今日も定時ダッシュ -36ページ目

マリオカート8で二本お試しなんちゃら

 先日、告知ナシのダイレクトで行われたニンテンドーダイレクトでありますが、そこで発表された7月いっぱいまでマリオカート8を購入すると以下のゲームのうちの2本をフルバージョンで無料体験できるという企画。そりゃお得だわい、どれどれ・・・と委細を確認してみますると

 1. NewスーパーマリオブラザーズU
 2. ゲーム アンド ワリオ
 3. The Wonderful 101
 4. Nintendo Land
 5. ゼルダの伝説 風のタクトHD
 6. ピクミン3

 ・・・・・・・・・・・・・w 全部買っとったわ

 ははは・・はは・・はは・・ ふう。

 今でも持っているのは101とピクミン3の2本ですが、なんなの、世間じゃジリ貧のWiiUだってのに自分はいつのまにこんなにゲームを買っていたのだと。このトレンドの読まなさっぷりがちょっとカワイイ。

 で、まあ3DSの二本買って一本持ってけビンボーに続く、上記WiiUソフトのチョイスについて聞かれもしないのに言ってみる。

 マリオUは、マリカ8でWiiUを買う予定で、子供たちと一緒に遊ぶつもりなら押さえておきたい一本で、本来なら「家族と一緒に」というコンセプトならばマリオUと後の1本はワリオかランドのどちらかという選択肢です。・・・が、マリカ8の対戦で十分楽しい筈なので、ゲーム内容がだいたい想像つくマリオUを敢えて外して、ファミリーセットとしてワリオとランドの二本をオススメします。

 一つ一つのゲームがしっかり作り込まれたニンテンドーランドと、「GAMER」の恐怖のママをはじめ奇抜なアイディアが光るゲームアンドワリオ。どちらも一つ一つが短いゲームなのでマリカ8の合間に遊ぶには丁度良いかと。

 任天堂のゲームは割と長く遊べるものが多いのですが、このラインナップの中では101と風のタクトの2本はクリアすればオシマイというタイプのゲームなので、無料期間のうちに少しでも濃いゲームを遊び尽くしたいビンボー人にはこの2本がオススメ。やり込み要素は知らん。マリカそっちのけでオマケの2本をしゃぶりつくすがいいさ。ちなみに101は自分には難しすぎて未だにクリアしていない。

 そしてピクミ3。個人的にはファミリー向けだろうがストイックなゲーマー向けだろうが「ピクミン3ともう一本」というのが一番オススメです。ピクミン3はストーリーモードをクリアするだけなら割とすぐに終わりますが、対戦やミッションも含めてディープに遊べ、ハマればそのまま六掛けで購入して追加コンテンツに手を出しても損はさせませんぜダンナ、という一本です。

 しかしこのキャンペーン、マリカの後に遊ぶゲームがスマブラまで無いという雰囲気がウッスラと感じられてなかなかに香ばしさがありますな。とりあえず自分は売ってしまったランドとワリオを落とす予定です。

レイトン教授 VS 逆転裁判 ここでも伝説が・・・

 3DSソフト2本買うと1本もらえるキャンペーンの数合わせで買ったレイトンvs逆裁ですが、ようやく最近やりはじめたところ。しかも貰ったソフトも殆ど手つかずで、自分の場合はこういうオマケでゲームを貰ってもキチンと遊ばないタイプのようです。

 それはそうとこのゲーム、逆転裁判でディレクターを務めた巧舟氏がストーリーを手がけているとのことで、現在のところ錬金術師殺人事件の裁判パート、多分中盤あたりを進めていますが、コレ、物凄く面白い出来になっております。スルーせずにちゃんと買っときゃよかった。

 このゲームの突っ込んだ話はおいおいするとして、まずは、とにかくもう、これはワタクシの使命であると勝手に思っているツッコミを入れておかねば。

 「伝説」の使い方がおかしいぞーーー!!!

 と思っているのは自分だけかもしれないが(ちょっと弱気)、ゲームの舞台となるラビリンスシティに10年前に起こった大火事を指して「伝説の大火」というセリフがあったのだけれど、10年前の出来事を伝説扱いってのは、いくらなんでも風化させすぎではなかろうか。

 たとえば。現実の出来事で捉えるとして、東北大震災から3年、いまだに津波被害の復興や原発の廃炉などの諸問題を抱えているにしても、それじゃあ1995年に起こって来年で20年になろうとする阪神淡路大震災を「伝説の大震災」扱いしたら甚だしく違和感ありまくりじゃあないか?当時深刻に被災した人が今でも暮らしているこの状況で。

 ラビリンスシティの人々の寿命が1年足らずで当時の火事の被災者がもれなく死亡している、なんていう設定ならばこのゲームの時間軸として「伝説の大火」という表現もアリだとは思うが、時間の捉え方は我々と同じような感じなので、自分たちが被った災厄を指して「あの伝説の大火」という表現はやっぱりオカシイと思う。・・・皆もそう思わない?皆ってダレ?

キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー

 「アベンジャーズ」を見ていないのでスカーレット・ヨハンソンの立ち位置が今ひとつ分からず。このヒトは体術の優れた普通の人間なのか、それとも何か超能力的なものがあるのか。まあ分からなくても特に問題はありませんでしたが。

 そんなことよりロバート・レッドフォード。出て来た瞬間、KINCHOの「人生最後に落とし穴」のフレーズが脳内で鳴り響く。ああ・・このヒト・・逃げられんかったんやねえ・・

 キャプテン・アメリカは一作目が面白くて今回も期待していたのだが、前作にあったどこかノホホンとした雰囲気というか、古き良きアメリカを微妙にパロディにしたような感じが好きだったので、現代が舞台となった今作ではそのテイストはバッサリと切り捨てられ、キャプテン・アメリカの映画というよりは来る「アベンジャーズ2」の伏線のような感じになってしまった。自分は単純に前作の監督だったジョー・ジョンストンが好きなのかもしれない。

 この映画の主要な登場人物がサスガの体自慢で、主役のクリス・エヴァンスやヒロイン(?)のスカーレット・ヨハンソンは言うに及ばず、主に男ばかりとはいえ、アクションのキレっぷりに相応しいタフガイ体型ばかりなので、そんな中で猫背で前首気味のレッドフォードがこれまたヤラカシタ感満載で、首が短いのかスーツも似合ってないし・・・なんだろう、自分で撮る映画の製作費をマーベルから吸い上げようとしたのだろうか。

バナナブレッド 小林カツ代の場合

 この頃ワタクシは、嫁が買ってきたバナナを2、3本ちぎってはコッソリと戸棚に隠し、熟れた頃を見計らってせっせとバナナブレッドを作っています。パウンドケーキの類いの中でもバナナを使ったものは自分にとって結構難しく、写真でみると美味そうなのに自分が作ると芋ようかんのようなモッチリした歯ごたえのものが出来上がってしまう。まあそれはそれで美味いとも言えるけれど、やっぱり何か違うよねー、と妙に拘って繰り返しチャレンジしている、とまあそんな感じです。

 レシピはたいていネットから拝借するのですが、自宅に何冊かある菓子のレシピ本を見ると大抵はバナナブレッドかその類いのものが載っており、それじゃあコレを全部作ってやれば自分の気に入るバナナブレッドが一つくらいあるんじゃないかと思った次第です。

 手始めに「小林カツ代 ケーキ&パイの基本」に載っているバナナケーキを作ってみました。この本自体1997年初版で随分昔だし、今年の初めに亡くなる前も2005年にくも膜下出血を患って以来メディアにはほとんど出てこなかった人なので時間的には過去の人なのかもしれないが、今でも何か料理をしようとしてカツ代のレシピ本を探すことが多いので、自分の感覚では十分に現役な感じがある。

 ものすごく親しみを込めて呼び捨てにしてしまうのだが、カツ代が死んだ時のお弟子さんのインタビューで、カツ代のレシピを「最短でおいしいに辿り着く」と形容していたが、まさにコレ。ホントにコレ。この人のレシピには「こんなカンタンで何でこんなに美味いのだ?」という意外性があって、料理に対する敷居を下げた上での抜群のコストパフォーマンスは今の料理本と比べてもピカイチだと思います。
 
 まあそれはそれとして、本に載っているバナナケーキを作ってみました。バナナブレッドとバナナケーキ、この二つに具体的な違いは無いようですが、この本のレシピは小麦粉やタマゴに比べてバターの量が少なく、その結果スポンジケーキのような食感に仕上がります。 

 この本を買ったのは数年前のことで、これまでも割と良く見返していたつもりだったのだが、今回改めて「カツ代のバナナケーキを作ろう」と思い本を引っ張り出してページをめくってみると、そこにはナント、大きな文字でこんな注意書きが。

 「バナナが入り、タネが重くなるので卵の泡立ては特にしっかりとネ。さもないとでき上がりが
羊羹のようになってしまいます。
 
 死して後まで読者に的確なアドヴァイスを打つカツ代。何事もカツ代の元に新しくは無し。いやー、ホントに惜しい人を無くしたものだと思った次第でございます。



 遺言を守ってしっかりと泡立てて作ったら、ちゃんと軽い口当たりのケーキになりました。

サクラサク

 父親が認知症を患い、その息子のエリートサラリーマンが家族を巻き込んで父の故郷を探すロードムービー。「サクラサク」はものすごく大雑把に言うと、まあこんな映画です。

 しかしこの映画は現代日本の問題として決して小さくない認知症について、何か深い考えを観客に植え付けようとする意図は一切なく、旅のキッカケが娘の非行でも妻の神経症でも成立する映画であり、要はこの映画における認知症はマクガフィンとして神棚に上げられている。この映画のメインのプロットは、仕事一辺倒で家庭を終ぞ顧みなかった父親が家族の再生を目指す話なのだけれど、その再生ってのがまあエラいこと御都合主義な感じで、相当父親を恨んでいそうな息子と温泉に入っただけでアッサリと和解、反抗期真っ盛りの高校生の娘ともなし崩し的に打ち解け、最も隔たりを作ってしまった妻とも大した修羅場も無くわだかまりが無くなってしまう。

 ちょっとコレは、認知症の義父の介護で鬱病になってしまった嫁とか、会社人間だった男が定年退職したその日に妻に離婚されて成人した子供から縁を切られたとか、おそらく今の日本でそういう例は決して少なくない筈で、そういう経験を持つ人達からすれば「いい気なもんだ」という誹りを受けるかもしれない。

 とまあ、ヌルい映画だとは思うのですが、ワタシ、この映画で三回泣きました(笑)。多分自分はエラいことヌルく、そして幸せな人生を送っているのだろうと思う。

 「サクラサク」は極端な見方をすればファンタジー映画で、現代のおとぎ話だと思う。しかしここで肝心なのは、人はフィクションそのものに涙したり笑ったりするだけではなく、自分の過去をふまえて、フィクションに自身の経験を重ねることで感情移入するものである。何のヒネリもない子別れのシーンに自分の子供を重ねて号泣してしまったり、仇討ちの場面で現実の憎たらしい奴を想像してカタルシスを得たり、半沢直樹がウケたのだって、視聴者自身があの荒唐無稽なドラマの色んな所で思い当たる節があった上でのことだろうと思う。そういう意味で「サクラサク」は中年世代の感情にフックする要素が沢山詰まっている。

 映画のテーマはそこそこに。いまさらながら「ロードムービー」について。なんともこれは不思議なジャンルだと思う。ロードテレビとかロードドラマという言い回しは無く、映画で非常に好まれるスタイルであります。例外はあるのだろうが、誰かがどこかに行くというプロットだけではテレビドラマにはならないけれど映画にはなる、ということではなかろうか。

 この映画で痴呆の老人を演じているのが藤竜也で、自分がこの映画が面白かったのは、ひとえに藤竜也が良かったからだと思う。これまでの藤竜也のイメージといえば渋いかエロいかのどっちかだったのが、これほど愛嬌のある表情をする人だとは思いませんでした。故郷の寺で子供歌舞伎の衣装を見つめる藤竜也のクリッとした目がかわいすぎる。
 
 ラストシーンの家族が横並びに座る場面が予告編にも登場している問題につきまして。このシーンが映画で一番力強いショットで、宣伝に使いたくなる気持ちも分からないでもない。しかしなあ・・監督がクライマックスをああ撮ったのは、観客に最後にあの絵を見せたかったからであって、予告編でのこういうシーンバレをネタバレだと思っていない無神経さに気付いて欲しい。ナニ?少しでも予告編にインパクトが無いと客が入らない?んなもん客なんざ自分含めて3人しかいなかったわ!