今日も定時ダッシュ -14ページ目

幻影異聞録#FE

 amazonのダウンロード版が期間限定55%offということで、値段の後押しもあって今更ながら遊んでいます。

 話は変わりますが、現在小学5年生の娘は、最近よくテレビに出てくる言葉の意味を聞くようになりました。「ふりんってなに?」と聞かれると、「不倫というのはね、結婚している人を好きになって付き合ってしまうことだよ」とか、「ぞうしゅうわいってなに?」と聞かれると、「贈収賄というのはね、偉い人にコッソリとお金を渡して自分の都合を聞いてもらうことだよ」と、まあ親の方も実はハッキリ意味が分かっていないこともあるのですが、なるべく分かるように教えておこう、というのが我が家のスタンスです。なので、「エロい」の意味を聞かれた時は内心焦りつつ、「エッチという意味だよ」などとオブラートに包んだ(?)説明をしたりしていました。

 ある日曜日のこと、我が家のリビングでこの#FEをプレイしていましたら、娘が「このゲームってすごいカラフルだね」と食いつきよくゲーム画面を見ておりました。そしていつもの通りふとした疑問を父に尋ねてくるのですが、、、

 (チキが樹に「お兄ちゃん」と呼びかけるのを見て)「この二人って兄弟なの?」
 (Kiriaが戦っているシーンを見て)「どうしてこの人マイクを持ってるの?」
 「どうして戦ってる時に歌うたってるの?」

 あー・・・それらの疑問が生まれるのはもっともなのだが、そこは全部「そういうものだ」と了解して欲しいのだが・・・、、と、「エロい」をものともせずクリアした父親、#FEの説明を放棄するの巻。

 もともとそういうオタク文化的な匂いの強いゲームなので、普段は家人が寝静まった深夜にコッソリと遊んでいたのだが、望外に面白いゲームで、どうしても遊びたくて日曜の昼下がりにリビングで遊んでいたお父さんが全部悪かった!!とバツの悪い思いもしたのだが、きっと子供は柔軟な心で #FEの全てを受け止めるさ!と放置しておくことに決定。

 ただし、同じくリビングでゴロ寝している嫁が内心どう思っているのかは知らない。
 

ちはやふる 下の句

 好評な前編を受けて、後編は最初から最後まで試合のシーンがてんこ盛り。二時間以上の上映時間もあっという間で、ああ満足・・といいたい気持ちが8割、やっぱりちょっと前編のほうが良かったかな?というのが2割ほど。

 映画の冒頭で幼馴染の男とすれ違い、そこでもやっぱり広瀬すずは振り返って目を見開き、そこに風がサーっとそよいで髪をなびかせる。もう完璧のペキ。その後、ひとりで迷走した末にようやく迷いが吹っ切れ、思いのたけを込めて全力疾走するシーン(前編の予告編にあったアレ)が一番良かった。広瀬すずはとても身体能力が高い子なのだと思う。こういう溌剌とした動きが今の彼女の歳ごろとものすごくマッチしていて、それだけで映画が成立するくらいの見どころになっている。

 しかし、かるたの試合を堪能する一方で、もっと広瀬すずの色々な動きを見たいという思いも強く、まあ観客ってのはホントに強欲なものよのう、と自分の偏見を世間一般の感想のように責任をなすりつけているオッサンでありますが、おそらく物語のクライマックスでもある「ちはやぶるという状態」の演技は、さすがにちょっと彼女の年齢では荷が勝ちすぎたように思う。

 広瀬すずに対峙するクイーン役の松岡茉優は、ちょっとイケズっぽい京女(なのか?)。でもツンデレっぽくてクールな内にかわいらしさも見せて、ヒロインの影に隠れること無く映画の中できっちりと存在感があって良かった。試合の時に肩にかけた赤い水筒のミスマッチ感と、それだからこそのキャラの立ちっぷりが素晴らしい。ブラボー!存在感といえば福井の男の睫毛が見事で、舞台メイクを施した梅沢富美男みたい。あれが地マツゲだとしたら、なんかものすごい逸材なんじゃないかと改めて思いました。

 「ちはやふる」は続編の制作が決定したとの事で、それは前編がヒットしたからに他ならないのだろうけれど、しかし実際には「下の句」でようやく主要キャストが揃ったという状況なので、これで終わりだったら、ストーリーとしてはジャンプの打ち切りマンガと同じ扱い(「メタルK」とか「男坂」とか)になってしまう。「下の句」は後編というより、物語としては中編に当たる。けれども、無理やりストーリーの辻褄を合わせなかったおかげで消化不良にならずに「かるた映画」として存分に競技かるたの醍醐味をスクリーンに写せたのだと思いました。

スマホ版どうぶつの森

 任天堂のスマホアプリ第二弾(と第三弾)は、どうぶつの森とファイアーエムブレムとの事で。個人的にシミュレーションゲームが全く肌に合わないためエムブレムのほうはノーマークでしたが、なるほど確かにこちらもスマホ向きだわな。

 しかし、この二つのタイトルについて、スマホに対するスタンスが若干異なっていることが非常に気になるのでありました。IRによると、エムブレムのほうは従来のゲームと同じものをスマホに展開するような説明になっていて、たぶん武器の使用回数の制限が復活して、そのへんで金を払うようになるのではないでしょうか。あまり興味ない前提で書くのもナンですが、「死んだ仲間の復活ガチャ」というのは止めたげてよう。けれども武器のガチャは普通にやりそう。

 対するどうぶつの森は、任天堂のゲーム専用機と連携する形の、従来のどうぶつの森とは異なるゲームになるとのこと。「どっちも遊んでもらう」と明言しているあたり、マイデザインか部屋のカスタマイズだけスマホに出してNX版と一緒に遊べるのかなーと思うのだが、それじゃあNX版を持ってなくてスマホだけでマイデザインで遊んだところで、そんなもんが楽しいのか?という気がする。どんなアイディアであっても、NXと連携することが前提になってしまうと、スマホ単体で遊ぶには物足りないモノしか出来ないのではないかと思う。

 ということで、ワタクシはゲームキューブにあった島が復活するのではないかと睨んでいます。街でも別荘でもいいのだけれど、従来と同じ遊びができるエリアをスマホ用に作って、それとNXと連動できるようにする。スマホ単体で遊ぶ場合はアイテム全部課金制とか「スーパーとたけけガチャ」とかでバンバン金を払う作りにすれば、課金大好きなスマホゲーマーと追加料金をこよやく憎む据え置きゲーマーとの住み分けができてオールオッケー。斧だって木を三本切ったら折れちゃうような感じで。

レヴェナント 蘇りし者

 鑑賞前は3時間もあるのかウヘェと思っていたのに、いざ見てみると「あれ?もう終わっちゃったの?」というくらいあっという間に終わった感じがする。瀕死のディカプリオがサバイブしていく様子だけでほぼ全編のこの映画、その「生き延びる」というその、まさにその事だけをカメラに収め、シーンにまとめ、一本の映画にしていくという執念に感服。これまでアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの映画って苦手だったのだけれど、今回はものすごく引き込まれて見ていました。

 西武開拓時代の自然がいかに脅威だったか、森の深さ、雪山や斜面の険しさ、川の水は容赦なく押し流し、雪崩が起こり、人間がまたたく間におしつぶされそうな恐ろしさを、映像としてしっかりと写している。イトゥ監督は本気でこんな物凄い絵を撮ってやろうと思って、ものすごい意思でもって撮り上げたのだろう。

 ということで、まあ3時間というのは未見の方にはウヘェと思われるかもしれませんが、レヴェナントは映画館で見てこそ素晴らしさを堪能できる、という類のものだと思います。

 この映画でアカデミー賞を受賞したディカプリオですが、確かこのヒトって俳優をちょっと休むと言っていたハズなのに「ウルフ・オブ・ウォールストリート」から全然間が空いていないような気がするのですがどうでしょうか皆様?演技に関しては申し分ないのに「タイタニック」のアイドル全開の役柄のせいで、「イケメン憎し」の世界共通認識に嵌められたとも言われていますが、でもまあ結果論ですが、彼がオスカーを受賞したのが「レヴェナント」だったのは、他の映画で受賞するよりもずっと彼の役者としての人生が幸福であることの証明なんじゃないかと勝手に想像する次第であります。きっとディカプリオだってオスカー欲しくて役者やってた訳じゃなかろうし、「タイタニック」で疎まれても「レヴェナント」で有無を言わさず力量を認めさせたのなら、結局はやっぱりディカプリオが凄い役者だったのだと。

マジカル・ガール

 自分はあろうことか、この映画を「ちはやふる」を見た後に足掛けで見に行ってしまい、広瀬すずちゃんの清々しい姿がえらいこっちゃ禍々しいスペイン女二人に塗り替えられてしまった。しかしまあ、見ているだけで楽しい「ちはやふる」と、見ているとどんどんと不安な気分になってしまう「マジカル・ガール」と、こんな両極端な映画を一度に見るという経験もあるまいて。

 この映画は決して難しい映画ではありません。別にストーリーを理解するだけなら普通に見ていれば了解できる作りになっているのですが、それこそ「ちはやふる」が広瀬すずの魅力を映像で見せる演出をしているのとは反対に、「マジカル・ガール」はシーンそのものにそこに描かれていない物に観客の意識を向ける作りになっている・・・という言い方で理解していただけますでしょうか?思わせぶりとは違う、状況や心理の説明を明らかに端折っていて、「端折ったものはご自由に想像してください」と観客に投げている感じ。その語り口の少なさと、映画の全体像の見えにくさが相まって、見ている最中に非常に不安な印象を持ってしまう。

 バルバラ役の女優が、美人はもちろんとして、立ち姿が非常に美しい。スッと上に伸びていて、主にトカゲの部屋のある屋敷での佇まいがギョッとするほど目を惹かれました。普通の映画で考えるなら、主人公は3パート目のオッサンで彼女はヒロインの立場で、そうなると1パートの親子が悪者というポジションになるのだけれど、そういう枠には誰もおさまっていない。良い者も悪い者も渾然としていてそれがまた見終わってもいつまでも後を引く。
 
 「マジカル・ガール」は何度も見ればその都度新しい発見や思いが出てくる映画だと思いますが、しかしこんな精神的にしんどい映画は1回で十分。DVDで見返してまでメンタルにダメージを食らいたくないという、まあ劇場で見られて良かったと思います。