今日も定時ダッシュ -106ページ目

真幸くあらば

 これは要はアレだろ、結局犯罪者でもイケメンだったから女は惚れたんだろ、とモテない男の僻み根性全開で観てしまうと、この映画は自分にとって何物でもなくなってしまう。なので、とりあえずその結論はおいといて、色々みていくことにしました。

 刑務所における太陽の光の使い方が非常に恣意的で、日光は主人公の死刑囚にとっては己の所行を断罪するもの、身の置き所を無くす物として存在している。男は独房の窓から差し込む日光を避けるように身を沈め、独房を出て日光浴をする時も、石のように固まったままひたすら我慢しているようだった。ミッキー・カーチス演じる年老いた死刑囚は、刑が執行されるにあたって、光の射す上階から真っ暗の階段を降りて行った。しかし主人公の執行場面はこれとは逆に、まず晴天の太陽が画面に映され、刑の執行が本日であると知らされて、刑務官に連れられて光が溢れる執行場へと消えて行く。

 だから主人公が己の思いを意識にのぼらせるのは、決まって日光の届かない場所か、光が弱まった時である。夕陽が赤く男を照らす中で、彼は愛した女性にあてて自分の思いを綴り、月の明かりで彼女の裸体を描く。女性からも好意を示されて喜びを現すシーンで彼が雨に打たれていたのは、雨に濡れるのも厭わぬほど嬉しかったからではなく、日光が届かない状況だからこそ、彼はあれほど自分の喜びを素直に解放できたのだ。

 そして、女性からの「次の満月の夜に」と申し入れをされて、月の光を浴びながら、ようやく男は自分の欲望を迸らせる。正直この映画は、いくらなんでもソレはないだろう的な甘っちょろい感じも多分にあったし、何より森山直太朗のファルセットはムズ痒くて苦手なのだけれど、それでもこの場面の男女の思いが非常にストレートに自分の中に入ってきたので、この映画はこれでいいのだと思った。

 婚約者を殺した男を愛してしまう女性を演じた尾野真千子の感情を抑えた表情がとても良くて、コケティッシュなシーンが全くない(最後の最後に一瞬あるが)にも関わらず、思いの深さを現す強ばった表情がとても魅力的に見えた。満月の夜の場面は、ここ最近の映画の中で一番美しいヌードだと思う。

 最後に海辺で男女が見つめ合うシーンは、太陽の光を反射してキラキラと輝く海を背景にして振り向く男と、そこからカメラを切り替えて男を見つめて優しい笑みを浮かべる女が映される。「アマルフィ」ではないが、キラキラ海を背景にすることが許される男はヒーローだけであり、そうなるとこのシーンは女が想像した場面ということになるのだと思う。男は罪を償うことで、ようやく陽の下に出られるようになったのだ。

こんな人にオススメ:ポスターの尾野真千子のヌードにビビッときた御仁、決して後悔させませんぜ

ビッグ・バグズ・パニック

 人々が心の余裕を失い、どんどん間のつまったテンポの速いサスペンスを好むようになって、津波だってゾンビだって地底人だって猛スピードで人間たちに襲いかかるこのご時世、「ビッグ・バグズ・パニック」の虫どもときたら、どうにもモタクタした動きでなんだか牧歌的。この感じは虫の動作がノロいというよりも、カメラが割と距離を置いて広めの映像で撮っているため、「ディセント」の逃げ場無しの閉塞感とは逆に、観客の神経を不必要に刺激しないことが理由ではないかと思います。

 タイトルの通り、映画が始まってすぐに虫が襲って来てみんな大パニックなこの映画、人々が右往左往する様子はぞんぶんに出て来るものの、「なぜこんな不気味な虫が急に出てきたんだ?」と因果に思いを馳せる人は誰一人おりません。この原因を問わない感じがB級らしくてグーです。原因を示さないからこそ、えんえんと逃げ惑う人間達の様子に描写を費やすことができる訳で、その点ではヒッチコックの「鳥」に近い。「ビッグ・バグズ・パニック」はさらに「ゾンビ」や「遊星からの物体X」のテイストも取り込んで、昔のホラー映画を上手い具合にこの映画の面妖なテイストに変えています。

 子供のころ日曜の午後にテレビで色々な安っぽい映画が放映されていて、アリやら毒蜘蛛やらが襲ってくる映画が結構あったように思う。「ビッグ・バグズ・パニック」の感じはそれらの映画に近くて、それゆえホラー・コメディとして製作されたのだと思う。このテンポでシリアス路線をやってしまうと怖くも何ともないシロモノになってしまったのではなかろうか。

 登場人物の一人である金髪の女性が、初見からして「アタシ脱ぎ要員よー」というオーラが全開で、そう思っていたらやっぱり脱ぎました。それはいいとしても、彼女のオッパイが、まるでゴルチエがデザインしたマドンナの衣装のような見事な三角錐のオッパイで、先っぽの尖り具合といい直線的なシルエットといい、一体何を入れてんだと思った。でもって、脱いだと思ったらもう役目無しとばかりにすぐに死んでしまうあたり、あまりにもドライすぎてちょっとオッパイ姉さんに同情するの巻。

こんな人にオススメ:B級ホラー好きなら是非

ティンカー・ベルと月の石

 ネバーランドを舞台に、ピーター・パンに出会う前のティンカー・ベルの活躍を四季を通じた四つの物語にするという、なかなか壮大なシリーズの2作目であります。1作目が春で今回は秋。とはいえ、この2作までの雰囲気では、季節感を感じさせるシーンは非常に美しいもののごく限られており、それよりもティンカー・ベルの心の成長をじっくりと描くほうが主眼なのかもしれない。

 2作ともピクサー映画の脇に追いやられた感のある公開時期ですが、ファミリー映画としてふさわしいのはピクサーよりこっちの方じゃないかという気がする。もちろん子供が娘ならば、というエクスキューズ付きですが、ティンカー・ベルの心情描写がとても丁寧で、きっと子供でも内容について感じ入るものがあるのではないかと思う。イヤらしい見方だが、親として子供にどちらを薦めたいかといえば、自分は断然「ティンカー・ベル」だ。「カールじいさんん」のほうは、もっと大人になれば違った面白さがわかるかもね、という感じで、子供が観ても楽しめるには違いないが、ちょっと手に余るようにも思う。

 今回は、協力してがんばったって1+1が2になるとは限らないし、もしかして1以下になってしまうことだってあるけれど、逆に1+1が3にも10にもなるんだよ、というような、なかなか含蓄のある話でした。物語に合わせたティンカー・ベルの表情がとても豊かで、喜怒哀楽がまるで昔からのアニメで描かれたように細やかに変化していきます。

 このシリーズは、何気に伝統あるディズニー美女を3D化した(多分)初の映画で、妖精達はディズニー映画の昔からのお馴染みである、あの色っぽい流し目をくれている。この3Dの違和感のなさはもっと評価されてもいいんじゃないかと思う。そのうちディズニーらしい3Dのオリジナル映画も登場するのだろう。従来のアニメの製作も無くさないで欲しいが。

こんな人にオススメ:あんまり入りが少ないと今後のシリーズがDVDスルーされてしまう可能性もあったりして・・・大きなスクリーンで映えるシーンも多いので是非とも劇場で

夜のてほどき 未亡人は19才

 1987年に公開された渡邊元嗣監督のポルノ映画でございます。公開当時は「新・未亡人下宿 未亡人は19歳」というタイトルで、おそらく未亡人下宿シリーズの一遍だったのだろう。このたび上映されたのはニュープリントとのことで、今更シリーズというのも何だろうし、短いフレーズの中に未亡人という言葉が2度も出て来るのもセンスがないので、新しいタイトルのほうが気が利いていると思います。

 この映画をわざわざ二十年以上経って複製しなおした理由は、おそらくこの映画があまりにも、あまりにも80年代の風俗を色濃く留めているから、ちょうど自分のような80年代に多感期(死語)を過ごした、現在中年まっただ中のオヤジが果てしなく懐かしさに駆られる一本だからだと推測いたします。

 まず第一に、舞台となるボロアパートの新しい管理人としてやってきたヒロインのキョウコさん。ここまでストレートに「めぞん一刻」の設定をパクってくるのもポルノならでわ。そもそも「めぞん一刻」のほうがポルノ映画のフォーマットを拝借しているので、それをさらにポルノ側がパクるのもむべなるかな。ストーリーはボロアパートを潰して地上げを目論むブラック会社から先代の管理人が渡してしまった借用書を奪い返すというもので、いわゆる地上げ屋なんてのも当時流行ったよなあ、と思わず遠い目をしてしまう。

 この下宿に間借りを希望するのがクリーニング店で働くスケベ男で、これは即ち洗濯屋ケンちゃん。流石に自分はホンモノは観てませんが、中学の頃に姉が買っていた「ロードショー」という今は亡き映画雑誌の読者コーナーが洗濯屋ケンちゃんネタで異様に盛り上がっていたことを覚えている。そいえばその雑誌に「ニャンニャン映画館」といったようなタイトルでポルノ映画を紹介するページがあって、思い起こせばアレがワタクシの人生初のオカズだったという記憶まで蘇ってしまったでござるの巻。

 ケンちゃんの着ているTシャツが、サントリーの缶ビールのCMで一世を風靡したペンギンのイラスト入りで、懐かしさに思わず涙が出てしまう。ただこのキャラのCMが開始されたのが83年で、87年の映画にこのTシャツを着て出てくるというのは明らかに「流行遅れのTシャツを気にせずに着ているダサい奴」という意味である。今となってはキャラクターTシャツ自体がTPO問わずダサイものだから、まあどっちにしろ今観てもTシャツの意味は通じている。うかつにダサイなんて書いてしまいましたが、このあたりも年がバレる糸口でありますな。

 地上げ屋の用心棒が、リカちゃん人形を持ち歩いてレモンピープルを読んでいたりする、いわゆるロリコン男である。こっちは宮﨑勤を先取りしている感じ。それにつけてもレモンピープル!!ああ、あったあった。読んだ読んだ雨宮じゅんに内山亜紀!でも自分には内山亜紀の幼女嗜好は全くダメで、当時も今も自分の年に見合った女性がいい。となると現在の自分に見合ったAVのカテゴリーは「熟女モノ」ということなのだが、どうも自分のイメージとAV界の熟女のイメージの乖離っぷりに戸惑うこと多し。だって30そこそこで熟女扱いってのは、ちょっとそれは可哀想だと思うのだ。

 そして何よりも当時の時代を感じさせるのが、主演が新田恵美というキャスティング。この人は、当時一世を風靡したおニャン子クラブというアイドルグループの人気メンバーだった新田恵利のソックリさん、という触れ込みで、御丁寧に映画のオープニングとエンディングには新田恵利の「恋のロープをほどかないで」が流れてくる。ああもう、オッチャンなつかしすぎてメロメロっす。しかし「百恵のお尻」でプレイバックパート2が流れた時も思ったのだが、本家の創作物を使ってパチもんが商売していいのだろうか。

 新田恵利自身が普通さが売りだったので、そのソックリさんといったところで取り立てて美人というワケでもスタイルが良いワケでもないのだが、おぼこい感じが今でもソソる。「おぼこい」って意味通じるのだろうか不安ですが。

 話はそれますが自分は新田恵利のソックリさんは新田利恵だとずっと勘違いしていて、この映画で新田恵美だったと記憶違いに気付いたのだけれど、Wikiで調べると新田利恵というAV女優もちゃっかり存在していたと知る。二人もフォロワー(?)が出るなんて、新田恵利ってそんなに潰しが効く芸能人だったっけ?と疑問に思うのでありました。

 ここまで懐かしさ満載でキャッキャと駄文たれ流しておいてナンですが、映画としては大して面白くもエロくもなかったという、、、まあソレはソレ。この年になって観てよかった一本でありました。

こんな人にオススメ:不惑(前後)なら迷わず。

AVATOR

 名古屋の109シネマズにIMAXシアターが出来たので、コレは一体どんなもんか見てやらねばと年末に出かけたのですが、最終回の一時間前に行ったところとっくにチケットが売り切れでガッカリだった。年をまたいで二度目は昼過ぎにチケットを買いに行き辛うじて最終回が残っておりました。恐るべしIMAX。

 IMAXについては、スクリーンが8階建ての建物に匹敵するだの映画に包まれるような映像体験だの、とにかく宣伝文句が派手なので、嫌が応にも期待が高まるのですが、元々の劇場をIMAX方式にしたのだから8階建ての大きさのスクリーンなんて入るワケもなく、想像していた程ではなかった。おそらく名古屋の109シネマズのIMAXは本領ではないのだろうが、あれなら昔のシネラマ方式のほうが偉容でしたな。

 ただ、IMAX方式の3DはこれまでのXpanD方式よりもずっと見やすかった。3Dメガネも軽かったし色合いもずっと明るめで、同じ3DならIMAXのほうが好みであります。中央前よりの席で観れば、確かに映画に包まれる体験ができそう。

 このように、内容がどうこうよりも3D映像の凄さを啓蒙することが目的のような「AVATOR」ですが、ジェームス・キャメロンが「タイタニック」の次は3D映画を作るとアナウンスしたのが10年以上前のこと。当時の3Dといったら赤と青の薄いプラスチックで作ったメガネをかけて、赤青の画面を観るモノだったので、キャメロンってば一体何を寝ぼけたコトを言っているのだろうかと思っていたのだが、奴は3Dデジタル映画の嚆矢を放つポジションを狙っていたのだな。

 確かに「AVATOR」を観ると、これまでの3D映画(特に実写)は何だったんだろうという程の格差を感じる。奥行きを感じさせるだけでこれ程臨場感が変わるのかと、ひたすらビックリしていたのでありました。

 だがしかし。観終わった直後は確かに物凄くコーフンしたのだが、熱が冷めた今となっては臨場感がスゴい!という以外の感想がサッパリ出てこなくて、どうもそれが気になってしまう。3D向きの映画というのは、要はハリウッド製作の大作だと考えていいと思うのだが、今後それらの映画が3D効果を狙って3Dウケする画面作りや音響を備えてくるとしたら、トランスフォーマーもバットマンもスパイダーマンも全部同じに見えてくるんじゃないだろうか。3Dという新技術が映画の見せ方を画一的にしてしまうようならば、この新技術は映画の表現の可能性を狭めてしまうことになってしまうんじゃないだろうか。

 いやまあ、実際は自分だって「AVATOR」は大満足だったし、ティム・バートンの「不思議の国のアリス」も期待しているんだけどさ、それはやっぱり今はまだ3D映画が新鮮だからってのもあって、それじゃあ3Dが目新しくなくなってしまうと映画はどうなっちゃうのだろうかと、オタク的に心配してしまうのでありました。

こんな人にオススメ:とにかく今後のハリウッド大作はコッチに行くのだから、新春一発目としてふさわしい映画だと思います