11月の3連休が終わりました。


季節の変わり目なので


風邪の人が多く


体調管理が難しい季節です。


私は、以前親しくいろんな健康法を教えてくれた友人の


健康法を思い出し、実行することにしました。


私は右足が長いのでそれを体操で矯正するのです。


しばらくやめていたので、右足の筋肉が少々痛いのですが


動悸が治まるのです。


仕事でついつい無理をしてしまいますが


やはり自分の健康は自分で管理しないと


いけないなあと痛感しました。


自分の感覚を信じ、いろんな方法で


健康管理をしたいと思っています。


では、西尾和美の「今日一日のアファメーション」より



文化を楽しむ

 今日は、文化の日です。何か文化的なことをしてみましょう。


日頃、読むことが少ない本を読んでみてはいかがでしょう。


劇や映画、コンサートに行くのもいいでしょう。絵を描いてみたり、


展覧会はどうでしょう。博物館ヘ、最近行ったことはありますか。

 日本には、古くからの民芸、陶芸、版画、墨絵、建築など、


人間の生活を豊かにする芸術が豊富です。歌舞伎や能、民謡など数知れません。


お寺や神社に行って、古い建物の見事さに再び感心させられるのも、いいことです。


こういう宝物を、これからも大切にしていくことを自分に誓ってみましょう。

 日本だけでなく、東洋全体はては世界中の文化、芸術を楽しみ、


自分の生活の中に組み入れていきましょう。ともすれば、毎日の忙しさや、


自分の心の痛みや苦しみ、問題にとらわれてしまいがちですが、


ときどきは心を広げ、視界を広げ、心のゆとりと豊かさを養いましょう。


私は、コンサートに行こうと思っていたのですが


仕事が忙しく準備できませんでした。







私の通っているちょっと変わった鍼の先生は


テニスをするのですが、


あるテニス大会でディスコパーティがあったそうです。


みんなバリバリに踊れるかと思いきや


自分も含めまるでリズムに乗れない人の多さに


びっくりしたとのことでした。


この先生は自分で納得しないとどんな偉い先生が


いったり書いたりしても信じない性格なのです。


この鍼の先生は若い頃ギターにチャレンジ(女の子にもてたいと言う理由)


したそうですが挫折した理由がそのとき気がついたそうです。


いつどこに飛んでくるかわからないボールにくらいついてくスポーツを


やる人間に、きちんと同じテンポを要求される音楽は無理。


そんな説明を私にしながら治療をするのです。


そうか~なんて思いながらこの先生の観察力に私は


すごいと思うのです。


人の体を治療する仕事なんだから


観察力は必要だよなあ。


私?どうかな。



では西尾和美の「今日一日のアファメーション」より

違いを受け入れる努力

 自分が正しいのに、相手にまちがっていると言われたり、


信じてもらえなかったとき、あるいは相手がまちがいを


正そうとしてくれなかったとき、どう反応しますか。

 何とか、自分の正しさを証明しよう、相手のまちがいをなおし、


変化させようと、必死になっていませんか。


相手が自分の正しさを受け入れてくれなかったからと、プンと怒って黙ってしまいますか。


自分の正しさを相手に教えなければと、声をだんだん大きくしていきますか。


相手がまちがっていることが自分にははっきりしているので、フラストレーションが高まります。

 自分が確信していることと相手の言うことがまったく異なっているとき、


自分の意見を述べたあとも相手が考えを変えなかった場合、


相手は、相手の信じている考えを維持する権利があり、


自分は自分の考えを信ずる権利があります。

 意見の違いを“違い”として受け入れるには努力がいります。


相手の意見や行動を変えさせようとする衝動に注目し、口を閉じましょう。


実は今日これをやらないといけない事態が生じたのですが


うまくできないんですよね。私ができたのは口を閉じたことだけです。







http://jp.youtube.com/watch?v=FUPx42UmSng


久しぶりに聴いています。それもギターですが


名演奏です。なんといっても音が語っているような


繊細な演奏です。でも弾いている人の性格はわかりません。


演奏がすばらしい。ただそれだけです。


それでも聴いている私は幸せな気持ちになります。


今日も戦場のような一日でしたが


やはり私は音楽を聴くか演奏しないとだめみたい。


そういう自分に気がつきました。


ではここで西尾和美の「今日一日のアファメーション」より



完壁主義にとらわれない

 完璧主義にとらわれていませんか。

 人間は完璧になれるはずはないので、フラストレーションが増すばかりです。


自分が完璧主義だと、他人の少しのまちがいも許すことができません。


もっとうまく、もっと早く、もっと大きく、もっと多くと、いつまでたってもきりがありません。


いつも完璧をめざすので目的に到着せず、何をやっても満足できません。


自分に満足できなければ、不満とイライラと自責で、ハッピーな生活はできません。

 もし、今日ベストをつくしたら、それで十分なのです。目標をもつのは良いことですが、


自分でできるだけのことをしたら、あとはレット・ゴー、天にまかせましょう。


完璧でない自分を受け入れましょう。


私は自分は完全主義ではないと以前は思っていました。


でも実はそうだったのです。


客観的にみてではなく自分の気持ちの中でです。


今もそれで苦しんでいるとことがあります。


わかっていてもなかなか長年培ってきてしまった性格は


直りません。ただ気がついただけましかな。


努力のみです。