大阪の弁護士•長野智子(智聖法律事務所)
【はじめに】

はじめまして。弁護士の長野智子と申します。
このブログでは、法律や社会の出来事を通して「人が人を信じるとはどういうことか」「安心して生きるとは何か」を、日々の出来事や思索を交えながら綴っています。

弁護士として歩んできた年月の中で感じたことは、法よりも先に“心”があるということ。
誰かの痛みや戸惑いに静かに寄り添うことが、最も確かな解決の糸口になる、そう信じています。

どうぞ、気軽に読んでいただき、時に立ち止まり、何か一つでも心に残るものを見つけていただけたら幸いです。

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テレビを見ると馬鹿になる、は本当か。昭和の躾と現代メディアへの強い違和感



なぜテレビは“軽い内容”が増えたのか



では現代のテレビはどうか。


ニュースを見ても、


・芸能人のスキャンダル

・グルメ特集

・当たり障りのない話題


が目立つと感じる人は少なくないだろう。


これには、いくつかの現実的な理由がある。


① 視聴率競争

重いテーマは視聴率が取りにくい。

結果として「誰でも見やすい内容」に寄る。


② 広告モデル

スポンサーに配慮し、過度に政治的・対立的な内容を避ける傾向。


③ リスク回避

誤報や炎上のリスクを避けるため、無難な話題に流れる。


つまりこれは、「陰謀」というより、

構造的に“軽くなる”仕組みとも言える。





政治報道への違和感



その一方で、


「なぜ重要な政策や外交はあまり報じられないのか」


という疑問は確かに残る。


たとえば、高市早苗政権の外交やエネルギー政策など、評価の余地があるテーマが十分に深掘りされているかと言えば、物足りなさを感じる場面もある。


これは一概に「意図的な黙殺」とまでは言えないが、


・説明が難しい

・短時間で伝えにくい

・視聴率につながりにくい


といった理由で、扱いが小さくなる傾向は否めない。





「見ない自由」を持つということ



だからこそ大切なのは、テレビを否定することではなく、


距離を取ることだと思う。


・必要な情報は自分で取りに行く

・複数の情報源を持つ

・受け身にならない


昭和の「テレビは30分」という極端なルールも、

今振り返れば一つの知恵だったのかもしれない。





結び



「テレビを見ると馬鹿になる」


この言葉は乱暴だが、

完全に間違いとも言い切れない。


正確に言えば、


「考えずに見続けると、思考は鈍る」


ということだろう。


情報が溢れる時代だからこそ、

何を見るか以上に、どう向き合うかが問われている。


そしてその力は、

子どもの頃の“少しの不自由”から育つのかもしれない。


【社会課題】「テレビを見ると馬鹿になる」は本当かー昭和の躾から現代メディアに対する違和感まで


子どもの頃、よく言われたものだ。


「テレビを見ると馬鹿になる」


昭和の厳格な家庭では、これは半ば“常識”だった。

我が家も例外ではなく、テレビは週に30分まで。


その結果、当時の人気番組だった8時だョ!全員集合風雲!たけし城をリアルタイムで観た記憶はほとんどない。


正直、少し残念ではある。

しかし大人になって思うのは、別の側面だ。


「テレビがなくても平気な感覚」

「ついていると、むしろうるさいと感じる感覚」


これは、ある種の“自由”だったのではないかと思う。





本当に「馬鹿になる」のか



結論から言えば、テレビそのものが人を馬鹿にするわけではない。


問題は、受け身の時間が増えることだ。


・流れてくる情報をそのまま受け取る

・自分で調べない

・考えない


こうした状態が続けば、思考力は確実に鈍る。


昭和の親たちは、そこを直感的に見抜いていたのかもしれない。


【社会課題】「ロンドンは美しい。でも少し緊張した」から考える、日本のこれから


先日、お掃除に来てくださるスタッフの方との何気ない会話が、とても印象に残りました。


ご子息がワーキングホリデーでイギリスに滞在中とのことで、ご家族で訪問されたそうです。

訪れたのはロンドン


「街は本当に美しかったです」とおっしゃる一方で、こんな言葉も続きました。


バスに乗ると、いわゆる“純粋なイギリス人”は少なくて、ほとんどが移民の方に見えました。少し緊張しました。


さらに、ご子息が暮らすマンチェスターについては、


普通の街で、“どこを切り取っても美しいイギリス”という感じではなかったです


という率直な感想。


この何気ない会話には、これからの日本にとって重要なヒントが詰まっているように思いました。





「美しいヨーロッパ」の裏側で起きていること



ヨーロッパ、とりわけイギリスは、長年にわたり移民を受け入れてきた国です。

結果として、多様性に富んだ社会を実現している一方で、


  • 文化的な違いによる摩擦
  • 治安やコミュニティの分断
  • 「自分の国ではない感覚」を持つ人の増加



といった課題も現実として存在しています。


ロンドンの中心部は、確かに歴史と美しさに満ちています。

しかし一歩日常に入ると、「多様性のリアル」と向き合うことになる。


それが、今回の「少し緊張した」という感覚の正体ではないでしょうか。





日本の現状:「まだ少ない」という安心



一方で、東京をはじめとする日本の都市は、


  • 外国人比率はまだ限定的
  • 治安が極めて良い
  • 社会の同質性が高い



という特徴があります。


今回の会話でも、


日本は外国人、少ないですね


という言葉が自然に出てきました。


これは裏を返せば、「安心して暮らせる前提がまだ崩れていない」ということでもあります。





しかし避けられない現実:労働力不足



ただし、日本はこれから


  • 少子高齢化
  • 労働力不足
  • 地方の過疎化



という構造的な問題に直面します。


その解決策のひとつが、「外国人労働者の受け入れ拡大」であることは、もはや議論の余地がありません。


つまり日本は今、


👉 「まだ少ない状態」から「増えていく段階」へと確実に移行する途中


にあるのです。


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