如月新一『魔女が全てを壊していった』 | 本の虫凪子の徘徊記録

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【初読】  如月新一『魔女が全てを壊していった』 二見ホラー×ミステリ文庫 二見書房

 

書店で見かけ、タイトルが気になったので購入してみました。新刊です。

帯にはサスペンススリラーとありますが、あまり緊迫感はありませんでした。何となく不穏な空気の中で物語が進んでいきます。残酷な描写はあるものの、ホラー感は薄いので、怖い話が苦手な人でも読むことができそうです。

それでは、読んだ感想を書いていきたいと思います。

 

以下、内容についての記載あり。未読の方はご注意ください。

 

主人公は、悪人に雇われて後ろ暗い仕事をしている男・木屋川。本人は真面目な性格で、いつか足を洗って平凡な暮らしがしたい、と強く望んでいます。
ですが、そんな彼の夢は、町に五月女と名乗る女性が引っ越してきたことで打ち砕かれてしまいます。
彼女の出現によって徐々に狂っていく町の人々。平穏な日常が壊れ、町民たちが正気を失って殺し合う中、木屋川は五月女の本性を暴くために奔走したり、消えた少女を探したり、雇い主を殺そうとしたり、とにかく事態解決のために懸命に行動します。そんな感じのお話です。
カラフルな3Dプリント銃を片手に彷徨う、狂った町民たちの姿が印象的でした。

個人的には、ストーリーというよりも五月女の魅力を堪能するための作品だと思いました。

美貌の女性・五月女(さつきめ)。
表紙の黒服の女性です。
艶やかな黒髪に白磁の肌を持ち、気品溢れる佇まいの、浮世離れした美女。彼女の声は麻薬のように聞く者の脳髄を溶かし、慈愛に満ちた微笑みは、一瞬で人の心を奪ってしまいます。妖しい色気と神聖さの入り混じった、不思議な魅力を持つ女性です。
女優やアイドルなんか目じゃない、とは作中でも言われていますが、人間味を感じさせないほどの「完璧に整った顔」という表現があまりにも抽象的すぎるため、生きた人間として彼女の姿を想像するのが非常に難しかったです。おそらくファイナルファンタジーばりの美形なんでしょう。

薬草に詳しく、アロマやカウンセリング専門のセラピストを名乗り、徐々に町の人々に溶け込んでいく五月女。
いえ、どちらかというと「侵食」といったほうが良いかもしれません。
彼女の持つ不思議な魅力に、町民たちは老若男女問わず骨抜きにされていきます。「五月女さん」「五月女さん」と連呼し、いつの間にか彼女を盲目的に信奉している町の人々。五月女の洗脳によるものです。

この五月女ですが、実は人間ではありません。彼女の正体は、人の身体を乗っ取ることで何百年もの間生き続けている恐ろしい魔女です。この町に来る前は四木(しき)と名乗っており、本編後は六鹿(むしか)と名を変えています。五月女の肉体は水野原美樹の、六鹿の肉体は恐らく三国咲千夏のものですが、魔女本来のものであるその美貌だけはいつも変わらないようです。年齢は不明で、いつから日本にいたのかも分かりません。セイレムから逃げてきたんでしょうか。

彼女の本質は邪悪そのもの。行く先々でその土地の住民を惑わせては殺し合いをさせ、それを楽しみながら見ているという外道っぷりです。特に目的があるわけではなく、人を操るのが楽しいから、という理由で悪意を撒き散らしては、周囲の人間を破滅させていきます。
薬と嘘で人の心を巧みに操り、親しい者同士で殺し合わせるのが彼女のやり方です。
人間を見下し、その命を弄ぶ魔女。四木として訪れた世暮島では六十三人、この町では最終的に一晩で四十四人もの人間が、殺し合いの末に死亡しました。
主人公の木屋川が五月女を殺し損ねたので、これからも彼女はどこかで殺戮を繰り返すものと思われます。歩く災厄ですね。

行いだけ見れば悍しい怪物のような女なのですが、これが非常に魅力的なんです。
瀟洒な洋館と黒衣の美しい女主人の組み合わせは絵になりますし、こんな美女に微笑まれて優しく囁かれたら、正体が邪悪であると分かっていても身を委ねたくなるでしょう。少なくとも私なら簡単に落ちてしまいそう。
金山に、自分の指を食え、と命令する場面は読んでいてぞくぞくしました。盗聴の罰にしてはやり過ぎな気もしましたが、相手が下衆野郎だったのであまり同情はしません。五月女に許して貰うために泣きながら人差し指を食いちぎる金山の姿はなかなかにインパクトがありました。

主人公の木屋川も若干歪んでいて、独特なキャラクターではあるのですが、やはり五月女の魅力には敵いません。

バリステムジカ、は本当に彼女とは何の関係もない言葉だったのか、気になるところです。

以上が本編の感想になります。
ほぼ五月女のことしか書いていませんけれども。

本筋とは関係ありませんが、妙に気になったのは、ビデオ屋で店長の赤木とバイトの朝比が話している場面。『エネミー・オブ・アメリカ』の冒頭で殺されるのは大統領ではなく議員ですね。朝比は流していましたが、訂正してあげれば良いのに、と思いました。地の文でも赤木の間違いについて全く触れられなかったので、少し気になった部分です。
余談ですが、『エネミー・オブ・アメリカ』は私も好きです。役者が良いんですよね。トニー・スコット監督の映画は緊迫感があるので観ていて楽しいです。お兄さんよりもトニーの方が好きかも。

そういえば、本文中で小学二年生の咲千夏が、一箇所だけ「小学校三年生」と表記されているのを発見しました。こういう誤字を見つけるとちょっと何かに勝った気になってしまいます。
性格が悪いのは重々承知の上です。

文章が軽めなので一気に読んでしまいました。
読みやすい作品だったと思います。
それでは今日はこの辺で。