今日は予定通り、カウンセリングを受けました。


1ヶ月に1回なのですが、ここで自分の気持ちの整理をします。


自分の言いたいことを言い、自分の考えをまとめ、自分を客観的にみる


ことをしています。


自分のやってきたことがいかに大変なことだったのかとか


これからやろうとすることが私にとってどういう意味があるのかとか


そのためには何をすべきかとか


いろんな考えをまとめることができています。


カウンセラーは精神科医の先生とは違った私の心の健康管理係です。


精神科医のS先生は、回復が著しい人に突然とんでもないことを言う


癖があるというのはカウンセラーからも他の人からも聞いていました。


だから、私は健康な心になりつつあるのだということになります。


では、西尾和美の「今日一日のアファメーション」から


不健康な心について


家族中心主義

 家族中心主義について考えてみましょう。

 家族を大切にするのは、日本のよい文化の一つです。


しかし家族の評判や家系、社会的地位などにあまりにもこだわると害が出てきます。


家族の表面的な評判ばかりを気にしていると、家の中で起こっている害のある問題を


直視できなかったり、解決できなくなったりします。家の面子ばかりを重視していると、


嫁と姑との関係、母親と子どもとの関係、親戚との関係などに変化が起こったとき、


家族一人一人の幸福を無視するようなことになります。

 冠婚葬祭などの儀礼、お中元、お歳暮のような習慣も、注意しないと家族の義務ばかりが注目され、


しきたりに合わない者はひどい圧力を受けることになったりします。外側の見ばえだけでなく、


内の家族員一人一人を愛し、受け入れるよう努力しましょう。


私は、冠婚葬祭が嫌いで、これは小さいときから嫌いだったと思います。


なぜかというと、物で人をコントロールすることがきらいだったからだと思います。


なにか物を与えると自分にいいことがあるのではないかという


人の下心が見えたからです。


それをやっても幸せになっていない人を


私はたくさん知っています。



 府中に住んでいるのですが、本当に桜が多い町です。


そろそろほころび始め、桜の花見で人の心が騒ぐ日々がしばらく続きます。


でもでも、ゆっくり桜を見ることができません。


仕事が忙しくて桜を見る余裕もありません。


明日は、休みなのですが、いろいろ予定が入っていて


ゆっくりできないのが現状です。


特に英会話は勉強ができないでいるので


このところまずいと思っています。


そろそろ本気入れないと。


不動産の仕事は終わりがありません。


木曜日は、週末に案内できるように


お客様にアタックするのです。


何人かの方は3月は年度末で忙しいといって


いました。


でも手をこまねいていることはできません。


連絡を取るのです。


お元気ですか?新規物件は出ていません。などとメールを


打ちまくっています。



そして西尾和美の「今日一日のアファメーション」から



親密な関係の中の傷つけあい

 親密な関係にある人を無意識のうちに傷つけていないか、調べてみましょう。

 恋人や妻、夫だけがあなたの生活の中心になっていませんか。


感情的な依存は、度がすぎると相手のムードや一挙一動に支配されるようになります。


親密に知り合っているばかりに愛と僧しみが混合し、よく知っている相手の弱みにつけ込んで、


相手の心を深く傷つけることにもなりかねません。


とくに男性パートナーによる女性パートナーへの虐待は、体力的な差があるだけに披害が大きくなりがちです。


もっとも愛しているはずの相手を傷つけてしまうのは悲しいことです。

 たとえ少しであっても、何らかの形で親密な関係にある相手を自分が傷つけていないか、


チェックしてみましょう。

 また、自分が精神的、身体的な虐待を相手から受け続けていないかどうかをチェックしてみましょう。


「ノー」が言えずに虐待を受け続けると、相手の行為はますますエスカレートして、


自分の魂が打ち砕かれてしまいます。


このメッセージは、大切なメッセージです。気がつかないで


地獄に陥っていることがあるからです。


ある女性は夫の言葉の暴力とアルコールの問題で


虐待を受け続け、記憶力が低下して


仕事をやめるはめになったと言っていまた。


結局離婚したのですが、今でも少しのことで


感情のコントロールができず、仕事を続けられない


状況になっています。



この女性は自分が夫から虐待を受けたので


おかしくなったことを理解できているので


このところ自分を客観的にみることができています。



この女性から私は人って歳をとっていても変化できるんだと知ることができました。


実は明日はカウンセリングの日です。


言いたい放題言うぞ。





 トラブルは、今日も起こりました。


このごろ、不動産売買取引にトラブルはつきものと悟りました。


どう取引が安全に終了できるか、そのプロセスを楽しもう。


「トラブルを楽しむ。」これが不動産売買取引の醍醐味なのだと。


もう私の心は、不動産屋と化しました。


言葉遣いが不動産屋です。


あの、あの私はどこへ行った。


「ふざけるな。またかよ。」


この言葉の連続です。


でも、ピアノを弾いているときも


「なんでここが弾けないんだよ。くそ。」


みたいなことは思っていました。


だから、もともとそうなのよ。


そして毒消しに西尾和美の「今日一日のアファメーション」から


責任感と無責任さ

 責任感と無責任さについて考えてみましょう。

 いつも責任感が強く、やらなければならないことは必ずやり抜き、


自分は無責任さとは、まったく無縁だと思い込んでいる人は、本当にそうなのか、


もう一度考えてみましょう。

 やらなければならないことをしない人を、無責任だと非難したり、


さげすんだりすることによって、自己満足していることはありませんか。


「こうするべきだ」という責任感にとらわれてしまうあまり不自由な人になって、


自分と他人を縛りつけてしまってはいませんか。他人の責任をとってしまい、


その人をむしろ無責任にしてしまってはいませんか。

 自分の責任感が適当なものなのか、それとも自分と他人をコントロールしすぎているのか、


自分は他人をどのように無責任にしてしまっているのか、考えてみましょう。


これは、仕事ができる人がよくやる間違いです。


○○なのになんで△△ができないのかと昔はよく言っていたと思います。


でも今はあまり他人の無責任さが目に入らなくなっています。


なぜかっていうと自分も大したことない人だって気づいたからです。