今日も定時ダッシュ -32ページ目

8月10日はヤドンの日

 ギャー!!



 ヤドンパラダイス

 嗚呼・・・奇跡ってホントにあるのね。

 いやまあ散々ヤドン大好きとほざいてきたワケですが、でもホントに今更ヤドンに需要あんの?喜んでるのは世界中で自分一人かも・・あ、それはそれで結構嬉しい。

 誰が決めたか8月10日はヤドンの日。来年の同日には奇麗サッパリ忘れられても8月10日はヤドンの日。ヤドンが誕生して18年にならんとする現在、これまでは誰もヤドンのヤの字もつぶやいていなかったのに8月10日はヤドンの日。

 今年の8月10日には何かが起こるよ。

 ヤドンが空から降って来るよ。(ハレルヤハリケーンっぽく)

 ヤドンの飛行機が飛んじゃうよ。

 ピカチュウさんの隣に並んじゃうよ、モフモフさんはポイーで。

 ポケセンでヤドンのしっぽのお菓子が売られちゃうよ。

 スマブラ参戦が発表されちゃうよ。

 ハイドロポンプを覚えたヤドンが配布されちゃうよ。

 次のルビサファではメガシンカしちゃうよ。すばやさ103よ。


 ホンモノの3DSLLヤドンバージョンが出るよ。(ニセモノ

 でもヤドンちゃんをあしらったプロテクトケースだけでも出てくれたら嬉しいよ。

 ああどうしよう。8月はフランス限定だったモンスターボールデザインのビビヨンちゃんも放流されるし、今年のポケモンの夏はまるで自分のためにあるよう。ああ・・・もしかして俺って死ぬの?しかし8月10日までは死ねん。


水泳で痩せる・・・のか?

 タイトルと正反対なことを初めに申しますが、自分が体重的に「こりゃヤバい」となった時には真っ先に泳ぐようにしています。学生時代にクラブで泳いでいたのですが、当時の経験がワタクシをして根性あるタフガイにした形跡は全く無いものの、若い頃にやってて良かったと思う事が「割と長距離を泳げる」ということだったりします。

 自分の場合は一時間で2500mくらいのペースで週四回泳ぐようにすると、だいたい週に1キロくらい落ちる計算。それを2、3週くらい続けてあるていど目標の体重になると回数を落としてしまい、またジワジワと体重が増えるということの繰り返しになっています。今年はまだそこまで励んでいませんが、四十路も半ばになると多分体重が減るペースはもっと遅いだろうと思う。

 で、初めの話に戻るのですが、水泳で痩せようとすると結構な距離を泳ぐ必要があって、経験的に100mくらいしか泳いだ事が無い人がいざ水泳で痩せようとしても大抵効果が出ない・・・というパターンがありませんでしょうか?

 以前、知り合いの男(メタボ)が一念発起して水泳をやりだした、という話をしていたのでツラツラ聞いてみると「だいたい1時間に200mくらい泳ぐ感じ」と抜かしました。



 てめえソレは泳ぐじゃなくてプールに浸かってんだ!ダルダルの脂肪で浮力だけつけてプカプカ浮かんで休んでんだ!プールのヘリにしがみつきやがってジャマだドケこの河豚!


 さらにそいつが「泳いだ後は食欲が出てたいていマックに寄っちゃうから逆に太っちゃうよ。だいたい水中だと体温が下がって体脂肪を貯めようとするから水泳はダメだね」と言い放ったものだから。


 だからダメなのは水泳じゃなくてテメエのグータラ精神じゃ!200ごときで疲れてビッグマックなんぞ食っとりゃ北島康介だってすぐにデブデブじゃあ!


 水中では脂肪を付けようとするので痩せないとか、逆に低温に浸かっていると体温を上げようとするので脂肪は燃焼する、とまあ真逆の理論がどっちもまかり通っていますが、自分の感覚ででも良いから少しペースを上げて泳ぎ続ければ嫌でも体が熱くなって汗をかき出すという事実の前にはどっちだって違わないというのに、ナニを屁理屈こねているのだと思う。オリンピッククラスの水泳選手が陸上選手に比べて脂肪が付いているのも、アレはタイムを伸ばすために脂肪を付けて浮力を得るようにカロリーを摂取しているからであって、デブがプールの縁でボヤーっとして痩せないのとは根本的に状況が異なるというのになぜテメエの段腹とアスリートの体脂肪率を同一に語れるのだ。このド厚かましい。

 当時はワタクシも若かったから(といっても2年くらい前)、せっかく一念発起したメタボ男を要らん正論で傷つけてしまいましたが、今なら「水泳はウォーキングやジョギングと一緒で結構長い事泳がないと効果がないよ?連続して泳ぐとかインターバルでペースを保つとか。」と、とても建設的な助言が出来たのではないかと思う。ジョギングやウォーキングでも効果を出そうとすると距離やペース、走り方なども重要になってくるのと同じ事なのだけれど、何故か水泳に関しては水に浸かってパシャパシャやってればメキメキ痩せるという根拠のない思い込みがありはしませんでしょうか?

 自分の週4回で1キロ痩せるというのも、決して体脂肪が1000g減った訳ではなく、どちらかというと体内の水分が減った割合のほうが多いのだろうと思います。だから止めてしまうと食事に気をつけていてもまた緩やかに体重が増えたりする。とりあえず体重を落とすだけなら自分のような生兵法でも良いのだが、ホントに水泳で体脂肪を減らしてスリムな体型を目指そうとしたら、食事に気を配った上でコンスタントに効果的な有酸素運動を行う必要がある。これは何も水泳だけに限った話ではなく、走る事が得意ならジョギングを、歩くのが好きならウォーキングを、「1キロ走るくらいなら1キロ泳いだ方が気がラク」という人は水泳を選べば良いだけの話ではないかと思うのでありました。

女子ーズ

 なんとなく面白いだろうなーと思って観てみたらば想像以上に面白かった「女子ーズ」でございました。

 女三人寄れば姦しい。五人も寄ればそりゃまあ話題の尽きることなくいつまでもいつまでも益体も無くおしゃべりが続くのでしょうが、これは映画なので最低限のストーリー進行のためにほどよくトークが打ち切られて次に進むため、案外テンポ良く映画は進んで行きます。5人がそれぞれしっかりと個性付けられているので、ボケとツッコミ的にトークの役割がハッキリしているのも尚良し。全編にわたって笑ってしまったのですが、チャン・グンソクのくだりで腹筋崩壊してしまいました。

 ガールズトークといえばタランティーノの「デスプルーフ」で女4人のトークがえんえんと続けられていましたが、あのトーク自体のナニにも繋がらなさにくらべれば「女子ーズ」はまだまともなもの。自分の周りでは「デスプルーフ」はトークが無駄だという人が多かったけれど、個人的にはアレもイケたクチなので、「女子ーズ」が面白かったのも自分が女の子同士のワチャワチャしたやりとりが好きだからかもしれない。混ざりたいとは決して思いませんが。

 桐谷美怜が演技するのを見るのはこれが初めてなのですが、戦隊ヒロインらしい熱さとヘナチョコさのどちらも備わってて好演。この人の器量は案外コメディエンヌに向いていそう。有村架純と高畑充希の二人は去年のNHK朝ドラの出世株なのでてっきりそれから出演が決まったのかと思いましたが、この映画の撮影は去年の3月とのことなので、これは監督の目が高いというか、図らずも良い買い物をしたのではないかと思う。藤井美菜は本来ツッコミ側の役だけれど、高畑充希にちょっと食われた感じ。山本三月はwikiで見たらもうすぐテレビ東京で「アオイホノオ」のヒロインを演じるそうで島本和彦つながりでそっちも楽しみ。

 この映画はほうぼうでユルい映画と言われ、監督や出演者もインタビューでユルいと発言し、自分もまあユルいと言われれば確かにユルいとは思う。ただ、題材が戦隊モノで演出がユルいから「こんなのはコントだ」という感想がチラホラありましたが、うーん。自分のツボがこの映画のセンスと一致したから擁護したいだけかもしれませんが、「女子ーズ」はしっかりと映画であると思いました。

 ここで「女子ーズ」が映画である理由をハッキリ言葉にできればワタクシはプロの評論家として食えている筈なのでアバウトな言い方になってしまうのですが、例えば「渇き。」の血みどろやバイオレンス表現に当てられて「これぞ映画ならでわ」という感想があるとすると、そういった過激な表現は映画でしか出来ないということには同意しつつ、「渇き。」の表現が映画的かというと決してそうでは無く、「女子ーズ」のほうが遥かに映画的なんじゃないかと大真面目に思うのだ。

 例えば桐谷美怜がカメムシゲルゲを倒すためにファブリーズを買いに行くシーン。彼女が「買って来る!」と言って踵を返すと、カメラは怪人の背中越しにファブリーズを買いに走る桐谷美怜の姿を見切れるまで遠景で放置し続ける。その後どうなったかは女子ーズたちの会話で簡単に示される。この一連のシーケンスで監督はナニをしたかったかといえば、おそらく監督は一生懸命走る桐谷美怜を映し続けたかったのだと思う。

 この映画のクライマックスである桐谷美怜が他のメンバーを集める中に、歩道橋の通行量調査を行う高畑充希に付き合ってものすごく長い間カメラが全く動かないシーンがある。たまに通る通行人に向ける二人の顔がわずかに動く程度で、監督はこの二人を放置し続ける。これは何事ならんと、観ているこっちは目の穴かっぽじって見入ってしまい、その時の感じは(比較して申し訳ないが)「渇き。」ではついぞ味わえなかった緊張感だった。これは「ぼのぼの」の4コマによくある、全く同じ絵の中に小さな変化があってその違いをクスリと笑うように、映画ではあれだけの尺が取られたのだと思う。二十世紀少年を読むブルーのシーンも、森の木Bを演じるグリーンのシーンも、余計なカット割りや不要なアップを入れずに、女の子たちの掛け合いや妙な動きをじっくりと見せている。そもそもこの映画の大枠である戦隊モノ自体が、女の子を5人集めて、彼女たちの掛け合いや行動をじっくりと見せるためのマクガフィンとしてしか存在しておらず、だからこそ怪人との戦闘の結末はどれもアッサリと省かれている。

 監督が見たいもの、観せたいと思うものを隠さずに大きなスクリーンに余さず捉える。それは日本のRPGの多くが見誤った「壮大なストーリー」といったアバウトなモノではなく、人が走る、ご飯を食べる、飛行機が飛ぶ、宇宙船が墜落するといったように、必然的にそれは動きの羅列になる筈で、ストーリーは動きをつなぐための接着剤に過ぎなくなる。なんとなく自分が考えている映画とはそういうモノで、「女子ーズ」は監督が見せたい動きをしっかり観客に示せている点において、非常に映画的なのだと思います。


amiibo その2

 amiiboってなんぞや?のその2でございます。当方40代既婚子持ちのオッサンでありますので、あくまでその視点でもって「なんかよく分からん」という思いがあるのですが、一方で「これはそもそも小さい子供達のためのオモチャである」ということも理解しておりまする。キッズ達が想像の翼を広げ(c 花子とアン)ドラゴンやウッディのフィギアを両手に持ち、互いを突き合いながら頭の中で大戦闘がくりひろげられているという、そういう子供の遊びのための玩具付きゲームというかゲーム付き玩具がamiiboの本分なのでございます。

 しかし想像の翼などとうにもげ、ついでに頭髪のほうも若干もげ気味のリアルを生きる薄汚れた中年からみると、面倒くさいのでスカイランダーズもディズニーインフィニティもamiiboと総称しますが、このamiiboというのは新手のDLCという言葉がピッタリくる。一つのゲームを購入してさらに追加で金を払うと新しいキャラが使えるようになる。それにオマケに人形がついてくるというだけで1キャラ1200円。キャラクターのDLCの一形態とみるとフィギア要らんからもっと安くならんかと思ってしまうのが人の常。

 更にこの仕掛けをDLCと見てしまうと腹立つ事に、人気のフィギアの値段が品薄でバカ高くなるという世知辛い事態が起こっている。実際にamazonではミッキーマウスやアナ雪のエルサが定価のショップで品切れとみるや業者がどんどんと値段をつり上げているでござるよ。ボッタ価格をワンクリックする屈辱感を味あわされるなら、頼む!いっそ定価の1200円でいいからDLCだけで売ってくれ!と、まだ買ってもいないのに本気で唇を噛み締めて怒りに震えてしまっていた。

 ゲームが主かフィギアが主か。ゲームがメインだと見てしまうと、時代に逆行した販売方法が色々と気になってしまう。どうしよう、定価で在庫ありのうちにジャック(ナイトメア・ビフォア・クリスマス)のフィギアを買っておいたほうがいいだろうか。

amiibo

 amiiboとは今年のE3で発表された、チップを読み取る事でゲームと連動した遊びができる任天堂のキャラクターのフィギアのことです。先例となっている「ディズニーインフィニティ」や「スカイランダーズ」が欧米で大ヒットしているとのことで、スマッシュブラザーズ for WiiUを皮切りに様々なゲームで展開されるamiiboにも期待が集まっています。

 任天堂キャラ大好きなオッサンとしては諸手を上げて歓迎であります。1つ1200円という少々お高い価格設定も逆にコンプリート欲をほどよく削ぐ感じで「本当に好きなヤツだけ欲しい」とアレコレ吟味する楽しさがありそう。「ポケモンスクランブル」ではこのシステムをくっだらないガチャガチャにしやがった(株)ポケモンは猛省の上、ヤドランちゃんのラブリーなamiiboをさっさと発売するように。

 しかしこのamiibo、フィギアとしての価値・・・というか魅力はわかるのだけれど、「ゲームと連動する」という部分が意味がサッパリわからない。amiiboのニュースを伝えるwebサイトでは先例の2つが大人気ということを受けて「amiiboはスゴい」みたいな記事になっていますが、任天堂がE3で発表した内容でもwebニュースでも、結局一体なにがどうスゴいのかは全くピンと来ていないワタクシでありました。

 ということで、このamiiboについてしばらくクダクダと考えてみたいと思います。