本の虫凪子の徘徊記録 -13ページ目

本の虫凪子の徘徊記録

新しく読んだ本、読み返した本の感想などを中心に、好きなものや好きなことについて気ままに書いていくブログです。

【初読】  張六郎『千年狐~干宝「捜神記」より~』六,七 MFコミックス フラッパーシリーズ(KADOKAWA)

 

こちらは以前のブログで書いた『千年狐』の続きです。五巻から始まった神異道術場外乱闘編が完結しました。

それでは、感想をつらつら書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

六巻はとにかく娟玉(表紙の女の子)が可愛いです。顔合わせのときの反応から、廣天のことを男と勘違いしているのでは、と思っていましたが、女の子だと分かった上であの反応だったんですね。恋というより推しを前にした重度のドルヲタみたいな反応です。可愛い。

鼠だった周南と、謎の人こと楊さんの回もそれぞれ面白かったです。楊さんと雷神のエピソードは普通に良い話でした。雷神の見た目のヤバさはさておき。
一ページだけでしたが、陽や懐かしい宮廷の人々が見られたのも嬉しかったです。

終盤でお爺さんに聞き込みをする際の、廣天の野菜の買い方がオシャレすぎてツボに入りました。何ですかそのポーズ。そしてこの時の髪型が一番好きです。一巻の表紙と同じ髪型。これが一番廣天という感じがします。次点は典風との易勝負の時の髪型です。あれも可愛かった。

そして、前から思っていましたが、伯くん滅茶苦茶博識ですね。

七巻の前半は商荘の過去編です。彼を前に廣天が推理と仮説を述べていく流れは、阿紫さまの時とほぼ同じですね。
山に消えた商荘の奥さんを探す後半部分では、道士たちも勢揃いします。前巻で勝負した三人に加え、すっかりマスコットキャラと化した典風やヘタレの黄。出来た使用人の如知さんも一緒に捜索してくれます。
山歩きガチ勢の商荘を上回る奥さんの身体能力、凄いです。そして頭も良くて美人。ただ若干コミュニケーション能力に難がありそうなので、人好きのする商荘と足して二で割ったら丁度良さそうです。この二人、きょうだいとしか明かされませんでしたが、おそらく双子でしょう。わざわざ平仮名で表記しているのは、どちらが姉なのか兄なのか分からないから、ということを表しているのだと思います。それにしても顔そっくりですね。

そして、この捜索の途中でようやく、医者の正体が明らかになりました。
あれには驚きです。まさかあの時の妖眚の子だったとは。素顔は父(母?)の萬祥と瓜二つで、個人的に好みのタイプです。カバー裏で大活躍していたのはこっちの方かもしれません。
よく思い返してみると、医者の正体に関するヒントは、作中の随所に散りばめられていたように思います。同じ巻の中で、「本妻と妾が同じ家にいても普通」と発言して神木に引かれていましたが、今思うとあれも、それが許されるやんごとない身分の人間が身近にいた、ということへの伏線だったのかもしれません。

医者と話しているときの廣天は少しだけ表情豊かになるというか、素っぽい反応を見せてくれんですよね。最終話では特にそれが顕著でした。同じ妖眚で、正反対の扱いを受けて育った二人、お互いに色々と思うところもあるのでしょう。

廣天と神木、医者と伯くんのチームが本当に好きだったので、ラストで別れてしまったのは残念でした。またいつかこのチームが復活することを期待しています。

新章も楽しみです。
それでは今日はこの辺で。

 

 

 

【初読】  真梨幸子『殺人鬼フジコの衝動』 徳間文庫

 

以前から気になってはいたのですが、未だ読んだことのなかった作品です。

最近になってようやく購入しました。

一人の少女が、伝説の殺人鬼フジコになるまでを描いたお話です。

それでは早速、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

この物語の主人公は伝説の殺人鬼フジコです。彼女の人生が、何者かの手によって小説の形で記録されたもの、それがこの作品です。そしてそれを読んでいる「私」、はしがきとあとがきを書いた人間こそが、真の主人公とも言うべき存在になります。小説を書いたのとは別人です。
その辺りの謎は最後に明かされるのでひとまず置いておくとして、まずは最重要人物であるフジコこと藤子について書いていきたいと思います。

藤子の幼少期はとにかく悲惨です。
両親は二人とも堕落しており、見栄っ張りで、外では派手に金を使いますが、藤子や妹には必要な分のお金すら出してはくれません。給食費も払ってくれず、衣服や食事もまともに用意されません。食器用洗剤で洗ったペラペラの体操着を妹と二人で使い回し、食事にしても、干からびたご飯を腐りかけの味噌汁で煮込んだものを食べるのが日常です。立派な虐待ですね。当然、手も上げられています。そして、両親の機嫌が良いときはお姫様のように飾り立てられたり、美味しいものを与えられたりもします。要は彼らの見栄や機嫌に振り回されているわけです。

更に、学校ではいじめを受けています。
物語開始時の藤子は小学五年生ですが、彼女が同い年や中学生の男の子たちの玩具にされている部分の描写は読んでいて気分が悪くなりそうでした。陰部が爛れ膿むほどの行いは、流石にいたずらで済ませて良いレベルではないでしょう。クラスの子たちの度を越したからかいも、それを笑って見ている担任も、ひたすら胸糞悪かったです。

しかし、いじめの主犯が事故死し、両親と妹が何者かに惨殺されたことで、藤子の生活も大きく変わっていきます。家族を失った藤子は母方の叔母夫婦に引き取られ、新しい人生を歩み始めることになります。
妹まで死んでしまったのは残念でした。苦しい日々の中でも「姉」として妹を優先してあげる藤子の優しさが好きだったので。もしも妹が生きていれば、藤子の未来は本編とは少し違ったものになっていたかもしれません。

その後の藤子は、転入先のクラスで女子同士の人間関係に苦しめられることになります。「仲良しグループ」とか「外される」とか、グループ内の力関係、顔色の読み合い、ボスのご機嫌取りなど、まあ女子たちの間でよくあるアレです。
醜くて欲しがりのクーコは印象的でしたね。似たようなタイプの子は私の身の回りにもいたので、懐かしい気持ちになりました。陰湿なだけのみさりんよりも、欲望に忠実で現金なクーコの方がまだ可愛げがあると思います。絶対に友達にはなりたくありませんが。

この時期に、藤子は初めて自らの手で人を殺します。
相手はクラスメイトのコサカさん。彼女を殺害するという選択が、藤子の人生での大きな分岐となったことは間違いありません。初めての殺しが意外と容易かったこと、そして誰にもバレなかったことで、殺人に対する彼女の感覚は麻痺してしまったようです。
藤子が、私はこの子に追い詰められたからこうするしかなかったんだ、仕方なかった、私は悪くない、悪くないんだと自分に言い聞かせていた姿が印象的でした。この自分勝手な責任転嫁は、これ以降、藤子の思考の基盤となっていきます。

その後、中学生になった彼女は、要領が良く、大人を内心で小馬鹿にするちょっと嫌な奴になっています。そして六歳年上で大学生の彼氏持ち。この辺りから、自身の外見へのコンプレックスの描写が目立ち始めます。
彼氏の裕也との関係にのめり込みつつも、バイトをしてみたり、美人で器用な同い年の女の子・杏奈と親しくなったりと、それなりに普通の生活を送っていた藤子ですが、裕也との恋愛関係が拗れたことで豹変します。
まあこの件に関しては、裕也と杏奈に非があるでしょう。彼氏が自分の親友と浮気していたら誰だってショックを受けます。特に裕也がひどい。藤子が粘着的で「面倒臭い女」なのは確かですが、言い換えれば「一途」なわけで、そんな彼女をぞんざいに扱った挙げ句裏切るのは流石に人としてどうかと思います。
藤子も杏奈も見る目が無い。この男はただセーラー服を着た女の子とセックスしたいだけのろくでなしです。杏奈のことは本気だったようですが、それにしてもろくな男ではありません。

流れ的に嫉妬に狂った藤子が杏奈を殺すのかと思いきや、先に裕也が杏奈を殺したのには驚きました。別れ話を切り出されて逆上したそうです。
パニックになる裕也と一緒に死体を始末し、共犯者となることで精神的に彼を支配した藤子。妊娠していたこともあり、そのまま強引に裕也と結婚してしまいました。十六歳、高校は中退です。
さらっと書かれていましたが、杏奈の死体を「処分」するくだりの描写は凄まじかったです。皮を剥いで骨を砕いて切り刻んでミキサーにかけて、怖じ気づく裕也を横目に、一人で黙々と彼女の身体を解体していきます。
仮にも親友だったわけですが、藤子からは感傷のようなものは欠片も感じられず、むしろ美しかった杏奈をグチャグチャにすることを愉しんでいる様子すらありました。
同性で、自分より美しく優れていて、恋敵で、元親友だった杏奈。そんな彼女に対して藤子が密かに抱いていたであろうドス黒い負の感情は、私が同じ女だからこそ、容易に理解できる気がします。それはきっと、嫉妬という言葉で纏めてしまうにはあまりにも複雑な感情です。

さて、結婚後の藤子ですが、狭い団地で義両親と夫と娘との窮屈な五人暮らし。意地の悪い義父、息子を溺愛する義母、夫は働かずにパチンコ通いという読んでいるだけで辛くなるような環境です。その後夫と娘と共に義実家を出ますが、杏奈を殺したショックで腑抜けになった裕也は夫としての自覚も父親としての自覚もなく、働こうとしません。仕方なく藤子が、怪し気な保険のセールスと売春まがいのスナックでのバイトで家計を支えることになります。
苦しい生活と肉体の疲労、精神的ストレスの中で、徐々に思考力を失い、憔悴していく藤子。八つ当たりのように、娘の美波への態度も少しずつ乱暴になっていきます。
殴ったり、泣き声がうるさいからとガムテープで口を塞いだり、押し入れに閉じ込めたり。その後で我に返って過剰に優しく接する辺り、情緒不安定な毒親の典型に見えます。

そんな生活を続けるうちに、彼女にもついに限界が訪れてしまいます。精神の限界です。
最終的に藤子は裕也を切り刻んで捨て、押入れの中で腐敗していた美波をゴミ袋に入れて、荷物を纏めて一人でアパートを出て行きました。

彼女が押し入れを開ける前の、会話文だけの場面には圧倒されました。過去と現在、記憶の中の言葉と幻聴とが入り乱れて藤子の脳内を掻き回していく様はどこか芸術的ですらあり、読んでいるこちらの頭の中にまで、彼ら彼女らの声が木霊して聞こえてくるようでした。

夫も娘もいなくなり、ホステスとして一人で生活を始めた彼女ですが、キレると衝動的に人を殺してしまったりと、もう殺人に対する抵抗感は全く無い様子。立派な殺人鬼です。
そして七年後、整形で美貌を手に入れた藤子は銀座の夜の蝶として一躍有名な存在になりました。住まいも赤坂の高級マンションです。
その後青年実業家と結婚し、娘の早季子と共に順風満帆な生活を送り始めますが、不運なことにすぐに夫の会社が倒産し、あっという間に落ちぶれてしまいました。
が、それでも、苦しい生活の中でも見栄とプライドだけは捨てられず、金欲しさに強盗殺人を繰り返しては、それを気前良く他人にばら撒く、という行為を繰り返します。この辺りからもう完全に正気を失っています。
娘の給食費も払えないくせに外では派手に振る舞い、日々の苛立ちを娘にぶつけ、自分の美容に異様なまでに固執するその姿は、憎んでいた過去の母親そっくり。アロエを潰して飲むところまで同じです。
情緒不安定になった藤子は最終的に、夫を殺して娘を切りつけた後で捕まりました。その後、今までの犯行も白状し、裁判にかけられた結果は当然のことながら有罪。というか、これだけ殺しておいてむしろよく今までバレなかったものです。
そして藤子は、恐ろしい殺人鬼フジコとして死刑になり、死にました。
これが伝説の殺人鬼フジコの一生です。

ここまでが「蝋人形、おがくず人形」というタイトルがつけられた一本の小説となっています。
作者は藤子の娘・早季子。彼女が母について調べ、書き上げたのがこの作品で、それを読んだ上であとがきを書き足している「私」は彼女の妹・美也子、つまり藤子のもう一人の娘です。

あとがきで語られる、彼女ら姉妹のその後の人生。そして二人が辿り着いてしまった「真実」。
あとがき後のラスト一ページを目にしたときは戦慄しました。ある意味、この作品はあとがきが本編で、それ以前の部分は全てプロローグだったわけです。いやあ凄い。
コサカ母娘はともかく、叔母さんはちょっと怖すぎます。説教臭くて鬱陶しいけれど善人であり、それまで藤子の良心や罪悪感を刺激し続けていた彼女が、まさか藤子以上に倫理観の欠如した怪物であったとは夢にも思いませんでした。一体どの面下げて姉の悪口を言っていたのか。
真実を知ると、より藤子が哀れに思えてきます。
そしてそれ以上に娘二人、特に美也子の方が本当に可哀想でした。何も悪いことしてないのに。この一族は何かに呪われているんじゃないでしょうか。

叔母さんやコサカ母には報いがあって然るべきだとは思いますが、そうならない方が藤子の道化っぷりや惨めさが際立つので、物語的には、このまま二人には穏やかで満ち足りた日常を送り続けて欲しい、という気もしています。

主人公である藤子の行動、殺人行為を認めるわけではありませんが、彼女の心理にはそれなりに共感することができました。
コンプレックスにまみれ、激情家で、人より多少は頭が回るけれど、絶望的に生きていくのが下手な藤子。ここまで極端ではないものの、私自身、彼女の性格と重なる点はいくつかあります。
藤子の生き方は決して美しいとは言えませんが、彼女自体は不思議と魅力的に感じます。確かに、藤子はどん底を這いずり回りながら自分で自分の首を絞め続けているような、救いようのない女でした。けれど読み終わっても、意外なことに彼女への嫌悪感はほとんど湧いて来ませんでした。
それはおそらく彼女が、生きよう、幸せになろうと一生懸命に努力していたのが分かったからだと思います。他人の命を奪うやり方は間違っていますが、それでも、悲惨な環境で育った彼女が、彼女なりに精一杯生きた結果がこれなわけです。
彼女の人生や心情がここまで丁寧に描かれているのを読んでしまった以上、もう、藤子をただの極悪非道な殺人鬼として見ることはできません。業の深い、哀れな女性です。
殺人鬼の回想録としては完璧な出来ですね。

以上がこの作品の感想になります。
無駄な文章が無く、内容が濃い割に読みやすいのが特徴でした。一気読みするのがオススメです。
朝から最高の読書時間を過ごすことができました。続編の『インタビュー・イン・セル』の方もそのうち読みたいと思います。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

 

【初読】  如月新一『魔女が全てを壊していった』 二見ホラー×ミステリ文庫 二見書房

 

書店で見かけ、タイトルが気になったので購入してみました。新刊です。

帯にはサスペンススリラーとありますが、あまり緊迫感はありませんでした。何となく不穏な空気の中で物語が進んでいきます。残酷な描写はあるものの、ホラー感は薄いので、怖い話が苦手な人でも読むことができそうです。

それでは、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公は、悪人に雇われて後ろ暗い仕事をしている男・木屋川。本人は真面目な性格で、いつか足を洗って平凡な暮らしがしたい、と強く望んでいます。
ですが、そんな彼の夢は、町に五月女と名乗る女性が引っ越してきたことで打ち砕かれてしまいます。
彼女の出現によって徐々に狂っていく町の人々。平穏な日常が壊れ、町民たちが正気を失って殺し合う中、木屋川は五月女の本性を暴くために奔走したり、消えた少女を探したり、雇い主を殺そうとしたり、とにかく事態解決のために懸命に行動します。そんな感じのお話です。
カラフルな3Dプリント銃を片手に彷徨う、狂った町民たちの姿が印象的でした。

個人的には、ストーリーというよりも五月女の魅力を堪能するための作品だと思いました。

美貌の女性・五月女(さつきめ)。
表紙の黒服の女性です。
艶やかな黒髪に白磁の肌を持ち、気品溢れる佇まいの、浮世離れした美女。彼女の声は麻薬のように聞く者の脳髄を溶かし、慈愛に満ちた微笑みは、一瞬で人の心を奪ってしまいます。妖しい色気と神聖さの入り混じった、不思議な魅力を持つ女性です。
女優やアイドルなんか目じゃない、とは作中でも言われていますが、人間味を感じさせないほどの「完璧に整った顔」という表現があまりにも抽象的すぎるため、生きた人間として彼女の姿を想像するのが非常に難しかったです。おそらくファイナルファンタジーばりの美形なんでしょう。

薬草に詳しく、アロマやカウンセリング専門のセラピストを名乗り、徐々に町の人々に溶け込んでいく五月女。
いえ、どちらかというと「侵食」といったほうが良いかもしれません。
彼女の持つ不思議な魅力に、町民たちは老若男女問わず骨抜きにされていきます。「五月女さん」「五月女さん」と連呼し、いつの間にか彼女を盲目的に信奉している町の人々。五月女の洗脳によるものです。

この五月女ですが、実は人間ではありません。彼女の正体は、人の身体を乗っ取ることで何百年もの間生き続けている恐ろしい魔女です。この町に来る前は四木(しき)と名乗っており、本編後は六鹿(むしか)と名を変えています。五月女の肉体は水野原美樹の、六鹿の肉体は恐らく三国咲千夏のものですが、魔女本来のものであるその美貌だけはいつも変わらないようです。年齢は不明で、いつから日本にいたのかも分かりません。セイレムから逃げてきたんでしょうか。

彼女の本質は邪悪そのもの。行く先々でその土地の住民を惑わせては殺し合いをさせ、それを楽しみながら見ているという外道っぷりです。特に目的があるわけではなく、人を操るのが楽しいから、という理由で悪意を撒き散らしては、周囲の人間を破滅させていきます。
薬と嘘で人の心を巧みに操り、親しい者同士で殺し合わせるのが彼女のやり方です。
人間を見下し、その命を弄ぶ魔女。四木として訪れた世暮島では六十三人、この町では最終的に一晩で四十四人もの人間が、殺し合いの末に死亡しました。
主人公の木屋川が五月女を殺し損ねたので、これからも彼女はどこかで殺戮を繰り返すものと思われます。歩く災厄ですね。

行いだけ見れば悍しい怪物のような女なのですが、これが非常に魅力的なんです。
瀟洒な洋館と黒衣の美しい女主人の組み合わせは絵になりますし、こんな美女に微笑まれて優しく囁かれたら、正体が邪悪であると分かっていても身を委ねたくなるでしょう。少なくとも私なら簡単に落ちてしまいそう。
金山に、自分の指を食え、と命令する場面は読んでいてぞくぞくしました。盗聴の罰にしてはやり過ぎな気もしましたが、相手が下衆野郎だったのであまり同情はしません。五月女に許して貰うために泣きながら人差し指を食いちぎる金山の姿はなかなかにインパクトがありました。

主人公の木屋川も若干歪んでいて、独特なキャラクターではあるのですが、やはり五月女の魅力には敵いません。

バリステムジカ、は本当に彼女とは何の関係もない言葉だったのか、気になるところです。

以上が本編の感想になります。
ほぼ五月女のことしか書いていませんけれども。

本筋とは関係ありませんが、妙に気になったのは、ビデオ屋で店長の赤木とバイトの朝比が話している場面。『エネミー・オブ・アメリカ』の冒頭で殺されるのは大統領ではなく議員ですね。朝比は流していましたが、訂正してあげれば良いのに、と思いました。地の文でも赤木の間違いについて全く触れられなかったので、少し気になった部分です。
余談ですが、『エネミー・オブ・アメリカ』は私も好きです。役者が良いんですよね。トニー・スコット監督の映画は緊迫感があるので観ていて楽しいです。お兄さんよりもトニーの方が好きかも。

そういえば、本文中で小学二年生の咲千夏が、一箇所だけ「小学校三年生」と表記されているのを発見しました。こういう誤字を見つけるとちょっと何かに勝った気になってしまいます。
性格が悪いのは重々承知の上です。

文章が軽めなので一気に読んでしまいました。
読みやすい作品だったと思います。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

 

【再読】  マルキ・ド・サド『閨房哲学』マルキ・ド・サドコレクション 澁澤龍彦訳 河出文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

澁澤龍彦の文章はサドの訳でしか読んだことがありません。本人が書いた小説も読んでみたいとは思っているのですが、なかなか機会に恵まれないんですよね。

本日はサドの『閨房哲学』です。出版はマニアックな作者・作品の取り扱いで有名な河出文庫から。

この表紙デザインが好みです。『悪徳の栄え』の上巻も良いですが、サドコレクションの中ではこちらが一番お洒落に感じます。一番下品なのは『ソドム百二十日』だと思いますが、あれはまあ、内容が内容なので。

それでは早速、内容について書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

【快楽の神聖な法則に反するもの一切を軽蔑せよ】
プロローグ部分のこの言葉が大好きです。

この物語の主要人物は四人。
淫蕩で悪辣なサン・タンジェ夫人、その弟のミルヴェル騎士、男色家の遊蕩児ドルマンセ、夫人に心酔するうら若き乙女のウージェニー。
ミルヴェル騎士は出番が少なく、前半はほとんど出てきません。

物語の内容としては、ウージェニーの「道徳とは?」「罪とは?」「愛とは?」といった問いに対してドルマンセとサン・タンジェ夫人が持論を述べていく、という形になっています。
戯曲のように、台本書きで書かれているのが特徴です。

悪徳を礼賛する二人は、うぶな小娘のウージェニーを腐敗させ、堕落させるために言葉を尽くして彼女を洗脳していきます。
信心深く美徳を愛する乙女だったウージェニーが徐々に彼らに感化されていき、最終的には実母に平然と残虐行為を行う恥知らずのあばずれに成り下がるまでの過程は、非常に見ものです。
ちなみに、この四人の中で多少なりとも道徳心を持ち合わせているのはミルヴェル騎士のみです。彼もまた堕落しきった救いようのない下衆野郎ではあるのですが、時々ふと良心を思い出したりと、全く恥を知らないというわけでもないようです。
逆に、一番邪悪なのはドルマンセです。
女と寝ないわけではありませんが、当時はタブー視されていた男色の方を好み、「される」側と「する」側のどちらも好き、という守備範囲の広さを誇ります。ミルヴェル騎士とは友人同士ですが、当然肉体関係もあります。

この作品はそんなドルマンセの「講義」が大きな割合を占めているのですが、これがなかなかに面白いです。

彼の講義は、宗教の否定、イエス・キリストを汚い言葉で貶し、ペテン師、ごろつき呼ばわりして冒涜するところから始まります。
親切や慈愛の心を偽善と罵り、純潔と貞節を踏みにじり、欲望と悪徳を礼賛するドルマンセ。
個人の利を無視した一般のための法律など無視して良いのだと主張し、近親相姦も、姦通も、殺人すらも、自然界では何ら罪に問われる行いではない、と言い切ります。
また、快楽の前にはいかなる残虐趣味も肯定される、というのが彼の持論でもあります。他人の苦痛が自分の快楽に繋がるのであれば、躊躇うことなく実行し、大いに楽しむべきである、とのこと。彼自身も他人の苦痛を悦ぶタイプの人間です。

人はただ自分自身のためにのみ他人を愛するべきで、自分にとって有益な相手だけを大切にするべき、という考えは非常に興味深かったです。実際、利害や損得勘定だけで行動した方が、人間関係はよりスムーズになる気もします。私はそんな冷たい世の中は嫌ですが。

その他の彼の論も、詭弁じみてはいるものの、部分的には納得できるようなものが多くあります。
女性が結婚前に処女を失うのは体面に関わるが、お尻を貸すのはセーフという理論は納得できませんでしたが。

それから、彼の話に出てきた、近親相姦をする友人の逸話にはぞっとしました。自分と実母との間に産まれた娘を更に孕ませて男の子を産ませ、その子が十三歳になったときに童貞を奪ったそうです。悪魔か。

主要人物四人の中で、個人的に一番魅力的だと思うはサン・タンジェ夫人です。己の快楽のためだけに生きる、遊び好きの女性。一応書いておくと、別に彼女の人格や行いを肯定している訳ではありませんので、誤解なきよう。

【あなたの身体はあなたのもの、あなただけのものなのよ。世界中であなただけが、その身体を享楽する権利も、また自分の気に入ったひとに享楽させる権利も持っているのよ】

このセリフだけ切り取るとまともに見えますが、要は肉欲を満たすためなら何でもして良い、というのが彼女の持論です。
作中のサン・タンジェ夫人はまだ二十六歳、若く美しいうちに楽しめるだけ楽しもうという考えの、生粋の快楽主義者です。
特定の恋人を作らず、男も女も欲望の対象にする凄まじい淫婦ですが、そういった自身の不品行を上手いこと揉み消しているため、社交界では身持ちの良い女として見られています。ちなみに初体験の相手は実弟のミルヴェル騎士でした。
歳の離れた夫はいたものの、妊娠という行為自体を毛嫌いしているため、子供を産んだことはありません。

【繁殖は少しも自然の目的ではないからよ。それはせいぜい自然の寛容でしかないわ。】

堕胎も、彼女にとっては下剤を飲んで腸内を綺麗にするようなもの、だそうです。

サドといえばエログロ、というイメージがありますが、この作品は意外とエロもグロも控え目で、それよりも道徳観の方に重きが置かれています。
ドルマンセの講義も良いのですが、私はミルヴェル騎士が読んだパンフレットの内容の方が印象に残りました。古代や異国の文化が、偏見まみれで引き合いに出されるのが面白いです。

ストーリーと呼べるような大きな流れが無いので娯楽性は低いですが、私はサドの作品の中でもこちらが一番好きですね。
エログロが見たい方は最後の場面だけ読むことをおすすめします。ウージェニーの母親が性病持ちの男に犯され、股や尻の穴を縫い合わせられています。
可哀想で見ていられないので、私はこの辺りは若干流して読んでいます。

以上。
定期的に読み返したくなる作品です。

性的倒錯者のイメージが強いサドですが(実際その通りではありますが)、作品自体は本当に面白く、考えさせられる内容のものが多いので、ぜひ多くの人に読んで欲しい、と思っています。

私は友人にうっかりサドが好きと言ってしまったせいで、変態のレッテルを貼られたことがあります。サド=エログロだけではないことを、もっと多くの人が理解してくれれば良いのですが。

 

興味がある方は、ぜひ。
それでは今日はこの辺で。
 

 

 

 

【再読】  瀬尾まいこ『卵の緒』 新潮文庫

 

本日はこちらの作品を再読しました。

とは言っても、かなり昔に一度読んだきりなので、内容はうろ覚えです。

『卵の緒』『7’s blood』の二つが収録されています。

それでは早速、感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

『卵の緒』
主人公は母子家庭で生活している小学生の男の子・育生。
自分は捨て子だったと思い込んでいる育生は、ある日、母親にへその緒を見せて欲しいと頼みます。本物の親子ならへその緒があるはずだ、と言う育生。
実際、この二人に血の繋がりはなく、育生と母親を繋いでいたへその緒も存在しないのですが、母親は育生に箱に入った卵の殻を見せて「あなたは卵で生んだのよ」と平然と言ってのけます。物凄い誤魔化し方です。それを信じてしまう九歳の育生も可愛いです。

この母親ですが、なかなかに個性が強めです。
飄々とした、適当なことばかり言っている変人で、育生からも「この母さんなら卵で僕を産むこともありえるだろう」と納得されるような、何となく浮世離れした雰囲気の人物。二十七歳のOLで、育生に対しては年齢の離れた姉や女友達のような気軽さで接しています。軽口を叩いたり、恋バナをしたり、真面目な育生をからかって遊んだり。マイペースな彼女に、育生はいつも振り回されています。普通の母子とは違う独特の距離感です。
ちなみに非常に料理上手です。彼女お手製の、砂糖とバターたっぷりの、ケーキみたいに甘いにんじんブレッドは本当に美味しそうでした。
 

そして、何だかんだ言っても、良い母親なんですよね。
生真面目な育生がもう少し肩の力を抜いて生きられるように、と色々と気を遣っていることが行動の端々から感じられて、彼女の息子への愛情の深さがよく分かります。

作中で再婚し、育生に弟か妹が生まれる、というときになって初めて、彼女は育生に全ての秘密を明かしました。

彼女は大学生のとき、妻に死なれたばかりの十六歳年上の先生に恋をしたのですが、彼の子供を一目見たときからどうしてもその子が欲しいと思うようになり、その子供の母親になるために強引に先生と結婚しました。彼は余命短い身だったためその後すぐに死に、彼女のもとには義理の息子となったその子供だけが残されました。それが育生です。
育生の予想通り二人の間に血縁上の繋がりはなく、これから生まれてくる子も育生からすれば実父の再婚相手(母)とその再婚相手(朝ちゃん)との子供なわけですから、遺伝子的には赤の他人になります。
それでも、彼ら親子の家族としての絆は本物です。ラストでは朝ちゃんと妹の育子も加わって四人家族になりましたが、かなり上手くやれているようでした。

そして、育生のことを全身全霊で愛している母親は、彼へ向けた話の最後に、こう言います。
「想像して。たった十八の女の子が一目見た他人の子どもが欲しくて大学辞めて、死ぬのをわかっている男の人と結婚するのよ。そういう無謀なことができるのは尋常じゃなく愛しているからよ。あなたをね。これからもこの気持ちは変わらないわ」

先生の余命を知って一度は結婚を諦めたものの、子供を見た瞬間に考えが変わった、彼に引かれるよりも強くその子に引かれた、という彼女。理屈ではなく本能や衝動に近い、突然芽生えた愛情。他人の子供に一目惚れ、というのが具体的にどういった感情をともなう体験なのかは想像しづらいですが、きっとそれは彼女にとって運命の出会いだったのだと思います。最終的には、血の繋がらない子供の世話をすることに自らの人生を捧げたわけですから。
決断力・行動力の塊のような人ですが、そのときの決断にもきっと躊躇いはなかったのだろうな、という気がします。周囲の反対の声を無視した、誰にも祝福されない中での結婚で、先のことも分からず、それでも育生を育てるという覚悟だけは何よりも強かったに違いありません。そう考えると、本当に凄い愛情ですね。

一番強烈なキャラクターはなんと言ってもこの母親なのですが、その他のキャラもそれぞれ魅力的でした。育生と同じクラスの不思議な少年・池内くんや、後に義父となる朝ちゃん、猫を崇めるお祖父ちゃんなど、どの人物にもしっかり個性があるので読んでいて楽しかったです。


『7's blood』
七子(ななこ)と七生(ななお)、高校生と小学生の、六歳離れた異母姉弟のお話です。
主人公は姉の七子の方です。二人の父親は七年前に亡くなっており、お互い母子家庭で育ちました。父親の愛人だった七生の母が刑務所に入れられたため、七子の母が小学六年生の七生を引き取ることになり、そこで初めて姉弟同士で顔を合わせることになります。その後突然母親が入院し、しばらく姉弟二人きりで生活することになりました。

明るくて素直で、家事も得意で、誰からも好かれるような良い子の七生。そして、そんな七生をどうしても好きになれない七子。
最初の頃は、七子がかなり嫌な奴に思えてしまいます。食事中に一生懸命話を振る七生に対して「へえ」「そう」「別に」と冷たい反応をしたり、面と向かって「あんたの計算された無邪気さが気持ち悪い」と言い放ったり。大人気ない振る舞いが目立ちます。
ですが、別に七子は、愛人の子だから、という理由で彼を嫌っているわけではありません。
七生の子供らしさ、朗らかさが自分に取り入るための演技だと理解しているからこそ、七子には彼の挙動がいちいち気に食わないのです。そのため気を遣われれば遣われるほど、彼女の苛立ちも増していきます。

水商売をしている母親のもと、あまり良いとは言えない環境で育った七生は、愛想を良くして人に取り入ることで自分を守りながら生きて来ました。
愛人の子供と陰口を叩かれたり、母親の恋人に暴力を振るわれたりするうちに、「大人に気に入られないと生きていけない」ということを理解した七生は、天真爛漫で無邪気な「誰からも愛される子」を演じるようになったのです。素の七生は十一歳とは思えないほど聡明で、既に世の中を達観しています。

七子は「良い子」な七生が嫌いなわけではなく、七生がそういう風に振る舞わざるを得なかった状況、今まで受けて来たであろう理不尽な仕打ち、七生から子供らしい純粋さを奪い「良い子」でいることを強制した大人たち、そういったものに対して怒っていたのでしょう。媚びるような七生の態度が気に食わなかったのも、今まで彼がそうやって生きていくしかなかったのだということを、薄々勘付いていたからだと思います。

そんなこんなで、当初の二人の関係は若干ギスギスしていましたが、それでも、話が進んでいくにつれ徐々に良い方へと変化していきます。
七生にも子供らしい不器用な一面があると知って、七子が彼をいとしいと思えるようになったり、だんだんと気心が知れてきてお互いに遠慮がなくなっていったり。結局のところ、気が合う二人ではあるんですよね。半分は血が繋がっているわけですし。

七子の母親が亡くなったときも、七子を支えてくれたのは七生の存在です。
自分の死を察知して、七子が一人にならないようにと七生を引き取った母親の判断は正しいものでした。極端な話、七生はどんな保護者のもとでも生きていけそうですが、七子には絶対に七生という異母弟の存在が必要でした。最終的に、この出会いで精神的に大きく変化したのは七子の方だったと思います。

大人びた七生と、少し子供っぽいけれど、それでもやっぱり「お姉ちゃん」な七子。この二人の微妙な距離感がとても好みです。七生が一貫して「ななちゃん」呼びなのも良いです。

ラストで七生は出所した母親の元へ帰っていき、二人はまたそれぞれの生活に戻ります。
住んでいる場所は近いけれど、何となく、もう二度と会うことはないんだろうな、と察している七子。私もそう思います。仮にこの先再び顔を合わせることがあったとしても、もう今までのように一緒に生活したりということにはならないのでしょう。少し寂しい気もしますが、それで良いのかもしれません。
それでも、一緒に腐ったケーキを食べたことや、夜にパジャマのままで何キロも散歩したこと、そういった思い出が、離れて暮らす姉と弟それぞれの中で、大切なものとして残り続けてくれればいいな、と思います。


以上、全二編でした。
どちらも少し特殊な家族の関係を描いたお話ですが、読み終えてみると、じゃあ普通の家族って何なのだろうと考えてしまいます。
全く血縁関係のない母子、血の繋がりはあるが他人として生きてきた姉弟。そういう境遇の人が周りにいないこともあって、私には彼ら彼女らの心情を完全に理解することは難しいです。ですが、こういう複雑な関係も全然「アリ」だと思っています。人と人との関係に決められた形はないわけですし、結局のところ、そこに愛があるのであれば、「家族」と呼べるか、なんてあまり問題じゃないような気がします。

まあ、何はともあれどちらも良い作品でした。
読了後は穏やかな気持ちになれます。
瀬尾さんの文章は本当に読みやすいですね。「卵の緒」なんて、とてもデビュー作とは思えないようなクオリティの高さでした。
それでは、今日はこの辺で。