ザ・クリーナー/消された殺人
レニー・ハーリンは世間的にはあまり評価されてないけれど自分はかなり好きな監督で、中でも評価の散々だった「カットスロート・アイランド」なんて、観た当時は「こんなに面白い映画を観たのは生まれて初めてだ」と本気で思ったものだったけどなあ・・・。まあ、当時の妻君だったジーナ・デービスとはお互いに相性が悪かったのではないかと思う。あっちはあっちでコメディエンヌとしての持ち味を封じられてしまったし。
「ザ・クリーナー」は死亡事故の清掃を請け負う特殊な職業に着目したサスペンス映画です。ド派手なアクション!火薬を使わせたら世界一(量が)!なハーリン監督が、アクションも火薬も使わない映画を作るなんて思ってもみませんでした。サミュエル・ジャクソンが黙々と血痕を拭う姿は、彼の人生の重みを感じさせるキャラクターが生かされて説得力があったし、会社の秘書や社員からは非常に信頼されている感じが伝わってきて、地味で骨太な感じがいい。彼の警官時代の元相棒に(昔からハゲを感じさせない)エド・ハリス、事件の鍵を握る女に(青木さやかと顔の輪郭がそっくり)エヴァ・メンデスと脇役のチョイスも渋い。
この映画で特徴的なのは、登場人物のほぼ全員に後ろ暗い過去があることで、サミュエル・ジャクソンは妻を強盗に殺害され、それが元で上司の不正に加担してしまう。娘は母の死を目撃したことがトラウマになっている。警察は警察でトップの不正が暴かれ、それを隠すのに必死である。この映画には正義の側に立つ人間はいない。逆に警察が黒幕の映画によくある組織を挙げて主人公を抹殺しようとする、アノ手の分かりやすい映画のような純粋な悪も登場しない。白黒ハッキリしない人たちが、あるときは己の正義に従って行動したり、誘惑に負けたりする。この脚本の魅力はサスペンスの醍醐味よりも、こういった善悪相半ばする人間達が織りなすドラマの部分にあるのではないかと思う。しかし監督はレニー・ハーリンである。人間の心の機微なんてツマンネエ!とばかりに当たり前のようにサスペンス主体で映画は進んでいくので、スリルとドラマと、どっちつかずになってしまったように感じる。
でもそれはレニー・ハーリンが悪いんじゃない。悪いのはこの企画をレニー・ハーリンに持って行った奴なの!レニーはホントはやれば出来る子なんです!!
こんな人にオススメ:皆さん、レニー・ハーリンを見捨てないでください・・・
「ザ・クリーナー」は死亡事故の清掃を請け負う特殊な職業に着目したサスペンス映画です。ド派手なアクション!火薬を使わせたら世界一(量が)!なハーリン監督が、アクションも火薬も使わない映画を作るなんて思ってもみませんでした。サミュエル・ジャクソンが黙々と血痕を拭う姿は、彼の人生の重みを感じさせるキャラクターが生かされて説得力があったし、会社の秘書や社員からは非常に信頼されている感じが伝わってきて、地味で骨太な感じがいい。彼の警官時代の元相棒に(昔からハゲを感じさせない)エド・ハリス、事件の鍵を握る女に(青木さやかと顔の輪郭がそっくり)エヴァ・メンデスと脇役のチョイスも渋い。
この映画で特徴的なのは、登場人物のほぼ全員に後ろ暗い過去があることで、サミュエル・ジャクソンは妻を強盗に殺害され、それが元で上司の不正に加担してしまう。娘は母の死を目撃したことがトラウマになっている。警察は警察でトップの不正が暴かれ、それを隠すのに必死である。この映画には正義の側に立つ人間はいない。逆に警察が黒幕の映画によくある組織を挙げて主人公を抹殺しようとする、アノ手の分かりやすい映画のような純粋な悪も登場しない。白黒ハッキリしない人たちが、あるときは己の正義に従って行動したり、誘惑に負けたりする。この脚本の魅力はサスペンスの醍醐味よりも、こういった善悪相半ばする人間達が織りなすドラマの部分にあるのではないかと思う。しかし監督はレニー・ハーリンである。人間の心の機微なんてツマンネエ!とばかりに当たり前のようにサスペンス主体で映画は進んでいくので、スリルとドラマと、どっちつかずになってしまったように感じる。
でもそれはレニー・ハーリンが悪いんじゃない。悪いのはこの企画をレニー・ハーリンに持って行った奴なの!レニーはホントはやれば出来る子なんです!!
こんな人にオススメ:皆さん、レニー・ハーリンを見捨てないでください・・・
ベンジャミン・バトン/数奇な人生
「ベンジャミン・バトン」の最大の見所は、80歳の老人として生まれ、次第に若返って行くというファンタジー過ぎる設定の男を、全く違和感なく映画の中に存在させてい点であり、主人公の生涯に渡る姿を作り上げることによって、デビット・フィンチャー監督は1918年から現在までに流れた時間を支配したかったのではないかと思う。ブラッド・ピットの造詣はもとより、ケイト・ブランシェットの光り輝く若い頃の容姿や第一次大戦後のアメリカの町並みなど、1億5000万ドルという巨費をかけて映画に存在する全てのものを、それぞれの時代の中で理想的なあるべきものとして作り上げている。自分は全てに違和感が無さ過ぎて、何が凄かったのか分かっていなかった位なのですが。
監督がスクリーンに映したかったものが時間そのものだったのなら、この映画から受ける拍子抜けするほどに淡々とした印象も納得がいく。ベンジャミンの人生は「アルジャーノンに花束を」を思い出させ、特に若返りながらも老化していく晩年は本人にとって恐怖でしかないだろうと思う。しかしその辺りの最もシビアな部分にはほとんど触れていない。監督にとってはベンジャミンですら映画に流れる時間の一部でしかなく、一人の人生を過度にクローズアップすることを避けている。そういう地味な映画なのに3時間近い上映時間を飽きさせないのは、やっぱり映像に目を見張るものがあったからだと思う。
しかしアレですな。照明や特殊メイクで役柄上の年齢を操るってのは映画の常套手段とはいえ、ここまで堂々とブラッド・ピットやケイト・ブランシェットをCGを使って若返らせてますと言われてしまった日にゃ、観ているこちらとしては「それもアリなの?」と戸惑う事しばし。映画としてはOKなのだろうけど、ハリウッドスターの存在意義を無くすというのか、もっというと時間に対する冒涜というのか。これを押し進めて行くと、そのうちジェームス・ディーンとマリリン・モンローが共演する新作映画なんてものが出てきてしまいそうで、ちょっとこの映画を簡単に受け入れられない思いが残る。技術的な問題が無ければジェームス・キャメロンあたりがマジでやりそう。
映画の感想を離れて。世間の評価を見て疑問に思うのだが、自分はブラッド・ピットの良さが分からない(リンク先ブラピファンには要注意)。顔か?演技か??どちらも悪くはないのだろうが、そんなにハンサムか?そんなに演技上手いか??と映画を観る度にクエスチョンマークが浮かんでくる。例えばトム・クルーズやレオナルド・ディカプリオならばカッコいいと思うし演技も目を引くのだが、この二人が二枚目であるが故に俳優として割を食っているとすれば、ブラッド・ピットは二枚目と思わせることで明らかに得してるんじゃないかと思う。どうもロバート・レッドフォードというより、あのイマイチ品のない感じはバート・レイノルズに近いというのか・・・。バート・レイノルズは失礼か(どっちに?)。
ブラッド・ピットに対してのイメージがそんなだから、この映画で若くてイノセントなプラビを見せられても、「オレだってせめて1億円あればアラン・ドロンになっちゃるわい」という、張り合ってんだか強がりが既に負けてんだかな事を思ってしまうのだ。世間の皆様はもうちょっと目の穴かっぽじいてブラピの真の姿を見ていただきたい所存であります。
こんな人にオススメ:ショタから枯れ専まで、ブラッド・ピットなら何でもござれな女性
監督がスクリーンに映したかったものが時間そのものだったのなら、この映画から受ける拍子抜けするほどに淡々とした印象も納得がいく。ベンジャミンの人生は「アルジャーノンに花束を」を思い出させ、特に若返りながらも老化していく晩年は本人にとって恐怖でしかないだろうと思う。しかしその辺りの最もシビアな部分にはほとんど触れていない。監督にとってはベンジャミンですら映画に流れる時間の一部でしかなく、一人の人生を過度にクローズアップすることを避けている。そういう地味な映画なのに3時間近い上映時間を飽きさせないのは、やっぱり映像に目を見張るものがあったからだと思う。
しかしアレですな。照明や特殊メイクで役柄上の年齢を操るってのは映画の常套手段とはいえ、ここまで堂々とブラッド・ピットやケイト・ブランシェットをCGを使って若返らせてますと言われてしまった日にゃ、観ているこちらとしては「それもアリなの?」と戸惑う事しばし。映画としてはOKなのだろうけど、ハリウッドスターの存在意義を無くすというのか、もっというと時間に対する冒涜というのか。これを押し進めて行くと、そのうちジェームス・ディーンとマリリン・モンローが共演する新作映画なんてものが出てきてしまいそうで、ちょっとこの映画を簡単に受け入れられない思いが残る。技術的な問題が無ければジェームス・キャメロンあたりがマジでやりそう。
映画の感想を離れて。世間の評価を見て疑問に思うのだが、自分はブラッド・ピットの良さが分からない(リンク先ブラピファンには要注意)。顔か?演技か??どちらも悪くはないのだろうが、そんなにハンサムか?そんなに演技上手いか??と映画を観る度にクエスチョンマークが浮かんでくる。例えばトム・クルーズやレオナルド・ディカプリオならばカッコいいと思うし演技も目を引くのだが、この二人が二枚目であるが故に俳優として割を食っているとすれば、ブラッド・ピットは二枚目と思わせることで明らかに得してるんじゃないかと思う。どうもロバート・レッドフォードというより、あのイマイチ品のない感じはバート・レイノルズに近いというのか・・・。バート・レイノルズは失礼か(どっちに?)。
ブラッド・ピットに対してのイメージがそんなだから、この映画で若くてイノセントなプラビを見せられても、「オレだってせめて1億円あればアラン・ドロンになっちゃるわい」という、張り合ってんだか強がりが既に負けてんだかな事を思ってしまうのだ。世間の皆様はもうちょっと目の穴かっぽじいてブラピの真の姿を見ていただきたい所存であります。
こんな人にオススメ:ショタから枯れ専まで、ブラッド・ピットなら何でもござれな女性
モンブラン
DSのレシピソフトの中から実際に作ってみるシリーズ。2回目は「お菓子ナビDS」のモンブランを作りました。去年の秋に10キロほど栗の渋皮煮を作った、最後の1ビンを惜しげも無く使うのココロ。
お菓子ナビではマロンクリームを絞ってデコレートするので、口金と袋を買いに近所の100均ショップに出かけたら、バレンタインのためにチョコを手作りする女子達で菓子コーナーがあふれており、自分は思いっきり浮き上がっておりました。「なんだこのオッサン」ならまだしも、「このヒトもカレシのために手作りするのかしら?」なんて思われてないだろうな、とちょっとドキドキ。
でも菓子を作るようになってからの、この手の羞恥プレイがカイカンに変わりだした今日このごろ。
阿呆な話はさておき、お菓子ナビではくり抜いたパイ生地を使ってますが、めんどくさいので大きな生地のまま耐熱皿に敷いて焼きました。また、マロンクリームにはカスタードが合うという小林カツ代先生のお言葉により、土台のクリームは生クリームではなくカスタードに生クリームを混ぜたクレーム・ディプロマットを使っています。

焼いたパイにカスタードを詰めて栗をドコドコ並べる
その後に裏ごしした栗と生クリームを合わせたマロンクリームをデコレート・・・と思ったら、裏ごしが甘かったせいでクリームが口金に詰まってしまって二進も三進もなブルドック状態。仕方なくマロンクリームはカスタードの上に盛り上げておきました。

モンブラン、モンブラン、それは白い山~

最後にココアを振って全てを覆い隠す
クリームを落ち着けるため半日程冷蔵庫においておけば出来上がりです。見た目がアレな上にDSのレシピとはもはや別物ですが、栗を都合20個くらい投入しているので味は満足でした。栗の渋皮煮を作っておくと、マロンクリームの砂糖の代わりに栗のシロップが使えるので、より栗々しい味になります。
お菓子ナビではマロンクリームを絞ってデコレートするので、口金と袋を買いに近所の100均ショップに出かけたら、バレンタインのためにチョコを手作りする女子達で菓子コーナーがあふれており、自分は思いっきり浮き上がっておりました。「なんだこのオッサン」ならまだしも、「このヒトもカレシのために手作りするのかしら?」なんて思われてないだろうな、とちょっとドキドキ。
でも菓子を作るようになってからの、この手の羞恥プレイがカイカンに変わりだした今日このごろ。
阿呆な話はさておき、お菓子ナビではくり抜いたパイ生地を使ってますが、めんどくさいので大きな生地のまま耐熱皿に敷いて焼きました。また、マロンクリームにはカスタードが合うという小林カツ代先生のお言葉により、土台のクリームは生クリームではなくカスタードに生クリームを混ぜたクレーム・ディプロマットを使っています。

焼いたパイにカスタードを詰めて栗をドコドコ並べる
その後に裏ごしした栗と生クリームを合わせたマロンクリームをデコレート・・・と思ったら、裏ごしが甘かったせいでクリームが口金に詰まってしまって二進も三進もなブルドック状態。仕方なくマロンクリームはカスタードの上に盛り上げておきました。

モンブラン、モンブラン、それは白い山~

最後にココアを振って全てを覆い隠す
クリームを落ち着けるため半日程冷蔵庫においておけば出来上がりです。見た目がアレな上にDSのレシピとはもはや別物ですが、栗を都合20個くらい投入しているので味は満足でした。栗の渋皮煮を作っておくと、マロンクリームの砂糖の代わりに栗のシロップが使えるので、より栗々しい味になります。
ハイスクールミュージカル/ザ・ムービー
美男美女のごっついエキスでも吸っちゃろうかね、グフフフ・・・(普通は「元気をもらう」とか言う)などとオッサンモード全開で劇場に行ったらば、周りの観客は若い娘御やカップルばかりで、たちどころに身の置き所のなさを痛感いたしました。これならポルノ観てるほうが断然気兼ねがないよ、オイラも混ぜてよハイスクールミュージカル。一応iPodなんて持ってるからそんなにオッサンじゃないよね、その時聞いてたのはテレサ・テンだったんだけどさ。
などと卑屈モードに入っていたのがいけなかったかもしれない。スクリーン狭しと歌い踊るキラキラの若人にアテられて、だんだん動悸・息切れが起こってきて軽いパニック障害に見舞われてしまった。ザック・エフロンはバスケのスカウトがわんさか舞い込み、ヴァネッサ・ハジェンズは理数系の天才、他の奴らもカッコ良さだけでなく音楽や演技などの進むべき道があり、そんな人生に一点の曇りも無い奴らがテーマパークみたいにオキレイな学校で勉強にスポーツに恋に・・・ウガアアッッッッッ!これ以上オレの人生を土足で踏み荒らすなあっっっっ!!と血液が逆流しだす。あのゴミも落書きも体臭もなさそうなロッカールームに生ゴミまきちらしてやりてぇー。
そんなこんなで疳の虫が千匹くらい騒ぐ中、何とか堪えることが出来たのは、ヴァネッサの見事な脚線美のおかげであります。ああ、あの足は見事なり。屋上でダンスを踊るシーンでこんな高いヒールを学校に履いて行くワケないだろうと思いつつ、ヒールのせいでピンと張った膝の裏の筋がこれまた美しいこと美しいこと。制作側も彼女に膝上のワンピースばかりを着せており、歌も聞かず踊りも見ずにひたすら足をロックオンしておりました。途中彼女がジーパン姿でいる(普通はデニムとか言う)シーンがありましたが、アレは頂けませんな。もっと足を!
そもそもプロムなるアメリカの風習に恐怖しか感じず、「お父さん、お母さん、日本人に生んでくれてアリガトウ」と心から親に感謝する自分にとって、「ハイスクールミュージカル」は正に鬼門でありました。でもまあ、この映画の世界を何一つ共有してなくたって、高校時代から20年、それなりに生きて来られたのだから何も卑下することはない。オイラはキツネ。あのブドウは酸っぱかったのさ。
この映画の本来の客層は10代の少年少女達である。自分も中坊の頃に見た「ベストキッド」で、カラテでイジメっ子を見返すラルフ・マッチオに真剣に憧れたよな~と思い出すと、子供達が素直な心でスターを見上げることができる「ハイスクールミュージカル」は非常に価値のあるものだと思う。今後、ザック・エフロンが坂を下るように凡庸な男になりさらばえても、ヴァネッサ・ハジェンズがブリトニー・スピアーズみたいに煤けても、この映画に込められたキラキラの瞬間は不滅である。そういう意味で「ハイスクールミュージカル」は美しい映画なのだと思いました。
こんな人にオススメ:ロズウェルよりビバヒルなヒト(10代には通じない)
などと卑屈モードに入っていたのがいけなかったかもしれない。スクリーン狭しと歌い踊るキラキラの若人にアテられて、だんだん動悸・息切れが起こってきて軽いパニック障害に見舞われてしまった。ザック・エフロンはバスケのスカウトがわんさか舞い込み、ヴァネッサ・ハジェンズは理数系の天才、他の奴らもカッコ良さだけでなく音楽や演技などの進むべき道があり、そんな人生に一点の曇りも無い奴らがテーマパークみたいにオキレイな学校で勉強にスポーツに恋に・・・ウガアアッッッッッ!これ以上オレの人生を土足で踏み荒らすなあっっっっ!!と血液が逆流しだす。あのゴミも落書きも体臭もなさそうなロッカールームに生ゴミまきちらしてやりてぇー。
そんなこんなで疳の虫が千匹くらい騒ぐ中、何とか堪えることが出来たのは、ヴァネッサの見事な脚線美のおかげであります。ああ、あの足は見事なり。屋上でダンスを踊るシーンでこんな高いヒールを学校に履いて行くワケないだろうと思いつつ、ヒールのせいでピンと張った膝の裏の筋がこれまた美しいこと美しいこと。制作側も彼女に膝上のワンピースばかりを着せており、歌も聞かず踊りも見ずにひたすら足をロックオンしておりました。途中彼女がジーパン姿でいる(普通はデニムとか言う)シーンがありましたが、アレは頂けませんな。もっと足を!
そもそもプロムなるアメリカの風習に恐怖しか感じず、「お父さん、お母さん、日本人に生んでくれてアリガトウ」と心から親に感謝する自分にとって、「ハイスクールミュージカル」は正に鬼門でありました。でもまあ、この映画の世界を何一つ共有してなくたって、高校時代から20年、それなりに生きて来られたのだから何も卑下することはない。オイラはキツネ。あのブドウは酸っぱかったのさ。
この映画の本来の客層は10代の少年少女達である。自分も中坊の頃に見た「ベストキッド」で、カラテでイジメっ子を見返すラルフ・マッチオに真剣に憧れたよな~と思い出すと、子供達が素直な心でスターを見上げることができる「ハイスクールミュージカル」は非常に価値のあるものだと思う。今後、ザック・エフロンが坂を下るように凡庸な男になりさらばえても、ヴァネッサ・ハジェンズがブリトニー・スピアーズみたいに煤けても、この映画に込められたキラキラの瞬間は不滅である。そういう意味で「ハイスクールミュージカル」は美しい映画なのだと思いました。
こんな人にオススメ:ロズウェルよりビバヒルなヒト(10代には通じない)
ブロークン
監督のショーン・エリスは写真家としてキャリアを積んでいるので映像に対する執着心は並の監督では及ばない、と見た。ホラー的なシーンよりも、何気ないカットにおける偏執的な構図がジワジワと観る者を不安にさせるのだ。それは主人公のレナ・ヘディ(額の傷テープをはがすスタイリッシュなお姿に痺れる)を初め美しい登場人物に対するどこか非人間的な違和感や、バスルームや地下鉄といった閉塞的な空間、なによりこの映画のキーとなる鏡が映し出すシンメトリーな情景などが醸し出す不安感から、やがて膜が破れるように恐怖が染みだしてくる。
鏡が恐怖のキーアイテムというと、少し前にその名もズバリの「ミラーズ」がありましたが、あちらがホラーよりも次第に派手なCGやアクションにすり替わっていったのに対して、「ブロークン」はあくまで鏡にこだわり、鏡が割れるという小さな綻びが、やがて現実世界を浸食しだす。この感覚は黒沢清の「回路」を思い出しました。
そもそもこの映画は「なぜ?」や「何のために?」という説明をハナから放棄しており、ストーリーだけ追いかけるならば決して新鮮味がある訳ではない。自分はてっきり、「地球が静止する日」のような過去のSFホラー映画のリメイクかと思っていた。実際には監督が何年もかけて脚本を練っているのですが、脚本の狙いはストーリーの面白さにあるのではなく、黒々とわだかまる闇や闇を引き立たせる青白い光を撮りたいがための理由に過ぎないんじゃないかと感じた。それくらい「ブロークン」における闇は恐ろしい。映画を観終わってからようやく気付いたのだが、(以下ネタバレ→)主人公が映画の中盤で地下鉄の出口を探し歩くうちに、一瞬だが彼女の姿が真っ暗になるシーンがある。あれはもちろん彼女の正体も実は侵入者である、という伏線だったのだ(←ネタバレ終わり)。
映画の中でカプグラ症候群について、家族や恋人を別人だと思いこむ稀な病気として説明されています。この名前は初耳ですが、自分は7、8歳のころ「ボクが見ていない時に家族みんながバケモンみたいになっているのでは??」と思っていた時期があり、家族でテレビを見ている時に自分がトイレに行った途端、両親や兄弟がバケモンの本性を現してるんじゃないかと本気で怯えていた。これがカプグラ症候群に当てはまるのかは分からないが、結構多くの人が似たような経験があるんじゃないかと踏んでいる。だっていがらしみきおが「ぼのぼの」で全く同じネタのギャグ描いてたもん(←ソースはマンガ)。なので、「ブロークン」でのこの病気のくだりも結構観客の共感を得る仕掛けだなあと思ったのですが・・・、いかがでしたでしょうか皆様。
こんな人にオススメ:暗闇の怖さを心の底から体験したい人
鏡が恐怖のキーアイテムというと、少し前にその名もズバリの「ミラーズ」がありましたが、あちらがホラーよりも次第に派手なCGやアクションにすり替わっていったのに対して、「ブロークン」はあくまで鏡にこだわり、鏡が割れるという小さな綻びが、やがて現実世界を浸食しだす。この感覚は黒沢清の「回路」を思い出しました。
そもそもこの映画は「なぜ?」や「何のために?」という説明をハナから放棄しており、ストーリーだけ追いかけるならば決して新鮮味がある訳ではない。自分はてっきり、「地球が静止する日」のような過去のSFホラー映画のリメイクかと思っていた。実際には監督が何年もかけて脚本を練っているのですが、脚本の狙いはストーリーの面白さにあるのではなく、黒々とわだかまる闇や闇を引き立たせる青白い光を撮りたいがための理由に過ぎないんじゃないかと感じた。それくらい「ブロークン」における闇は恐ろしい。映画を観終わってからようやく気付いたのだが、(以下ネタバレ→)主人公が映画の中盤で地下鉄の出口を探し歩くうちに、一瞬だが彼女の姿が真っ暗になるシーンがある。あれはもちろん彼女の正体も実は侵入者である、という伏線だったのだ(←ネタバレ終わり)。
映画の中でカプグラ症候群について、家族や恋人を別人だと思いこむ稀な病気として説明されています。この名前は初耳ですが、自分は7、8歳のころ「ボクが見ていない時に家族みんながバケモンみたいになっているのでは??」と思っていた時期があり、家族でテレビを見ている時に自分がトイレに行った途端、両親や兄弟がバケモンの本性を現してるんじゃないかと本気で怯えていた。これがカプグラ症候群に当てはまるのかは分からないが、結構多くの人が似たような経験があるんじゃないかと踏んでいる。だっていがらしみきおが「ぼのぼの」で全く同じネタのギャグ描いてたもん(←ソースはマンガ)。なので、「ブロークン」でのこの病気のくだりも結構観客の共感を得る仕掛けだなあと思ったのですが・・・、いかがでしたでしょうか皆様。
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