BBC iPlayerでデイム マギー・スミス主演の『The Lady in the Van/ミス・シェパードをお手本に』(2015)を観た。TV の『ダウントン・アビー』で伯爵夫人役だったマギー・スミスは舞台で同じ役(ミス・シェパード)を長年演じてきたという。実はマレイ・ぺレイアのピアノコンサートで彼女を二回目撃している。一回目は華やかなワインカラーのベルベットのパンツスーツ、二回目は目立たないグレーのコートをお召しだったが、シャキとした、スレンダーで素敵なレディなので直ぐマギー・スミスだと気付いた。そんな人がホームレスのおばあちゃん役なんて…見たいような見たくないような。でもコメディだし、「実話だ」とあり、1970年代のロンドンにも興味があって見始めたところ…英国らしさがかなり濃い映画で他国の人に細かいことが分かるのだろうか⁉と疑問をもった。

  あらすじはシンプル。古ぼけたバンを住まいとするホームレスの年配女性ミス・シェパードがカムデンのとある通りに居座ってしまう。(予告編のカムデンが「ハイソな街」という表現には賛成しかねる。「カルチャーの街」が相応しい。)新しく越してきた劇作家のアラン・べネットは彼女と顔見知りになったが、警察からの退去命令を気の毒に思い、つい「3カ月だけ自宅の前庭に車を駐車して良い」と言ってしまう。しかし、現実には3カ月どころか結局15年も居座られる羽目に。次第に彼女はフランス語を流暢に話すので、教育を受けた女性だとわかってくる。映画の最後には(ネタバレになるけれど)、英国夏の恒例クラシック音楽祭BBCプロムスでショパンのピアノコンチェルト第一番を弾く若かりし日の彼女が登場!という話。
 印象に残った台詞がある。ミス・シェパードが修道院で神への服従を試すためにピアノを禁じられて以来、半世紀ぶりにピアノを前にして呟く。
 「ピアノはいつでも弾ける。骨の髄まで染み込んでいる。暗い中でも弾けるし、時々そうせざるを得なかった。音階は部屋のよう。ハ長調とニ短調。暗い部屋も明るい部屋もある。私にとって音楽は豪邸のよう。」
   うっかり忘れてしまいそうだが、初めの自動車事故が物語の発端なので、見逃してはいけない。ミス・シェパードと並行してアランには介護を必要とする母親がいることもこの物語の鍵である。入れ替わり立ち替わり若い男が独身の主人公の家に登場するが、皆ゲイであるアランの愛人(候補)らしい。また、ミス・シェパードが車(バン)を運転するのは、彼女が元救急車の運転手だったから。英国では第二次世界大戦中女性が戦地に居る男性の代わりに公共交通機関や公共施設の運転手になるのが常だった。女性も殆どのことが男性の代わりに出来ると自信を付けたことが後にウーマン・リブ運動の引き金になったし、今でもロンドンでは女性のバス運転手を時々見かける。と、このように英国好きな人にはオススメの映画だが、そうでない人には意味不明な所があってもしかすると退屈かもしれない。ちなみに、アランみたいなちょっと気弱な中年男性やエキセントリックなミス・シェパードは英国のどこでも居そうなタイプ。うちの大家も年頃といい、偏屈さといいミス・シェパードを彷彿とさせる。周りは大変…

 

Youtube に英語版のFULL MOVIEあり。

 

劇作家アラン・ベネット本人のインタビュー(英語版)映画は少々美化してあるそうな。