再開発で新しくできた映画館フィンズベリーパーク・ピクチャーハウスで『Eric Ravilious: Drawn to War』(2022)を観た。以前彼の水彩画展に行ったことがあって、英国戦争画家の一人であることは認識していたが、彼の家族や他の仕事に関してこのドキュメンタリーで初めて知ったことが多い。例えば、ラビリオスの作品は水彩画以外には木版画のみで、油彩画は好まなかったとのこと。曰く「油彩画は耐えられない。歯磨きペーストみたい。」また水彩画で特徴的な斜めに走る筆遣いは木版画の彫り方の応用だとか。一方水彩画は油彩画と異なり描き直せないので、一発で決める緻密で正確な筆遣いが要求されるが、ラビリオスはそのために半分以上作品を廃棄していたという。しかし、何より意外だったのは、夫人のティツァー・ガーウッドも将来を嘱望された優れた画家だったという事実。この映画では女性監督マージー・キンモンスがラビリオスとガーウッドの対比を鋭く描き出している。彼が戦争画家として戦場に駆り出されている間にガーウッドはワンオペで3人の子育て、おまけに乳癌に冒され手術を受け*、夫のように才能を花開かせるだけの時間が足りなかった。まさしくアン・モロー・リンドバーグによれば、才能の開花させた女性に独身が多いのは「気が散ること」を避ける結果になったから。また、その事を事前に感知していた人も居る。ジョージア・オキーフのパートナーのアルフレッド・スティーグリッツだ。オキーフに絵を描かせるため、彼女が子供を持つことをスティーグリッツは許さなかったと聞く。一方で、ラビリオスは生前3回ほど開いた個展で成功してはいたが、多くの絵は彼の子供たちが成人してから自宅で発見したとか。子供がいなかったとしたらラビリオスは再評価されなかったかも。というわけで、映画のあらすじは…

 

 『ERIC RAVILIOUS - DRAWN TO WAR』は1942年アイスランド行の飛行機墜落事故で亡くなった、愛されつつも過小評価されてきた英国軍公式戦争画家であるエリック・ラビリオス(1903-1942)を描いた最初の長編映画である。ラビリオスにインスピレーションを与えた劇的な戦時中の場所を背景に、アーティストのアイ・ウェイウェイとグレイ・ソンペリー、作家アラン・ベネット**とロバート・マクファーレンが、その芸術と同じくらい魅力的で謎めいた彼の人生を語る...マージー・キンモンス監督曰く、「私自身、映画製作者および芸術家として、戦争によって早逝したアーティストの話を描いています。ラビリオスは、非常に英国らしい生き方を描いた素晴らしい画家であり、歴史的な変化の時代に独自の視点を生み出しました。この映画は、彼の人生と芸術が、とらえどころのない英国らしさの概念(Britishness)について私たちに何を教えてくれるのか、そして戦争画家であることが何を意味するのかを問いかけます」(IMDbより抜粋)

 

 この映画の核となっているのは癌に冒されてからガーウッドが書いた回顧録とラビリオスや彼の愛人が書いた手紙。ガーウッドの手書きの回顧録を本として出版まで纏め上げた末娘もラビリオスと二人居た愛人との間の手紙は手元に8年間も置いたまま、目を通すことができなかったという。写真を見ても分かる通り、美術学校講師時代の若きラビリオスは童顔でチャーミング。女生徒の人気がとても高かったらしい。彼の絵にも可愛らしさや透明感が感じられる。また、飛行機なども生き生きとして鳥が羽ばたいているかのように描かれ、どこか夢のようなお伽噺のような印象を与える。その一方で、ただ居心地が良いわけではない、不穏さを含む英国の風景画もある。これらの絵を詳細が拡大された大スクリーンで見られただけでも、わざわざ映画館で見た甲斐があった。しかも、ラビリオスの手紙の語りまで… 82分と短めな映画だったのに、耳から入る内容はずっしりと重く、素敵な絵の連続で目には心地よいという、不思議な体験をさせて貰った。もう一回見に行ってもいいかもしれない。下記ガーディアン誌で数枚絵も見られる。

 

*妻の手術の際、英国海軍はラビリオスを海上任務から外し家族の元に戻したという。英国らしさはここにも。

**アラン・ベネットは『ミス・シェパードをお手本に 』(2015) の気弱な主人公

 

英語版予告編