今日も定時ダッシュ -132ページ目

目玉焼き丼

 DSのレシピソフトの中から実際に作ってみるシリーズ。6回目は「美味しんぼ DSレシピ集」から目玉焼き丼を作りました。このマンガは日本人に備わっていた「何でも有り難くいただく」という美徳を追いやり、1980年代バブル期の食の指南本として一世を風靡しましたが、バブルが弾けた後も軌道修正しながら連載は続き・・・結局どうなったんでしょう。究極のメニューは完成したのか?

 目玉焼き丼は雑誌掲載時にも作りましたが、黄身に火を入れすぎて失敗した覚えがあります。白身だけを固めるために、7割ほど白身が固まったら水を100ccほど入れて蓋をし、しばらく置いたら火を止めて2~3分蒸し焼きにしています。もちろんこんな手間をかけなくても、普通に焼いて白身だけ固まればそれでいいのですが。

 このDSソフトはメニューごとにマンガの1シーンが読めるようになっていて、メニュー自体は忘れてもマンガを読むと当時の記憶が蘇ってきたりして心憎い。レシピの多くは本格的過ぎて作れないのが多いけれど、収録されたマンガだけはたまに読み返しており、自分の中では割と稼働率の高いソフトです。

今日も定時ダッシュ-目玉焼き丼1
428風にしてみました。

ロシュフォールの恋人たち

 「シェルブールの雨傘」でのカトリーヌ・ドヌーブは、公開当時の日本人にはゴジラのごときインパクトをもたらしたに違いないと思いますが、「ロシュフォールの恋人たち」の彼女はまさにB21。他のキャストと編隊を組んで、世界中にお洒落爆弾の絨毯爆撃を仕掛けてきました。

 いやもう、オープニングで旅の一座が歌い踊るシーンからノンストップ・オシャレである。男はベージュのワークジャケットに同色のチノパン、女はミニスカート姿でオッパイを強調するニットを着て、たかが支柱を立てるだけであそこまで歌い踊るか?というくらい弾けてます。男優たちがストライプやオレンジ、青のシャツをタックインしている姿がサイコーにキまってて、「タックインが決まる男は問答無用でカッコいい」と思って真似してもTシャツをズボンに入れる親父にしかならない自分には「ああ・・・オイラもフランス人に生まれりゃよかった」と見惚れることしきり。

 続いてベビーピンクの窓枠とクリーム色の壁のバレエスタジオという、あざといまでに少女たちの羨望をかき立てる場所で、カトリーヌ・ドヌーブとフランソワーズ・ドルレアック姉妹が「双子の歌」を歌う2ターン目にして、早くも日本人はノックアウトだったんじゃないかと思う。こりゃ竹宮恵子や萩尾望都がシベリア鉄道乗ってヨーロッパ行くわ。つば広の帽子にレースや造花をあしらったデザインは、モロに少女マンガ家の感性に突き刺さってますな。

 ドルレアックと恋に落ちる男の服装が、初登場ではピンクのポロシャツ→次にその上に薄紫のジャケット→最後は薄紫のシャツに白のジャケットとグラデーション的に変化してアンダーは全てホワイトパンツで統一と、オヤジなのにこれまたオシャレ。ホワイトパンツは数年前から有効なアイテムだし、日本人の男はようやくここ数年でピンクを服に取り入れることを覚えたので、40年近く経ってようやくフランス人の感性に追いついたという所か。けれども海兵のマリンルックは現在でも真似できそうにないが。

 この映画は冷静に観ていると割と笑える所もあって、たとえばドヌーブが画商の男を振った後のシーン。実用的な観点からは全く用途不明なスケスケのネグリジェ姿で窓枠に手をかけて左足を半歩前に出して「私悲しいの」とつぶやくシーンは脳内で大笑いしてしまったし、クライマックスの楽器屋でドルレアックとピンクのポロシャツ男が巡り会う場面では、言葉よりも抱擁よりも先ず踊るという優先順位のつけ方に、今度はホントに大笑いしそうになった。もう大好き。デジタルリマスターを機に劇場公開してくれてありがとう。心からありがとう。

 「シェルブールの雨傘」のいつも曇った薄暗い風景と比べると、「ロシュフォールの恋人たち」の隅々まで晴れ渡った青い空とどこまでも陽気な話が非常に対照的だが(でも画質はシェルブールに比べて薄い気がする)、この二つを観ていて気付いたのは、どちらもミュージカルだけに歌やセリフで状況を説明する場面が多いものの、肝心な所では見事に言葉に頼っていません。「シェルブールの雨傘」のガソリンスタンドで二人が再会するシーンでは、「愛してる」だの「許して」だのといった感傷的な言葉は全て排除しております。「ロシュフォールの恋人たち」でも、カフェでドヌーブが理想の男と行き違って観客を身悶えさせた後、最後の最後で・・・こちらは言葉どころか映像にすらしていません。最近の邦画がスッカリ忘れている「語るに野暮」という感性を、この映画ではしっかり持ち合わせておりました。


お洒落爆弾の2発目を投下

こんな人にオススメ:映画オタクの一人観に寂しさを感じてしまい・・・カップルや女友達と一緒だとより楽しめると思います。

シェルブールの雨傘


 フランス映画界を代表する大女優であるカトリーヌ・ドヌーブの代表作「シェルブールの雨傘」がこのたびデジタル・リマスターされて上映されました。

 「シェルブールの雨傘」を観るのは初めてですが、カトリーヌ・ドヌーブのコケティッシュな髪型やスクリーンに映る肌の色の完璧さに心を奪われてしまいました(この手柄はメイクか照明か、はたまたデジタルリマスターか)。そして彼女が着ていたギザギザボタンのAラインのコートのかわいらしさや、ピンクや黄緑の壁紙やタイルの外壁など、ドヌーブは言うに及ばず衣装やセットも異常なほどに魅力的で、今観てもオシャレなんだから、この映画が初公開された1970年あたりの日本人はこの映画をどうやって受け止めたのだろう。当時のドヌーブはゴジラに勝るとも劣らぬインパクトを与えたのではないだろうか。

 こういう映画を観ると自分は身の程をわきまえず「真似せねば」と思うのだが、男の衣装に注目すると、「紺のストライプスーツにピンクのボタンダウン」や「ブラウンのジャケットに水色のシャツ」や「クリーム色のスーツに青いシャツ」などなど、こんなエッジの効いたものは会社には着ていけませぬ。いや、紺のストライプやブラウンはOKか?しかし着回しが効かなそう。

 という訳で、劇中で真似をしたのは何度か登場するタバコを吸うシーンだけ。しばらく禁煙してたのに見事に禁を破ってしまいました。とほほ。

 自分は常々「フランス映画は女優で持つ」と確信しております。 ドヌーブを筆頭にジャンヌ・モロー、イザベル・アジャーニ、ソフィー・マルソー、ブリジット・バルドー、シャルロット・ゲンズブール、エマニュエル・べアール・・・などなど、名前を口ずさむだけで心が浮き立つような「まさに女優」としか言いようが無い錚々たる面々によってフランス映画は他の国では真似できない地位にありました。最近のオドレイ・トトゥとかマリオン・コティヤールあたりでは、先達に比べてまだまだ女ヂカラが足りない感じで、スター女優の不在がそのままフランス映画の低迷に繋がっているのだと思う。

こんな人にオススメ:ドヌーブのオールド・ファンから元オリーブ少女まで、この機会に是非。

キッシュ・ロレーヌ

 DSのレシピソフトの中から実際に作ってみるシリーズ。5回目は「世界のごはん しゃべる DSお料理ナビ」からキッシュ・ロレーヌを作ってみました。これまでは冷凍パイシートを使っていましたが、レシピには「ブリゼ生地」なる、ネーミングからして非常におフランスな生地を使っておりましたので、興味津々で作ってみました。

 中に入れる具は、自分はキッシュにはほうれん草が不可欠だと信じているので、ほうれん草とプチトマト、たまねぎ、パプリカ、ベーコンを投入しました。具が少ないと食べごたえがないし、逆に多過ぎると卵の食感が楽しめないので、ほうれん草1羽をベースにして具のバランスをとるのがコツではないかと。

今日も定時ダッシュ-キッシュ1
ブリゼ生地は思ったより縮みやすいので、皿より大きめに延ばすのが良さそう。

今日も定時ダッシュ-キッシュ2
グリュイエールチーズが売っていないので、モッツァレラチーズを使いました。

 ブリゼ生地はパイというよりクッキーみたいな感じで、パイシートよりキッシュに合いますな。やっぱり手間をかけただけの価値はあります。


魔法遣いに大切なこと


 癒し系の青春っぽい映画だから、どんな若やいだ人たちが観に来るのだろうと思っていたら、来る客来る客、40代以上のオッサンばっかりで大いに衝撃を受ける。なんだこの競馬場のような雰囲気は。こいつら全員二十年も前の「櫻の園」が忘れられない中原俊の隠れファンに違いない。ええ、そりゃもう我が事のように分かりますとも。

 ヒロインの山下リオちゃんは一見裕木奈江っぽい顔立ちかと思いきや、突然田畑智子のように顔が横にびろーんと伸びる系で、垢抜けない雰囲気が北海道の広々とした大地に似合っていてとても良い。対する男が都会的な今風のハンサム君で、この二人はなかなかに付き付きしい。この男、どっかで見た事あるなーと思ったら、映画の上映前に宣伝してた「ホノカア・ボーイ」の主役だった。どちらも癒し系の二人がよさこいソーランを楽しそうに踊って手をつないで帰路につく。そうそう、オッチャンはこういうシーンが見たかったの。もうね、第二次性徴が始まった途端に出会い系サイトで援交しちゃうような殺伐とした現実なんて見たくないんよ。

 中原監督もそろそろ還暦を迎えようとしている年齢で、おそらくうまい具合に感性が枯れているのではないかと思う。そのため全体に漂うホンワカした雰囲気はとても好きなのだが、反面この物語のオリジナルな設定である魔法を使うシーンのほとんどが興ざめな事にもなっている。CGのショボさもそうだが、何より魔法を使っているポーズが身も蓋もなくアンポンタン丸出しなのだ。けれども、考えようによってはこれもB級的な見所かもしれない。学園祭の模擬店みたいなディスコ(断じてクラブではない)のセットや、男の肩の後ろにあんな風に口紅が付くってのは一体どんな体位だったんだ?など、ツッコミどころは満載です。

 「魔法遣いに大切なこと」は若手のフレッシュさと中原監督の昭和チックな感性によって、演技やCGの拙さもハンドメイド的な魅力に思える、そんなかわいらしい映画・・・だったハズなのだ。永作博美さえいなければ。永作博美はズルい。出番が少ないのにこの映画の美味しい所を全部持っていってしまった。最後に魔法から目が覚めた時の満ち足りた笑顔なんて見せられた日にゃ、それまで一生懸命好感度を上げてきたのに「やっぱ下手クソだわ、山下リオ」と全て台無しのまま映画が終わってしまったではないか。

こんな人にオススメ:映画の緩さを愛でられる呑気な人にピッタリ