日本の夏 ポケモンの夏
ポケモンの夏のもりあげぶりはちょっとスゴい。
まず映画。前売り券で貰えるビクティニや、映画館で貰えるゼクロム(レシラム)と釣り餌はバッチリな上、今年はまさかの二本同時公開。内容はほぼ一緒であることはアナウンスされているので、二本とも観に行こうという子供は余りいないのだろうが、大人の目からすると「そうまでしてまで儲けたいワケ?」と少々引いてしまう。
しかし映画なんてまだポケモンの仕掛けの序の口。今年は全国の主要都市で行われる「ポケモンいえるかなBW」のイベントに、特性が夢特性の「ひらいしん」で、「でんきだま」を持った、特別なワザを覚えた「メス」のピカチュウをプレゼントと、これまた巨大すぎる餌をぶらさげてきた。カギカッコの部分が餌でございます。
えーと、ブラック/ホワイトから始めた自分にとっても、このピカチュウの有り難みというのは実はよく分かっていないのだが、ポケモンといえばピカチュウのイメージしかない方に、1年前までは自分も「ピカチュウ以外のポケモンはさっぱりワカラン」状態だったオッサンが一生懸命説明してみます。
まず、ピカチュウというのは、アニメでは必殺の10万ボルトで向かう所敵無しの強さを見せていますが、ゲームではたいして強くなくて、ポケモンのバトル対戦ではほぼ使われないポケモンです。ただし、やっぱりピカチュウはポケモンを代表するキャラクターだけあって、何とかしてピカチュウをバトルで活躍させたいという要望は根強いものがあります。
「でんきだま」というのはそんな要望に答えるためのアイテムで、これをピカチュウに持たせると攻撃力が2倍になるという優れモノです。ここで肝心なのは「でんきだま」は他のポケモンには効果がないため(ピチューやライチュウもダメ)、まさにピカチュウをバトルで生かすためだけのアイテムであり、ブラック/ホワイトではこれまで入手する手段がなかったため、今回の配布でようやくピカチュウを活躍させられる算段がつきました。
また、「でんきだま」を持たせてタマゴを生ませると、「ボルテッカー」という特別な強力ワザを持って生まれてくるというご利益もあって、まさしくピカチュウをバトルに繰り出すには「でんきだま」無くしては考えられない・・・とまで言い切っていいかどうか自信ないが、とにかくピカチュウ好きならば、このイベントで配布されるピカチュウをゲットせずにはいられない、というアイテムなのであります。
・・・なんだか異様に長くなりそうなので続きます・・・
まず映画。前売り券で貰えるビクティニや、映画館で貰えるゼクロム(レシラム)と釣り餌はバッチリな上、今年はまさかの二本同時公開。内容はほぼ一緒であることはアナウンスされているので、二本とも観に行こうという子供は余りいないのだろうが、大人の目からすると「そうまでしてまで儲けたいワケ?」と少々引いてしまう。
しかし映画なんてまだポケモンの仕掛けの序の口。今年は全国の主要都市で行われる「ポケモンいえるかなBW」のイベントに、特性が夢特性の「ひらいしん」で、「でんきだま」を持った、特別なワザを覚えた「メス」のピカチュウをプレゼントと、これまた巨大すぎる餌をぶらさげてきた。カギカッコの部分が餌でございます。
えーと、ブラック/ホワイトから始めた自分にとっても、このピカチュウの有り難みというのは実はよく分かっていないのだが、ポケモンといえばピカチュウのイメージしかない方に、1年前までは自分も「ピカチュウ以外のポケモンはさっぱりワカラン」状態だったオッサンが一生懸命説明してみます。
まず、ピカチュウというのは、アニメでは必殺の10万ボルトで向かう所敵無しの強さを見せていますが、ゲームではたいして強くなくて、ポケモンのバトル対戦ではほぼ使われないポケモンです。ただし、やっぱりピカチュウはポケモンを代表するキャラクターだけあって、何とかしてピカチュウをバトルで活躍させたいという要望は根強いものがあります。
「でんきだま」というのはそんな要望に答えるためのアイテムで、これをピカチュウに持たせると攻撃力が2倍になるという優れモノです。ここで肝心なのは「でんきだま」は他のポケモンには効果がないため(ピチューやライチュウもダメ)、まさにピカチュウをバトルで生かすためだけのアイテムであり、ブラック/ホワイトではこれまで入手する手段がなかったため、今回の配布でようやくピカチュウを活躍させられる算段がつきました。
また、「でんきだま」を持たせてタマゴを生ませると、「ボルテッカー」という特別な強力ワザを持って生まれてくるというご利益もあって、まさしくピカチュウをバトルに繰り出すには「でんきだま」無くしては考えられない・・・とまで言い切っていいかどうか自信ないが、とにかくピカチュウ好きならば、このイベントで配布されるピカチュウをゲットせずにはいられない、というアイテムなのであります。
・・・なんだか異様に長くなりそうなので続きます・・・
ハリー・ポッターと死の秘宝 part2
2001年に第一作が公開されて、10年目にして遂に最終章を迎えるハリー・ポッターシリーズですが、10年目にして、最後の話にして、ようやく、ようやく・・・
マギー・スミスが大活躍!!!
ぴゅーぴゅー!どんどんどん(←鐘や太鼓の音)
実はここんとこ出番が無かったのでもしかしてマギー・スミスも死んだかボケたかと思っていたのだ。それが最後の最後でようやく彼女の魔法使いらしい見せ場が・・・苦節十年・・いや、マギー・スミスの苦節十年ではなく、付き合いで見続けた自分にとっての十年という意味ですが。
デビット・イェーツ監督になってからは、まず原作ファンをどこまで満足させるかを第一の目的として作られているように思える。そもそも長い原作なので、1話丸ごと1本の映画にするにしても話は省略するしかないのだが、どう作っても不満が出るだろう原作ファンに対して「まあこれなら脳内補完ができるよね」という程度には体裁を整えておけばいいか、という感じがした。
映画しか見ていない自分にとっては、冒頭から誰だか分からない登場人物や、全く覚えていないアイテムの名前などでスッカリ映画に置いて行かれてしまったが、まあそれはいいのだ。ただ、原作未読者の分からなさだったり、原作ファンの物足りなさだったりを補うことに映画の肝があって、「いかにビジュアルで観客を感心させるか」こそが監督としての腕の見せ所である。なのに、デビット・イエーツになってこのかた、総じてものすごく見せ方が平凡だった。イェーツ以前の過去作は、監督が確かに独自の映像を造り上げようとして、それは割と成功していたと思うのだ。今作においては、ニワトコの杖の所有権をセリフだけで全部説明するくだりでは、アレじゃあまるで土曜ワイド劇場の解決シーンではないか。まあ、このシリーズにおいては映画としての出来は今更誰も何も言わないのだろうけど。
あ、でも映画の最後の主要キャラの19年後ってのは、本編より違和感なくて笑った。みんな老け過ぎ。
マギー・スミスが大活躍!!!
ぴゅーぴゅー!どんどんどん(←鐘や太鼓の音)
実はここんとこ出番が無かったのでもしかしてマギー・スミスも死んだかボケたかと思っていたのだ。それが最後の最後でようやく彼女の魔法使いらしい見せ場が・・・苦節十年・・いや、マギー・スミスの苦節十年ではなく、付き合いで見続けた自分にとっての十年という意味ですが。
デビット・イェーツ監督になってからは、まず原作ファンをどこまで満足させるかを第一の目的として作られているように思える。そもそも長い原作なので、1話丸ごと1本の映画にするにしても話は省略するしかないのだが、どう作っても不満が出るだろう原作ファンに対して「まあこれなら脳内補完ができるよね」という程度には体裁を整えておけばいいか、という感じがした。
映画しか見ていない自分にとっては、冒頭から誰だか分からない登場人物や、全く覚えていないアイテムの名前などでスッカリ映画に置いて行かれてしまったが、まあそれはいいのだ。ただ、原作未読者の分からなさだったり、原作ファンの物足りなさだったりを補うことに映画の肝があって、「いかにビジュアルで観客を感心させるか」こそが監督としての腕の見せ所である。なのに、デビット・イエーツになってこのかた、総じてものすごく見せ方が平凡だった。イェーツ以前の過去作は、監督が確かに独自の映像を造り上げようとして、それは割と成功していたと思うのだ。今作においては、ニワトコの杖の所有権をセリフだけで全部説明するくだりでは、アレじゃあまるで土曜ワイド劇場の解決シーンではないか。まあ、このシリーズにおいては映画としての出来は今更誰も何も言わないのだろうけど。
あ、でも映画の最後の主要キャラの19年後ってのは、本編より違和感なくて笑った。みんな老け過ぎ。
コクリコ坂から
え・・ウソ・・やだこれ・・・ひょっとして・・・オモシロイ・・・・
まさかこの映画をきちんと面白く観られるなどとは夢思わず、期待値がとんでもなく低かったせいで、俄然評価が高くなりました。
吾郎監督といえば、とかく「ゲド戦記」のダメっぷりが思い出されてしまう。新人監督としてはアレが精一杯かもしれないが、キャラを動かすことに関する無頓着さが非常に目についた。例えばこの映画の1シーンで、囚われて護送される主人公以外の囚人に全く動きがなく、全員が屍のようだったのを今でも覚えている。全体的に吾郎監督はドラマに関わらない人物を描く気が回っていなと思った。でもって、オヤジは画面に映る全てのものに、ストーリーに関係あろうがなかろうがキチンと動きをつけて演出する術に長けた人なので、「ゲド戦記」に関しては絵柄が宮崎駿と同じなだけに、ダメな部分が悪目立ちしていた。
今考えると、「ゲド戦記」は「ナウシカ」や「ラピュタ」と同じで、映像化するならその世界の全てをキッチリと描かなければいけない大きな映画である。それに対して新人監督では余りにも徒手空拳、原作の物語に惚れてドラマを表現しようとするほど、アースシーの世界の魅力が薄れていくのだと思う。その点「コクリコ坂から」はもっと規模が小さく、世界を描くとかそういう壮大な視点は置いといて、ドラマを演出しやすいタイプの映画だと思います。
学生が大勢集まって討論するシーンや合唱のシーンなどは、やっぱり「宮崎駿が演出したらもっとエモーショナルな動きをするのだろうなー」と思わないでもないが、吾郎監督の演出も物語の雰囲気に合っていて楽しめた。
オープニングの朝のシーンの描写が非常に丁寧で、ガス釜やお櫃といった小道具も良い感じ。お櫃はふきんを掛けて蓋をしてあったりして描写が細かく、ハム3枚のハムエッグを食べ盛りの弟に渡し、食べ始めた後に髪のセットを気にする妹が遅れて登場するなど、ホームドラマ的なオープニングとして申し分無し。タイトルにもなっているコクリコ坂も、ズバリ男の子の自転車に二人乗りするためにあの坂が存在している。青春映画で坂といえば自転車だよな。
派手さのない映画だけれど、カルチェ・ラタンを理事長が訪問するシーンは、この映画の映像的なクライマックスとしてキチンと成立しており、その後の物語としてのクライマックスにしっかりとバトンを渡している。
この映画は、1960年代の風俗をファンタジックに扱っており、活気ある商店街やタオルを腰にかけた男子高校生、「門から入って」というさり気ない言葉も当時ならではで(←通常は勝手口から入るような間柄の人間でも、その日は立派なお客様として表玄関からお入りくださいという歓待の意がある、とまあ、こういうニュアンスが「門から入って」には込められているハズ)、果ては恋した相手が実の兄弟かもしれないという当時のマンガの流行もしっかりフォローしている。自分は1970年生まれなので、この映画の醸す雰囲気を懐かしいとは思わなかったが、何となく自分の子供のころに連なる感じはありました。
まさかこの映画をきちんと面白く観られるなどとは夢思わず、期待値がとんでもなく低かったせいで、俄然評価が高くなりました。
吾郎監督といえば、とかく「ゲド戦記」のダメっぷりが思い出されてしまう。新人監督としてはアレが精一杯かもしれないが、キャラを動かすことに関する無頓着さが非常に目についた。例えばこの映画の1シーンで、囚われて護送される主人公以外の囚人に全く動きがなく、全員が屍のようだったのを今でも覚えている。全体的に吾郎監督はドラマに関わらない人物を描く気が回っていなと思った。でもって、オヤジは画面に映る全てのものに、ストーリーに関係あろうがなかろうがキチンと動きをつけて演出する術に長けた人なので、「ゲド戦記」に関しては絵柄が宮崎駿と同じなだけに、ダメな部分が悪目立ちしていた。
今考えると、「ゲド戦記」は「ナウシカ」や「ラピュタ」と同じで、映像化するならその世界の全てをキッチリと描かなければいけない大きな映画である。それに対して新人監督では余りにも徒手空拳、原作の物語に惚れてドラマを表現しようとするほど、アースシーの世界の魅力が薄れていくのだと思う。その点「コクリコ坂から」はもっと規模が小さく、世界を描くとかそういう壮大な視点は置いといて、ドラマを演出しやすいタイプの映画だと思います。
学生が大勢集まって討論するシーンや合唱のシーンなどは、やっぱり「宮崎駿が演出したらもっとエモーショナルな動きをするのだろうなー」と思わないでもないが、吾郎監督の演出も物語の雰囲気に合っていて楽しめた。
オープニングの朝のシーンの描写が非常に丁寧で、ガス釜やお櫃といった小道具も良い感じ。お櫃はふきんを掛けて蓋をしてあったりして描写が細かく、ハム3枚のハムエッグを食べ盛りの弟に渡し、食べ始めた後に髪のセットを気にする妹が遅れて登場するなど、ホームドラマ的なオープニングとして申し分無し。タイトルにもなっているコクリコ坂も、ズバリ男の子の自転車に二人乗りするためにあの坂が存在している。青春映画で坂といえば自転車だよな。
派手さのない映画だけれど、カルチェ・ラタンを理事長が訪問するシーンは、この映画の映像的なクライマックスとしてキチンと成立しており、その後の物語としてのクライマックスにしっかりとバトンを渡している。
この映画は、1960年代の風俗をファンタジックに扱っており、活気ある商店街やタオルを腰にかけた男子高校生、「門から入って」というさり気ない言葉も当時ならではで(←通常は勝手口から入るような間柄の人間でも、その日は立派なお客様として表玄関からお入りくださいという歓待の意がある、とまあ、こういうニュアンスが「門から入って」には込められているハズ)、果ては恋した相手が実の兄弟かもしれないという当時のマンガの流行もしっかりフォローしている。自分は1970年生まれなので、この映画の醸す雰囲気を懐かしいとは思わなかったが、何となく自分の子供のころに連なる感じはありました。
モールス
この映画のリメイク元の「ぼくのエリ 200歳の少女」は見ておらず。去年結構話題になった映画なのだが、やっぱり単館系の映画はタイミングが合わないとなかなか見られません。
で、あくまで今回の映画を見て一番強く思ったのは、「いじめられる立場にとっては吸血鬼よりも、いじめる奴らのほうが恐怖」という事でありました。映画におけるホラー的表現は、吸血鬼の少女に対してではなく、悪ガキ3人組の登場シーンのほうに為されている。特にBGMとか。吸血鬼の少女と少年の関係は変種のラブストーリーとして語られており、映画の中では彼女はあくまで少年の視線を通して存在している訳だから、必然的に恐怖の対象としては描かれていない。
ストーリーがどうこうというより、「モールス」はひさびさに映像が隅々まで美しい映画でした。舞台となるのはロスアラモスのアパートの裏の公園であったり病院であったりと、ごく普通の場所なのだが、薄暮でアパートや病院の外壁、そして主人公二人の白い肌を染めるオレンジ色が美しい。また、雪の積もる山の中のシーンなどは、漆黒の闇とそこから浮かび上がる木々や雪の白さが影絵のようで、ショッキングなシーンなのにウットリと見蕩れてしまった。そう思っていたら吸血鬼が人間を襲うシーンがストップモーションアニメ的に妙にチープで、なかなか一筋縄ではいかない映画であります。
さてさて。「キックアス」に続いて、オタク的好感度の高い役を演じたクロエ・モレッソちゃん。こういうポジションの女の子は実にウィノナ・ライダー以来なような気がする。でもって、主人公の男の子が割とウィノナ・ライダー的な顔立ちで、「モールス」は実にゴスっぽくも繊細な、学校ではいつも片隅で大人しくしていそうな奴らのためのファンタジーなのでありました。
で、あくまで今回の映画を見て一番強く思ったのは、「いじめられる立場にとっては吸血鬼よりも、いじめる奴らのほうが恐怖」という事でありました。映画におけるホラー的表現は、吸血鬼の少女に対してではなく、悪ガキ3人組の登場シーンのほうに為されている。特にBGMとか。吸血鬼の少女と少年の関係は変種のラブストーリーとして語られており、映画の中では彼女はあくまで少年の視線を通して存在している訳だから、必然的に恐怖の対象としては描かれていない。
ストーリーがどうこうというより、「モールス」はひさびさに映像が隅々まで美しい映画でした。舞台となるのはロスアラモスのアパートの裏の公園であったり病院であったりと、ごく普通の場所なのだが、薄暮でアパートや病院の外壁、そして主人公二人の白い肌を染めるオレンジ色が美しい。また、雪の積もる山の中のシーンなどは、漆黒の闇とそこから浮かび上がる木々や雪の白さが影絵のようで、ショッキングなシーンなのにウットリと見蕩れてしまった。そう思っていたら吸血鬼が人間を襲うシーンがストップモーションアニメ的に妙にチープで、なかなか一筋縄ではいかない映画であります。
さてさて。「キックアス」に続いて、オタク的好感度の高い役を演じたクロエ・モレッソちゃん。こういうポジションの女の子は実にウィノナ・ライダー以来なような気がする。でもって、主人公の男の子が割とウィノナ・ライダー的な顔立ちで、「モールス」は実にゴスっぽくも繊細な、学校ではいつも片隅で大人しくしていそうな奴らのためのファンタジーなのでありました。
謎惑館
3DSのサウンド機能に着目した、新感覚のアドベンチャーゲーム、その名も「謎惑館」。なかなかインパクトのあるタイトルです。なによりもビジュアルデザインを「コララインとボタンの魔女」のコンセプトアートを担当した上杉忠弘氏が手がけているのが購入の動機であります。このゲームは制作期間が1年足らずとインタビューにあったので、カプコンの人も「コラライン」を見て上杉忠弘氏に目を付けたのかもしれない。
この怖いようで怖くない、カワイイようでちょっとブキミという匙加減は女性層に非常にウケそう。
オープニングのアニメーションもとてもイイ感じ。売りである立体音響も初めて体験する不思議な感覚であります。自分はイヤホンは消耗品だと割り切っているのでいつも安いものしか買わない(買えない)のだが、サウンドにこだわったそれなりのイヤホンやヘッドホンだと、より効果的に楽しめるはず。
このゲームは3DSのマイクも使って、ゲーム内のキャラクターと会話して進めていくのだが、こちらのかなりアバウトな返事でもゲーム側でソレっぽい対応をすることが多く、「お!ちゃんと意味が通じた」という感覚がなかなか新鮮。ただし、端から見ると3DSに親し気に話しかけている様子に家族から心配されてしまいそうなので、家族が寝静まってからコッソリとイヤホン着けて楽しむのが吉であります。
基本的に自分はこのゲームにとても好意的なのだが、そんなワタクシの印象を覆す出来事は、わりかし早くに起こりました。
ゲームの遊び方を説明する前説的なシーンでの会話で、「ところでアンタ、お幾つだい?」という質問に「よんじゅういち!」と元気に返事をしたワタクシ。すると返って来た答えが
「あ~~、初老だねえ」
ガビーーーン。
生まれて初めて初老と言われてしまった・・・・しかもゲームに・・・初老・・・しょろう・・・ショーロー
そこに拘らざるを得ない点がすでに負けているのだが、なんとなくその日はゲームを進める気になれずに止めてしまった。すると翌日に10歳の娘が興味を持ったので、自分のデータを消して(音声認識がセーブした本人じゃないと上手くいかないため)、娘に遊ばせることにした。
しばらくして父と娘の会話
父「もう歳聞かれた?」
娘「うん、聞かれたよ」
父「で、ゲームからは何て言われたの?」
娘「忘れた」
ああ、若さって傲慢なものなのだと思い知った。お前も30年後に初老と言われるがよいさ。
この怖いようで怖くない、カワイイようでちょっとブキミという匙加減は女性層に非常にウケそう。
オープニングのアニメーションもとてもイイ感じ。売りである立体音響も初めて体験する不思議な感覚であります。自分はイヤホンは消耗品だと割り切っているのでいつも安いものしか買わない(買えない)のだが、サウンドにこだわったそれなりのイヤホンやヘッドホンだと、より効果的に楽しめるはず。
このゲームは3DSのマイクも使って、ゲーム内のキャラクターと会話して進めていくのだが、こちらのかなりアバウトな返事でもゲーム側でソレっぽい対応をすることが多く、「お!ちゃんと意味が通じた」という感覚がなかなか新鮮。ただし、端から見ると3DSに親し気に話しかけている様子に家族から心配されてしまいそうなので、家族が寝静まってからコッソリとイヤホン着けて楽しむのが吉であります。
基本的に自分はこのゲームにとても好意的なのだが、そんなワタクシの印象を覆す出来事は、わりかし早くに起こりました。
ゲームの遊び方を説明する前説的なシーンでの会話で、「ところでアンタ、お幾つだい?」という質問に「よんじゅういち!」と元気に返事をしたワタクシ。すると返って来た答えが
「あ~~、初老だねえ」
ガビーーーン。
生まれて初めて初老と言われてしまった・・・・しかもゲームに・・・初老・・・しょろう・・・ショーロー
そこに拘らざるを得ない点がすでに負けているのだが、なんとなくその日はゲームを進める気になれずに止めてしまった。すると翌日に10歳の娘が興味を持ったので、自分のデータを消して(音声認識がセーブした本人じゃないと上手くいかないため)、娘に遊ばせることにした。
しばらくして父と娘の会話
父「もう歳聞かれた?」
娘「うん、聞かれたよ」
父「で、ゲームからは何て言われたの?」
娘「忘れた」
ああ、若さって傲慢なものなのだと思い知った。お前も30年後に初老と言われるがよいさ。