皆様、今日も笑っていらっしゃいますか。
Nalishなお時間へようこそ。
人生を振り返るシリーズを書いています。
【新】拒過食症への道→こちらから
【新】拒過食症への道②→こちらから
【新】拒過食症への道③→こちらから
【新】拒過食症への道④→こちらから
【新】拒過食症への道⑤→こちらから
【新】拒過食症への道⑥→こちらから
大学一年生の夏、44㎏にまで減っていた私
もういつどこでどうやって、
何を食べればいいか分からなくなっていたある日。
突然身体のどこかでブチッと音がしました。
何かが切れました。
何だろう?
それは「我慢」という名の私の意地と、
身体ができる「我慢の限界」と、
脳をつないでいた線が切れたのだと思います。
それは突然やってきました。
約一年半のダイエットで鍛えた脳が覚えたことは、
人前で食べることは恥ずかしいということ。
でももう欲を抑えることは不可能でした。
そこらにあるもの何でも食べだしたのです。
口に入るものは何でも、お腹いっぱいになるまで。
ひどかったのは、家にあるお菓子を夜中に食べだしたことでした。
それも一つや二つじゃなく、大量に。
日中は食べない。夜中に食べたくなるのです。
親からこそこそ隠れて。
弟に見つからないように。
夜中にそーーーっと2階から降りてきて、台所にお菓子を盗みに行く。
両親も弟もおかしいと思っていただろうけど、
何も言わずにただただ見守ってくれていました。
私の中で、それは、
私の生命をつなぐ最後のあがきだったんじゃないかと思います。
あれ以上進めば命が危なくなっていた。
本能が、これ以上はダメだ!と、
線を切ってくれたのじゃないかと思っています。
もちろん体重はみるみる増加。
夏が終わり秋になる頃には、21㎏増の65㎏に。
それでも私は学校に行かねばなりません。
絶対に隠せることではないけれど、それでも私は何とか体型を隠し、学校に通いました。
私に告白してくれた男の子は、自然と去っていきました。
あれ?って言った人が2~3人。
「太ったなぁ」とダイレクトに言った人が1人。
家族を含め、私に何か言った人はそんなものでした。
11月頃、突然彼ができました。
ちょっといいなぁと思っている人がいて、
でも太っちゃった私は自信がなくて、
もじもじしていたら彼から「付き合ってください」って。
嬉しくて嬉しくて、
どうして太っちゃったこんな私が良いんだろう?と思う反面、
私はこの世にいていいんだ、こうやって生きていていいんだって、
存在価値を認めてもらった気がして、とても幸せでした。
そして彼といる時間が長くなるにつれて、
徐々に食欲もおさまっていきました。
一年ぐらい来なくなっていた生理も戻り、
嬉しかったのを覚えています。
大学2年生の夏ぐらいから一人暮らしもし出して、
彼との時間も長くなりました。
完全ではないけれど、多くの時間を食以外のことに頭を使い、
結局その彼とは2年ぐらいで別れてしまったけれど、
その後にまた彼ができたりして
大学生を卒業して就職するぐらいまでは、
過食症は落ち着いていました。
体重も、60㎏になっていたと思います。
と、ここまでが私が拒食症、過食症になったあたり、
そして一旦落ち着くまでの流れです。
でもこれで私の過食症や暴飲暴食の癖が治ったわけではありません。
むしろ、この先は、何か心配事があると症状が出たり、
失敗、不安などがあると過食症と闘ってきました。
それは「私は太っているから悪いんだ」という
根本の概念を取り除くことができていないからだと思います。
「私は太っている」
「太っていることは悪いことだ」
「太っているからうまくいかないんだ」。
何かが起きると責任転嫁してしまう癖が、
こういう風についてしまいました。
そして私は私自身を好きだと思ったことが
実はほとんどないような気がします。
この後は私の最近のブログから、
私がどう変化しているか読んでいただけると嬉しいです。
感謝を込めて…