ場のアイディアは面白いので乗り物大好きな人に
ということで、テレビシリーズと比べてどうだったという感想は全く無いのだが、ハンニバル役にリーアム・ニーソンというのが「96時間」に続いて自分にはオドロキのキャスティングで、すっかりこのヒトは立ち枯れモードに入っていると思っていたのに、なかなか脂っこい映画の引き合いが絶えない不思議さよ。葉巻を豪快に吸い、軍の古株と渡り合い、キテレツな部下をまとめあげる頼れる上官というオイシイ役を魅力たっぷりに演じておりました。自分のリーアム・ニーソン観を訂正したほうがいいのか、もうちょっと様子を見てみよう。
この映画で二番手に付けているのが「ハング・オーバー」で名を挙げたイケメンのブラッドリー・クーパー。この人はマシュー・マコノヒー(マコナヘイ?どっちだ??)以来ひさびさの甘いマスク系で、今後はジェニファー・アニストンあたりの相手役としてのラブコメ要員として顔を出してきそう。
ラブコメ要員といえば、「300」で男くささの極みを見せつけたジェラルド・バトラーが「P.S.アイラブユー」や「幸せの1ページ」といった女性ウケを狙った映画にシフトしていったのは感慨深いものがあった。こういうむさくるしい男が持つセックス・アッピールに女性がロマンスの要素を見いだす時代なのだなあ、と。閑話休題
ヘリコプターや戦車を使った見せ場はまさに特攻野郎!という勢いがあったが、生身のアクションがけっこうガッカリな出来で、ラストのハンニバルとCIAの殴り合いをはじめ、どうにも気勢が上がらず、こういう言い方は問題だと思うが非常に女々しい感じがした。とにかく拳を当てていないのがモロにわかる映し方はダメだろう。単純な話のはずなのにスクリーン上で起こっている事がわかりにくい撮り方も気になった。
こんな人にオススメ:CGを使った見せ場のアイディアは面白いので乗り物大好きな人に
ゼノブレイド 物々交換
ゼノブレイドをプレイして思うのは、やっぱり戦時下では金持ちよりモノ持ちのほうが強いという事です。
このゲームではキズナの価値が最強で、それはゲームのあらゆる要素に絡んでくる。そしてその代わりに弾き飛ばされる要素もあるという訳で、その一つがお金なのでありました。お金はバトルやクエストで手に入るのだけれど、逆に使うのはアーツの効果をより強くするアーツ書を買うくらい。万一お金が足りないことがあったとしても、そこらじゅうに落ちているアイテムを拾ってすぐにお金が貯まるようになっている。
金は腐るほどある。だから誰か「化石サル」を売ってくれええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
ゲーム内の手持ちの金の多さと、それなのに草とか石とかを手に入れるために世界中を走り回っている状況を思うと、お金って何だろうね、と思わずじっと手を見てしまう。
ゼノブレイドで意中のアイテムを手に入れるには、モンスターを倒す方法、フィールドに落ちている光の玉を拾う方法、そして物々交換がある。ゲームを初めてしばらくは必要なアイテムはバトルやアイテムを拾うことで間に合うため、物々交換って何のためにあるの?という状況なのだが、だんだんクエストの回収に必要なアイテムがレア化してくると、上述のように金はたんまりあるのに虫1匹が手に入らないということが頻繁に起こります。
そんな時こそ物々交換。名前のついた人物は様々なアイテムを持っているので、欲しいアイテムを持つ人からアイテムを楽々ゲットできます。問題は化石サルを持ってる奴がどこにいるのかっちゅうコトな訳ですが、ここは意地を張らずに攻略サイトのお世話になるのがよろしいかと。レアアイテムは場所が分かっていても出てこないことが多いので、物々交換のほうが手っ取り早いのだ。
この物々交換にもキズナが関わっており、街とのキズナが高いほどレアなアイテムと交換してくれるらしい。街キズナが高いコロニー9で住人が持っている物よりも値段が高いものと交換すると、結構な確立でオマケを付けてくれたりするように思う。クエストをこなすとキズナが上がり、キズナが上がるとクエストがこなしやすくなる。物々交換というシステムだけを見ると、なぜお金が余っているのに物々交換なのかと思うのだけれど、お金も経験値同様にゼノブレイドでは重要な要素とせずに、それよりもキズナが絡むシステムとして物々交換を導入したのだと思う。
ということで、攻略サイトにあった人物をゲーム時間で一昼夜張り付いて探し出して化石サルをゲット。コロニー6の復興はまだまだ遠いのであった。
このゲームではキズナの価値が最強で、それはゲームのあらゆる要素に絡んでくる。そしてその代わりに弾き飛ばされる要素もあるという訳で、その一つがお金なのでありました。お金はバトルやクエストで手に入るのだけれど、逆に使うのはアーツの効果をより強くするアーツ書を買うくらい。万一お金が足りないことがあったとしても、そこらじゅうに落ちているアイテムを拾ってすぐにお金が貯まるようになっている。
金は腐るほどある。だから誰か「化石サル」を売ってくれええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
ゲーム内の手持ちの金の多さと、それなのに草とか石とかを手に入れるために世界中を走り回っている状況を思うと、お金って何だろうね、と思わずじっと手を見てしまう。
ゼノブレイドで意中のアイテムを手に入れるには、モンスターを倒す方法、フィールドに落ちている光の玉を拾う方法、そして物々交換がある。ゲームを初めてしばらくは必要なアイテムはバトルやアイテムを拾うことで間に合うため、物々交換って何のためにあるの?という状況なのだが、だんだんクエストの回収に必要なアイテムがレア化してくると、上述のように金はたんまりあるのに虫1匹が手に入らないということが頻繁に起こります。
そんな時こそ物々交換。名前のついた人物は様々なアイテムを持っているので、欲しいアイテムを持つ人からアイテムを楽々ゲットできます。問題は化石サルを持ってる奴がどこにいるのかっちゅうコトな訳ですが、ここは意地を張らずに攻略サイトのお世話になるのがよろしいかと。レアアイテムは場所が分かっていても出てこないことが多いので、物々交換のほうが手っ取り早いのだ。
この物々交換にもキズナが関わっており、街とのキズナが高いほどレアなアイテムと交換してくれるらしい。街キズナが高いコロニー9で住人が持っている物よりも値段が高いものと交換すると、結構な確立でオマケを付けてくれたりするように思う。クエストをこなすとキズナが上がり、キズナが上がるとクエストがこなしやすくなる。物々交換というシステムだけを見ると、なぜお金が余っているのに物々交換なのかと思うのだけれど、お金も経験値同様にゼノブレイドでは重要な要素とせずに、それよりもキズナが絡むシステムとして物々交換を導入したのだと思う。
ということで、攻略サイトにあった人物をゲーム時間で一昼夜張り付いて探し出して化石サルをゲット。コロニー6の復興はまだまだ遠いのであった。
ハナミズキ
いやあ・・・ガッキーえがったわぁ・・・・
「ハナミズキ」で上手いと思ったのは、1996年に二人が高校生で、ちょうどその頃は携帯電話を持つ若者はそれ程いなかったギリギリの時代だったという事だ。東京の下宿に電話を引いて、それを手紙で知った男が公衆電話で彼女に連絡するなんて、これがあと2年でも遅かったら成立しないシーンだと思う。何にしろ自分は携帯は恋愛映画の敵と考える古い犬であるので、携帯の存在を上手く隠してくれたのは嬉しい。携帯が出て来るのは、写真家の彼氏の訃報を聞いた後のシーンだけだったのではなかろうか。
二人の話だけを追えば割と淡白な内容なのだけれど、 主人公二人の周囲の人達の描写が丁寧で、 登場人物全員にきちんと光を当てている感じが良かった。生田斗真の父親が船を手放すと決めた時に、始めに仏壇の前で背中を丸めて手を合わせる父を映し、次に無言で強張る母を映し、そして何も知らずにやってきた息子に向かって父が正座したまま息子に詫びるシーンでは、観客はまだ何が起こったかハッキリ分からないまま、緊迫した空気だけを生田斗真より先に感じる、とても上手いシーンだと思う。漁師仲間が自分の惚れた女の幸せのために身を引く心情を、暗闇でタバコを吸う姿で知らせるのも後からジワジワと感じ入ってくる。
「ハナミズキ」を10年思い続けて成就した恋愛映画と捉えてしまうとヒロインが身勝手で鼻持ちならない映画に見えるかもしれない。けれども10代から20代の10年は自分の世界が一番変わる年頃で、この映画はその10年で男も女も少しずつ汚れていき、夢を諦めることで成長していくという、とても当たり前のことを丁寧に描いている。大切なものを手放すことで得るものがあるという思いは、おそらく男よりも女の人のほうが早くに気付く感覚かもしれない。
でもってガッキーですが、高校生の時のオカッパ頭で漁船に乗る彼氏に力いっぱい手を振ったり、ハナミズキが舞い散る中でゆっくり振り返ったり、ここ一番のシーンがどれも美しい。主人公二人のキスシーンが、一昔前のアイドル映画にあったような唇をくっつけて固まったままという白々しいものではなく、お互いに深々と求め合うキスをしているのが映画オタク的にグーで、「若者映画のキスシーンもようやくここまで来たか」という感慨に耽ったのでありました。
この映画は女性客がメインなのでこのラストでいいのだろうが、あの後でヨリを戻した男が漁師に戻れたのかが物凄く気になる。ぶっちゃけた話、男にとっては10年間想い続けた相手と結婚しようがヤケになって手を出した女と結婚しようが大差ない。この映画ではリツ子が良く出来た嫁なので尚更である。そんなこと(←とあえて言う)よりもしっかり仕事をして家族を養っている実感のほうが男にとってはるかに重要で、10代の頃から漁師を志すような昔気質の男ならば特にそうだろう。漁師を続けられずに地元を出た男が、惚れた女が地元に戻ったというだけで帰ってきて幸せになれるものかと思う。エンディングの二人のその後の中で、生田斗真が漁に出ているショットがあったかどうか。おそらく無かったと思うのだが、ハッキリ見ていなかったので自信がない。そこだけ確認したくてもう一回見に行こうかという気になってしまう。
こんな人にオススメ:この映画がダメだった人も10年後なら色々と感じる事もできるのではないかと思います
「ハナミズキ」で上手いと思ったのは、1996年に二人が高校生で、ちょうどその頃は携帯電話を持つ若者はそれ程いなかったギリギリの時代だったという事だ。東京の下宿に電話を引いて、それを手紙で知った男が公衆電話で彼女に連絡するなんて、これがあと2年でも遅かったら成立しないシーンだと思う。何にしろ自分は携帯は恋愛映画の敵と考える古い犬であるので、携帯の存在を上手く隠してくれたのは嬉しい。携帯が出て来るのは、写真家の彼氏の訃報を聞いた後のシーンだけだったのではなかろうか。
二人の話だけを追えば割と淡白な内容なのだけれど、 主人公二人の周囲の人達の描写が丁寧で、 登場人物全員にきちんと光を当てている感じが良かった。生田斗真の父親が船を手放すと決めた時に、始めに仏壇の前で背中を丸めて手を合わせる父を映し、次に無言で強張る母を映し、そして何も知らずにやってきた息子に向かって父が正座したまま息子に詫びるシーンでは、観客はまだ何が起こったかハッキリ分からないまま、緊迫した空気だけを生田斗真より先に感じる、とても上手いシーンだと思う。漁師仲間が自分の惚れた女の幸せのために身を引く心情を、暗闇でタバコを吸う姿で知らせるのも後からジワジワと感じ入ってくる。
「ハナミズキ」を10年思い続けて成就した恋愛映画と捉えてしまうとヒロインが身勝手で鼻持ちならない映画に見えるかもしれない。けれども10代から20代の10年は自分の世界が一番変わる年頃で、この映画はその10年で男も女も少しずつ汚れていき、夢を諦めることで成長していくという、とても当たり前のことを丁寧に描いている。大切なものを手放すことで得るものがあるという思いは、おそらく男よりも女の人のほうが早くに気付く感覚かもしれない。
でもってガッキーですが、高校生の時のオカッパ頭で漁船に乗る彼氏に力いっぱい手を振ったり、ハナミズキが舞い散る中でゆっくり振り返ったり、ここ一番のシーンがどれも美しい。主人公二人のキスシーンが、一昔前のアイドル映画にあったような唇をくっつけて固まったままという白々しいものではなく、お互いに深々と求め合うキスをしているのが映画オタク的にグーで、「若者映画のキスシーンもようやくここまで来たか」という感慨に耽ったのでありました。
この映画は女性客がメインなのでこのラストでいいのだろうが、あの後でヨリを戻した男が漁師に戻れたのかが物凄く気になる。ぶっちゃけた話、男にとっては10年間想い続けた相手と結婚しようがヤケになって手を出した女と結婚しようが大差ない。この映画ではリツ子が良く出来た嫁なので尚更である。そんなこと(←とあえて言う)よりもしっかり仕事をして家族を養っている実感のほうが男にとってはるかに重要で、10代の頃から漁師を志すような昔気質の男ならば特にそうだろう。漁師を続けられずに地元を出た男が、惚れた女が地元に戻ったというだけで帰ってきて幸せになれるものかと思う。エンディングの二人のその後の中で、生田斗真が漁に出ているショットがあったかどうか。おそらく無かったと思うのだが、ハッキリ見ていなかったので自信がない。そこだけ確認したくてもう一回見に行こうかという気になってしまう。
こんな人にオススメ:この映画がダメだった人も10年後なら色々と感じる事もできるのではないかと思います
ゼノブレイド カルナ
背中に巨大な銃を背負い、遠くから敵を狙撃するスナイパーでありパーティー中で唯一の回復役。このミスマッチ感が新鮮なキャラクターです。
彼女のアーツは攻撃系よりもHPの回復や状態異常を元に戻すものが多く、それらの効果をもたらすエーテル弾を銃にセットして味方を支援するため、本人はモンスターの攻撃範囲の外でメンバーの動向を見る余裕があるという、カルナのミスマッチ感はゼノブレイドの戦闘に合わせた回復役として必然的にデザインされていることが分かります。プレーヤーキャラに選んでなくてもAIが優秀で、HPが下がってきてそろそろヤバいな~という時に、割とタイムリーにHPを上げてくれたりする。
しかしカルナは回復役よりもっと大きな役割を背負っている。それはこのパーティーの女性陣の中で王道をゆくエロ担当ということであります。他の女性メンバーがロボ娘と魔法少女という極めてストライクゾーンの狭い、しかしそれゆえに同好の士にはたまらないものがあるであろうディープさを提供しているのに比べ、カルナは一般的というか、オッサンでも分かるフェロモンを醸しております。
カルナのタレントアーツは他のキャラクターとは違い、これまでのアーツの使用によって熱くなった銃身を冷ますもので、そのためタレントアーツの発動中はカルナは硬直してしまう。タレントアーツが貯まるまで、彼女は「銃身が熱くなってきたわ・・・」「銃身が固いわ・・・」「銃身から迸っているわ・・・」など様々な台詞で銃身の状態を知らせてくれます。え?実際言ってない台詞が混じってましたか??
とにかく、彼女はゼノブレイドの世界における回復役としても、わかりやすいエロ担当としても、無理のない合理的な特徴を備えている高レベル体なのであった。装備を外すと巨乳に三角ブラという他の二人の小娘を寄せ付けない貫禄を備えているのだが、その三角ブラの模様になぜか六角形の線が入っていてそれだけが間抜けに見えるのがタマにキズ。自分にゼノブレイドのデザイナーに話を伺う機会があるのなら、どうしてカルナのブラにあんなトンマな模様を施したのか、それを真っ先に問いつめたい。
彼女のアーツは攻撃系よりもHPの回復や状態異常を元に戻すものが多く、それらの効果をもたらすエーテル弾を銃にセットして味方を支援するため、本人はモンスターの攻撃範囲の外でメンバーの動向を見る余裕があるという、カルナのミスマッチ感はゼノブレイドの戦闘に合わせた回復役として必然的にデザインされていることが分かります。プレーヤーキャラに選んでなくてもAIが優秀で、HPが下がってきてそろそろヤバいな~という時に、割とタイムリーにHPを上げてくれたりする。
しかしカルナは回復役よりもっと大きな役割を背負っている。それはこのパーティーの女性陣の中で王道をゆくエロ担当ということであります。他の女性メンバーがロボ娘と魔法少女という極めてストライクゾーンの狭い、しかしそれゆえに同好の士にはたまらないものがあるであろうディープさを提供しているのに比べ、カルナは一般的というか、オッサンでも分かるフェロモンを醸しております。
カルナのタレントアーツは他のキャラクターとは違い、これまでのアーツの使用によって熱くなった銃身を冷ますもので、そのためタレントアーツの発動中はカルナは硬直してしまう。タレントアーツが貯まるまで、彼女は「銃身が熱くなってきたわ・・・」「銃身が固いわ・・・」「銃身から迸っているわ・・・」など様々な台詞で銃身の状態を知らせてくれます。え?実際言ってない台詞が混じってましたか??
とにかく、彼女はゼノブレイドの世界における回復役としても、わかりやすいエロ担当としても、無理のない合理的な特徴を備えている高レベル体なのであった。装備を外すと巨乳に三角ブラという他の二人の小娘を寄せ付けない貫禄を備えているのだが、その三角ブラの模様になぜか六角形の線が入っていてそれだけが間抜けに見えるのがタマにキズ。自分にゼノブレイドのデザイナーに話を伺う機会があるのなら、どうしてカルナのブラにあんなトンマな模様を施したのか、それを真っ先に問いつめたい。
キャタピラー
朝は左向き、昼はボーイズラブ、夜はエロ・グロ・映画秘宝なものはなーんだ?いつ見ても闇鍋ですなあ、シネマスコーレのラインナップは。
自分は若松監督の前作である「実録・連合赤軍」の、観客を生理的なレベルでリンチの場に居合わせるような感覚にさせる映画に非常に衝撃を受けた。その時の感覚を未だに覚えているせいで、前評判も高い「キャタピラー」にも同じような期待をしていたのだが、インパクトという点では「実録・連合赤軍」のほうが強かった。
だから「キャタピラー」がつまらない、などというつもりは決して無い。この映画もここ最近の中では群を抜いて「映画を観た!」という気分にさせてくれるものだった。だが、江戸川乱歩の「芋虫」を若松流に解釈したともいえる「キャタピラー」は、反戦映画という枠を超えてもっと人間の根本的な感情に刺さってくる映画になってしまったように思える。これは見方を変えれば反戦映画としてのテーマがぼやけてしまったということでもあり、若松監督が事前に反戦映画というメッセージを出せば出すほど、観客に違和感を醸してしまっているような気がする。
自分がこの映画から感じたのは、「それでもなお、生きてあることのどうしようもない重み」というようなもので、食べて排泄してセックスをせがむだけの肉塊に成り果てても、それでも死んでいないのなら生きていかねばならない。いくら軍神の誉れと讃えられても自分が見せ物であること思い知らされ、過去の罪に苛まれ、妻から手厳しい復讐を受けても妻に依存せざるをえない惨めさを噛み締めながらも、それでも生きていかねばならないという絶対的な重みが自分の上にものしかかってくるようだった。
この夫婦の行き詰まった関係は、終戦をキッカケにあっさりと終わる。終戦の報せを受けて、出征する若者を見送る時とは違い屈託ない笑顔で万歳をするシゲ子と、軍神たる意味が無くなり本当の芋虫になってしまった久蔵が無惨の末に死を選ぶ姿が、非常にアッケラカンとした対比で描かれる。この二人の結末は、同じ虫でもカフカの毒虫のニュアンスに近い。結局、シゲ子にとって久蔵の存在が戦争そのものだったのだと思う。「キャタピラー」は寺島しのぶ側から描かれているので見過ごされてしまっていないかと気になるのだが、この映画の中で戦争によって最も傷を負った者は久蔵の他にはない。
こんな人にオススメ:ストレートな反戦映画を期待すると外れるかも。
自分は若松監督の前作である「実録・連合赤軍」の、観客を生理的なレベルでリンチの場に居合わせるような感覚にさせる映画に非常に衝撃を受けた。その時の感覚を未だに覚えているせいで、前評判も高い「キャタピラー」にも同じような期待をしていたのだが、インパクトという点では「実録・連合赤軍」のほうが強かった。
だから「キャタピラー」がつまらない、などというつもりは決して無い。この映画もここ最近の中では群を抜いて「映画を観た!」という気分にさせてくれるものだった。だが、江戸川乱歩の「芋虫」を若松流に解釈したともいえる「キャタピラー」は、反戦映画という枠を超えてもっと人間の根本的な感情に刺さってくる映画になってしまったように思える。これは見方を変えれば反戦映画としてのテーマがぼやけてしまったということでもあり、若松監督が事前に反戦映画というメッセージを出せば出すほど、観客に違和感を醸してしまっているような気がする。
自分がこの映画から感じたのは、「それでもなお、生きてあることのどうしようもない重み」というようなもので、食べて排泄してセックスをせがむだけの肉塊に成り果てても、それでも死んでいないのなら生きていかねばならない。いくら軍神の誉れと讃えられても自分が見せ物であること思い知らされ、過去の罪に苛まれ、妻から手厳しい復讐を受けても妻に依存せざるをえない惨めさを噛み締めながらも、それでも生きていかねばならないという絶対的な重みが自分の上にものしかかってくるようだった。
この夫婦の行き詰まった関係は、終戦をキッカケにあっさりと終わる。終戦の報せを受けて、出征する若者を見送る時とは違い屈託ない笑顔で万歳をするシゲ子と、軍神たる意味が無くなり本当の芋虫になってしまった久蔵が無惨の末に死を選ぶ姿が、非常にアッケラカンとした対比で描かれる。この二人の結末は、同じ虫でもカフカの毒虫のニュアンスに近い。結局、シゲ子にとって久蔵の存在が戦争そのものだったのだと思う。「キャタピラー」は寺島しのぶ側から描かれているので見過ごされてしまっていないかと気になるのだが、この映画の中で戦争によって最も傷を負った者は久蔵の他にはない。
こんな人にオススメ:ストレートな反戦映画を期待すると外れるかも。