今日も定時ダッシュ -54ページ目

梅シロップ 泡の対処

 梅仕事も今年で5年ほど。青梅の含め煮や梅ジャムなど色々手を出しましたが、結局アレコレ作っても誰も食べない(ウッカリすると自分でも食べない)ということに気付いてからは、梅シロップ3kgと梅干し15~20kgに落ち着きました。

 今年は6/8の土曜日に青梅と氷砂糖を買ってきてシロップの仕込みをしました。今年は梅の出来が良いのか単に安売りのスーパーなのか、まだまだシーズンに入って間もないというこの時期でもなかなか値打ちで出ていたので、本格的に暑くなる前にやってしまおうという魂胆です。


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 上の写真は2日経った状態です。梅シロップは暑くなる前に仕上げてしまいたいという理由は、気温や湿度が高くなるとシロップが発酵してしまうためです。なので、今年は6月中にシロップが仕上がるから大丈夫だろうとタカをくくっていたら、なんとまあその5日後の13日、6月の気象観測史上の最高温度を記録してしまい、梅シロップが一気にアワアワになってしまいました。


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 初めて梅シロップを作った年は、アワが発生したら大慌てで取り除き、うわー梅がブクブクしてるー!発酵しちゃうー!!と大慌てでシロップを煮たりブカブカになった梅を取り除いたりしておりました。その翌年は仕込む際に酢を入れてみてもやっぱりダメで、ああまた発酵したー、もうヤダーとか子供みたいに騒いでおりましたが、結論を申しますと「梅シロップは発酵してもちゃんと飲める」ので、泡が出たくらいで騒ぐ事は無いと悟ったのが梅仕事を初めて4年目あたり。

 そうはいっても泡がボコボコ湧いたまま放っときゃいいというものでもなく、シロップを仕込んでいる間は泡が出てもでなくても、一日一回は蓋を開けて中をかき混ぜています。今年のような空梅雨ならば、家の中のできるだけ風通しの良い、湿度の少なそうな場所に移動するのが、シロップの発酵を止める一番の手だと思います。最近の機能的な家は気密性が高いので、この季節だと夜になると外の方が案外涼しい日も多く、家の中が蒸し暑いようなら夜は瓶を外に出しております。そのまま何とか2週間、せめて10日ほど逃げ切ればシロップが仕上がるので、タッチダウン目指してがんばりましょう。

Wii Fit U フィットメーターって何なん?

 今回のE3は、プレステ4とXbox Oneとの話題性の奪い合いが目につくものの、ゲームについては任天堂も含めていまいちパッとしない印象でした。これはもう、自分がゲームに対するパッションが薄れてきただけかもしれないが、それよりもMSやソニーが作っているゲームは規模が非常に大きなものなので、この程度の短い紹介映像だけではどうとも判断できないのが正直なところ。

 しかしXbox OneでKinectが同梱されるのかあ・・・Kinectに惹かれて360を購入したはいいが、Kinectが結構売れたというアナウンスがあったにも関わらず、結局Moveと同様に尻切れトンボみたいな扱いになっている現状を踏まえると、次世代機でもどうせ大したゲーム出てこないんじゃないの?という気がする。

 任天堂のパッとしなさは他の二社とは違い、「まあ、これまでにもアナウンスしてきた内容だわな・・・」という既視感によるものでありました。それと、せめて任天堂だけは来年の話よりも今年のラインナップでワクワクさせてて欲しかったという思いもあった。他の二社が新ハード立ち上げの前にある程度のマスが取れないとなると、今後もWiiUは厳しそう。

 などという2chのゲハ的な感想はそれとして、自分が気になったのが、Wii Fit Uに関しては今年中に出す予定なのだから、遅れているとはいえ扱いがぞんざい過ぎるように思えた。しかも「新規に追加したフィットメーターを活用する新機能などをより充実させ・・・」って、フィットメーターってそもそも何やねん!まずソコを説明せんかい!!

 フィットメーター自体は去年の Wii Fit UのPVでもチラリと出て来た万歩計みたいな奴なのだけれど、結局ただの万歩計なのか何かオモシロギミックが隠されているのか、E3で説明しなくてドコでするつもりなのだと訝しんでしまう。ソフトが出来ていないという以前に、ホントにただの万歩計だから説明するまでもないというような。

 これまでもWii Fitの他に、EAの奴やUBiのフィットネスエボルブに手を出したのだが、40代の中年にとっては、こういったメリケン産の健康ソフトはランジばかりで膝が壊れてしまうということを思い知って、「年寄りの冷や水」という言葉をひしひしと実感しているだけに、穏やかに筋トレできるWii Fitのシリーズには最後の望みを託すように期待しているのに。まあ、フィットメーターが単なる万歩計だったら、3DSでも歩数はカウントしているのだからそっちで連携して欲しいわな。

 というワケで、Wii Fit Uの扱いの悪さこそが、今の任天堂の苦しい状況を一番表しているんじゃないかというお話でありました。あ、でもスマブラではWii Fitのお姉さんをメインで使います。使いますともさ!

大神

 2006年にプレステ2のゲームとして発売された本作ですが、自分は去年の冬に積みゲー状態だったWii版をようやくクリアしました。内容は、主人公のオオカミがヤマタノオロチを倒す物語を軸に、古事記や昔話や南総里美八犬伝やアイヌ神話など日本の様々な物語を全編に散りばめた、純和風なアクションアドヴェンチャーです。
 
 特筆すべきはゲームのビジュアルで、この喩えは言語矛盾も甚だしいのでどうかと思うが敢えて使ってしまうと「カラフルな墨絵調」の独特の世界観が印象的です。オオカミが敵を倒したりアイテムを手に入れることで荒れ地だった舞台が緑豊かに生まれ変わる描写が圧巻なうえ、海外のゲームサイトから「ゼルダ以外で、最も成功したゼルダ的なゲーム」と評価されたように、印象的な風景を舞台にした大神の世界を冒険する醍醐味をたっぷりと堪能できました。

 という訳で、大神には何の文句も無いどころか「もっと早くプレイしておけばよかった」という心持ちなのですが、「神谷ゲーはアクションが命!」とか語ろうとしていた身にとっては、大神が他と違ってストーリー重視のゲームの仕立て方をしているのをどう整理すればよいやらという気分になってしまう。こういうことを気にするのがオタクのクソつまらない性質だとは自分でも思うのだけれど。

 自分の記憶違いでなければ、エンドクレジットに記された大神の脚本は神谷氏ご本人だったので、大自然を表現するという目的と和のテイストが相まって、大神の広大な世界をプレーヤーに堪能させるためにアクションではなくストーリーを必要としたのだろうと思う。なので、アマテラスの正体をハッキリと明かさないのは、あれは自分の見立てでは今後の展開を含めてストーリー的に謎を持たせたのではなく、オオカミをプレーヤーの操作キャラにするという目的以上の意味が無かったからではないかと思う。神谷氏にとってはゲームが終わってしまえばアマテラスの正体が白狼なのか女神様なのかは特に興味がないのではないかと邪推している。

オブリビオン

 これはまた、いかにもトム・クルーズらしいSF映画でした。

 トムをサポートする通信士の女性の仕事っぷりがとても今風で、昔は通信士っていったらミソッカス的な扱いのポジションだったのに、ITのご時世を反映してか、とても際立った仕事っぷりがステキ。

 ストーリーはSFとしてそれほど新鮮味はないものの、この映画の醍醐味は荒廃した大地や干上がって船が横倒しになっているビジュアルを堪能する所にあるので、そこをトムが乗る飛行艇やバイクがギュイーーンと疾走する様がこれまたカッコいい。うわキレーイ、ああカッケー、だけで2時間過ごしてしまった感もありますが。

 ということで、ビジュアル堪能派には物凄くオススメの映画です。

 映画自体とは別に、私は今、「トム・クルーズはオッサンのファッションリーダーになり得るか否か」というトム・クルーズ問題に頭を悩ませている。007のダニエル・クレイグは確かに格好いいのだが、なんか物凄く金かかりそう。っていうかあのスーツってトム・フォードでしょう?何十万かかってんだよ。

 それと比べてトム・クルーズのお手軽感よ。「アウトロー」でもヘンリーネックのシャツに革ジャン、デニムにモカシンといった出で立ち。007と比べて値段もそうだがスタイルがラフなので、「これならなんとかなりそう」という感じがオッサン心をくすぐる。これがブルース・ウィリスまで行ってしまうと労務者然としすぎてしまい、オサレのレンジから外れてしまう。

 「オブリビオン」は未来の映画だから多分無いと思ったら、やっぱりやってくれましたヤンキースのキャップに青のチェックのネルシャツとグレーのTシャツ。あのシーンはトムにアメリカンな格好をさせるためにあるに違いない。だって、オルガ・キュリレンコと二度目に隠れ家に行った時もわざわざ着替えてたんだぜ?ストーリーを解釈するなら、瀕死のオルガをほっといて何を自分が着替えてるんだよという話になるのに。

 オルガ・キュリレンコも、シガニー・ウィーバーの跡を継いでタンクトップが似合う女優ナンバー1の座をヒラリー・スワンクと争っているだけあって、リブのタンクトップ姿の似合うこと似合うこと。多分彼女が撃たれたのは、トム・クルーズのネルシャツに合わせるためにタンクトップから長袖のニットに着替えてフェミニンさを出す必要があったからだろう。おのれトム。

 ここできっと誰もが思うであろう「でもそれってトムちんだから似合うんだよね」という意見は却下!そんな当たり前のことなんざ聞きたくない。だってさあ、ソレを言っちゃあオシマイよ。トム・クルーズの出で立ちがオッサンにとって喜ばしいのは、似たような格好をしても誰も「トム・クルーズのマネしてやんのプププwww」と思わないだろうところにもある。まあ際立ってオシャレにも見えんが、中年にはこの辺りの程々さで丁度良い感じがする。

 ということで、今後もトム・クルーズのファッションから目が離せません。


ぼっちゃん

 2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の犯人をモチーフにした映画です。

 実際に起きた大事件であり、社会的にも大きくクローズアップされ、しかもまだ過去の出来事だと割り切るほど昔ではないので、映画としてこういう題材を扱うことの賛否はあると思います。その中で実際の被害者や遺族の方には申し訳ないという思いもありつつ、この映画からは非常な衝撃を受けました。

 オウム真理教の騒動でも酒鬼薔薇事件でも、それが起こった直後は「この事件は一体なんなんだ?」という、事件の異常さを咀嚼したい、理解して落ち着きたいという心の動きが確実にある。そのためにテレビのニュースでは事件の経緯や犯人の生い立ちが語られ、責任の所在を示し、しばらくするとルポライターによる事件の全容を記した書籍が発刊されたりする。この事件はまだまだ、そうやって事実を腑分けするように分類して、犯人の異常な部分と、社会的に共有できる部分に分析していく段階ではないかと思う。そういう意味で、この事件を題材にした映画を「ぼっちゃん」のように撮る事は、時期尚早だとは思う。

 映画でも実際の大きな事件を題材にするものは多く、その中にはニュースやルポルタージュ的に「なぜこうなったのか?」を掘り下げていくタイプのものがある。パッと思いつくのが「冷たい熱帯魚」で、あの映画は連続殺人を犯す理由を常に何故?何故?と問いかけていくような作りになっていて、犯人の理屈や生い立ちを描く事で、映画の中で答えをちゃんと出している。映画をニュースやルポルタージュの延長として捉える人にとって、「冷たい熱帯魚」はスプラッターな娯楽性と安心できる理屈を兼ね備えた傑作であり、そして、おそらく「冷たい熱帯魚」を支持した向きは、「ぼっちゃん」をボロカスに貶すのではないかと思う。

 この映画では、秋葉原事件の犯人について犯行に至る過程を明らかにする意図はなく、子供の頃の母親から受けたスパルタ教育の精神的な影響を掘り下げるでもない。罪を憎んで人を憎まず的に犯人を「彼も可哀想な人間だった」などと擁護もしていない。だからといって犯人を糾弾してもいない。しかも色々と理屈に適わない展開をする。「冷たい熱帯魚」が、現実の事件に対する「何故?」を一つずつ潰して行くような展開をするのに対して、「ぼっちゃん」では映画の中でどんどん実際の事件とは関係ない「何故?」が増えていく。この分かり辛さは、映画が気に入らないととことん苦痛になってくる。

 監督の意図は分からないが、自分はこの映画を「劣等感だけで現実と向きあってしまった狂人」の映画として面白く観てしまった。ストーリーは所々で破綻しているとは思うが、ここまで劣等感剥き出しの人間というのは、現実でも、そして映画でもお目にかかったことはなかった。自分にとっては「ぼっちゃん」は劣等感しかない男が都合が悪くなると耳障りに叫ぶ映画で、そのキチガイっぷりを撮っただけの映画だった。

 この映画に登場するあと二人の男は、友人が主人公の良心で、イケメンが主人公の狂気として、主人公からキャラクターを分離させたのだろう。初めは負け組的なつながりで主人公と友人が仲良くドライブするが、終盤では狂った者同士としてイケメンと秋葉原に向かう。三人はそれぞれに色々な意味で叫び声をあげる。自分は途中まで現実的なドラマとして映画を見ていたので何だかケツの座りが悪い違和感があったが、狂気が剥き出しになる中盤あたりから俄然テンションが上がってきました。

 この映画は多分デジタルビデオで撮ったのだと思う。画面がのぺーっとした感じで、山の中の夜のシーンが全く闇の雰囲気がなく、これは多分予算的なものだと思うのだが、フィルムで撮ってくれれば・・・と、そこだけが残念でした。ここまで書いといて、実はフィルム撮りでした、っていったら物凄く恥ずかしい。