畠中恵『しゃばけ』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【再読】  畠中恵『しゃばけ』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

畠中恵さんによる人気シリーズ『しゃばけ』、その記念すべき第一作目です。

表紙のイラストが良いですよね。鳴家たちと喧嘩する屏風のぞきが好きです。見た感じ懐にも一匹入っているような。

それでは早速、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公である日本橋の大店の若だんな(一太郎)は、妖怪の血を引く青年です。『しゃばけ』時点で十七歳。
とんでもなく病弱で、一年の大半を布団の中で過ごしているという筋金入りの病人。そのため両親を始めとする周りの人々は若だんなに甘々です。このシリーズでは、病人扱いされて甘やかされることに内心辟易している若だんなが、何とか床を這い出て、事件に自ら首を突っ込んだり、時には巻き込まれたりしながら、仲間の妖怪たちとわちゃわちゃしつつ問題解決にあたっていく、というのが毎回の主な流れになります。江戸時代×和風ファンタジー×推理ものという欲張りセットです。

甘やかされて育ったボンボンの若だんなですが、その手の人物にありがちな高慢さはなく、おっとりとした優しい性格をしています。また、思慮深さや我慢強さも持ち合わせており、頼りなげな見かけに反し、やや頑固な一面もあります。そして頭の回転も早い。
この『しゃばけ』では、巷を騒がす一連の連続殺人事件の真相を解き明かすため、妖怪たちと共に捜査に乗り出します。
妖怪たちは役に立ったり立たなかったりですが、要所要所でナイスアシストを決めてくれます。
若だんな自身も、包丁を持った男と争ったり、炎の中で黒幕の妖もどきと戦ったりと、だいぶ体を張って事件解決に当たります。
「体が弱いのだから、せめて心だけでも強く」と自分を奮い立たせ、危険を承知で妖との対決に臨む若だんな。立派な男です。

この第一作『しゃばけ』は、シリーズの中でも特に完成度の高い作品だと思います。
人間も妖怪も、結構な数のキャラクターが登場しますが、全く物語がごちゃごちゃしていません。そして本筋の殺人事件の他、若だんなの家族問題、親友との関係、出生の秘密などいくつもの要素が複雑に絡み合っていつつ、過不足なくすっきりと纏められています。
文章は易しいのに、心理描写は繊細でリアルです。本当に凄い。スラスラと読めてしまいます。

この『しゃばけ』シリーズ一番の魅力は、何と言っても若だんなの周りの妖怪たちでしょう。
人間に化けて若だんなの世話を焼く、兄やの仁吉・佐助を始め、小鬼の鳴家(やなり)たちや付喪神たちなど、魅力的な妖が多数登場します。
彼らは人に害を為すような存在ではなく、お菓子やお酒が大好きでちょっと間抜けな、愛すべき隣人です。みんな若だんなのことが大好き。
美形の仁吉(白沢)、力自慢の佐助(犬神)のコンビも良いですが、私が特に好きなのは「屏風のぞき」。屏風の付喪神です。色男ぶった、うぬぼれ屋の派手な男で、兄やたちとは犬猿の仲。口は悪いですが根は良い奴です。若だんなに対して甘すぎず、兄貴分のような悪友のような、絶妙な距離感で接してくれるのが良い。何とも味のあるキャラクターだと思います。
そして鳴家は安定の可愛さ。うちにも欲しいです。
それから、今作の敵役・墨壷も結構気に入っています。悪いやつですが、人間のせいで付喪神になり損なったことを考えると、「そりゃあ悔しいだろうなあ」と少し同情的な気分になってしまいます。

人間側で好きなキャラクターは、若だんなの幼馴染・栄吉ですね。シリーズ通して特に好きなキャラクター。菓子屋の息子ですが、肝心の菓子作りが壊滅的に下手という厄介な欠点を抱えている不憫な子です。
若だんなのひ弱さは努力で改善できるレベルではありませんが、栄吉の餡子作りの腕もまた、本人の努力にも関わらず一向に改善されないのが不思議なところです。本人がひたむきなだけに、余計に可哀想。
また、菓子屋の跡取りというプレッシャーに苦しむ栄吉と、病弱なせいで働きたくても働かせてもらえない若だんなの対比も印象的です。お互いに相手を羨む気持ちがあるせいか、この二人の会話は時々急激に湿度が高くなります。
二人とも真面目な性格をしているせいで、思いっきり相手を妬むこともできないのが逆に辛そうです。難儀な関係ですね。

それから、若だんなの異母兄・松之助も大概可哀想な境遇だと思います。大人たちの都合に振り回されっぱなし。今作では名前のみで直接登場はしませんが、続編で出てきます。私の中では栄吉と一、二を争うくらいに好きなキャラクターです。

推理ものではありますが、人間関係や、そこから生まれる問題、個人の悩みなどの描写に、特に力が入っている作品だと思います。文章が丁寧なので、状況も想像しやすく、ライトなエンタメとしては本当に質の良い、読みやすい作品です。江戸時代に関する知識がなくても問題なく読み進めることができると思います。
興味のある方は是非どうぞ。

それでは今日はこの辺で。