高校卒業後、ついに浪人となってしまいました。
とにかくお金がありませんでした…
貧乏だったので、予備校の費用と受験費用、
そして入学金を捻出しなければなりませんでした…

で、夜は深夜までバイト、
夜中に帰宅してから学科試験の勉強、
4時間ほど寝てから予備校へ行き、
デッサンや平面構成の勉強…
頭に円形脱毛症が出来るほどのハードな毎日でした。
それでも実技の実力は引き離される一方で、
深夜の学科の勉強も、時間が圧倒的に足りなく、
その力は現役時代を下回っていました。
焦りと不安、疲労が溜まっていました。
しかし、それに反して、バイト先では重宝されてしまい、
浪人生であるにもかかわらず、週に6日…
時間も当初の約束の4時間を超え、8時間になっていました。
バイト先の仲間とも親しくなり、
コンパや遊びにも参加するようになっていました。

月に14~5万は稼いでいたでしょうか…
バイトのおかげで、受験費用や塾代をさっぴいても
それなりに小遣いを持っていたので、
夏を過ぎた頃から遊びの度合いが増していきました…
高校時代の悪友たちからの誘いもあり、
再び歌舞伎町に舞い戻ってしまったのです…
そこではホストもどきの
ちょいといけないバイトをしていました。
高校時代親しかったそっち系の先輩に紹介され、
お金を稼ぐことと快楽におぼれ、
浪人生とは思えないような生活をしていました。
月に30万くらいは稼ぎ、
遊びまくっていました…

ペタしてね
今週はついに一週間、
ほぼ毎日徹夜でしたショック!

ここ数週間、かなり異常です…
不況ということもあって、
様々な方策を打ち立て、
営業や業務改革を進めてきた甲斐もあってか
仕事の大量の受注に成功したのはいいのですが、
僕も社員も毎晩のように泊まり込まなければ
ならないほどの仕事量となってしまいました…

かなりバテバテです。

結局今日もこんな時間…
まったく寝てません…

しかし、今日はこれから家族で
ディズニーランドです…
娘の5歳の誕生日のお祝いに
ディズニーランドのホテルを予約してあるので、
家族4人で…
でも…体力持つかなぁ…
寝ないでディズニーランドは…ある意味拷問ですショック!爆弾

最近はちょいと心臓も苦しいんで、
なんとなく体も不安で…
健康診断はまだちょいと先なんで、
暇見て検査受けにいこっかなぁガーン
デザイナーになるには…
高校の教師に相談すると、
美術系の大学もしくは専門学校への進学を勧められました。
そして、それらに入るためには学力ではなく、
デッサンや平面構成などの
実技試験をパスしなければならないことも…

知識が欠落していました。
二学期半ば、当時偏差値は一応60以上あり、
高望みしなければ普通に進学出来るつもりでいたので、
ある意味余裕ぶっこいていました…
しかし、ちゃんと教わったことのない
デッサンや平面構成というもの…
実技でパスするには専門の予備校へ行かなければ
ならないこともその時初めて知りました。

絵には多少の自信がありました。
中学時代から文集の表紙や記念メダルのデザイン、
遠足や卒業旅行のしおりのデザインなど、
様々なものを手がけ、
美術経験も多少は持ってるつもりでした。

思いっきり甘かったです。

美術系の予備校に通う生徒の実力は桁違いでした。
石膏デッサンの迫力、静物画の緻密さ…
その当時僕が身につけていたデッサンや美術の力など
まさに児戯に等しかったのです。
予備校の先生にも現役合格は諦めた方がいいと言われました。
二学期半ばからではあまりにも遅すぎたのです。

学校が終わった後に通いました。
夜10時頃まで…毎晩…
多少は見られるようになったものの
受験直前、僕の力はとても
合格出来るレベルではありませんでした…

結局その年の受験は、
慣れるための様子見ということで1校だけ受けました。
受かるはずもない一番難しい大学を。
案の定、ない実力を100%発揮することすら出来ずに

あっさりと不合格になりました。

そうして…笑いあり、恋あり、喧嘩あり、涙ありの
様々な思い出のある高校生活に幕を閉じました。

中学を卒業し、高校へ進学しました。
貧しかったので都立高校しか受験出来ず、
中学浪人を避けるために
2ランクほどレベルを下げて受験しました。
いろんな意味で居心地のいい高校でした。

が、

人生を変えてしまうハプニングがありました。
ゲーム好きだった僕はしょっちゅう
ゲーセンに入り浸っていたのですが、
そこで3人の不良に絡まれてかつあげされてしまいました。

喧嘩があまり好きではなかった僕は
泣き寝入りしようかと半分諦めかけたのですが、
強烈な怒りが込み上げてきて、
立ち去る3人組を細い路地で後ろから襲撃しました。
店の脇にあった空のビールのバットで
叩きつけて3人をのしました。
あまりの快感に体がシビレてしまいました。
僕をあざ笑うようにかつあげした3人が
恐怖に震える姿に、快楽にも似た興奮を覚えてしまったのです。

それからは暴力の魅力に取り付かれました。
悪い人間とつるみ、当時まだ怖かった歌舞伎町を徘徊し、
タバコを吸い、酒を飲み、喧嘩をしました。
表情のない人間になっていました。
笑うことのないその雰囲気から鉄仮面とか呼ばれました。
勉強はそれなりにしていました。
レベルの高くない高校でしたので、
学校では常に10番には入っていました。
授業をさぼったことがないことと、1度も遅刻をしないこと、
教師に叱られたことがないことが自慢でした。
クラス委員をしていました。典型的な偽善者でした。

高校生と呼ぶにはあまりにも
不健全で不純な生活を送っていましたが、
そんな時、初めての彼女が出来て少し落ち着きました。
8歳年上の大人な彼女にハマりました。
2~3日に1度は会っていたと思います…
1年ほど付き合って別れました。
僕が大人でなかったために悲しい別れがありました…
その初めての彼女との別れが
夜の世界から一度身を引くきっかけとなったのです。

また、

幼い頃に憧れた
デザインの仕事への興味が浮上してきていました。
創作的なクリエイティブな仕事がしたいと…
しかしいつの間にか、
高校生活最後の年の夏になっていました…

あまり勉強しなかった僕ですが、
はい!自慢じゃないですが、
中学校1年生の時の成績は、
クラスでもケツから数えた方が早かったです^^;

しかし、
しかし、
しかし、
しかし、

中学校2年生の時に他の学校から移ってきた
美人英語教師にドッキンコ!!
あ、人妻でしたけどね^^;
旦那さんも教師らしくて、ラブラブだったのが
ちょいとムカ付く感じでしたけどね…
でもねぇ、
その先生の、

賢い生徒が好き~とかいう

一言で僕のスイッチ入っちゃいまして…
何度も職員室に質問行ったり、
休み時間に顔見に行ったり、
けっこうマジでした…

とにかくですよ…
その人にアホと思われるのだけは嫌だったで、
親父に、

成績良くなりたいんだ…

とか、軽ぅ~い気持ちで相談したワケですよ!
その当時親父は過労でぶっ倒れ、
自宅で病気療養中だったんで、
いつも家にいたんですね…
ははは、虎の穴のような特訓が始まりました^^;
学校から帰ってから寝るまで…

8時間!毎日!

そりゃぁ成績もあがりますわ^^;
一年生の時にオール2に3がパラパラだった成績が
一年間でオール4に5がパラパラな成績に変わりました…

エロパワー恐るべし^^;
その頃からとにかく惚れやすく、
1年に一人のペースでゾッコンになってましたぁ…

一度たりとも、恋は成就しませんでしたけどね(T_T)

ペタしてね
そんな小学生時代…
僕はいじめられっ子で甘ったれでした…
そして虐められたくないために始めた合気道…
女の子にモテたいがために始めたサッカー…
不純な動機が全ての原動力でした^^;
ま、苛めに遭うことはなくなりましたけどね^^
ま、サッカーやったからってモテませんけどね^^;
ま、人生そんなに甘くはないってことですけどね^^;

学校が終わってから部活でサッカー、
そしてその夜、道場へ行き合気道の稽古、
辛かったですね…
やはり欲張りはいけません…
小学生が元気とは言え、つねにバテてました。
稽古が終わって家に帰るのはだいたい7時頃…
それなのに夜更かしして深夜映画見たり…
もちろんチョコレートやポテトチップス食べながら^^;
勉強なんてじぇんじぇんしてまへんでした!

不健康きわまりなくとも
デザイナーになりたいという気持ちは強くて、
中学校に入学してからは美術部に入部しました。
で、いきなり1年生から部長!
すごいでしょ?
は、そりゃそーですわ、部員、
僕一人だったんですから(T_T)
でもね、そのおかげで美人美術教師とマンツーマン!
手取り足取り教えて貰いました!
あ、でも、50歳だったんですけどね!
でも、美人っていうのはホント!
35歳くらいだと思ってましたから…

ま、女好きの僕の本性は置いといて…
写生大会(射精ちゃいまっせ!)、画廊巡り、美術館見学、
七宝焼きからシルクスクリーン、木版画、リトグラフ、
エッチング、3年間で様々な美術を楽しみました。
まぁ、部費も僕一人のためにあったようなもんです…
そんな孤独でも、とってもVIPな部活生活も1年で終わりました…
2年の時には部員が8名に増え、
卒業する頃には20名以上になっていました…
人気があったのは七宝焼きと、
先生がいないときに行われるカン蹴りかな 笑
男子は3名しかいなかったんで、めっちゃハーレムでしたわ^^;

部は大きくしたかったんですが…
嬉しかったんですが…
大きくなると意外に素っ気ないモンでした^^;
なんていうのかな…一人一人との交流が薄いというか…
でもね、この頃の毎日の工作・創作活動が、
後々僕を美術やアート、そしてクリエイティブへと駆り立てる
原動力となったのは間違いありませんでした…
僕がデザイナーという職業に興味を持ったのは
小学校高学年の頃…
映画や推理ドラマなんかが大好きだった僕は、
幼い頃から夜更かししながら
親や弟と深夜までテレビを見ていました。

で、興味があったのは、
本編の映画やドラマもですが、
それ以上に、間に入るCM…
短い時間の中に簡潔に、かつ明確に伝えられる内容
考え込まれたストーリー、そして表現、アイデア…

こういう仕事してるヤツってスゲェなぁ…

と感動させられるばかりでした。
学校の教室で、同級生の友人たちが、
広告のフレーズを替え歌などで口ずさんでいるのを見て、
その影響力というものを不思議に思うとともに、
その凄さを子供ながらに感じていたのです。

特にサントリーやネスレ、レナウンなどのCMは
今でも強烈に印象に残っていたりします…
デザイン、コピー、写真、イラスト、
それらを絶妙に駆使し、表現されている広告というものに
興味を抱き、将来そういう道に進みたいと願った
10歳の少年の存在がありました。
と、愚痴ってみても仕方ありません。
今夜もまた仕事で徹夜です(T_T)
まぁ社員みんな頑張ってくれているので、
僕が弱音を吐くわけにも行きまへん…

まぁ、僕はとにかく徹夜の多い男です…
仕事でも遊びでも、
まぁいままでどのくらい徹夜したのか
数えきれません^^;

そのクセは幼い頃からでした。
ウチは親が寛大でして、
夜更かししててもあまり怒られなかったのです^^;

小学校2~3年生の頃から
親父とよくテレビの深夜映画を朝方まで見てました…

中学生の頃は真面目でしたが、
高校に入ってからは歌舞伎町など、
悪友たちと歓楽街を徘徊し、
よからぬ人たちとつるんでました…
で、まさに眠らない街で
眠らない日々を過ごしていました。

社会人になってからは
仕事、仕事、仕事の日々でした…
月曜日に出社して金曜日に帰る…
平均睡眠時間2~3時間なんてこともざらでした^^;
そんな暮らしを15年以上続けました。

会社を運営するようになってからは
部下が細かい業務をこなしてくれるため、
比較的自由な時間が出来た分、
夜な夜な…またしても歓楽街を徘徊するようになりました…
社会勉強という口実の飲み歩き…
そうやってMr.Tが誕生しました。

まぁ、
ここ数年のツケが回ってきたのでしょうか…
またしても仕事が忙しくなりまして^^;
最近は会社に泊まりっぱなしです…
でもねぇ…数年前と違うのは
チョイと年を取ったことでしょうか^^;
最近は完徹がめちゃツライっす!!!!



半生の反省 ~人生後悔と反省の繰り返し~


ペタしてね
先日、4月10日の金曜日は
4歳になる娘の幼稚園の入園式でした。

前日、仕事で徹夜し、
不眠不休のまま自宅に戻ったのは
入園式30分前のAM9:00^^;
慌てて家族4人、
タクシーで5分の会場へ…

いつもはおしゃべりで
おてんばでひょうきんな娘が、
緊張の表情を浮かべていたのには
滑稽でした…
自分の時もそうだったなぁと
懐かしく思いました。

ついこの間まで赤ん坊だったのに…
子供の成長って早いものですね^^;

ペタしてね
僕はエンターテイメント大好き人間です。
とにかくどんなことでも、
心から楽しむこと、楽しませること、笑うこと、笑われること…
人の笑顔が渦巻く瞬間こそが、もっとも幸せを感じるんです^^
家庭に於いても、
仕事に於いても、
遊びに於いても、
その精神は一貫して変わりません。

昔、こんなことを教わりました。
自分の仕事を末端と捉えるか、源流と捉えるか…
笑われているのか、笑わせているのか…
世の中、その考え方ひとつで
その意味は180度変わってくるものだと思うんです。

もちろん始めは誰しも末端です。
いやいや…いつまでいっても末端ということも
あるのかもしれません…
でも、その中で、源流であるかのように感じる瞬間、
源流であると思い込める瞬間、
その仕事に命を燃やし、持てる力のすべてを注ぎ、
全身全霊を込められるその瞬間、
末端は源流へとループする…

だって、お金を使う瞬間、
自分が源流だって考えることも出来るわけですから…
その社会のループの中で、自分の存在を感じる…
食を取り、様々な物を消費しながら、
生きていることを実感する…

100円落としたら
1000円落とさなくてよかったと考えろ!
大けがしたら
死ななくてよかったと考えろ!
ネガティブな発想からは何も生まれない…
あらゆる苦境の中に活路を見いだしたいと
いつも思ってはいるんです…

世の中陰と陽、光と影で出来ています。
そしてそれは差異はあってもフィフティフィフティで保たれ
ゼロの均衡を保とうとする作用が働いている気がします。

だからこそ自分が今、光の中にいるのか、
影の中にいるのかをよく見定めておくことも
大切なんではないかと思うわけです…
光の中にいる時は影に包まれた時のことを考慮し、
影の中にいる時は光が来ることを希望として突き進む…

蹴り上げたボールが必ず自分の元へ落ちてくるように、
善行も悪行も、幸運も不運もなんらかの形で
プラマイゼロに保つかのように戻ってくるものだと
思っているから…

僕自身が目指しているのは
常に上へ上へと上る努力をしながら、
常に人の下から人を支えていきたいと願うこと…
今は家族や会社の社員、そして友人、
数少ない仲間だけれど、
まずはそこから、その思いの実現のために
常日頃精進したいと思っています…

心の自問自答でした…


ペタしてね