今日も定時ダッシュ -77ページ目

時のオカリナ3D 3Dってどうなの?

 3DSの目玉機能として搭載された裸眼3Dですが、これまで買ったゲーム(犬と無双)の3D具合が、「目新しくはあるけれど、それで面白いかと言われると別にそうでもない感じ」てな具合の微妙な感想でした。

 3D化を謳った時オカでも、まあ3D自体は大したことないだろうがこの神ゲーをスルーすることは能わずという感じ。多分すぐに立体は止めると思っていたのですが、3Dを最大にした状態でタイトルを見て「おお!」、コキリの森のオープニングで「おおおおおお!!!」と、立体がおよぼす効果にビックリした。

 映画でもゲームでも、これまでの3Dというのはオブジェクトの位置関係が立体的というのか、近-中-遠が3つのレイヤーに配分されている印象が強く、立体というよりは書き割りの遠近感という感じが強かった。それが時オカでは、なだらかな起伏のある地面の遠近感やオブジェクトそのものの立体感など、ホントにそこにある感じが非常に良く出てるのだ。

 この感じは実物と同様というものではなく、「目の前に非常に精巧なジオラマが広がっている」というのが一番近い。映画で比べると「コララインとボタンの魔女」を3Dで見た時に感じた面白さに似ている。時オカの立体視には、子どものころに空想していたような、自分が小さくなって良く出来たジオラマの中を思う存分探検しているような気分になれる。時オカは箱庭ゲームと呼ばれているので、元々立体視とは相性が良いのだと思う。

 そうは言っても立体視にはまだまだ慣れていないためそれほど長くゲームは遊べないのだけれど、いいのだ。時オカは急いで解くべきゲームではなく、この世界に驚く程たくさんの遊びが詰め込まれたゲームなので、少しずつ堪能していこう。

脱原発とはいうけれど

 予め申し上げますが、ワタクシは決して原発推進派(←いまどきいるのか?)でも、地元に原発があるから地域のために原発稼働を望む者でも、電力関連の仕事をしている訳でもなく、将来原発に依存しないために、これからは徐々に原発の依存度が低くなっていけば・・・という考えであります。代替の発電手段の技術的な発展も含め、そうも一朝一夕に変わるモノではないだろうと。

 で、福島の原発事故からこのかた、全国の原発が地域住民の反対により稼働していないというニュースを見るにつけ、どうしても一つ疑問に思うことがある。

 原発ってさ、止めれば安全なの??

 福島の原発だって、稼働中の装置自体は地震を検知して緊急停止したんでしょう?だからといって全ての原発が有事の際に必ず安全装置が動く保証はないのだから止めることにも意義はあるとは思う。けれども今の事態は、冷却装置の不全で止まっていた原発の炉心からも放射能漏れが起きていることが問題で、半減期が10万年とも言われる核燃料のこと、操業を停止したところでどれほど安全なのだろう。結局、今の状況の目指すところは「動いている原発よりは動いていない原発のほうが多少は安全だから金輪際原発の稼働は一切反対します」しかないと思うのだけれども、どうもそこまで思い切った趣旨で反対している訳でもなさそうで。

 原発の再稼働のために国が安全基準を明確に示せという一方で、国の情報は信用ならないと言うのも変じゃないか?信用の置けない相手に安全を丸投げする姿勢は、震災前の「原発は絶対安全です」の言葉を鵜呑みにするのと同じじゃないかと思うのだが・・・これも違うのか?たとえ政府が信頼するに足る組織だとしても、政府への信頼と原発の安全性は本質的には無関係ではないか。

 例え原発を稼働させても、今更震災前の日本には戻れない。日本人のメンタル的なものもそうだが、実利的なことを考えれば、大手企業、特にメーカーはリスクヘッジとして、これまで以上に日本が潰れても海外で生きていける方策を取るだろう。そりゃもう円高とか人件費とか、そんなレベルの話でなく、今回の震災と原発事故は日本に軸足を置く事のリスクを思い知った筈だ。実際に電力がアテにならなければ立ち行かない産業は少なくないと思う。そんな中で家族を抱えてどうやって生き延びようと、まあ勝手と言えば勝手な事を考えてしまうのだけれど。

 今、落ちてはならないのは「原発を止めれば安全」という考え方ではないかと思う。その上で、このまま電力が賄えないことのリスクを取るのか、毒と分かっていてもある程度の、例えば老朽化していない原発を稼働させて日本の体制を急激に悪化させない方法を探すのか、もちろん原発が稼働したところで、日本の産業が元に戻る保証はないのだけれど。それでも今必要なのは、どの道を選べば、より悪くない結果になるのかを覚悟して選ぶことではなかろうか。

 という考えはダメなのかねえ・・・

ゼルダの伝説 時のオカリナ

 「いままでに観た中で一番面白い映画は?」と聞かれても1本に絞れないのですが、これがゲームだったら迷わず「ゼルダの伝説 時のオカリナ」(以下時オカ)を選びます。とにかくもう、あのゲーム体験はホントに強烈だった。

 けれども何が面白かったのかを説明しようとすると、途端に言うべき言葉を無くしてしまい、もう10年くらい時オカの面白さを何とか書こうと思いつつもその度に失敗してしまう。この物件は、自分のヘボい文章力では手に余りまくっております。

 これはもう、正攻法的に時オカの何が面白かったかを語るのではなく、何故このゲームの魅力を自分は言葉にできないのかを考える方が早道かもしれない。

 一般的なゲームのレビューを読むと、大抵がアクション、グラフィック、シナリオなど、ゲームを構成するパーツごとに語られることが多い。その流儀で自分も「Z注目システムで3Dなのに違和感なくプレイできる」などと書いてみても、それは確かにそうなのだが、Z注目が素晴らしいから時オカが面白いという論に自分自身が納得できていない。時オカの面白さを説明しようとゲーム全体を要素ごとにほぐそうとすると、ほぐれた先からポロポロと魅力がこぼれ落ちてしまう。

 ゲームを要素ごとに分けるのではなく、ゲームそのものを表す言葉を使うならば、世界観という言葉が近いのだろう。確かにリンクを通してプレーヤーが体験するもの、敵とのバトル、ダンジョンの謎解き、可愛さと毒っ気を持つキャラクター、そして背後に流れる音楽などなど、ゲームにある全てのものはプレーヤーにハイラルを冒険させるためにある。時オカの魅力とは、そのプレーヤーをハイラルという架空の世界に引き込む力が物凄いという事なのだけれど、これは実は何の説明にもなっておらず、要するに「やってごらん、やれば分かるさ」と言っているだけなように思う。

 何故時オカはプレーヤーを引き込む力が強いのかを言葉にしようとすると、グラフィックが(当時としては)凄いとかボスバトルが面白いとか、結局は要素の説明になってしまい、これでは元の木阿弥である。ということで、自分は未だに「時のオカリナが何故面白いか」が説明できないでいる。

 このゲームの印象的なシーンというのはそれこそ山ほどあるのだけれど、世界観を味わうという点で思い出すのは、ハイリヤ湖で朝日に向かって矢を放つとアイテムが貰えるイベントがある。このイベントの目的はアイテムを手に入れることではなく、夜のうちに目的の場所に陣取って、夜が開けるのを待ち構え、湖の向こうから朝日が昇る様子を体験する事である。自分は「ああ、ハイリア湖から昇る朝日は奇麗だったな」ということは覚えているけれど、そこで手に入れたアイテムが何だったのかはサッパリ忘れている。こういうイベントは、製作者が本当にゲームの内容に自信を持っていないとできない類いのものだと思う。

ドリーム・ホーム

 これはアレだ。スプラッター描写を楽しみながらも、「でも、そこには香港の切迫した社会状況があったんだよーん」というエクスキューズを提供することで、さらに心ゆくまでスプラッター描写を楽しめるという、パン・ホーチョン監督はなかなかに老獪ですな。ただし「シリアル・ママ」と比べると純粋に悪趣味に浸る痛快さや潔さに欠けるきらいはあります。

 自分がギョッとしたのは、第一の殺人でナイフを持ち出すシーンと、家政婦が落とした○○を、帰宅した主人がうっかり踏みつぶしちゃうシーン。あとはもう、時に血に狂い、時に大笑いで、あっという間に映画が終わってしまった印象です。主人公の不死身っぷりよりも、被害者達がそれぞれに結構しぶとくて、このあたりが過去のスプラッター映画と比べて目新しいところ。

 この映画の演出なのか、そもそも香港がそうなのか、映画は最初から最後までものすごく狭苦しい印象を与えていて、オープニングのマンションの部屋がビッシリと詰まっている映像は、苦手な人にとってはスプラッタ以上に堪えたのではないかと思う(昔流行った蓮コラ画像を思い出してしまった)。惨劇の舞台となるオーシャンビューの高級マンションも、部屋も廊下も異様に狭苦しくて、閉所恐怖症気味の自分にとってはそっちのほうが鳥肌が立つ思いでありました。ラストのストーリー的なオチも含めて、全編色々と不快感に溢れていて、それはやっぱり監督が上手いということなのだろうなあと思いました。

こんな人にオススメ:面白い映画だったのだが・・・誰に薦めればいいのだろう。

ポケモンBW ゴチミルの技を選ぶ

 さて、手塩にかけて育てたゴチミルにどんな技を持たせよう。この技でこんな事ができる、けどあのポケモンにはこっちのほうが・・・などと色々考えるのがとても楽しい。

 まずは「ミラーコート」は確定として。「サイコキネシス」も外せないよな。

 ということで技スペースはあと2つ。しんかのきせきで固くしたとはいえ、ゴチルゼルでも微妙な火力がゴチミルじゃさらに低いのだから、どうしてもサポート型での運用になりますな。まずは「でんじは」はあったほうがいいかねえ・・・。このたび初めて麻痺の効果を調べたのだけれど、この技って相手を動けなくすることより素早さを下げるためのものだったのだな・・・。自分がローブシンとかヤドランのような鈍足ばかり使っているから素早さが変化するのに気付いていませんでした。

 あとアレだな。特性が「おみとおし」だから相手の道具を無効にする技があるとゴチミルを使う甲斐がありそう。と思って調べてみると、相手の道具を直接どうこうするものは「どろぼう」、「さしえさえ」、「マジックルーム」で、「しんかのきせき」が必須のゴチミルが使えるのは「さしおさえ」のみ。この特性で「はたきおとす」覚えないって、一体何のための「おみとおし」なのだ?

 我が身を振り返って考えると、そもそも「おみとおし」で相手の道具が分かったところで、道具や木の実の効果がサッパリわかっていない自分にとっては全く意味がないような気がする。それを言うなら「ミラーコート」だって、相手が特殊攻撃を繰り出すタイミングなんて、どーやって計ればいいのだ?物理技か特殊技かなんてサッパリわかってないんだし。

 何だか激しくゴチミルへの愛情だけではどうにもならない予感・・・。どーすんのよココまでやっといて。