南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常 -4ページ目

南三陸町と、『名前負け』するブロガーの日常

宮城県南三陸町。

大震災からの復旧・復興期を迎えている今、
町はかつての面影を失いつつあります。

そして人々の記憶も失われていくもの。

将来、思い出の補完の一助となれば…。

その願いをもって、私は町を訪れています。

( ;谷)。oO(הללויה)

南三陸ポータルセンターの解体がほぼ完了しました。

これは重機が入って2日目の画像です。

僅か1日で建物はほぼ半分解体されていました。

壊すのは本当に一瞬です。

<2021年9月29日>

 

“奥”の会議室が壊され、撤去されていきます。

この町では、何度も何度も繰り返し見てきた光景です。

 

 

翌日。建物の解体はほぼ完了。

周囲を囲っていたシートが取り除かれました。

<2021年9月30日>

 

 

 

 

更に数日後。

“上物”の残材が綺麗に撤去されていました。

<2021年10月3日(休工日)>

 

 

見慣れた部品を見つけ、複雑な気持ちに。

何故この周辺は“盆地”になるよう設計されたのか。

震災後の町づくりの疵瑕ではないのか…?

 

 

 

 

基礎の鉄骨が撤去されると、ここは更地に戻ります。

そしてポータルセンターに続き、間もなく役場庁舎の

解体が始まろうとしています。

周囲の囲い(防塵用?)が撤去され、丸見えになった

道の駅さんさん南三陸の施工現場です。

これまで戒厳令でも敷かれているように正々堂々の撮影

がNGだったのが噓のようです。なので撮ります!

※ドローン動画が拡散され警戒が高まったとのこと

とはいえ現段階では基礎工事中で、将来の完成予想図は

頭の中でも描けない状態です。

 

いずれは建物の陰に隠れてしまうであろう八幡橋。

奥に見える山々がとても綺麗です。

 

やはりこの基礎段階で、低地からの撮影は難しいです。

パッと見た目の変化が乏し過ぎて…。

もちろん高所からの撮影も継続していますが、それら

画像は後々公開していきたいと考えています。

 

 

私の記憶が古びていなければ、道の駅の工事は2月に

完成し、3月オープン(目標)だったような…。

さすがに少々工事の進捗が気に掛かるところですが、

これまでもあらゆる工事を期限内に完了させてきた

南三陸町です。きっとなんとかするのでしょう(笑)。

誰にも無理のかからぬよう、安全第一でお願いします。

私の“南三陸町の”同級生が、現在マグロ船に乗り込み

大海原を航海中です。

元々船乗りだった彼ですが、実に20年以上振りの船上

生活を充実させています。

時に私に現地の写真を送って来てくれるので、この

ブログでゆっくり紹介できればと考えています。

以下、太字斜体は友人からのコメントです。

 

ハワイ諸島の北側を通過して約3日目

大体ハワイ諸島から1350km離れた東の海上です

 

元々このブログを読んでいてくれた友人。

その後Facebookでも友人になり、よくよく

調べてみると同い年ということが判明。

会った初日に我が家の故障した洗濯機を修理してくれ、

彼の家に押しかけ飲み明かすこともありました。

 

運河突入

 

ワシ「パナマ運河?いい写真撮れたら送ってチョー」

了解致しました。

 

性格も骨の太さも何もかも違いますが、不思議と馬が

合うものです。付かず離れずですが、お互いにとって

なくてはならない存在だろうと自負しています(笑)。

 

ワシ「今はバルボア港なのかな?」

もうちょっとで大西洋側に出る
運河に着くよ
今はガトゥン川

 

ワシ「写真溜まったからブログ書くわ~」

マグロの消費拡大を大々的に!

ワシ「それは難しいぞ…」

 

ウジエスーパーでよく出会っていた男が、今は大西洋に

いるという不思議。彼が持ち帰るであろうマグロと美酒

で乾杯を出来るのはいつの日かまだわかりませんが、

たまにこんな風に航海の様子を掲載したいと思います。

※つまり何ヵ月の航海か知らないのです…(笑)

南三陸ポータルセンターの解体が進んでいます。

この写真を見るだけで、ここに通勤していた時代が

まるで昨日のことのように思い出されます。

 

 

 

この建物を“ポータルセンター”として表現していた

各種看板等は既に撤去されていました。

 

私はこの建物を、建設中の時代から知っています。

風雨に晒され見た目にも古くなってはいましたが、

台風による浸水被害さえなければ、まだまだ長い時間を

共にできるはずの施設でした。

 

 

ここで、ある気配に気づきました。

一匹の猫です。

見返すと、4枚目・5枚目の写真にもその姿が映り込ん

でいたようです。全く気付いていなかったので、本当に

驚きました。

 

一時期、ポータルには猫が住み着いていました。

まさかその時の猫とは思っていません。

けれど、なんとも言えない悲しげな表情を見ていると

その悲しみが伝染するようで、急激に寂しさが込み

上げてきました。

 

もう、君もここから出て行かなくちゃいけないよ…。

 

 

週明けには重機も導入されるようです。

もう一度くらい、様子を見に行こうかな…。

国道45号寄り・水尻川の堤防が完成したようなので、

様子を見に行くことにしました。

空が映えて、まるで海のような色に染まっています。

 

ここで堤防は二股に分かれていて、下に降りると川面が

近付きます。鮭の捕獲用のスペースでしょうか。

 

しばらく進むと、堤防の路面の色が変わります。

この周辺が今回“増設”された箇所になります。

 

カメラを志津川高校・中学校方面へ向けます。

 

広大な空き地です。

色々有効活用できそうですが、将来は果たして…?

 

水尻川では沢山の鳥を見ることが出来ます。

人が無暗に立ち寄る場所ではないので、彼らも安心して

暮らしているのでしょう。

 

国道45号(水尻橋)に到達しました。

向こう側にも行けるようなので道路を横断します。

 

 

まず正面の荒島の美しさが目に飛び込んできます。

ある意味この町の象徴的な島です。

 

右手側では防潮堤の工事が行われていました。

今年度中には完成しそうです。

 

正面は大規模な防潮堤の工事中です。

旧松原公園はここからでは見えませんが、恐らくは

もうこの防潮堤の下になっているのでしょう。

 

左手側には高野会館があります。

 

来た道を戻り、水尻橋から水尻川を撮影。

上流側は草原のように草が生い茂っていますが、

河口付近は水量が豊富です。

 

堤防と国道を繋げるために増設された箇所です。

石材の柄が異なるので一目瞭然です。

 

最後に、川に降りてみました。

小魚が沢山泳いでいて、生命力を感じます。

 

 

あと1ヶ月もすると、川に鮭が戻ってきます。

もうすぐ恋の季節の始まりです。※鮭の

世の中は秋の三連休の中日だったらしく、晴天に

恵まれたさんさん商店街は大盛況のようでした。

先日の「世界ふ○ぎ発見!」の影響も少なからずある

ようで、モアイの姿を求めるお客様もちらほら。

 

ワクチン接種1回目終了・コロナ防御力25%程度しか

持ち合わせない私は遠方からの撮影に留めました。

現在感染者数は理由不明ながらも減少傾向にあります。

でも、このまま終わるような気はしていません。

勝負は次の冬でしょうか…。

 

イベントが開催されない為、めっきり人物を撮る機会が

失われました。ねじり鉢巻き姿の魚屋さんを隠し撮り。

 

中橋が開通したことで、祈念公園を訪れる人の数が

格段に増えました。

 

これまでガードの固かった伝承施設の工事現場。

囲いが撤去され、現在は覗き放題です。

 

 

来春には完成する…のかな?

こちらはまだまだ時間が掛かりそうです。

 

 

特にテーマのない南三陸町の日常。

こんな風景を切り取るのも、たまにはいいものですね。

旧・戸倉中学校(現・戸倉公民館)。

屋根には瓦が使われており、モダンな建物です。

駐車場には何年にも渡り消防団の自動車が保管されて

いましたが、気付けばテントごと無くなっていました。

 

 

 

さわやか公園モアイの跡地です。

地面にはその重みだけが残されています。

 

校庭には数年前まで仮設住宅が並んでいましたが、

今は全て解体撤去されています。

 

この3月、ここには新たに祈りの場が設けられました。

 

とても綺麗な、庭のようなスペースです。

 

モニュメントを通して海が見えます。

誰もいないせいもあり、とても落ち着く場所です。

眼下のさわやか公園は、ついに再生しませんでした。

跡地は駐車場として利用されています。

 

敷地の中心には「きぼうの桜」が植えられています。

この桜は宇宙旅行をした種から発芽したものです。

 

 

現在、歌津にも祈りの場が整えられつつあります。

工事に進捗があればお知らせしますね。

古い資料を一つ。

これは3年半前、モアイ旧商店街から新商店街へ移転

した際に現場で公開された未来予定図です。

右の画像は「うみべの広場」。拡大します。

 

「うみべの広場」です。

築山の頂上には、新・旧のモアイが並んでいます。

そう、ここはモアイの最終的な設置場所なのです。

 

ここからはあくまでも私の予測ですが、うみべの広場は

この場所に造成されるのではないでしょうか。

確証こそありませんが、久々の未来に繋がる案件です。

11年目の定点観測を開始しようと思います。

 

定点①:復興祈念公園方向

 

定点②:東山公園方向

 

定点③:荒島方向

 

現時点では更地ですが、この後どのように変化していく

のでしょう。工事が開始したら、周囲が封鎖されて観測

どころではなくなる可能性もあります…(笑)。

きっと完成はまだまだ先のこと。

気長に変化をお待ち下さい。

震災後、テニスコートに設置された仮の役場です。

プレハブの2階建構造。その存在はニュース映像から

知っていましたが、ここで働く方々の激務もまた報道

されていた為、言葉に出来ない申し訳なさのような

気持ちから写真はこの1枚しか残せませんでした。

ここは、私にとって不可侵の場所だったのです。

 

この日から写真が増えることは無いまま時は流れ現在。

テニスコートは正式に営業を再開しています。

 

ここに、ほんの一時でも役場があったということ。

その事実を忘れてはいけないような気がしています。

 

休日には、中学生や一般の方がテニスに興じる姿を

見掛けます。“平時”を実感します。

 

 

新庁舎完成後、ようやく私の心から“不可侵”は薄れ、

ここの写真を残したいという気持ちが浮上しました。

路面が傷んでいるのは、もしかしたら多くの人々や

機材の出入りが繰り返された影響かもしれません。

第二・第三庁舎の解体も決まり、この風景を見ること

が出来るのもあと僅か。

しっかりと記憶しておきたいと思います。

町にお住まいの方はご存知かと思いますが、ここ数ヶ月

のうちに、電柱や施設に道標が設置されつつあります。

道標の目指す先は「指定緊急避難場所」です。

地点ごとに色分けがされているので、試しに道標の指す

方向へ進んでみることにします。

まずは赤色の道標海抜は2m

避難場所まで1,490mの距離があります。

 

設置場所はここ、荒島パークです。

まさしく海の目の前ですね。「津波危険」の文字が示す

通り、赤色は恐らく東日本大震災の津波の浸水域です。

こうして見ると、道標の設置位置がちょっと高いような

気もします。規則はあるのでしょうが、もう少し目線に

近い場所の方がいいような気もします。

※意見には個人差があります

 

530m進んだ場所に、次の道標がありました。

黄色の道標海抜は23mです。

避難場所までは960mあります。

 

設置箇所はこちらの電柱です。

場所は、はまゆり大橋を上った先の交差点。

先程の赤色よりは目線に近い位置に掲げられています。

ここは先の津波の被害は免れた場所です。

「津波注意」と書かれているので、黄色は津波の被害は

受けていないが、まだまだ危険な高さであることを

示しているのでしょう。

目安は先の津波の平均高・16.5m前後でしょうか。

 

目的地である指定(緊急)避難場所には看板が設置され

ています。これは大きくてわかりやすいですね。

どの災害に対応しているかも明記されています。

 

サンオーレそではまの指定雛場所はベイサイドアリーナ

ということになります。震災直後、実際に避難所として

機能していた施設です。ここまで来たら安心!です。

 

ちなみに多くの観光客が訪れるさんさん商店街」

海抜10mなので、赤色の津波警戒区域です。

高台にあるから安心、と思わずに、有事の際は看板が

示す指定避難場所まで移動する必要があります。

 

さんさん商店街から最寄りの避難場所は2箇所。

商店街から少し距離はありますが、海抜10mを維持

しながら到達可能な志津川小学校の体育館。

あるいは距離は近いながらも、元々の町の高さである

低地部の移動が必要となる志津川高校の体育館です。

 

祈念公園から高校へ避難する場合、路面に「避難路」の

道標があるので、これを辿るのがお勧めです。

 

命を守る道標。

津波で甚大な被害を受けつつも、有り難いことに沢山の

観光客を受け入れる南三陸町らしい取り組みです。

※他の町も同様の措置はとられていると予想します

「自分が現在いる場所は安全か、あるいは危険なのか」

疑問に感じた際は、これら道標を探してみて下さい。

きっと命を守る手助けになることと思います。