今日も定時ダッシュ -8ページ目

ポケモン サン・ムーン ミラクル交換

 ポケモンはポケモンを捕まえてこそのポケモン。を合言葉に、図鑑埋めをメインに、しかし決してこだわらずに出会いにくいポケモンがいてもソレはソレ、ということでチマチマ進めています。今ようやく3つ目の島に行ったところ。

 

 ストーリーがひと段落ついたら休憩がてらミラクル交換。世界の誰かとポケモン交換。ああ、ロマンですなあ。珍しいポケモンが来ることは余りないのですが、しかしそろそろ育成を始め出した感じの人たちから孵化余りのポケモンが流れてきたりして、自分はモクローで始めたのだけれど、ニャビーやアシマリがくるとものすごく嬉しい。こちらからは、せめて少しでも喜んでくれる人がいますように、という願いをこめてチュリネとバルチャイを多数捕獲して流しております。

 

 やってくる中で一番多いのはせいしんりょくケーシィ(レベル1)でしょうか。きっとUBの厳選に力はいってるのな。

 

 そんな中、ワタクシの元にやってきたポケモンちゃん。

 

 

 ちょっとコイツは、、、何故手放した??

 

 もしかして何度もリセットしたかもしれない、もしかして一発で出会ったかもしれない。どちらにせよキラリンと登場するニャビーを見て自分の幸運を祝ったハズなのに。それが何故。

 

 性格がまじめだから捨てられちゃったの?「ガオガエンは性格いじっぱり以外ありえない」なんて論理を信じちゃったの?送り主ドイツ人だけど。「お母さんぼく素直になるよ、真面目になんでもがんばるよ」と縋る我が子に「すなお、まじめ、がんばりや・・使えねー奴っちゃな!」って思っちゃったの?このドイツ人。

 

 でもこのニャヒート、せんせいのツメを持っていらっしゃる。てことは、基本的に旅パに入れていっしょに色々まわってて、キラリンと登場する姿に「ああカワイイ」ってやっぱり思っていたということで。

 

 あれかね。レベル的にライチの試練で草や水タイプを連れて臨む際に炎タイプのこいつをボックスに入れて、もしかしてそのまま間違えて流しちゃったのかね。だとしたら、いまごろ自分の迂闊さを呪いつつ後悔の涙を流してはいないだろうか。

 

 これは徒や疎かにしてはいけない感じがする。あなたがドイツでウッカリ流したまじめニャヒートちゃんは、日本で元気に育てて一生大事にしますので、どうか、どうか心おだやかなポケモンライフをこれからも送られますように。

 

 

 

  

ポケモン サン・ムーン

 ついに出ました新作ポケモン。レッド・グリーンから数えて20周年の佳き年に、サン・ムーンという非常にシンプルなタイトルで登場しました。ゴールデンサンとか言わないところがオトナ。

 

 今回のポケモンは、序盤から出てくるポケモンが非常に多い。X・Yでも多いと思ったが、それ以上に色々出てくる感じで、旅パのメンバーを選ぶのも一苦労。鳥・虫・ノーマル・秘伝要員のままうっかりクリアしてしまうよりもずっと良いと思う。

 

 ポケモンは倒すことよりも捕まえることがゲームになっているけれど、今回はピンチになった野生ポケモンが助けを呼んでしまい、ポケモンゲットが難しくなっている。これをゲーム性が上がったと見るか、単に面倒にしやがってと見るかは人それぞれだと思うけど、これはプレーヤーに積み技を使って欲しいというゲームフリークからのメッセージではないかと思う。

 

 ポケモンは、倒す手前までHPを削らないとなかなか捕まってくれないのだが、助けを呼ばれるとボールが投げられない仕組みになっているので、新手を弱い技でチマチマ削っていると、こっちが瀕死になってしまう。そこで、助けに来たポケモンを一気に叩くために積み技が有用になってくる。

 

 対戦では非常に重要な要素である各種の積み技も、ゲームクリア内ではレベルが上がっちゃえば積む必要がない訳で、使わない人もけっこういる。けれども、ゲームクリアだけではなく、積みワザの効果を理解して、もっと対戦を楽しんで欲しいという意図があるのではないだろうか。今回は野生ポケモンも結構積んでくる感じがする。

 

 そしてそして、ポケモン20周年にしてようやく、ようやく、パソコンのポケモンボックスにダイレクトにアクセスできるようになりましたーー!!!すっげーー!!Aボタンおしたらすぐにボックス!Aボタンおしたらすぐにボックス!ポケモンワールドのコペルニクス的転回に、今、私たちは歴史の証人として選ばれた!つーかもっと早くこうしようと何故誰も言わなかった?

 

 ということで色々気合が入った本作、じっくり楽しんでいく所存であります。

ジャック・リーチャー NEVER GO BACK

 「アウトロー」のジャック・リーチャーが帰ってきた!という触れ込みはさておき、さっそくオッサンのファッションリーダーたるトムのスタイルをチェック。

 

 オフホワイトのヘンリーネックの長袖リブTシャツに濃紺のデニム。黒か紺のジャケット・・というかブルゾン・・・つーかジャンパー?

 

 また紺のクルーネックのロンTにデニム。しかしモーテルに帰ったら当然のように脱ぐトム・クルーズ。ネルシャツですら拒絶して見せつけるマッスルボディ。最後も真新しい白いTシャツ。でもって当たり前のように存在するトムの透け乳首、透け乳首、透け乳首・・・

 

 これは・・・トム・クリーズの顔が乗っかってないとカッコよさが成立しないチョイスだということを思い知った。まあオッサンへの教示を汲み取るとしたら「Vネックはやめとけ」というとこだろうか。

 

 今回のヒロインは「アウトロー」のロザムンド・パイクよりもハッキリと女性的なるものから距離を取っていて、くだんのモーテルでのトム・クルーズがシャツを脱ぐに至るシーンでも、ヒロインのほうからサッサと脱いでしまう。それも単にシャツが汗かいて気持ち悪いという程度の動機で、色めいた要素一切ナシ。

 

 かなり前にデミ・ムーアが演じた「G.I.ジェーン」では、女性が女性扱いを受けないという事に対してキワモノの印象を受けてしまったが、時代は少しずつ変わって、こういう男女のボーダレスな感覚を至極当然のものとして描写する時代になったのですな。

 

 前作の「アウトロー」でもそうだったが、このシリーズはアメリカの軍人かブルーカラーの社会しか出てこなくて、日本人の自分にとっては「そんなもんか」という感じしかないのだけれど、アメリカの大多数の人にとっては、ヒロインの造形も含めて、もっと自分達にとって地続きのリアリティがあるのかもしれない。ヤク中の退役軍人や元娼婦のシングルマザーの母娘は、当人がそうではなくても知り合いだったり自分の住む地域のどこかにいたり、そういう背景を舞台にすることで、それこそトランプが大統領になった現代のアメリカの状況というものを掬い取ることで、007やミッション・インポッシブルとは異なる立ち位置にある映画なのだろうと思う。

 

 しかしこの映画は敵味方問わず皆が清々しく走ってましたな。走るというプリミティブな動作だけでシーンができてしまうという、こういう泥臭さも非常に良かったです。

 

 

 

 

 

 

Nintendo Switch このへんはどうなんだ?

 来年の初めに詳細が発表されるというNintendo Switchにつきまして、このハードは現在のゲームに要望される様々なニーズを取り込むんじゃないかと希望的観測を述べましたが、しかし同時にそう上手くいくもんかねえ、、という思いもあり。今回は勝手に思う不安材料を縷々述べてみようかと。

 

 据え置き機と携帯機のハイブリッドを感じさせるSwitchですが、来年の3月に晴れて発売されて「さあ携帯機として遊びましょうかね」となった場合、ワタクシは自分用と二人の娘のために3台のSwitchを購入するのだろうか?あんなカサ張って値の張りそうなもんを3台も。

 

 これまでの携帯機は子供が友達の家や公園に気軽に持っていける形や頑丈さがありましたが、Switchは自転車のカゴに放り込んで爆進されたらアッサリ壊れそうな感じがする。なんとなくSwitchを子供に持たせるのは憚かってしまう思いがあるのだが、そうなると君島社長のインタビューで「3DSの路線は今後も継続する」というのも、これまでの「DSを発売してもアドバンスは続けます!」みたいなブラフじゃなくて案外本当かも、という感じがする。

 

 ということで、Switchが発売されてしばらく後に、スクリーンを小さくして頑丈にしたミニSwitchを3DSの後釜として出してくるのではないかと予想。

 

 ゲーム本体はカートリッジで販売されることが判明していますが、しかし内部のストレージはそれほど大きく無さそうで、そのあたりどうなっているのだろう。いまさらダウンロード販売を止めるなんて選択肢は無いだろうが、じゃああのパッド型の本体に500ギガのストレージが入っているかというと、そんなことはまず無いだろうと思う。

 

 パッドに無けりゃ据え置きのドックに任意でハードディスク付けられるようなWiiUと同じ方式でいくのかとも思いましたが、ドック側にストレージを付けてしまうと、アクセス中にうっかり抜き差ししてハードディスクが逝ってしまう未来が見える。そもそも据え置きのHDにデータを貯めてどやってSwitchを携帯機として使えばいいのよ。

 

 となるとドックに外付けはナンセンスなので、やっぱりandroidスマホっぽく、ゲームカートリッジ以外に着脱式のデータ保存用ストレージを付けるのだろうか?ダウンロードがメインの人は複数のストレージを抜き差しして様々なゲームをプレイする、と。・・・・うわー・・ダッセェ・・いや、ゲームカートリッジと同じ扱いと捉えればいいのか、、うーん。やっぱりダサい。

 

 これは本当にどうやって解決しているのだろう。まさかシステム領域を含めた32ギガのストレージをお使い頂けます!とかドヤ顔で言わないだろうとは思うが・・・いや案外・・

 

 まあ自分としては1月のアナウンスを座して待てばいいのでありますが、携帯機と据え置き機のいいとこ取りなドリームマシンが、うっかりするとどっちつかずのポンコツハードという憂き目にあいそうで、期待半分、怖いもの見たさ半分な気分でありました。

 

 

 

 

インフェルノ

 個人的な感覚でありますが、マーベルやDC制作のCGが売りの映画とは違う、昔からの見せ方に連なるエンターテイメント映画というのは久々に見るように思う。この手の、というのはロン・ハワードやマイケル・マンや(お亡くなりになりましたが)トニー・スコットなど、骨太なエンターテイメントというのか、男が好むハリウッドのエンターテイメントといいますか。

 

 ロバート・ラングドン教授がヨーロッパを舞台に大活躍!なこのシリーズ、特にシリーズ名もつけられずに3作目になってしまいましたが、回を重ねるごとに面白くなってきている。ロン・ハワードの演出は「ラッシュ プライドと友情」を彷彿とさせるアクセル全開のスピーディな見せ方で、最後の最後まで、キッチリとサスペンス映画として引っ張っています。

 

 ラングドン教授は映画の冒頭で記憶喪失として登場するので、訳のわからない状況というのが観客の視点と一致して、敵や味方が一切分からない中で徐々に全容が明らかになる展開がスリリング。「アマルフィ」もこういう素直な娯楽映画だったらねえ・・と寝た子を起こすような事を言ってみる。でも「アマルフィ」も面白いんよ、とあくまでも主張してみる。

 

 たぶん原作では謎を解く醍醐味をきっちりと堪能できるのだと思いますが、映画ではラングドン教授がホイホイと解いてしまうので、そういうミステリー的な要素は薄い。けれども、朦朧とした状態での地獄のイメージだったり、イタリアやトルコの空撮バンバン使った風景の美しさだったりと、映画としての見ごたえを重んじる演出はさすがベテラン監督であります。

 

 原作とは結末が異なるようですが、映画的に見れば問題のウィルスがマクガフィンとして王道の使われ方をしていて、だからこそ映画としてはあれで正解なのだと思います。