今日も定時ダッシュ -76ページ目

和田慎二

 今月号のニンドリ(←任天堂のゲーム雑誌)を読んでビックリ。白泉社を離れてからは余り読んでいなかったが、つい最近「傀儡師リン」が平積みされていたので、ああ、この人はあくまでも少女マンガでがんばっているのだなあ・・・とか思っていたのだけれど。

 自分が少女マンガにハマったのが「スケバン刑事」で、斉藤由貴のドラマから入ったクチなのだけれど、自分が持っていた少女マンガのイメージを覆す熱くハードな展開にノックアウトされ、TVドラマはどうでもよくなり、その後はピグマリオのために「花とゆめ」をコソコソと立ち読みする(すみません)習慣がついてしまった。

 私事で恐縮ですが、40代は若い頃に大好きで影響を受けていた色々な人が少しずつお亡くなりになるのを見ていく年代であるような、そうやって少しずつ自分が死ぬ事を自覚していくような、そんな年代ではないだろうかと思っていたのだが、そうはいっても複雑な心境であります。まだパソコン通信が全盛のころに、和田慎二のフォーラムでスケバン刑事を熱く語っていたなあ・・・

 愛蔵版スケバン刑事や集英社のコミックスがまだ実家にあったような気がする。探してみよう。

 ご冥福をお祈り致します。

ポケモンBW パーティ編成を考える

 ストーリーを進める上でテキトーに育ってくる奴はおいといて、厳選して育てたポケモンたち。

 1. ヤドラン
 2. ゴチミル
 3. ローブシン
 4. ドレディア
 5. クリムガン

 選んだ理由:オレの趣味(ローブシンは多少攻撃種族値の高さを意識している)

 シングルトレインには、ヤドラン、ローブシン、クリムガンで出撃することが多いけれど、霊で見事に止まってます。

 どうも自分はエスパータイプに惹かれる傾向があって、タイプを考えずに見た目だけで選んでいたら、シンボラーとかソルロックとかを集め出しており、素人目にもこのままではダメだと思いとどまった。まあ、エスパーパーティを作るつもりがあるじゃなし、別に手元に置いておくだけなら好きなポケモン選べばいいのだけれど。

 とりあえず一番好きなヤドン(さすがに使えないからヤドランに進化)を起点にしたパーティー編成を考えてみよう。ヤドランのタイプはエスパー/みずなので、苦手はでんき/くさ/むし/ゴースト/あく。Wifiトレインの傾向では、ゴースト→あく→むしの順に弱点を突かれている感じがする。

 ここは一発ゴーストタイプで素早さの高いゲンガーか、やっぱり見た目がかわいらしいという理由でムウマージあたりに目を付けてみよう。

アンダルシア -女神の復讐-

 「アマルフィ」が予想外に面白かったので、今度もどんなゲテモノ映画を見せてくれるのだろうと期待していたら、アレ?これってもしかして普通に面白いんじゃあ・・・あのやりたい放題だった前作の面影はどこへ・・・まあコッチのほうが受けるのだろうけど。

 この映画は意図的に同じパターンを繰り返している。黒木メイサ狙われる→黒木メイサ救けられる→黒木メイサ匿われるを何度も繰り返すうちにストーリーが進むというパターンだ。文字にすると黒木メイサは徹底的に受け身なのだけれど、映画を見ると全然そんなことはなく、彼女はとても積極的に危険な目にあっている。物語の展開の起点が常に黒木メイサで、織田裕二や伊藤英明のドラマを経て、結局黒木メイサに帰る。1巡すると彼女の中で謎が一皮むけて少しだけ真実が観客に明かされるという、この映画で黒木メイサはラッキョウみたいな役だと思った。

 まあそういう面白さはあったのだけれど、それよりも最後に明かされた彼女の真実、これまで入念に隠されてきた彼女の顔の秘密と共に、どうしても彼女が自分を許せない原因というのが泣けてしまった。アレはねえ・・・野坂昭如が「火垂るの墓」を書いた動機よりは軽いものなんだろうけど、他愛も無い行為であればあるほど、後で悔やんでも悔やみきれないものなのだろう。伊藤英明が日本語で聞いて、黒木メイサが「Puedo abrir la ventana?」と伊藤英明の分からないスペイン語で返す行為自体が、彼女が答える意図が全く無い心情が現れている。

 そして主演の織田裕二ですが・・・目の下のたるみとか、シリアスにへの字に曲げた口とか、黒い顔とかが、とてもみのもんたに似ていた。

ポケモンBW Wifiトレイン

 Xbox360のゴールドお試し期間中、ネットの向こうにいる手練の者共にビビって一度もLiveに繋げなかったわたくし。ぬるゲーマーが多いとおぼしきWiiもDSも、やっぱりどうもネットゲーって苦手であります(ただしマリオカートを除く)。

 ポケモンも例外ではなく、ランダムマッチも何か怖い。別に何がどうなる訳ではないとは分かっているのだが、それでも二の足を踏んでしまう。けれどもコンピュータを相手にしてのバトルも同じパターンだし(←注:しかし勝てる訳ではない)、やっぱり人が育てたポケモンとの対戦は明らかに違う。

 しかし、そこはさすが天下のポケモン。そんな「(ネット対戦を)やってみたいけど、やってみたくない」という物凄いワガママな人のために、対戦相手のデータだけをダウンロードして勝ち抜き戦が行えるという「Wifiトレイン」という遊びを用意してくれました。これなら相手に気兼ねなくネット対戦の醍醐味が味わえるというもの。

 ということで、最近はWifiトレインで遊ぶことが多いのですが、ものすごく勝てない。レベル1ですら3人抜きがようやくという体たらく。なんでみんなこんなに強いの?

 なんでみんなこんなに強い? ・・・・今ワタクシはいいこと思いました。皆の強い理由が理解できれば、それは取りも直さず自分が弱い理由を把握できるのではないだろうか。

 ということで、敵を知り己を知れば百戦危うからず。「いつかはランダムマッチ」を合い言葉に、さらにポケモンバトルの精進に務める決意をした今年本厄のオッサンでありました。

SUPER 8

 エイブラムスが製作した「クローバーフィールド」がちょっとナンだったので、似たような感じの今作も用心していたのだけれど、蓋を開けてみたらものすごく面白いの。とりあえず今のところ今年度ナンバー1!もう一回観たい。

 そもそも「クローバーフィールド」の何がダメだったかというと、あのモキュメントっていうんですか?なんか「モキュ」という音にトンマな感じが漂ってますが、アレが個人的にダメで、何故映画の大スクリーンを使ってビデオで撮ったという設定のせせこましい画面を見続けねばならんのかと、その理由が全く分からなかったのだ。これが「ブレアウィッチ・プロジェクト」ならば製作費の無さをカバーするアイディアとしてまだ許せるのだけれど、金かけて客に窮屈な思いをさせるって発想が分からない。

 しかしこの「SUPER 8」は自分が思う所のありうべき「クローバーフィールド」というような、ちゃんと映画として見せることを自覚して作られた作品になっておりました。しかも「SUPER 8」は「クローバーフィールド」的な部分を持ちながらも他にも色々と詰め込んでいて、メインプロット同様にそれらの要素が映画を奥深くしている。

 自分が面白かったのが、この映画が子供達の自主映画の製作に合わせて進んでいる点で、彼らの「とにかく映画を作りたい」という思いがそのまま若い頃のスピルバーグを彷彿とさせる。真夜中の駅で列車が通過するとみるや大喜び&大慌てで撮影に入ったりと、子供達の情熱が観ていてとても楽しい。彼らの映画の1シーンとして列車事故や、軍が家宅捜査している前でちゃっかり撮影していたりするのだが、ホンモノの「SUPER 8」としてはあくまで主題は背景の列車事故や軍の動勢であるので、これらのシーンは必然的に2つの意味を観客に提示している。

 シーンの大部分が、何か分からないことが起こっている中で軍や街の住民達が右往左往するシーンで、この進め方がいかにも昔ながらのサスペンス映画の手法を尊重している感じがする。人間が主体の映画であることを弁えた登場人物の性格の付け方もさもありなん。

 そして、本編が終わってクレジットになると、「SUPER 8」と同時に進行していた子供達が作った「CASE」が上映されるという心憎い演出をしている。なんだか分からないけどこれを見ながら「ああ、映画って素晴らしい」と思ってしまった。この映画に対する思い入れや二人が好むジャンルの類似を見ると、もしかしてエイブラムスってようやく現れたスピルバーグの正嫡かもしれない。

 最後に「パイレーツ・オブ・カリビアン」のワルクチをひとつ(何故?)。オマケ映像で釣って観客に詰まらないクレジット画面をえんえんと見続けることを強いることができるセンスというのは、根本的に映画人として必要な感覚に欠けている。それともアレか?クレジットが流れている間は僕たちが作った素晴らしい映画の余韻に浸って欲しいとか思ってんのか?思い上がるんじゃねーよあの程度のデキでよ。

 とまあ、せっかく心行くまで楽しんだ「SUPER 8」だったのに、最後に詰まらんことを思い出してしまった。おのれカリビアン。