vol1.『春の怪』
「春の怪」
安手の花桶のなかに、ねこがいる。
この子は一度捨てられかけた。
飼い主の不精で、水さえ与えられず一年放置されたので、
尻尾もスカスカとみすぼらしく毛を落とし、しなびて黒ずんだ顔つきで、
もう息をしているようにも見えなくて、ある日、花桶から引きずり出してしまった。
夕方、ふいに花の匂いが濃くたちこめて、異変に気づいた。
新聞紙からはみ出た尻尾の、ところどころ、ふっさりと金色に色づいて、
それを見つけた時は、本当におそろしかった。
捨てられると知って抗議の声をあげたのでもあるまいが、
後ろめたいので、この子をふたたび花桶にすまわせることにした。
それから4年。この子はここに居座って、のまずくわず、
ニャーとも鳴かないが、春がくると間違うことなく、そわり、そわりと
小さな金色の尻尾をふって、生きていることを知らせてくるのである。
この子の名はねこやなぎ。
わたしは、猫柳のカラダの仕組みを知らないから、
春がくるたび「おおっ!」と生命の神秘に圧倒されてしまう。
知りたいけれど、なんだか、解明してしまうのが勿体ないようで。
この子、人間の呼気や人間の会話がご馳走だったりして。
などと想像するひとときを失いたくないのかもしれない。
■5月のテーマは「やなぎ」
帯は、柳の葉からこぼれる光線をイメージした博多帯。
帯締は、柳つながりで「ねこやなぎ」
夏へと急ぐ心に、春のたおやかさを留めおいて。
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