今日も定時ダッシュ -69ページ目

ゼルダの伝説 ラネール砂漠〜錬石場

 任天堂のWebサイトにある「社長が訊く」というコンテンツで、今回のゼルダを「襲いかかるおもてなし」と表現していた。ゲーム中のどんなポイントでも何かしらの仕掛けがあってプレーヤーを楽しませるという意味である。ゲームを進めるごとに色々な仕掛けが施されているという構成は、もともとこのシリーズの醍醐味の一つが「仕掛けを解いて先に進む道を見つける」というものでもあり、とても相性の良い構成になっています。

 しかし物事には何事も裏表があるもので、次々に仕掛けられた謎を解く楽しさの代わりに無くしてしまったものもあって、その最大のものは自由度ではないかと思う。ただし、ゼルダは最近の洋ゲーのように「何やってもOK」というゲームではなく、基本的には製作者の用意したシナリオ順にこなしていくゲームなので自由度が無くなったというのは語弊がある。無意味なこととは分かりつつどうしても「時のオカリナ」と比べてしまうと、アレだって基本は固定シナリオをクリアするタイプなのだが、かなり初期の時点でハイラルの世界全体を巡ることができて、シナリオを進めて行くと「行き止まりだと思っていた先にこんな街があったのか」とか、「ようやくハイリア湖にある神殿に入る時が来たのだ」と、ゲームの進行に合わせてハイラルの世界観を自分でどんどん補完していくような作りになっていた。

 ゼルダの自由度というのは、肝心なゲームの進行についてはしっかりとフラグを立てておいて、それ以外の部分で自由に色々な場所に行く事が出来るという程度なのだけれど、行ったり来たりを繰り返して同じ場所で新たな発見をすることで、どんどんプレーヤーはハイラルの世界に愛着を持っていく構造になっていた。「スカイウォードソード」では、次々に起こるイベントと引き換えに、基本的に一本道の上をひた走る作りになっていて、プレーヤーが気ままにブラブラ世界をそぞろ歩く楽しみが奪われてしまった。

 それがダメだ、というワケではない。「スカイウォードソード」は、むしろ「時のオカリナ」以降のフォロワーからようやく抜け出して新しい遊ばせ方をプレーヤーにもたらしたゲームだと思う。ただ、自分はラネール砂漠に行くまで、「なんか今回のゼルダって狭っ苦しい感じがするよなー」とずっと思っていて、その原因がルートに山ほど仕込まれた仕掛けや、一番最初のダンジョンで手に入る「ビートル」という偵察アイテムのために逆に見通しの悪いマップになってしまったことに気付いた。

ユアシェイプ・フィットネスエボルブ 2012

 とにかく先に出したモンが勝ち!とばかりにKinectの発売からほどなくしてお目見えした前作から色々パワーアップしたバージョンが登場しました。発売されてすぐに買って、前作よりも使いやすくなったインターフェイスや、筋トレ、有酸素運動など各トレーニングの充実などなど、前作から乗り換える価値は十分、初めての人はコチラから是非どうぞ、という、王道のトレーニングソフトです。

 ただ、自分は前作では、大体1回のトレーニングで100kcal程度を目安にしていて、2012でも同様に考えていたのだが、新しいほうではカロリーの消費が前作のように進まず、前と同じトレーニングでも三分の一程度しかカウントされない。まあ、カロリー消費なんて実際のところ正確に計れるものでもなし、こういうエクササイズを好む輩は自分に負荷をかけることが好きなマゾ的嗜好の輩が多いから、カロリー消費を抑える事で「もっとがんばらねば」と思わせる意図でもあるのかねえ・・・と考えておりました。

 しかし、自分のプロフィールで身長や体重を入れることで前作と同程度に消費カロリーをカウントすることに気付いて、これまでの自分の納得の仕方は一体なんだったのだろうと、あの遅々として進まぬカロリーカウンタに意味を見いだしていた自分の一人上手ぶりに笑ってしまった。こういうのも「物わかりの良過ぎる日本人」の特徴ってヤツ?

 でも、プロフィールを入れさせるなら入れさせるで、こういうのは初回の起動時に自動的に入力画面を表示するモンだと思うのだ。絶対参考にしているハズのWiiFitを見習えば、ソコを外す訳はないと思う。ということは、プロフィールが若干隠し入力みたいになっているのは、実は自分のパーソナルな体重の増減やカロリー消費の累積に拘らない西洋人なりの自然な感性なのかもしれない。

 などと好意的に捉えて、次回作では初回にプロフィールを入れる画面が表示されたらそれはそれで大笑いなんだけどさ。

ゼルダSS ゼルダ脳が効かない

 自分はこれまでの据え置き機シリーズのゼルダは全部クリアしている自負もあり、今回のスカイウォードも「さあバッチこい!」という気力で臨んだのでありましたが、ソレは初めのダンジョンで起こりました。

 中に入ると入り口が閉まる部屋。ゼルダにはよくある、「この部屋の仕掛けを解かないと先に進めない」というパターンです。でもって、目の前には目玉スイッチ。これもシリーズにはお馴染みのアイテムです。そして手持ちのアイテムはパチンコ。いかにも序盤の小手調べ的な、これまでに何度も登場した仕掛けであります。今更こんなもん、サルの知能検査だってもっと難しいわい、とパチンコで目玉スイッチに当てれば仕掛けクリア!

 ・・・とは今回はいかなかったのだ。定石を外すと何やって良いかサッパリわからず、部屋に入って色々ためすこと30分。側で見ている子供達もいい加減ダレてきていて、このままでは父親の沽券に関わる。何とかせねばと思いあぐねて、ネットで調べて何とかしたのでありました。ああ、この敗北感。

 とりあえずダンジョンを進むと、スタルチュラ(大きな蜘蛛のモンスター)が天井から糸でぶらさがっておりました。これまたシリーズではお馴染み、背中は固くて剣を弾くけど剣で当てれば勝手に弱点の腹を見せるからラクチンな敵・・・だったのに、今度の蜘蛛は剣でつついても全然裏返らずブラブラ揺れるのみ。これもどうすれば倒せるか分からずネットで調べたものの、この敵の倒し方はどこにも載っておらず。横に切っても盾で弾いても全く裏返らず、盾を1つ無駄にして2回ライフを切らして、その日はムカついてゲームを止めてしまった。結局は、蜘蛛の倒し方は謎でも何でも無く、「自力で斜めや横に弾いて蜘蛛を裏返す」というものだった。ああ・・・コレに苦労したのは自分だけではないと思う。・・・いや思いたい。

 目玉スイッチもスタルチュラも、要は今回のゲームの操作性であるジャイロを存分に活用した仕掛けであり、これまでのゼルダシリーズのお約束(=ゼルダ脳と呼ばれておる)を熟知した者ほど引っかかりやすい。まあ自分ほどドツボに嵌るのは、熟知しているというより単純に頭が固いのだと思うが。こういうのを序盤から持って来るところが、「今度のゼルダはこれまでとは違うぞ」というメッセージのような気がする。

ゼルダSS キュイ族

 ゼルダの伝説シリーズは、毎回様々な人外の生物が登場します(除くモンスター)。ゴロン族やゾーラ族など、ゲーム中に何度も登場してアイテムやアドヴァイスを与えてくれるので、ゲームをクリアする頃にはとても愛着が湧く存在になっていたりします。

 そして今回登場する人外、森に棲むキュイ族について。かわいい+マヌケっぽいという、ワタクシ的にどストライクなデザイン。ちなみにポケモンで一番好きなのはヤドン。キュイ族の3人を探すというイベントで、3人目が草に擬態したつもりで、手近な草地にノソノソと移動するシーンが、これまたあざといまでに秀逸でございます。

 その姿をゲームを見ていた6歳の娘とアハハハハと朗らかに笑い合い、なんとなく幸せな気分になった冬のひととき。初めのダンジョンをクリアした時点では大して活躍しなかったけど、ゲームを進めていけばまた登場してマヌケでラブリーな姿を見せてくれるハズ。

ゼルダの伝説 スカイウォードソード ゼルダは振り返る

 ここのところ仕事が忙しくてマトモに進めてませんが、「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」をプレイして折々に感じたことを書いていこうと思います。

 今回はシリーズ中でも異例のオープニングで幕を開ける。大抵は勿体ぶって少ししか出てこないゼルダが、「スカイウォードソード」(以下ゼルダSS)では惜しげも無くのっけから登場するのである。感心したのはその登場のさせ方で、初めは後ろ姿だったり遠景だったり口元から下の姿しか映さなかったりと、極力プレーヤーの気を持たせるようなシーンを続けて、リンクが彼女に会いに行くとこちらを振り返り、満面の笑みをプレーヤーに見せる。この演出が非常に映画的。

 さてここで、自分が考える映画的な美女の演出方法ベスト3を上げますと、上述の「美女は振り返る」の他に、「美女は階段を降りる」、「美女は暗闇から光の中に姿を現す」というのがあります。階段を降りるのは「七年目の浮気」のマリリン・モンローを頂点に、数々の錚々たる美女がドレスを身に纏って下界に光臨するがごとき姿をスクリーンに留めています。暗闇から姿を現すのは、これはディズニー映画がよく行う演出で、「美女と野獣」や「塔の上のラプンツェル」では、相手の姿を確かめようと、ヒロインが暗がりの中から光の下に歩み出るシーンがある。ストーリー上の理由は二義的なもので、真意は適当な理由をつけて美女を光の下に立たせることで、観客にその姿をバッチリと見せようとする演出なのであります。

 で、そういった階段だの光だのの小道具を必要とせず効果的に美女を印象的に映すのが、今回のゼルダSSのように振り返って微笑むという手段である。「時のオカリナ」でも子供時代のゼルダ姫の初登場は、ハイラル城の中庭でリンクに気がついて振り返るというシーンだった。ただあちらは「ゼルダが城の中のガノンドロフを見張っている最中に背後のリンクに気付いて振り返った」というストーリー的に意味のある動作だったが、ゼルダSSのほうは、ゼルダはリンクが来るのを待っていたのだから、ストーリーを表現するのならば、彼女はやってきたリンクを見つけやすいように、つまり女神像に背を向けて入り口の方を向いて立っていなければおかしいのである。
 
 それでもゼルダは振り返った。そこはもう、ゲームを作った人たちがゼルダを振り向かせたいというエゴだけであのシーンが存在しているのだ。そして映画でもゲームでも、受け手の印象に強く残る場面というのは、そうやってストーリーの制約を超えて製作者の意図が露呈する瞬間なのであります。