こんにちは!今日も元気いっぱいの生チョコぽん酢です!

昨日はたくさんの励ましのコメントありがとうございます。

昨日の記事がまだの方はこちら


よく考えたら投稿前日に「もし意識と切り離されたらどうしよう」なんて弱気なことを言ったせいで、強烈なメッセージが届いたのかもしれませんネw

コメントの中には「お祓い行った方がいいのでは」とか、中には「転職するべき」という声もありました。

心配してくれてありがとうございます。

私は毎年年末に厄除けに行っていますし、自家用車でも大体同じような感じなので、お祓いは少し違うかなと思っています。

私のブログを最初からお読み頂けている方なら、時々こういう日があることをご存知かと思いますが、対象が私でないものを含めたらしょっちゅう見かけますから、単純に道路にいる時間に比例しているものですね(めもさんのリンクを見たら改めてそう思いますw)。

そして多分・・・

これは臭いと同じで、いずれ一定数の人が気付き始めるものなのかなと、個人的には思っています。

当然と言えば当然ですが、道路上だけの話とは思えないから。

昨日の記事の後半で載せたバスの件もそうですが、徐々に人が人を人として認識できなくなっているのかなとも感じたりしています。

あと大変な部分だけフォーカスしていますが、昨日みたいに色々ある日というのは、当然忙しい日なわけで、忙しいということはその分売上になっているという点、そして午後の3時には家でのんびり出来ている点もあり、結構私も抜くところ抜けているので、転職は考えていませんw

そもそも目的意識を持って地元で長年やっている仕事ですから・・・。

(【もう駄目かもしれません】というのはこの世界が、という意味になります・・・)

でもこういう大変な日に、家に帰ったら美人な奥さんが料理作って待っていてくれたら「えへへえへ」ってなるんですけどね・・・(あ、午後の3時に帰ってくるようじゃ無理か)


まぁ冗談はさておき、昨日の件も含めて近頃思うのが、化けの皮が剝がれているだけなのでは?という点です。

ワクチン単体でアレになったのではなく、元々アレだったのを平和な世界では誤魔化しながら生きてこれただけで、ワクチンは少し後押ししただけ、だからワクチンを重ねていていもまともな人はたくさんいる、的な。

 

つい先日なのですが、久方ぶりに右翼街宣車を見ました。

 

多分コロナ禍に入ってから初めてだと思います。


しかし様子が以前とは全然違います・・・


なんか、静かなんですよ。

あれ?って思って近づいてみると、カーステレオかな?って思うくらいの小音量で、軍歌と何やら汚職についてボソボソ語っているのですが、正直何言ってるか分からない。


(右翼団体の善行もたくさん知っているので、個別で否定しているわけではないですからネ)

そして街宣車の後ろにはパトカーが1台追走しています。

あぁ、正規の手続きを踏んで活動されている。

もちろん、正しいことなのですよ。

私が今回言いたいのはそこではなくて、自称「私は全てを知っている」天才医師達、常識人ぶっていた多数派の民間人、博愛や人権を語る社会団体etc・・・

コロナ禍前(平常時)に堂々としていた人程、コロナ禍ワクチン禍以降の非常時ではあまり役に立たないというか、実は同調しているだけで自分は空っぽで他力本願(社会力本願)だったというか、化けの皮がはがれているように思えるのですよ。

自称「私は全てを知っている」天才医師達は実はほとんど無知で、唯一神の製薬会社のエビデンスだけを頼りにしていた人達でした。

社会を仕切ってきた、常識人ぶっていた多数派の民間人は、実は何も本質など捉えておらず、実は常識なんて常に変動し続けている曖昧な概念ということにも気づかず、その時その時のテレビの言いなりなっていただけのヘッポコ能無し集団でした。

※本質を捉えず常識だけを頼りにすることの危険性については、以下の記事の最後の辺りの図をご覧ください


聞こえの良い博愛や人権を謳っていた人たちは実はホスピタリティが全くない存在で、本当は自分さえよければ「人権・博愛」なんてどうでもよかったという人達でした。

これは日本特有のものなのかもしれないし、そうでないかもしれませんが、少なくともこの日本では当てはまるのではないでしょうか。

 


平常時とされる以前の世界での正しさは間違いになっており、何もかもがひっくり返ろうとしているのかもしれません。

臭いやシェディングをこの理論に結びつけるのは少し強引かもしれませんが、少なくともこれらの人々が引き起こしたコロナ禍ワクチン禍での醜態はもう消すことが出来るものではないし、だからと言ってその醜態に気付ける人も限られておりますから、このまま自滅に突き進んで行った先に、何もかもがひっくり返った世界がやってくるのだろうと思います。

2~3年でそうなるのならいいですが、もっともっと時間がかかる場合には、自分が生きているかどうかもわかりませんが、私は以前にも言ったことがありますが、「平常時の社会に馴染めていた人は心に異常があるのではないか」と思っていた人間ですから、ひっくり返った世界を観測してみたい気がしています。


さて、話が前後して恐縮ですが、昨日の記事でこんなコメントを頂きました。

    

初めまして。いつも拝見してます。

 

昨日のことなんですが… 出勤経路にある長い踏切のど真ん中で、おばあちゃんが押車が線路に引っかかって立ち往生してたんです。

 

完全に遮断機は降りちゃってる(つまり電車がきちゃう)状態で、それが目に入った瞬間、わたしは踏切までダッシュして非常ボタン押しに行ったんですね。

 

おばあちゃんは無事だったんですが、なんと恐ろしいことに、わたしよりもその踏切の近くを人が通っていたのに、誰も助けようとしなかったことです… 心が壊れてますよね😢

 

どうぞ、ご安全にお過ごしください…

 

大変な経験をされましたね。

でもこの読者様の勇気のある、そして人間らしい行動に少しホッとしたのでした。

以前に別の読者様が教えてくださいましたが、踏切が鳴り、外側にいると勘違いした女性が実は線路の内側にいて、亡くなってしまう事故を思い出したのでした。

問題はその人の行動にもありますが、周りが誰も助けてあげられなかったことの方が、私はゾッとしています。

 

誰だって色々あって注意力散漫になる時があるじゃないですか。

 

そうなった時に誰も助けてくれないってことなわけで・・・。


まぁその事故ニュースについて詳しいわけでもなんでもないので、このあたりにしますが。

もはや普通ではないのですよ。

というかもう今の社会では、人間的感覚の普通を求めても無駄かもしれません。

 

理想とされる人間像も幻想の領域になっている。


どんどんと音を立てて大切なものが壊れています。

きっと時間をかけてありとあらゆるものが壊れてしまうのかもしれません。

でも・・・破壊は創造の始まりですからね。

その苦労の先の未来が、我々にとって住みよい安全な地であることを祈っています。


一方で、こんなコメントもありました。

    

自分で考える力を失い、弱肉強食の中、未だに想像さえしないほど搾取され続けて、取り憑かれたように周りに気を使うこと(表面的なPRと体裁のため)に命を削り、ワクチンで生命力が弱くなった結果、憤りを感じて憎しみや八つ当たり先を探しているようですね。

フランスはやや悪い意味で何も変わってないじゃんと思いました。相変わらず色々不便です。この国は文明の恩恵受けてないのかしらって思う箇所も多々あります。

人は動物っぽいってか、抑制がきかないっていうか、体臭すごいってか。ちょっとした動物園みたいです。

でも瞳の中に生命を感じます。笑顔の中に人生が現在進行形で動いていると感じます。

動物的でも生命を感じる瞳は綺麗だなと。

シェディングの匂いはあまり感じません。
しかし1週間で2回くらって、ひどい蕁麻疹がでました。グルタチオンで落ち着きました。

シェディング2回は買い物で訪れた以前住んでいたお金持ちの多いエリアでのことでした。今滞在しているエリアは貧しい北斗の拳エリアですが、チンピラだらけのところで、ここは今のところシェディング皆無です。

ワクチン打たない人が移民やチンピラの中ではかなり多く、ブルジョワ層はワクチンを3回まで打って、今でもマスクしている人がいます。信じてる政党や思想の違いが階級で割とはっきりしていますね。
ワクチンパスポートがないとレストランやスーパーに入れない時も貧しい危険エリアはチェックする店員が殴られるため実質機能してなかったみたいですね。
ふざけた事に巻き込むなって怒りっぽい集団です。

これなら私は北斗の拳エリアに住もうかなと考えています。移民チンピラさんもアジア女性が子連れで歩いていても気にかけず、むしろ荷物を持ってくれたり親切です。
基本的には目立たなければ攻撃対象にならないのですね。
露出が少なくお金なさそうなファッションしてオーラを縮めて歩くが最低条件ですけれどね。


TUEEEEEEEEEEEEE

 

もうね、心の中で「姉ごぉおおおおお、かっけぇええええええ」ってなりました。

 

(私より年下だったらごめんなさいw)


この読者様は初期のころから読んでくれている方です。

ついこの前までは日本で生活されていたのですが、臭いやシェディングに耐え切れず、都心から移住を考えた末・・・

フランスに行ったというw

元々フランスには縁がある方のようなのですけどね。

多分こういう人が最後まで生き延びるのだろうなと思います。

やはり懸命に生きている女性を見ると、自分も頑張らなきゃなって勇気を貰えますよね。


皆様も明日は我が身かもしれませんよ・・・

私はただ、普通ではない人や患者と関わることが多いだけ(つまり平常心ではない状態の人と会うことが多いということ)。

そして道路に長い時間いるだけなのですから。

と私は思いました。

 

まぁ言いたいことを要約すると、コロナ禍前(平常時)に堂々としていた人程、実は同調しているだけで自分は空っぽで他力本願(社会力本願)だっただけで、今までの社会秩序の崩壊と同時に、自分の平静を保てなくなってきている、ということですかね。

 

だって自分の意思決定ですら他力本願だったのだもの。

 

そりゃ自分を保つことなどできないでしょうね。

 

 

皆さんは一緒に生き残りましょうね。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

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