今日も定時ダッシュ -129ページ目

イチゴのベイクドチーズケーキ

 DSのレシピソフトの中から実際に作ってみるシリーズ。11回目は前回に続いて「お菓子ナビDS」からベイクトチーズケーキを作りました。今回は前回の雪辱を果たすべくイチゴを乗せました(意味不明)。DSのレシピではクリームチーズを250g使用しますが、これだと18cmのケーキ型にギリギリの分量になってしまうので、今回はイチゴの分も考慮してクリームチーズは200gに減らしました。

今日も定時ダッシュ-苺のチーズケーキ1
イチゴを周囲に並べる

 型にチーズケーキの材料を入れて、まずは160度で10分ほど焼いて軽く固めておき、上に乗せたイチゴが沈まないようにします。

今日も定時ダッシュ-苺のチーズケーキ2
なんとまあイチゴの美しいことよ

 このまま160度で60分程度焼くと、焼き目のつかないレアチーズっぽい感じになります。170度だと焼き目が付きますが、イチゴが縮みすぎないように温度調節することがポイントです。この温度だと中までしっかり焼けないので、冷蔵庫で冷やすうちに固まっていく感じになります。

 で、出来上がったのがこんな感じ。いやー、イチゴの見栄えの良さはスゴいもんだ。

今日も定時ダッシュ-苺のチーズケーキ3
いい感じに焼き色も付きました

 前回の出来との雲泥の違いに自分がビックリ。しかも焼き上がってオーブンから取り出した時のイチゴの香りがパアアア~っと周囲に広がる瞬間に、イチゴの偉大さを再認識した次第であります。手作りするとこういう恩恵に預かれるのだなあ。

今日も定時ダッシュ-苺のチーズケーキ4

 ただ、クリームチーズを減らしたのは正解でしたが、砂糖や生クリームの量はDS通りだったので、もうちょっと軽い感じのほうがいいかなあ、と。今度は全体に分量を調整してみよう。

 

ベイクドチーズケーキ

 DSのレシピソフトの中から実際に作ってみるシリーズ。10回目は「お菓子ナビDS」からベイクドチーズケーキを作りました。

 チーズケーキもDSのレシピで手順を示されると割と簡単に出来上がるもので、ぶっちゃけて言うとクリームチーズ他の材料を混ぜ合わせてオーブンで焼くだけ。その手軽さに拍子抜けした程ですが、好事魔多しとはよく言ったものでございます。180度で60分の設定のオーブンに入れて一息ついて、「さてしばらくヒマだから、子供たちとゲームでもして遊びましょうかね」とWiiウェアのスーパーマリオUSAをやり始めたのがアカンかった。もう少し、もう少しと進めて行くうちチーズケーキのことなどスッカリ忘れてしまい、1時間後にピロリンとオーブンが鳴って慌てて覗いてみたらば、


今日も定時ダッシュ-チーズケーキ1
ぎゃああああ

 もうフレディのようなケロイド状態。

 咄嗟にDSのレシピには50~60分て書いてあったのにウソつき!!とお菓子ナビのせいにしたのですが、小林カツ代のレシピ本にあった「あなたの家のオーブンをよく知って温度や時間を調節して」との言葉の大切さを、深く深く思い知ったのでございます。けれどもこれはチーズケーキ。焦げたと言ってもスポンジケーキのように固くなるものではないので、割と簡単に表面のケロイドをペリペリと剥がしていくことができます。

今日も定時ダッシュ-チーズケーキ2
一皮剥けば、まるで乙女のような柔肌に(そうか?)

 そういう訳で、プロフィール画像の不思議な焼き目の物体は、このようにして出来やがったのでありました。ゲームは1日1時間でも長過ぎる事もある。四十路手前でもまだまだ人生勉強ですなあ。

イエスマン/"YES"は人生のパスワード

 普段何気なく見ている映画の宣伝ポスターですが、こと「イエスマン」に限っては物凄くインパクトがありました。両手を天秤のように広げて開けっぴろげな笑顔で空を仰ぐジム・キャリー。足下は野の花が咲き、いままさにジャンプしたかのようにジャケットが胸までたくれている。そして背後にはうっすらと”YES”の文字。映画を観る前から、彼が社会に対してイエスと言う事で何でも受け入れていく内容だということは想像できるが、そうやって社会に対しての壁を取り払うと、人間はここまで無防備でアホウな姿になるもんかいなとポスターを見ただけで感動してしまったのだ。

 しかし大人が観る分には笑っていられる映画なのだろうが、社会を知らない子供が見てホントに真似してローン組まされたらどうすんだ?とか、どうしても世知辛い発想をしてしまう。そういう自分は基本的にノーマンなのだろう。映画の中でもイエスと言い続けることでアクティブになった挙げ句にどうなったかというと、FBIに目をつけられてテロリストの疑いをかけられてしまうという顛末。この辺りにアメリカ社会に対する風刺が盛り込まれている。自分を守らずにオープンでいると、逆に社会から異端扱いされてしまうというオチであります。

 驚くべき事にこの映画は実話が元になってますが、映画を見ると初めから終わりまで、まるでジム・キャリーをイメージしてストーリーを作ったんじゃないかという程ハマっている。かなりトンでもないことまでイエスと引き受ける過剰な感じが、彼のデカい身長や顔面芸などのアクの強さとマッチしていました。「イエスマン」に限らず、ジム・キャリーのコメディ映画は彼のためにある役柄だとしか思えないのが多くて、きっとこの人は監督をおしのけて映画全体をジム・キャリー色に染めてしまうんだろうな。

 この映画で唯一ジム・キャリーに対抗しうるのが自己啓発セミナーの主催者を演じるテレンス・スタンプだが、「ワルキューレ」での反ヒトラーの精神もどこへやら、「イエスマン」ではジム・キャリーに負けじと面妖なオーラを出す怪演ぶりで、ジム・キャリーに対抗するというより、トンでもないオヤジ同士の相乗効果をもたらしておりました。

こんな人にオススメ:あんがい含蓄のある映画なので、人生についてちょっと考えてみたい人に

ワルキューレ

 ブライアン・シンガー監督は安直にドラマを盛り上げない人で、その演出はX-MENの1、2やスーパーマン・リターンズなどアメコミ原作では物足りなさを感じてしまうものの、「ワルキューレ」のような半ドキュメンタリーの体裁の映画ではよりリアルな雰囲気が強調された感じを受ける。アメコミ原作物よりはブライアン監督のカラーに合っているんじゃないかと思います。

 そうは言ってもこの映画は基本はトム・クルーズがヒーローたるエンターテイメントだから、観客を楽しませる要素も十分に備えています。爆弾を仕掛けてクーデターを起こしていくクライマックスがヒリつくような展開でした。「ワルキューレ」でのヒトラー暗殺計画は失敗することが観る前から分かっているものの、ヒトラーという絶対悪に対抗しようとする愛国の義士の物語として非常に見応えのある映画です。反ヒトラーの軍人たちのストイックさを表現するのにナチスの軍服が一役買っており、歴史上最大の悪役に立ち向かう隻眼の主人公という人物像といい、軍服に対するフェティシズムといい、非常にトム・クルーズ向きの企画であります。

 うろ覚えでナンですが、塩野七生さんのエッセイに第二次大戦でドイツ軍は多くの文化的な破壊行為を行ったが、あの軍服のデザインだけは見事であるというものがあった。それはもうヴィスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」におけるヘルムート・バーガーの軍服姿で歴史的に証明されており、自分もその通りだと思っておりました。そこで今作のトム・クルーズはじめ多くのオッサンの軍服姿を見た上で理解したのは、カッコいいのはあくまでヘルムート・バーガーだったということでした(笑)。なんだか全体的にストイックではあるけれどもオヤジの悲哀をも感じさせ、ケネス・ブラナーなどはあの姿で赤ちょうちんでクダ巻いてても違和感ない感じ。

 「ワルキューレ」は歴史的な背景を映画の冒頭で紹介したり、主だった登場人物の名前をテロップ表示するなど、「レッドクリフ」と同じ手法をとっています。どちらもオッサンがひしめく映画であり、キャラクターを混同しないようにという措置でありますが、「ワルキューレ」では名前しか表示しておらず、しかも映画でその人の立場が説明される前に出てくるだけなので、あまり上手い説明になっていないように思いました。

こんな人にオススメ;軍服フェチ+オヤジ大好きというマニアックな女性ならば必見でござい。

シネマ歌舞伎 連獅子

 紅毛と白毛で麗子像のような髪型の歌舞伎役者が、自分のモミアゲをひっつかんで髪の毛をぶんぶん振り回す。このシーンは歌舞伎を知らなくても何となく見覚えがあるのではないかと思いますが、それが「連獅子」のクライマックスです。「らくだ」と二本立ての今回のシネマ歌舞伎は芝居と舞踊の好対照な2本立てになっています。また、山田洋次監督の発案により、シネマ歌舞伎で初めてカメラが舞台に上がり、生の舞台では決して観られないアングルで撮影した迫力ある映像も特徴です。

 約一時間の演目のうち、有名な毛振りはラスト10分くらいで、前半は中村勘三郎、勘太郎、七之助が狂言師に扮しての舞踊、中盤は一遍宗と日蓮宗の坊主の掛け合いが続きます。坊主が引っ込んで場内が水を打ったようにシンと静まり返る中、再び中村屋の力強くも美しい獅子の化身が登場し、後はもうきらびやかな極彩色の奔流となって観客をその渦に叩き込む。なんだかジャイアントスイングされてるような感じ。いやあ、いいもん見せてもらいました。

 素人なりに勘太郎と七之助を見比べてみると、狂言師の姿で踊る場面では七之助の現代的なアゴの細い顔立ちが目を引くのだけれど、獅子の化身の姿では勘太郎のほうが凛々しいというのか、踊りに猛々しさがあったように思う。これは勘太郎に他の二人がタイミングを合わせているとのことなので、勘太郎のほうが思い切りよく演じられたからかもしれない。しかし優劣がどうこうと言うのは野暮である。舞台狭しと暴れ回る三位一体の迫力こそが眼目なのだろうから。

 これが幕末の作とはいえ、門外漢からすると「歌舞伎に狂言師とはこれ如何に」という疑問がある。歌舞伎に狂言師が出てくるのは、なんというかリオのカーニバルでワルツを踊るチームが登場するようなものではないかと思うのだが、歌舞伎とはどうもそういう物ではなさそう。古くは浄瑠璃から演目を拝借したり、「らくだ」のように落語を演劇にしたり、玉三郎の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」は元は杉村春子が主演した新劇である。実は歌舞伎は柔軟どころではなく、昔から客ウケの良いものに対して貪欲に取り込んできた演劇なのではあるまいか。現代でも歌舞伎役者がテレビドラマや映画に出るのは、客ウケする芝居やネタを歌舞伎にフィードバックするためなんじゃないかという気がしてきた。恐るべし歌舞伎。

こんな人にオススメ:手っ取り早く歌舞伎に触れたいならば、「連獅子」が歌舞伎のイメージに最も近い演目ではないかと。