キモノとビーズの小粋なカンケイ
着付講師Kaikoとビーズ作家NAGOMI の小粋なコラボ。
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Vol85『私は猫にマークされている』

私は猫にマークされている

 

 

実家にいる白ネコ黒ネコの、黒い方。虎柄のたてがみ(!)をもつ、がっしりとした、毛の長い雄猫である。ヤマタノオロチみたいに割れた尾をゆっさゆさ揺らして歩く。これが廊下や机の上に寝そべっていると、アザラシか!モモンガか!とツッコミを入れたくなるようなユニークな形状。体格もよいが、面構えもなかなかな男前。トイレ掃除が必要だと言いに来るし、各ドアノブの開け方も覚え分け、人の目にぴたりと照準を合わせてくる思慮深げな顔を見ていると、何やら、こちらが見透かされているような気にもなってくる。

日中はそれぞれが好きな所にいて、姿が見えないこともある猫たちだが、明らかに、クロの方が母にご執心だ。気付くと、廊下からじっと母を見ている。母にまつわりついて、母の腕を絡め取ったり、かじったり。時折、母の顔をうっとりと見つめるその顔、まるで恋人を見るようではないか。

ついに、確証を得る出来事があった。

「にゃあ」。ほら、ほら、きょうもまた来た。

 このクロ、母と電話していると、決まってやってくるのである。

回ほど母とやりとりをした。その都度「にゃあ」がやってくる。4 この日も実家で問題勃発、

「どっち?」「クロ」「またクロ?」「そう」「クロ来たーっ」。

度ともは異常事態ではないか。4深刻な話をしているのに、しまいには母と笑ってしまった。母と話すとどこからか現れるクロ。忙しいヤツよ。いくら母を好きだからって

度目の登場だ。この少し前、妹も母と話したが、クロは現れなかったそうだ。5夜遅く、母が心配でまた電話すると、「んにゃあ」。クロ

これでいよいよハッキリした。わたし、クロにマークされてる!

・・・失恋した気分。小さなクロを一目見た時から好きだったのに。もしかしたら、クロもこちらを憎からず思っていて、毎度の「にゃあ」は抗議でなくて、親愛の情だったりしないかしら、と自分に都合よく妄想を膨らませていたが、それはないな。ないんだな。

クロは、わたしから母の心を取り戻しに来る。でもそれだけか。クロは母を守り、寄り添ってくれているのかも。この日の電話だってそうだ。母は、うちひしがれていた。時間と安らぎを奪われ続けていると悲観にくれていた。クロは母が好きだから、母の心の波長に敏感なんだろう。

母は何度もやってくるクロに「クロ、おかしいねえ。きょうはどしたの?」と言っていたが、クロこそ「お母さん、きょうはどしたの?」であろう。

わたしはクロにマークされている。それでもいいや。クロがやってくると母が笑う。シロもまたその天然っぷりで母を笑わせている。問題の主(父)もまた、シロクロの姿を見ては目尻を下げている。

実家の小さな安らぎを、このネコたちがつくっているのだ。

ネコは、ニンゲンの思惑の外で、ただネコを生きているだけだとしても。


ビーズとキモノの小粋なカンケイ

~kaikoのきもの便り令和初の巻~

いきなりのラッキョです!美人でしょ?

宮崎のきもの仲間から土地の実りとともに届きました。

料理上手の友人に元気をもらって、

彼女がブログにアップしていた半幅帯の結びを真似してみました。

こんなだったような。浪人結びの変形です。

こちらはかわいいお稽古さんと!

7月にシンガポールへ。ゆかたでニューイヤーを目指す彼女。

それならば、、、とゆかたで新しい出発を祝う会をしたのでした。

初めてのゆかたでお出かけを軽々とクリアする美しい若いひと!

楽しい時間をありがとう。

 

 

 

 

 

Vol84『どのように生きたら』

『どのように生きたら』

 

 お稽古さんのおじいさまが亡くなった。

 葬儀から戻ってきた彼女のメールにいわく、

 おじいさまは、布団の上で座したまま、朝日を眺めながらの最期だったらしい。

 「我が祖父ながら、あっぱれな最期。親族皆明るい気持ちで葬儀を執り行うことができました。感謝しかありません!」。

 すごいなあ。涙がだーっと出た。

すごいなあ。朝の光に向かって昇っていったじいちゃん。あっぱれと孫に言わせるじいちゃん。残った人々に敬われ、感謝されるじいちゃん。心の底から羨ましい。

 どのように生きたら、そのような死を受け取れるのだろう。

 どのように生きたら、どのように生きたら。

 そんなの、分かるわけないのに、それなのに、愚かにも、そう思ってしまう。

 そのような、すぱりとした死を、どうか!と、愚かにも、願ってしまう。

 あー、ニンゲン(わたし)は困ったものです。今生きているということに感謝もしないで!

 

ビーズとキモノの小粋なカンケイ

kaikoのきもの便り 2018年師走の号

 

先に更新した2019年1月号が、一つ飛ばしのvol85だったこと、

お気づきでしょうか。

2018年をしまい忘れたので、ひと月戻ってvol84です!

昨年は「母のアメリカ行き」が叶い、私は父と実家、妹は母の案内と、

それぞれ大役?を果たした、忘れられない年になりました。

凝り性の妹、すごく素敵なアルバムを作りました。

母はこんな顔をする人だったのか!母自身も驚くような素敵な顔をして写っています。

遺影にする!だって(笑)。涙が出ちゃう。

戻ってくれば、ゲンジツは容赦のないところもあり、お年頃のわたしも、

東京に戻るやギックリ腰やらギックリ首やら、不調続出で消沈しておりましたが、

新年号でも登場したお姉さん(あこがれの先輩できものの友です!)が何かとお誘いくださるので、

きもので一緒に出かけてはお茶道具や絵画を楽しみ、きものときものの縁に守られているような気がしたものでした。

その中の一枚。師走のはじめでもこの紅葉!

 

これを、しまい忘れた2018年のベストショットに勝手に認定します!

そして、すぐに忘れてしまうけど、今生きていることに感謝します。

 

 

 

 

Vol85『長春花』

『長春花』

 

2019年のきもの始めは、山種美術館。

お正月らしい画がかかっている中に、松と薔薇という異色の取り合わせがあった。

この薔薇は中国原産で、1年中花をつけ、別名、長春花というらしい。

長春花!こつんと響くものがあった。

お稽古さんの手元に集まってきた古いきものたちの中に、必ず一つ二つ、薔薇柄の帯や

着尺があることを思い出したのである。

薔薇って、着られる季節が決まっていますか。

決まってこう聞かれ、4月から5月かなと答えていた。

でも、冬薔薇もあるものね。きものや帯の色、花の雰囲気で、冬にまとう薔薇もあるだろうし、花モチーフとして、季節に拘らずに着られる機会も多いと思う、などと、聞きかじったことを言うのであったが、洋花のイメージが強いせいか(厄介な棘もあるし)、この花を配するきものや帯へ関心があまり向かないのであった。

それが、新春に松と薔薇の画を見て、ふいに目が開かれるように、長春花、吉祥の花であったか、と合点がいき、薔薇が身近になったのである。

帰りにミュージアムショップに立ち寄って、何気なく『日本の伝統色』という本を手にしたら、開いたところが「長春色」!そう、先ほど見た長春花、薔薇の色なのであった。

その途端、思わず、あたり!と声が漏れてしまった。おみくじで大吉を引き当てたみたいな気持ち。

薔薇を長春花というものも知らぬなら、長春色が伝統色にあることも知らぬ。ちなみに、庚申薔薇という種類を長春花と呼ぶらしい。源氏物語に出てくるのもこの薔薇だとか。

明らかに勉強不足でありますが、年明けて、一つ賢くなった?のはいい気分。

長春花からこぼれた吉祥の予感に包まれて、ああ、いいきもの始めだった!と、単純に満足したのでした。

 

ビーズとキモノの小粋なカンケイ

Kaikoのきもの便り2019年1月号

 

2019年最初のきものは、箒に松梅を散らした江戸小紋に袋帯(木屋太製)。

ご一緒したお姉さんと示し合わせて、地味にめでたく、お正月らしく。

偶然にも、右下の葡萄茶が『長春色』に近かった!

お慕いするお姉さんは光沢ある木枯茶の無地紬に同色の有職の帯を。

白の帯締めが清浄な印象、お見せできずザンネンですが。。。

今年もやっぱりきものにたすけられて過ごすことになると思います。

皆様にも、きものと仲良く、うれしい1年になりますように。

 

 

 

 

 

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