ポケモンXY かがくのちからって
ポケバンクを使って過去作のポケモンを一同に集めようと画策中です。ブラック・ホワイト世代は揃っているのですがそれ以外がほぼ全滅のため、ただいまハートゴールドをチマチマと進めております。
しかしXYでのポケモンの景気良い出現率に慣れてしまうと、ハートゴールドで出て来るポケモンの少なさにイライラしてしまう。経験値もなかなか貯まらないし。そして何より、インターフェースの不親切さと古くささに隔世の感がアリアリ。コレ何十年前のゲームよ?と思ったが、実はまだまだ2009年の発売で、子供ならともかく、オッサンの時間の尺度からすると4年なんてつい先日のことである。そんなに昔じゃないのに、やたらと使い辛さだけが鼻についてしまう。
ポケバンクに移すのに一番困っているのが、XYでポケモンボックスのどこにお目当てのポケモンがいるかを表示する検索機能が備わっているのだが、この検索機能は実はブラック2・ホワイト2から実装されたもので、その前のブラック・ホワイトですら自分で全部のボックスをチマチマと確認するしかポケモンを見つける方法が無いのだ。自分のホワイトにあるポケモンをバンクに移そうとした時に、虫めがねアイコンが見つからなかった時のワタクシの驚愕たるや、3DSの黒光りする上画面にムンクの「叫び」のような間延びしたツラのイケメン(主観)が出現していましたよ。
それで思うのだが、割とポケモンはその時その時のパソコンやスマホにキャッチアップしている印象がある。以前の任天堂が「スマホはウチの圏外」とか嘯いていた頃に、ポケモン図鑑やミニゲームのiPhoneアプリをシレっと出していたり、ブラック2の世代からポケモン一覧リストのロールアップにスワイプっぽい動きを導入し、XYではもっとずっとスマホライクな感覚で操作できるようになっていた。(株)ポケモンの社長である石原氏がデジタルガジェット好きで有名なので、そこは製作側も自覚的に旬なガジェットの操作性を取り込んでいるのかもしれない。
しかしその一方で、何のこだわりかは分からねど、いつまでたっても変えようとしないインターフェイスがある。ポケモンを入れ替えるためにポケモンセンターのパソコンにアクセスすると、まず接続するパソコンを選び、次に「ポケモンを預ける」「ポケモンを連れて行く」「ボックスを整理する」等から行いたい項目を選び、そしてようやくポケモンボックス内のポケモンにアクセスできるようになっている。上述したようなスマホの操作性を取り入れる一方で、未だにMS-DOS3.1時代のようなディレクトリ構造の操作性を頑に維持しており、そのアンバランスさが非常に不思議に見える。
ポケモンセンターのパソコンなんて、ダイレクトにポケモンボックスにアクセスさせてくれれば良いだけなのに、これまで世界中のポケモンユーザーが延べ何億回とアクセスしてきた内の99%は「ボックスを整理する」を選択していると分かり切っているのに、何故こんなまわりくどい操作をユーザーに強い続けているのか。しかも、アクセスにかかる手間は昔から一切省かずにユーザーに強いているのに、接続を切る際にはショートカットが用意されていて1ステップでパソコンから抜けられるのだ。これはもう「ボケモンボックスへのアクセス方法は絶対に変えてはならない。」という不文律がゲームフリーク内に存在するとしか思えないが、その理由が本当にサッパリ分からない。
もっと言うなら、いつになったらポケモンセンターのパソコン経由じゃなくて手持ちのポケモン図鑑からダイレクトにボックスにアクセスできる時代が来るのか。これが出来てしまうとストーリーモード中でも自由にポケモンが入れ替えられてしまうからゲーム性に関わる部分ではあるのだけれど、2回目の殿堂入りをした後で博士にポケモン図鑑をアップグレードしてもらう、というような方法で、ストーリークリア後はどこにいてもポケモンの入れ替えが出来るようになって欲しいのだが、ポケモンワールドでは携帯やライブキャスターなど種々のガジェットは登場しても、ついぞモバイル通信でポケモンボックスにアクセスするという発想は出てこないのであった。
かがくのちからってのも案外お手盛りですなあ。
しかしXYでのポケモンの景気良い出現率に慣れてしまうと、ハートゴールドで出て来るポケモンの少なさにイライラしてしまう。経験値もなかなか貯まらないし。そして何より、インターフェースの不親切さと古くささに隔世の感がアリアリ。コレ何十年前のゲームよ?と思ったが、実はまだまだ2009年の発売で、子供ならともかく、オッサンの時間の尺度からすると4年なんてつい先日のことである。そんなに昔じゃないのに、やたらと使い辛さだけが鼻についてしまう。
ポケバンクに移すのに一番困っているのが、XYでポケモンボックスのどこにお目当てのポケモンがいるかを表示する検索機能が備わっているのだが、この検索機能は実はブラック2・ホワイト2から実装されたもので、その前のブラック・ホワイトですら自分で全部のボックスをチマチマと確認するしかポケモンを見つける方法が無いのだ。自分のホワイトにあるポケモンをバンクに移そうとした時に、虫めがねアイコンが見つからなかった時のワタクシの驚愕たるや、3DSの黒光りする上画面にムンクの「叫び」のような間延びしたツラのイケメン(主観)が出現していましたよ。
それで思うのだが、割とポケモンはその時その時のパソコンやスマホにキャッチアップしている印象がある。以前の任天堂が「スマホはウチの圏外」とか嘯いていた頃に、ポケモン図鑑やミニゲームのiPhoneアプリをシレっと出していたり、ブラック2の世代からポケモン一覧リストのロールアップにスワイプっぽい動きを導入し、XYではもっとずっとスマホライクな感覚で操作できるようになっていた。(株)ポケモンの社長である石原氏がデジタルガジェット好きで有名なので、そこは製作側も自覚的に旬なガジェットの操作性を取り込んでいるのかもしれない。
しかしその一方で、何のこだわりかは分からねど、いつまでたっても変えようとしないインターフェイスがある。ポケモンを入れ替えるためにポケモンセンターのパソコンにアクセスすると、まず接続するパソコンを選び、次に「ポケモンを預ける」「ポケモンを連れて行く」「ボックスを整理する」等から行いたい項目を選び、そしてようやくポケモンボックス内のポケモンにアクセスできるようになっている。上述したようなスマホの操作性を取り入れる一方で、未だにMS-DOS3.1時代のようなディレクトリ構造の操作性を頑に維持しており、そのアンバランスさが非常に不思議に見える。
ポケモンセンターのパソコンなんて、ダイレクトにポケモンボックスにアクセスさせてくれれば良いだけなのに、これまで世界中のポケモンユーザーが延べ何億回とアクセスしてきた内の99%は「ボックスを整理する」を選択していると分かり切っているのに、何故こんなまわりくどい操作をユーザーに強い続けているのか。しかも、アクセスにかかる手間は昔から一切省かずにユーザーに強いているのに、接続を切る際にはショートカットが用意されていて1ステップでパソコンから抜けられるのだ。これはもう「ボケモンボックスへのアクセス方法は絶対に変えてはならない。」という不文律がゲームフリーク内に存在するとしか思えないが、その理由が本当にサッパリ分からない。
もっと言うなら、いつになったらポケモンセンターのパソコン経由じゃなくて手持ちのポケモン図鑑からダイレクトにボックスにアクセスできる時代が来るのか。これが出来てしまうとストーリーモード中でも自由にポケモンが入れ替えられてしまうからゲーム性に関わる部分ではあるのだけれど、2回目の殿堂入りをした後で博士にポケモン図鑑をアップグレードしてもらう、というような方法で、ストーリークリア後はどこにいてもポケモンの入れ替えが出来るようになって欲しいのだが、ポケモンワールドでは携帯やライブキャスターなど種々のガジェットは登場しても、ついぞモバイル通信でポケモンボックスにアクセスするという発想は出てこないのであった。
かがくのちからってのも案外お手盛りですなあ。
良い姿勢を作るために 骨盤を立てる
アンチエイジングの第一歩として正しい姿勢とは何ぞや?ということをツラツラ書いていたのですが、この「骨盤を立てる」という動作に関して何とか上手い表現をしたいとずっと考えていたのですが、これが非常に至難の業で。
それじゃあ手っ取り早く余所様の文章にリンクを張ろうと思ったのですが、これがまたどいつもこいつも分かり辛いコトばっかり書きやがって、と自分の文才の無さを棚に上げて批難するワタクシ。骨盤を立てるというのは思った以上に難儀な事なのだと悟りました。Webには多くの整体師さんやインストラクターの方々が「骨盤を立てる」という状態の説明にトライしてみえますが、実際にマンツーマンで教授されるのでなければ、なかなか要領を得るのが難しい動作であると思います。
とりあえず骨盤を立てるというのが難儀だと告白していらっしゃるAplomb(アプロン)様の御発言にリンクを張らせていただきまして。
実際に、立位であれ座位であれ骨盤を立てる動作を行ってみると、骨盤だけでなく自然に鼠蹊部や内股にも力が入るようになる。逆に言うと適度にそこらへんに力が入らないと骨盤は傾いてしまい、猫背や反り腰の原因になってしまうのだろう。加齢で筋肉が減るというのは、かなり身体に悪影響を及ぼすことなのだと思った次第でございます。
それじゃあ手っ取り早く余所様の文章にリンクを張ろうと思ったのですが、これがまたどいつもこいつも分かり辛いコトばっかり書きやがって、と自分の文才の無さを棚に上げて批難するワタクシ。骨盤を立てるというのは思った以上に難儀な事なのだと悟りました。Webには多くの整体師さんやインストラクターの方々が「骨盤を立てる」という状態の説明にトライしてみえますが、実際にマンツーマンで教授されるのでなければ、なかなか要領を得るのが難しい動作であると思います。
とりあえず骨盤を立てるというのが難儀だと告白していらっしゃるAplomb(アプロン)様の御発言にリンクを張らせていただきまして。
実際に、立位であれ座位であれ骨盤を立てる動作を行ってみると、骨盤だけでなく自然に鼠蹊部や内股にも力が入るようになる。逆に言うと適度にそこらへんに力が入らないと骨盤は傾いてしまい、猫背や反り腰の原因になってしまうのだろう。加齢で筋肉が減るというのは、かなり身体に悪影響を及ぼすことなのだと思った次第でございます。
浅田真央がやらかしたこと
いつからかスポーツ競技に「感動をありがとう」に端的に現される予定調和な大団円が持ち込まれ、メディアの報道も競技そのものではなく選手にまつわる物語を視聴者のオカズに持ってくるようになり、オリンピックやワールドカップが「さあ皆で感動しましょう」という薄気味悪い雰囲気を纏うようになった。というのがスポーツ観戦全般にあまり興味を持たないワタクシの考えであります。
そんなオッサンでもソチ五輪の浅田選手のFPに泣いてしまった。それは感動といえば感動だし、オリンピックで金を穫りたいと公言する浅田選手がSPの失敗でメダル圏外に落ちてしまったにも関わらず、そこから見事に立ち直ってFPでは最高の演技を見せてくれたという、多分に浪花節っぽい展開が日本人として効いたということかもしれない。シロウトが意見することは浅田選手に申し訳ないと思うのだが、けれどもそうやって「感動した」「スゴかった」と言葉にしてしまうとポロポロと零れ落ちてしまうとても美しいものが彼女のFPには籠っていた。この人は今回のオリンピックで確実に何かをやらかしたのだ。
ここ何年かのフィギュアのトレンドが大技を決めるより芸術性の高いものを評価するようになったというのは自分も聞いたことがある。そういう中でキム・ヨナ選手が浅田選手よりも高評価を得るというのは何となく納得できる。これまたシロートの見立てで恐縮ですが、キム・ヨナ選手のほうが流れるようなスケーティングでエレガントだと思った。それをして浅田選手に不当だとする意見もあるのだけれど。
でもさあ、ホントにオリンピックで金が欲しいのだったら、真央ちゃんだってそうすりゃよかったんじゃない?シロート考えで再三申し訳ないですが、ワタクシは彼女が芸術性において他の選手にひけをとっているようには見えない。タイムや飛距離といったハッキリした基準がないフィギュアで戦うならば、評価されやすいプログラムを組んで試合に臨むのを、審判におもねっているとは言わない。まあ他にも色々と、開催地の選手のほうが点が甘くなりやすいとか色々あるのだろうけれど。
しかし浅田選手はそういう流れを知りながらも技にこだわった演技を貫き、ソチ五輪でも6種類の三回転ジャンプを八回飛ぶという、まあ売りとしては分かりやすいけれど、ホントにこの子は金を狙っているのだろうかという無謀なチャレンジを選んだ。と書いといて自分にはこれがどれほど無謀かをサッパリ分かってないのだけれど。
ここからは多分にオッサンのロマンチックな妄想に流れるのですが、ワタクシは彼女のこれまでのスケート人生全てが、このFPを飛ばすために神や摂理といった何か計り知れないものに操られたように思える。彼女のFPの演技はフィギュアスケートの芸術性がどうこうという尺度ではなく、ミケランジェロのピエタとか尾形光琳の紅梅白梅とか、もうそういうものに属するくらい神懸かって見える。三回転を八回キッチリ飛んだということすら彼女が成し遂げた全体の演技のスケールの一部に過ぎず、ジャッジの審査基準のトレンドなんざぶっ飛ばして、普遍的に美しい全てが息をのむほど物凄いものになっていた。
浅田選手がSPの失敗の原因を問われ「よく分からない」と答えた事。彼女がFPであの演技を体現させるように仕組まれていたのなら、そう何度も同じコトが出来るワケもなく、SPはなるべくして切り捨てられたのだと思う。あのFPを見てしまうと、日本ひいきの負け惜しみではなく「ジャッジの評価なんてどーだっていいや」と素直に思える。オリンピックで金を穫るという彼女の願いをも押しつぶして、ワタクシは何かが浅田選手に神の技を顕現させたのじゃないかと大真面目に思っている。
そんなオッサンでもソチ五輪の浅田選手のFPに泣いてしまった。それは感動といえば感動だし、オリンピックで金を穫りたいと公言する浅田選手がSPの失敗でメダル圏外に落ちてしまったにも関わらず、そこから見事に立ち直ってFPでは最高の演技を見せてくれたという、多分に浪花節っぽい展開が日本人として効いたということかもしれない。シロウトが意見することは浅田選手に申し訳ないと思うのだが、けれどもそうやって「感動した」「スゴかった」と言葉にしてしまうとポロポロと零れ落ちてしまうとても美しいものが彼女のFPには籠っていた。この人は今回のオリンピックで確実に何かをやらかしたのだ。
ここ何年かのフィギュアのトレンドが大技を決めるより芸術性の高いものを評価するようになったというのは自分も聞いたことがある。そういう中でキム・ヨナ選手が浅田選手よりも高評価を得るというのは何となく納得できる。これまたシロートの見立てで恐縮ですが、キム・ヨナ選手のほうが流れるようなスケーティングでエレガントだと思った。それをして浅田選手に不当だとする意見もあるのだけれど。
でもさあ、ホントにオリンピックで金が欲しいのだったら、真央ちゃんだってそうすりゃよかったんじゃない?シロート考えで再三申し訳ないですが、ワタクシは彼女が芸術性において他の選手にひけをとっているようには見えない。タイムや飛距離といったハッキリした基準がないフィギュアで戦うならば、評価されやすいプログラムを組んで試合に臨むのを、審判におもねっているとは言わない。まあ他にも色々と、開催地の選手のほうが点が甘くなりやすいとか色々あるのだろうけれど。
しかし浅田選手はそういう流れを知りながらも技にこだわった演技を貫き、ソチ五輪でも6種類の三回転ジャンプを八回飛ぶという、まあ売りとしては分かりやすいけれど、ホントにこの子は金を狙っているのだろうかという無謀なチャレンジを選んだ。と書いといて自分にはこれがどれほど無謀かをサッパリ分かってないのだけれど。
ここからは多分にオッサンのロマンチックな妄想に流れるのですが、ワタクシは彼女のこれまでのスケート人生全てが、このFPを飛ばすために神や摂理といった何か計り知れないものに操られたように思える。彼女のFPの演技はフィギュアスケートの芸術性がどうこうという尺度ではなく、ミケランジェロのピエタとか尾形光琳の紅梅白梅とか、もうそういうものに属するくらい神懸かって見える。三回転を八回キッチリ飛んだということすら彼女が成し遂げた全体の演技のスケールの一部に過ぎず、ジャッジの審査基準のトレンドなんざぶっ飛ばして、普遍的に美しい全てが息をのむほど物凄いものになっていた。
浅田選手がSPの失敗の原因を問われ「よく分からない」と答えた事。彼女がFPであの演技を体現させるように仕組まれていたのなら、そう何度も同じコトが出来るワケもなく、SPはなるべくして切り捨てられたのだと思う。あのFPを見てしまうと、日本ひいきの負け惜しみではなく「ジャッジの評価なんてどーだっていいや」と素直に思える。オリンピックで金を穫るという彼女の願いをも押しつぶして、ワタクシは何かが浅田選手に神の技を顕現させたのじゃないかと大真面目に思っている。
ポケモンXY フレンドサファリ
いじっぱり6Vしんそくマルチスケイルカイリュー出たああああああああ!!!!
苦節3日、なんとかC以外の個体値5Vを出してやろうと思っていたら、まさかの欣喜雀躍、龍のハレルヤ、パーフェクトカイリューが誕生しました!略してパーデブ。いやー、天は自らを助くる者を助くってのはホントですなあ。サンキュージーザス
でもって、1日がかりでASに努力値を振ってただいまレベル上げの最中です。もうすぐ俺のマグナム・・じゃなくて俺のカイリューが逆鱗を吹くぜ。
ただ、この苦節3日だの1日がかりだの、過去のポケモンで粘り強く強いポケモンを厳選していたトレーナーにとっては、笑っちゃうほど「あっという間」だと感じると思います。今回のXYは、非常に強いポケモンを育てやすい仕組みになっていて、個体値が必ず2Vで夢特性も出やすいフレンドサファリが用意され、特性や遺伝技の引き継ぎも努力値を振るのも大幅に簡単になりました。前作で4Vローブシンを厳選して努力値を振った時は2ヶ月ほどかかった覚えがある。わたしゃ通勤電車の中でどれほどワンダーブリッジを往復してハネを集めたことか。それが今じゃあ4Vなんてザコの類いに成り果ててしまったげな。
えーと、今回ポケモンのテクニカルタームについては全く説明しておりませんが、ソレをやりだすとイザナギとイザナミの国産み神話まで遡る壮大な物語になってしまうため、廃人ワードの解説はスッパリ割愛いたします。
大人がポケモンにハマる最大の要素は、対戦で使うポケモンの選択肢が無限にあって、お互いの手持ちのポケモンやそのタイプ、そして覚えている技を読み合うという駆け引きではないかと思う。例えば同じピカチュウでも内部のパラメータによって攻撃型、耐久型というような違いが生まれ、さらに沢山の覚えられる技の中から4種類しか選べないため、選んだ技によっても特徴がガラリと変わってしまう。
ただまあ、このへんが対戦ツールとしてのポケモンの限界なのだろうが、無限のバリエーションが・・・などと言ったところで、結局は強いポケモン、強いパーティ、強い戦略というのは似通ってしまい、使っているポケモンも、乱数産と呼ばれるゲームの仕様をハックした上で計算して作ったような色違いでキラーンとした同じような奴ばかり。
フレンドサファリは、ゲームフリークが「バトルで強くなるには乱数を使うしかない(改造は論外の扱いで)」と思われてしまうのを変えたいという思惑と、そうはいっても商売として過去産のポケモンを切り捨てる訳にもいかないよね、という相反する方針の折衷案のように見える。もともとポケモンは最新作では余りにも強過ぎるポケモンや戦法の修正を繰り返しており、XYのフェアリータイプもその一環として登場した。それと同時に、裏技を使ってしか出てこないような高個体値のポケモンを、ゲーム内に用意した仕組みを使って出やすくしてインフレさせることで、相対的に乱数産の価値を低くしようとしたのだと思う。
・・・と、ここまでツラツラと考えて、するってえと6Vマルスケカイリューで小躍りしている43のオッサンを、ゲームフリークの奴らは「そんな珍しくもないモンで喜んでやんの、バーカバーカ」と言っているも同然と気付いて顔面クリムガン状態。増田許さん。
苦節3日、なんとかC以外の個体値5Vを出してやろうと思っていたら、まさかの欣喜雀躍、龍のハレルヤ、パーフェクトカイリューが誕生しました!略してパーデブ。いやー、天は自らを助くる者を助くってのはホントですなあ。サンキュージーザス
でもって、1日がかりでASに努力値を振ってただいまレベル上げの最中です。もうすぐ俺のマグナム・・じゃなくて俺のカイリューが逆鱗を吹くぜ。
ただ、この苦節3日だの1日がかりだの、過去のポケモンで粘り強く強いポケモンを厳選していたトレーナーにとっては、笑っちゃうほど「あっという間」だと感じると思います。今回のXYは、非常に強いポケモンを育てやすい仕組みになっていて、個体値が必ず2Vで夢特性も出やすいフレンドサファリが用意され、特性や遺伝技の引き継ぎも努力値を振るのも大幅に簡単になりました。前作で4Vローブシンを厳選して努力値を振った時は2ヶ月ほどかかった覚えがある。わたしゃ通勤電車の中でどれほどワンダーブリッジを往復してハネを集めたことか。それが今じゃあ4Vなんてザコの類いに成り果ててしまったげな。
えーと、今回ポケモンのテクニカルタームについては全く説明しておりませんが、ソレをやりだすとイザナギとイザナミの国産み神話まで遡る壮大な物語になってしまうため、廃人ワードの解説はスッパリ割愛いたします。
大人がポケモンにハマる最大の要素は、対戦で使うポケモンの選択肢が無限にあって、お互いの手持ちのポケモンやそのタイプ、そして覚えている技を読み合うという駆け引きではないかと思う。例えば同じピカチュウでも内部のパラメータによって攻撃型、耐久型というような違いが生まれ、さらに沢山の覚えられる技の中から4種類しか選べないため、選んだ技によっても特徴がガラリと変わってしまう。
ただまあ、このへんが対戦ツールとしてのポケモンの限界なのだろうが、無限のバリエーションが・・・などと言ったところで、結局は強いポケモン、強いパーティ、強い戦略というのは似通ってしまい、使っているポケモンも、乱数産と呼ばれるゲームの仕様をハックした上で計算して作ったような色違いでキラーンとした同じような奴ばかり。
フレンドサファリは、ゲームフリークが「バトルで強くなるには乱数を使うしかない(改造は論外の扱いで)」と思われてしまうのを変えたいという思惑と、そうはいっても商売として過去産のポケモンを切り捨てる訳にもいかないよね、という相反する方針の折衷案のように見える。もともとポケモンは最新作では余りにも強過ぎるポケモンや戦法の修正を繰り返しており、XYのフェアリータイプもその一環として登場した。それと同時に、裏技を使ってしか出てこないような高個体値のポケモンを、ゲーム内に用意した仕組みを使って出やすくしてインフレさせることで、相対的に乱数産の価値を低くしようとしたのだと思う。
・・・と、ここまでツラツラと考えて、するってえと6Vマルスケカイリューで小躍りしている43のオッサンを、ゲームフリークの奴らは「そんな珍しくもないモンで喜んでやんの、バーカバーカ」と言っているも同然と気付いて顔面クリムガン状態。増田許さん。
鑑定士と顔のない依頼人
「マレーナ」では子供が大人の女性に憧れるお話、でもって今回の「鑑定士と(略)」は逆に初老の男が若い女にハマる話。ジュゼッペ・トルナトーレ監督については、「ニューシネマ・パラダイスはワタシの永遠のナンバーワンです!」と短い睫毛をパチパチさせて熱く語る乙女には申し訳ないですが割と苦手。しかしこの監督のスケベな眼差しは深く深く賛同する次第でございます。
トルナトーレ監督は現在57歳。「鑑定士(略)」の製作中はもう少し若かったとしても、こういう老いらくの恋というテーマを身の上に感じる年頃なのだろうか。ルイ・マル御大が「ダメージ」を撮ったのが60あたり、イタリアの至宝ヴィスコンティが「ベニスに死す」を製作したのが65あたり。監督って老いてなお盛んな枯れないイメージがあったのだが、枯れるにしてもトルナトーレ監督はちょっと早いように思う。「だから何だ」という話ですが。
「マレーナ」は、ひたすらモニカ・ベルッチ様の神々しいお姿をありがたく拝見する映画でありました。それに比べて「鑑定(略)」のヒロインは奇麗ではあるのだけれど通り一遍というのか、姿を現すまでに惹かれた興味が、顔を見た途端に満足して興味を失う程度のタマではないでしょうか皆様。「その程度でもヒロインの美しさや若さに囚われてしまう哀れな男の物語」という見方も出来るのですが、「マレーナ」の冒頭シーンの、海辺を歩くベルッチ様の横顔と、それを見ていた小僧の股間がムクムクムク・・・という物凄い映像的な説得力に比べて、どうも「鑑(略)」のほうは色々と言い訳が多い。60過ぎても童貞で、美術品とはいえ2次元の女だけを愛でていて、自分のコンプレックスと相通じる女に覗き見的に惹かれていく。大人には思い通りに振る舞えない様々なハードルがあるのは分かるが、「ベニスに死す」で絶世の美少年をポーンと出して全部の理屈を超越してしまったような映画の醍醐味はついぞ「鑑」には無く。
自分も20年もしてガクッと枯れてしまえばこの映画の良さが分かるかもしれない。そいえばこの主人公、60過ぎの童貞でああもアッサリと女性と満足にデキるものなのだろうか?このハードルだけが全く存在しない所が流石イタリア人というか、やっぱりトルナトーレ枯れてないじゃん。
トルナトーレ監督は現在57歳。「鑑定士(略)」の製作中はもう少し若かったとしても、こういう老いらくの恋というテーマを身の上に感じる年頃なのだろうか。ルイ・マル御大が「ダメージ」を撮ったのが60あたり、イタリアの至宝ヴィスコンティが「ベニスに死す」を製作したのが65あたり。監督って老いてなお盛んな枯れないイメージがあったのだが、枯れるにしてもトルナトーレ監督はちょっと早いように思う。「だから何だ」という話ですが。
「マレーナ」は、ひたすらモニカ・ベルッチ様の神々しいお姿をありがたく拝見する映画でありました。それに比べて「鑑定(略)」のヒロインは奇麗ではあるのだけれど通り一遍というのか、姿を現すまでに惹かれた興味が、顔を見た途端に満足して興味を失う程度のタマではないでしょうか皆様。「その程度でもヒロインの美しさや若さに囚われてしまう哀れな男の物語」という見方も出来るのですが、「マレーナ」の冒頭シーンの、海辺を歩くベルッチ様の横顔と、それを見ていた小僧の股間がムクムクムク・・・という物凄い映像的な説得力に比べて、どうも「鑑(略)」のほうは色々と言い訳が多い。60過ぎても童貞で、美術品とはいえ2次元の女だけを愛でていて、自分のコンプレックスと相通じる女に覗き見的に惹かれていく。大人には思い通りに振る舞えない様々なハードルがあるのは分かるが、「ベニスに死す」で絶世の美少年をポーンと出して全部の理屈を超越してしまったような映画の醍醐味はついぞ「鑑」には無く。
自分も20年もしてガクッと枯れてしまえばこの映画の良さが分かるかもしれない。そいえばこの主人公、60過ぎの童貞でああもアッサリと女性と満足にデキるものなのだろうか?このハードルだけが全く存在しない所が流石イタリア人というか、やっぱりトルナトーレ枯れてないじゃん。