社会人大学生で
話がとても良い面白いよっちゃんからバトンタッチ。
こんにちは
マリコ先生です。
今日は、お母さんに一言が言えなかった私の話です。
お母さんは、いつも妹と弟のことを見ている。
妹が泣けば、すぐに飛んでいく。
弟が困れば、すぐに助ける。
妹の学校のこと。
弟の体調のこと。
妹の気持ち。
弟の将来。
お母さんの頭の中は、いつも妹と弟のことでいっぱいだった。
私は、それをずっと見ていた。
そして、心の中で何度も思っていた。
「お母さん、私は?」
私もここにいるよ。
私も見てほしい。
私も話を聞いてほしい。
私も心配してほしい。
でも、そんなことは言えなかった。
妹や弟の方が大変そうだったから。
だから、お母さんに迷惑かけないようにしていた。
お母さんが疲れているのが分かったから。
私まで困らせたらいけないと思ったから。
だから私は、ちゃんとした。
一人でできるふりをした。
寂しくないふりをした。
困っていないふりをした。
「私は大丈夫」
そう言える子になった。
でも、本当は大丈夫じゃなかった。
「お母さん、私は?」
この言葉をずっと飲み込んでいた。
子どもが求めているのは、特別扱いだけではありません。
自分の存在を見てもらうことです。
何かができたからではなく。
困ったことが起きたからでもなく。
泣いたからでもなく。
ただ、そこにいる自分を見てほしい。
「あなたも大切だよ」
「あなたのことも見ているよ」
「あなたの気持ちも聞きたいよ」
そう言ってほしいのです。( ; ; )
妹や弟に手がかかることはある。
お母さんにも余裕がないことはある。
でも、子どもは事情だけでは納得できません。
子どもの心には、
「妹と弟は大事」
「私は後回し」
と残ることがあります。
そして、その子(私)は大人になっても、
「私は我慢する方」
「私は後回しにされる人」
「私は助けを求めてはいけない」
と思いやすくなります。
人に頼れない。
寂しいと言えない。
自分より他人を優先する。
誰かが困っていると、自分の気持ちを引っ込める。
そして、心の奥でまた思うのです。
「私は?」
でも、本当は、我慢できる子だったわけではありません。
我慢しなければ、居場所を失いそうだっただけ。
しっかりした子だったわけではありません。
しっかりしないと、見てもらえないと思っただけ。
何も求めない子だったわけではありません。
求めても届かないと、諦めただけ。
最初からダイヤでした。
ただ、自分が大切な存在だと感じられる経験が少なかった。
妹や弟と比べて、価値が低かったわけではありません。
お母さんの余裕や事情によって、見てもらえる量が少なかっただけです。
だから今、大人になった自分が、あの頃の自分に言ってあげてほしい。
「あなたもいたよ」
「あなたも寂しかったよね」
「我慢しなくてよかったんだよ」
「あなたも大切だったよ」
「誰かより困っていなくても、助けを求めてよかったよ」
子どもの頃に言えなかった、
「お母さん、私は?」という言葉。
その答えを、今の自分が返してあげてもいい。
「あなたも大切だよ」
「あなたの気持ちも、ここにあっていいよ」
「もう後回しにしなくていいよ」
お母さんに見てほしかった自分を、
これからは自分が見てあげる。
それが、自分の存在を取り戻すということなのだと思います。
「お母さん、私は?」
この言葉を飲み込んだ子は、
大人になっても自分を後回しにする。
でも本当は、
我慢できる子だったんじゃない。
見てほしいと言えなかっただけ。
そして、こんな子どもは大人になるとどうなるのか?
地獄のデスロードへと突き進むのです。
↓
マリコ先生でした。
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