【再読】 マルキ・ド・サド『閨房哲学』マルキ・ド・サドコレクション 澁澤龍彦訳 河出文庫
本日はこちらの作品を再読しました。
澁澤龍彦の文章はサドの訳でしか読んだことがありません。本人が書いた小説も読んでみたいとは思っているのですが、なかなか機会に恵まれないんですよね。
本日はサドの『閨房哲学』です。出版はマニアックな作者・作品の取り扱いで有名な河出文庫から。
この表紙デザインが好みです。『悪徳の栄え』の上巻も良いですが、サドコレクションの中ではこちらが一番お洒落に感じます。一番下品なのは『ソドム百二十日』だと思いますが、あれはまあ、内容が内容なので。
それでは早速、内容について書いていきたいと思います。
以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。
【快楽の神聖な法則に反するもの一切を軽蔑せよ】
プロローグ部分のこの言葉が大好きです。
この物語の主要人物は四人。
淫蕩で悪辣なサン・タンジェ夫人、その弟のミルヴェル騎士、男色家の遊蕩児ドルマンセ、夫人に心酔するうら若き乙女のウージェニー。
ミルヴェル騎士は出番が少なく、前半はほとんど出てきません。
物語の内容としては、ウージェニーの「道徳とは?」「罪とは?」「愛とは?」といった問いに対してドルマンセとサン・タンジェ夫人が持論を述べていく、という形になっています。
戯曲のように、台本書きで書かれているのが特徴です。
悪徳を礼賛する二人は、うぶな小娘のウージェニーを腐敗させ、堕落させるために言葉を尽くして彼女を洗脳していきます。
信心深く美徳を愛する乙女だったウージェニーが徐々に彼らに感化されていき、最終的には実母に平然と残虐行為を行う恥知らずのあばずれに成り下がるまでの過程は、非常に見ものです。
ちなみに、この四人の中で多少なりとも道徳心を持ち合わせているのはミルヴェル騎士のみです。彼もまた堕落しきった救いようのない下衆野郎ではあるのですが、時々ふと良心を思い出したりと、全く恥を知らないというわけでもないようです。
逆に、一番邪悪なのはドルマンセです。
女と寝ないわけではありませんが、当時はタブー視されていた男色の方を好み、「される」側と「する」側のどちらも好き、という守備範囲の広さを誇ります。ミルヴェル騎士とは友人同士ですが、当然肉体関係もあります。
この作品はそんなドルマンセの「講義」が大きな割合を占めているのですが、これがなかなかに面白いです。
彼の講義は、宗教の否定、イエス・キリストを汚い言葉で貶し、ペテン師、ごろつき呼ばわりして冒涜するところから始まります。
親切や慈愛の心を偽善と罵り、純潔と貞節を踏みにじり、欲望と悪徳を礼賛するドルマンセ。
個人の利を無視した一般のための法律など無視して良いのだと主張し、近親相姦も、姦通も、殺人すらも、自然界では何ら罪に問われる行いではない、と言い切ります。
また、快楽の前にはいかなる残虐趣味も肯定される、というのが彼の持論でもあります。他人の苦痛が自分の快楽に繋がるのであれば、躊躇うことなく実行し、大いに楽しむべきである、とのこと。彼自身も他人の苦痛を悦ぶタイプの人間です。
人はただ自分自身のためにのみ他人を愛するべきで、自分にとって有益な相手だけを大切にするべき、という考えは非常に興味深かったです。実際、利害や損得勘定だけで行動した方が、人間関係はよりスムーズになる気もします。私はそんな冷たい世の中は嫌ですが。
その他の彼の論も、詭弁じみてはいるものの、部分的には納得できるようなものが多くあります。
女性が結婚前に処女を失うのは体面に関わるが、お尻を貸すのはセーフという理論は納得できませんでしたが。
それから、彼の話に出てきた、近親相姦をする友人の逸話にはぞっとしました。自分と実母との間に産まれた娘を更に孕ませて男の子を産ませ、その子が十三歳になったときに童貞を奪ったそうです。悪魔か。
主要人物四人の中で、個人的に一番魅力的だと思うはサン・タンジェ夫人です。己の快楽のためだけに生きる、遊び好きの女性。一応書いておくと、別に彼女の人格や行いを肯定している訳ではありませんので、誤解なきよう。
【あなたの身体はあなたのもの、あなただけのものなのよ。世界中であなただけが、その身体を享楽する権利も、また自分の気に入ったひとに享楽させる権利も持っているのよ】
このセリフだけ切り取るとまともに見えますが、要は肉欲を満たすためなら何でもして良い、というのが彼女の持論です。
作中のサン・タンジェ夫人はまだ二十六歳、若く美しいうちに楽しめるだけ楽しもうという考えの、生粋の快楽主義者です。
特定の恋人を作らず、男も女も欲望の対象にする凄まじい淫婦ですが、そういった自身の不品行を上手いこと揉み消しているため、社交界では身持ちの良い女として見られています。ちなみに初体験の相手は実弟のミルヴェル騎士でした。
歳の離れた夫はいたものの、妊娠という行為自体を毛嫌いしているため、子供を産んだことはありません。
【繁殖は少しも自然の目的ではないからよ。それはせいぜい自然の寛容でしかないわ。】
堕胎も、彼女にとっては下剤を飲んで腸内を綺麗にするようなもの、だそうです。
サドといえばエログロ、というイメージがありますが、この作品は意外とエロもグロも控え目で、それよりも道徳観の方に重きが置かれています。
ドルマンセの講義も良いのですが、私はミルヴェル騎士が読んだパンフレットの内容の方が印象に残りました。古代や異国の文化が、偏見まみれで引き合いに出されるのが面白いです。
ストーリーと呼べるような大きな流れが無いので娯楽性は低いですが、私はサドの作品の中でもこちらが一番好きですね。
エログロが見たい方は最後の場面だけ読むことをおすすめします。ウージェニーの母親が性病持ちの男に犯され、股や尻の穴を縫い合わせられています。
可哀想で見ていられないので、私はこの辺りは若干流して読んでいます。
以上。
定期的に読み返したくなる作品です。
性的倒錯者のイメージが強いサドですが(実際その通りではありますが)、作品自体は本当に面白く、考えさせられる内容のものが多いので、ぜひ多くの人に読んで欲しい、と思っています。
私は友人にうっかりサドが好きと言ってしまったせいで、変態のレッテルを貼られたことがあります。サド=エログロだけではないことを、もっと多くの人が理解してくれれば良いのですが。
興味がある方は、ぜひ。
それでは今日はこの辺で。