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本の虫凪子の徘徊記録

新しく読んだ本、読み返した本の感想などを中心に、好きなものや好きなことについて気ままに書いていくブログです。

【再読】  太宰治『人間失格 グッド・バイ』他一篇 岩波文庫

 

今日は特に読みたい本も無かったので、本棚で最初に目についたこちらを再読しました。

『人間失格』『グッド・バイ』『如是我聞』の三つが収録されています。どれも太宰の最晩年の作品です。

それでは早速、内容の方を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『人間失格』
言わずと知れた太宰治の代表作です。
子供の頃は、「なんかクズの話」くらいにしか思っていませんでしたが、よくよく考えるとこの主人公は相当に可哀想な境遇だと思います。世界に、人に馴染めない男の孤独。それが生まれついてのものであるとしたら、もう本当にどうしようもない。真面目に生きても余計に苦しいだけです。冷めた心で道化を演じるのも大概辛いでしょうが、内心と外面の差異を埋めるのではなく、「他者に見せるための自分」という全くの別人格を自ら作り出すことで巧妙に本心を守ろうとした、彼がそういう発想に至った気持ちも分かる気がします。他人と真っ向から関わることを避けている、「逃げ」には違いありませんが、それももう仕方のないことかと。

主人公の幼少期からの葛藤、苦しみが延々と書かれている「第一の手記」が一番好きなのですが、遊び人の堀木と出会い、堕落していく様子を描いた「第二の手記」も好きです。
「第三の手記」はもう自暴自棄になってきているような。物語の展開も早いです。
堀木に対して言いかけた
「世間というのは、君じゃないか。」
のセリフは何度読んでも刺さる部分です。

人間を恐れ、上辺だけの付き合いや非合法な遊びに安心を見出し、酒に女に薬と、転げ落ちるように堕落していく主人公。ただ、それは快楽のためというより、必死に安らぎを求めた結果であるというのが、見ていて哀れなところです。
もがき、苦しみ、逃げ回りながらも必死に生きて、その果てがラストのあの廃人姿。
【いまは自分には、幸福も不幸もありません。
ただ、一さいは過ぎて行きます。】
いやもうただただ可哀想。

自身が抱える苦しみを、「人間への恐怖、人間への恐怖」と作中で繰り返していた主人公ですが、もしかするとその根底には「自分の心の全てを理解して欲しい」「相手の全てを理解したい」という欲求があったのではないでしょうか。そして早い段階でそれが決して叶わないことに気が付き、絶望して、人を、世界を恐れるようになってしまったのではないか、そんな気がしています。勝手な解釈かもしれませんが。


『グッド・バイ』
未完。
軽めの文体で、読みやすい作品です。

主人公の田島は、都会で闇商売に手を染めて放蕩三昧し、妻子持ちにも関わらず愛人を山ほど囲っているというクズ男。
しかし彼はある日突然真っ当な生活を決意し、差し当たってはまず爛れきった女関係を清算しようと考えます。うまく愛人たちと別れる方法はないか考えた末、彼は知人のキヌ子に協力してもらい、「女たちが引き下がるくらいのもの凄い美人(キヌ子)に女房のフリをしてもらう」という作戦を実行することに。
ちなみにこの田島、根は割と真面目な人物です。だから女にもモテる。

作戦自体はまあ良かった。問題はキヌ子の性格ですね。
このキヌ子、着飾って黙っていればとんでもなく高雅な美女なのですが、口を開くと最悪。
声が汚く、下品で粗野。怪力で大飯食らいで、図々しくて意地汚くて、(人の)金遣いが荒い。普段着姿は乞食同然で、おまけに部屋は汚部屋です。最悪すぎる。ただ、お洒落して静かにしていれば、この世のものとも思えぬような美女です。外見詐欺にも程があります。
強欲・傲慢すぎてもはや言動はサイコパスです。こんなのを共犯者に選んでしまったために、散々搾り取られる羽目になった田島には本心から同情します。完全に自業自得とはいえ。
おそらく愛人たちの方が余程良い子揃いです。

愛人の一人・洋画家のケイ子とどう別れるか、という作戦会議の途中で物語が終わっているので、続きが気になってもやもやします。ケイ子の兄という強敵をどう突破したのか、せめてそこだけでもいいから教えて欲しい。


『如是我聞』

こちらは評論作品。
思想で殴りつけるような文章です。
攻撃的かつ上から目線な意見がつらつらと書き連ねられています。
主題が二転三転するので意図を把握し辛いのですが、要するに「小説家としての不満」というか、「自分の作品(思想)の批判者に対する憤り」のようなものを表現したいのでは、と思っています。
乱暴な言葉で書かれた文章が、不思議とダイレクトに心に響きます。持論を述べているだけなのに、あまりの力強さについ納得しそうになりました。危ない危ない。書かれていること自体は完全に太宰の主観です。
志賀直哉を散々にこき下ろしている後半部分が、一番筆が乗っていたような。志賀直哉の見た目も、性格も、作品も、皮肉混じりの荒っぽい文章で貶しまくっています。志賀直哉への憎しみがすごい。そしてさり気なく芥川を上げている。
巻末の『解説』と合わせて読むべき作品です。


以上、全三編でした。
三好行雄さんの『解説』がまた面白い。文学作品の解説というのは、自分なりに作品を解釈した上で改めて読むと、答え合わせのようで楽しいですよね。勉強にもなります。
『グッド・バイ』『如是我聞』の二つは久しぶりに読みましたが、やはり面白かったです。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

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【再読】  篠原健太『ウィッチウォッチ』1~7 ジャンプコミックス 集英社

 

本日は漫画になります。

『SKET DANCE』の篠原先生が描く、ロマンティック・コメディ作品。

現在ジャンプで連載中、単行本は既刊7巻。

ジャンプのギャグ漫画を単行本で買うことはあまり無いのですが、こちらは表紙が好みだったので、つい七巻揃えてしまいました。後悔はしていません。

YouTubeでボイコミも配信中です。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

日本のとある町を舞台に、魔女っ娘のニコと、彼女を見守る使い魔たちが繰り広げるドタバタコメディ。恋愛要素あり、日常パート多め、時々シリアス。主要キャラが高校生なので、若干の学園モノっぽさもあります。

ヒロイン・ニコのポンコツっぷりが可愛い。
ニコの使う魔法って、種類は多いものの、どれも微妙に扱い辛そうなものばかりなんですよね。物を軽くする魔法の「メッチャライト」とかもかなり汎用性が高そうですが、人に使うと性格まで軽く(チャラく)なったり、時間切れで効果が消えると反動で重くなったり、厄介な副作用が多いせいでどうもあまり便利には見えません。ニコ自身がぽやぽやした性格でちょっと抜けていることもあって、時々魔法の使いどころを間違えては事態をややこしくしてしまうことも。苦労するのは大体モイちゃんです。

使い魔組のメンツで個人的に一番好きなのは、天狗のカンちゃんですね。ヤンチャ坊主×関西弁×アホの子というコンボが見事に刺さりました。基本的にツッコミ役。感情豊かで打たれ弱くて、半泣きの顔が可愛い。もうとにかく全部可愛い。そして真顔だと普通にイケメン。

他の使い魔たちも全員キャラが立っています。全員名前が『ウォッチ』を意味するようになっているのも面白い。「もりひと」「かんし」「けいご」「みはる」。ニコへの圧がすごい。
その他の、ネムちゃんやクラスメート、オタクの先生、生徒会組も勿論好きです。ネムちゃんの猫耳っぽい髪型が滅茶苦茶キュート。ケイゴとウルフの双方と恋愛フラグ立ってそうなのには笑いました。
4巻の表紙はネムちゃんなんですが、ちょっと困ったような表情が最っ高に可愛かった。
ちなみにこの巻の最終話が今のところ一番好きな回です。ニューホライズンのくだりは久々にギャグ漫画で声出して笑いました。

スケダンの時も思いましたが、画が上手くてクセも少ないので漫画として非常に読みやすいです。人物はあの頃よりも更に上手くなっているし、全体的に、より洗練されているような気もします。女子キャラはしっかり可愛いし、男キャラもちゃんとカッコいい。
妹が興味を持っているようだったので貸してみたところ、「モイちゃんかっこい〜」と言いながら読んでいました。それな。

軽い気持ちでパラパラ読めるので、気分を上げたいときには丁度良い漫画だと思います。
表紙もポップで可愛いので、本誌派の人もぜひ単行本で揃えてみてはいかがでしょうか。
興味のある方はぜひ。

何か今日はすごい「可愛い」を多用している気がします。語彙力の危機。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

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【再読】  伊坂幸太郎『ラッシュライフ』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

初めて読んだ伊坂作品がこちらだったということもあり、今でも、伊坂さんの書かれたものの中でダントツに好きな一冊です。定期的に読み返したくなります。

それでは早速、感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

これほどあらすじの説明が難しい作品もなかなかないのでは。

まず言いたいこと。黒澤さんカッコ良すぎ。
主人公の一人である黒澤は、独特な美学を持つスマートな泥棒です。彼の生き方も、台詞回しも、本当に格好良い。盗みの現場に領収書を残していくところが素敵です。伊坂作品では彼の登場する作品ばかり読み返しているほど、好きなキャラクターです。

この作品の主人公は、黒澤の他に三人います。
父親の自殺に囚われ続けている青年、不倫中の女性カウンセラー、リストラされて無職になった男。細かく視点が切り替わり、それぞれの物語が並行して進んでいきます。そして、合間合間に死体やら拳銃やら神やらが登場し、この四人の人生、四つの物語を結びつけていきます。
題名の「ラッシュ」という言葉に複数の意味があるように、一つの物事を多角的な視点から観察していくような、そんな実験的な雰囲気のある作品です。
巻頭の挿画、作中にも何度か登場した「エッシャーの騙し絵」は重要なポイントです。この作品自体があの騙し絵そっくりの作りになっています。

各主人公はもちろんのこと、サブキャラクターたちも非常に魅力的です。他の伊坂作品とのリンク部分を探すのも楽しい。
中でも特に好きなのは、下衆で悪趣味な実業家の戸田さんですね。「融資するかわりにお前の妻を一晩寄越せ」は最低過ぎます。
性格の悪さで言えば京子や舟木も良い勝負ですが、この戸田は己の実力で富と権威を拡大してきた強かで狡猾なクズ野郎なので、そこいらの小物とは格が違います。もうなんか一周回って格好良さすらあります。
最後に無職の豊田にぎゃふんと言わされたのにはかなりスカッとしましたが、あの様子では後で志奈子に当たり散らしていそうです。あまり酷いことをしなければ良いのですが。

それからもう一人、戸田のせいで職を失った佐々岡さんも好きなキャラクターです。不倫中のカウンセラー・京子の夫であり、黒澤の元同級生でもある画商の男性。黒澤とのテンポの良い会話は、読んでいて楽しい部分です。絵画を「紙に殴りつけた祈り」と表現するセンスがすごく好み。

最終章での物語の畳み方がとても綺麗で、初めて読んだときには滅茶苦茶感銘を受けたことを覚えています。今までの違和感が一気に解決し、「あー、『時間』か!」と思わず膝を打ちました。何度読んでも素晴らしい。
最後をリストラリーマンの豊田さんで締めるところも最高です。どん底から一転し、犬と宝くじと共に人生をリスタート。今後彼の人生がどう転ぶのかは不明ですが、できれば良い方向に変わってくれれば良いなと思います。わりと善い人なので。

宗教団体の教祖・「高橋」さんだけは正体不明のまま終わりましたが、彼は一体何者だったのでしょうか。彼の未来予知がトリックの類だったとは思えませんし、実は本当に神や天使のような超次元的な存在だったのかも、なんて。
何はともあれ、謎に包まれた彼の存在が、この作品の魅力をより引き立たせていることは間違いありません。
できることなら、彼がもっとガッツリ出てくる作品を読んでみたいものです。

それでは今日はこの辺で。
 

 

 

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【再読】  畠中恵『ぬしさまへ』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

日本橋にある薬種問屋兼廻船問屋の大店「長崎屋」の跡取り・一太郎と彼を取り巻く妖たちの物語、第二弾です。今度は短編集。
兄やの仁吉と佐助を始め、前作からの登場人物が多数登場します。
それでは早速、感想の方を。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

『ぬしさまへ』
兄やの仁吉が事件に巻き込まれてしまうお話。
おくめという娘が、ある日、何者かによって殺されます。彼女は死ぬ前に仁吉宛の懸想文を書いており、そのせいで仁吉は、彼女の死に何か関係しているのでは、と岡っ引きたちから疑われてしまうことになりました。
兄やにかけられた容疑を晴らすため、真犯人を探し出す若だんな。最終的に、犯人である女中のおさきから自供を引き出し、見事に事件を解決してみせました。
おさきが主人であるおくめを衝動的に殺してしまった理由、これは女性の方が共感できるんじゃないでしょうか。何ともやるせない。
とはいえ、いくらおくめが嫌な女であっても、堀に突き落とすのは良くなかったと思います。溺れ死ぬのは相当に苦しかったはず。
おさきには自らの犯してしまった罪を、しっかりと噛み締めてもらいたいものです。


『栄吉の菓子』
栄吉の菓子を食べたご隠居が死んだ事件。
不味すぎて死んだのか?と仁吉に言われてしまうくらい、菓子作りが下手なことで知られている栄吉。可哀想です。冗談にしても酷い。流石にそこまで不味いわけではないはずです。
今度は幼馴染の冤罪を晴らすため、若だんなは死人の身辺調査に乗り出します。結果、彼の死は自殺であり、栄吉は関係ないことが判明しました。無事解決です。
ご隠居の自殺理由が切なかったです。
文句を言いながらも栄吉の不味い菓子を選んで買っていたご隠居と、彼の来店をいつも楽しみにしていた栄吉。真相が判明した後だと、二人の関係にはグッとくるものがありました。


『空のビードロ』
桶屋に奉公中の、若だんなの異母兄・松之助が主人公のお話。
彼の聡明で心優しいところは、さすがは若だんなの兄、といったところです。
他人の欲と悪意に振り回され続けて来た松之助が、奉公先で、とうとう我慢の限界に達して井戸に毒を入れようとする程までに追い詰められてしまった様子は、見ていて本当に辛かったです。未遂で終わって良かった。
ラストの兄弟の対面シーンは何度読んでも胸がじんとします。若だんなに「兄さん」と呼ばれ、自分を気にかけてくれる人がこの世にいたのか、と感動して泣いてしまう松之助。この反応一つ取っても、彼が今まで周囲からどんな扱いを受けていたのかが窺い知れるというものです。
八つの歳で奉公に出されてから、毎日毎日、飯も腹いっぱい食えず、主人一家にきつく当たられる辛い日々を送ってきた松之助。
彼の境遇も労働者としての暮らしぶりも、この時代ではむしろスタンダードな方だとは理解しているのですが、異母弟という衣食住に恵まれた比較対象がいるせいか、何だか不当に扱われているような気がしてしまいました。読みながら何度、「お腹いっぱい食べさせて、温かい布団で寝かせてあげたい」と思ったことか。
彼が井戸に毒を入れようとした時にはさすがにうわ、と思いましたが。


『四布の布団』
主人公は若だんなに戻ります。
新しく買った布団から聞こえるすすり泣き声の怪異。それを調べていくうちに、購入元である繰綿問屋で殺人事件に巻き込まれてしまうお話です。実際には事件というよりも事故でしたが。
珍しく妖たちが活躍します。
布団の泣き声の正体が、妖でも死霊でもない、生きた人間の霊だったというのは面白いポイントだと思いました。


『仁吉の思い人』
仁吉の昔の恋のお話です。
離れで寝込んでいる若だんなに、仁吉自身の口から思い出話という形で語られます。
千年前からずっと、吉野どの、後にお吉さんと名を変えた美しい女の妖を、一途に恋慕っていた仁吉。しかし彼女には人間の恋人がいました。人間の寿命は短いものの、その相手は、その後も前世の記憶を持ったまま生まれ変わり、何度も彼女の前に現れます。お吉さんにとってはまさに運命の恋人です。生まれ変わってもずっと彼女を愛し続ける男と、彼が死んだ後も、再び出会えることを信じて待ち続けるお吉さん。二人の間には仁吉の付け入る隙なんてこれっぽっちもありませんでした。
愛する人の転生を何百年もひたすら待ち続けるお吉さんと、そんな彼女を隣で見守り続ける仁吉。どちらも相当に辛い恋だと思います。お吉さんが呟いた「長いね、千年は」という言葉が重い。長い時を生きる妖たちであっても、ただ待つだけの千年はやはり長く、苦しいようです。
百年前にひと悶着あったものの、お吉さんはその後また男とめぐり逢い、結婚して娘までもうけ、幸せな暮らしを送ることができました。
ちなみに、このとき生まれた娘がおたえ、若だんなの母親です。つまりお吉さんというのは若だんなの祖母であり、彼女の運命の相手は若だんなの祖父のことでした、というオチ。仁吉は今、思い人の孫に仕えているわけですね。
いつもクールな仁吉の、一途で熱い側面を見ることのできる回です。


『虹を見し事』
ある日突然、若だんなの前から妖たちが姿を消してしまい、仁吉と佐助も、ただの人間のように振る舞い始めます。
どういうことかしら、と戸惑いつつも現状を把握しようと努める若だんな。僅かなヒントからすぐに仮説を立てて状況を整理する頭の良さはさすがです。妖たちが周りにいないのが寂しくてぶすくれる様子がかわいい。それから、異母兄の松之助が長崎屋の奉公人として再登場してくれたのも嬉しいです。
ラストで、実際にはただ姿を隠していただけで、妖たちは消えたわけではなかったことが判明します。仁吉と佐助の態度も演技でした。騙したの!?とぷんすか怒る若だんながやっぱりかわいい。兄や二人は結構演技派ですね。
女中のおまきのエピソードは何度読んでも切ない。


以上、全六編です。
どれも絶妙にテイストが違うので、読んでいて飽きません。短編集の醍醐味だと思います。
どのお話も好きですが、一番を選ぶとするなら『栄吉の菓子』です。栄吉が好きなのも理由の一つですが、終わり方がしんみりしているのが良い。一人で死んでいったご隠居の心を思うとやるせない気持ちになります。

本日も良い読書時間を過ごすことができました。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

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【再読】  畠中恵『しゃばけ』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

畠中恵さんによる人気シリーズ『しゃばけ』、その記念すべき第一作目です。

表紙のイラストが良いですよね。鳴家たちと喧嘩する屏風のぞきが好きです。見た感じ懐にも一匹入っているような。

それでは早速、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公である日本橋の大店の若だんな(一太郎)は、妖怪の血を引く青年です。『しゃばけ』時点で十七歳。
とんでもなく病弱で、一年の大半を布団の中で過ごしているという筋金入りの病人。そのため両親を始めとする周りの人々は若だんなに甘々です。このシリーズでは、病人扱いされて甘やかされることに内心辟易している若だんなが、何とか床を這い出て、事件に自ら首を突っ込んだり、時には巻き込まれたりしながら、仲間の妖怪たちとわちゃわちゃしつつ問題解決にあたっていく、というのが毎回の主な流れになります。江戸時代×和風ファンタジー×推理ものという欲張りセットです。

甘やかされて育ったボンボンの若だんなですが、その手の人物にありがちな高慢さはなく、おっとりとした優しい性格をしています。また、思慮深さや我慢強さも持ち合わせており、頼りなげな見かけに反し、やや頑固な一面もあります。そして頭の回転も早い。
この『しゃばけ』では、巷を騒がす一連の連続殺人事件の真相を解き明かすため、妖怪たちと共に捜査に乗り出します。
妖怪たちは役に立ったり立たなかったりですが、要所要所でナイスアシストを決めてくれます。
若だんな自身も、包丁を持った男と争ったり、炎の中で黒幕の妖もどきと戦ったりと、だいぶ体を張って事件解決に当たります。
「体が弱いのだから、せめて心だけでも強く」と自分を奮い立たせ、危険を承知で妖との対決に臨む若だんな。立派な男です。

この第一作『しゃばけ』は、シリーズの中でも特に完成度の高い作品だと思います。
人間も妖怪も、結構な数のキャラクターが登場しますが、全く物語がごちゃごちゃしていません。そして本筋の殺人事件の他、若だんなの家族問題、親友との関係、出生の秘密などいくつもの要素が複雑に絡み合っていつつ、過不足なくすっきりと纏められています。
文章は易しいのに、心理描写は繊細でリアルです。本当に凄い。スラスラと読めてしまいます。

この『しゃばけ』シリーズ一番の魅力は、何と言っても若だんなの周りの妖怪たちでしょう。
人間に化けて若だんなの世話を焼く、兄やの仁吉・佐助を始め、小鬼の鳴家(やなり)たちや付喪神たちなど、魅力的な妖が多数登場します。
彼らは人に害を為すような存在ではなく、お菓子やお酒が大好きでちょっと間抜けな、愛すべき隣人です。みんな若だんなのことが大好き。
美形の仁吉(白沢)、力自慢の佐助(犬神)のコンビも良いですが、私が特に好きなのは「屏風のぞき」。屏風の付喪神です。色男ぶった、うぬぼれ屋の派手な男で、兄やたちとは犬猿の仲。口は悪いですが根は良い奴です。若だんなに対して甘すぎず、兄貴分のような悪友のような、絶妙な距離感で接してくれるのが良い。何とも味のあるキャラクターだと思います。
そして鳴家は安定の可愛さ。うちにも欲しいです。
それから、今作の敵役・墨壷も結構気に入っています。悪いやつですが、人間のせいで付喪神になり損なったことを考えると、「そりゃあ悔しいだろうなあ」と少し同情的な気分になってしまいます。

人間側で好きなキャラクターは、若だんなの幼馴染・栄吉ですね。シリーズ通して特に好きなキャラクター。菓子屋の息子ですが、肝心の菓子作りが壊滅的に下手という厄介な欠点を抱えている不憫な子です。
若だんなのひ弱さは努力で改善できるレベルではありませんが、栄吉の餡子作りの腕もまた、本人の努力にも関わらず一向に改善されないのが不思議なところです。本人がひたむきなだけに、余計に可哀想。
また、菓子屋の跡取りというプレッシャーに苦しむ栄吉と、病弱なせいで働きたくても働かせてもらえない若だんなの対比も印象的です。お互いに相手を羨む気持ちがあるせいか、この二人の会話は時々急激に湿度が高くなります。
二人とも真面目な性格をしているせいで、思いっきり相手を妬むこともできないのが逆に辛そうです。難儀な関係ですね。

それから、若だんなの異母兄・松之助も大概可哀想な境遇だと思います。大人たちの都合に振り回されっぱなし。今作では名前のみで直接登場はしませんが、続編で出てきます。私の中では栄吉と一、二を争うくらいに好きなキャラクターです。

推理ものではありますが、人間関係や、そこから生まれる問題、個人の悩みなどの描写に、特に力が入っている作品だと思います。文章が丁寧なので、状況も想像しやすく、ライトなエンタメとしては本当に質の良い、読みやすい作品です。江戸時代に関する知識がなくても問題なく読み進めることができると思います。
興味のある方は是非どうぞ。

それでは今日はこの辺で。